『とらハ学園』
第13話
高等部二年G組、この教室にチャイムが鳴る数分前に入ってくる生徒がいた。
その生徒──神咲 薫は教室に入ってくると、空いている席を探す。
その視界に後ろの席で小さく手を振る赤星を見つけ、その後ろの席が空いているのを見るとそこへ向う。
【勇吾】
「おはよう、神咲」
【薫】
「ああ、おはよう赤星くん」
【耕介】
「薫がこんな時間に来るなんて珍しいな」
赤星の隣の席で後ろの真一郎と話していた耕介が薫が来た事に気付き、そう声をかける。
それに対し、薫は苦笑しながら答える。
【薫】
「色々とありまして」
【真一郎】
「あれ?何で二つも鞄を持ってるの?」
【薫】
「ああ、これは恭也の分だ」
【耕介】
「何で恭也の鞄を薫が?」
【真一郎】
「ま、まさか……」
【勇吾】
「恭也と神咲がなー」
【耕介】
「うんうん。お互い、こういう事には奥手というか、古風というか、だったのにな〜」
【忍】
「そ、そんなー。か、薫が抜け駆けするなんて……」
薫の後ろの席で、先程まで机に突っ伏し寝ていた忍は突然顔を上げると、よよよと業とらしく泣き真似をする。
それに対し、薫は顔を赤くしながら反論をする。
【薫】
「ち、違うとです。そうじゃなくて……」
必死になって言葉を紡ごうとする薫。
その時になって、耕介たちが小さく笑っている事に気付き、からかわれている事に気付く。
【薫】
「あ、あんたらは〜」
【耕介】
「まあまあ、落ち着けって。な、なあ」
【真一郎】
「そ、そうそう。耕介の言う通り」
【勇吾】
「で、実際はどうして恭也の鞄を神咲が持ているんだ?」
薫は溜め息を一つ吐くと、朝の出来事を掻い摘んで説明する。
【薫】
「……と、言う訳です」
【耕介】
「という事は、恭也は遅刻か」
【真一郎】
「まあ、去年みたいに欠席じゃないだけ良いんじゃないか?」
【勇吾】
「確かにな」
【忍】
「でも、始業式早々遅刻とは恭也もやるわねー」
【薫】
「もっとも、恭也本人はそげんつもりはなかったんだろうけどね」
薫の言葉に耕介たちは何とも言えないような表情で笑う。
【勇吾】
「うーん……」
赤星が何かを考え始める。
それに気付いた真一郎が赤星に話し掛ける。
【真一郎】
「どうしたんだ、勇吾?」
【勇吾】
「いや、恭也が来る前に何とかして、うちの部の演舞に出場させる方法はないかと……」
【耕介】
「まだ諦めていなかったのか」
【勇吾】
「まあな。あいつが来る前に何とかして、出場しなければいけない状態に出来れば……」
【薫】
「それはやめた方が良いと思うけど……」
【真一郎】
「だよな。去年、恭也が欠席なのをいい事に、勝手に剣道部に入部届をだした時の事を思い出してみろよ」
【勇吾】
「は、ははは、確かにな。3日間、技の実験台にされたなー」
どこか遠くを見つめながら、赤星は呟く。
【勇吾】
「でもな……」
真一郎たちを見ながら、赤星は一旦言葉を切る。
【勇吾】
「去年、俺はあいつに言ったからな。来年はちゃんと来ないとどうなっても知らないからなって」
【耕介】
「そんな事を言ったのか」
【勇吾】
「ああ。最もその後、さらに色々な技を喰らったがな。しかし、あの言葉は取り消してないから有効のはずだ」
【薫】
「その後の事も考えとる?」
【勇吾】
「言わないでくれ、それで悩んでるんだから。それに、どうやったら演舞に出せるか、もな」
今まで黙ってその話を聞いていた忍が面白そうに口を挟む。
【忍】
「でも、確かに見てみたいわね。薫もそう思うでしょ」
【薫】
「そ、それは……。うちも見てみたいとは思うけど………」
【忍】
「なら、決まりね。恭也が来る前に作戦を練らないと」
【真一郎】
「確かに面白そうだな」
【耕介】
「そうだな。確かに来ないあいつが悪い」
すでに全員がやる気になっており、止めても無駄だと悟った薫は口を開く。
【薫】
「で、実際にどうするつもりね」
【真一郎&耕介&勇吾】
「どうしようか」
全員が忍の方を見る。
忍はそれにたじろぎながら、
【忍】
「な、何で私を見るのよ」
【勇吾】
「いや、やけに自信満々だったから、何か考えがあるのかと思って」
赤星の言葉に頷く真一郎と耕介。
【忍】
「そんなのある訳ないじゃない。それを今から考えるんでしょ」
忍の台詞に心底呆れたといった風に溜め息を吐く三人。
【忍】
「な、何かむかつくわね。あなたたちも何も思いついてないくせに」
【真一郎】
「は、はははは」
【耕介】
「そ、そうだ薫は何かないか?」
【薫】
「えっ?うち?」
今まで傍観を決め込んでいた薫は突然話を振られ驚きながらも考え込む。
それを期待の眼差しで見つめる4人。
【薫】
「断わる事の出来ない状態にすれば良いんだよね」
耕介たちは薫の言葉に頷く。
やがて、ゆっくりと考えながら話し出す。
【薫】
「演舞の始まる時間ぎりぎりに頼めば……。そう、例えば急に人数が足りなくなったとか。
恭也以外に代わりがいないと言えば……」
【真一郎&耕介&勇吾&忍】
「おおー」
【勇吾】
「そうか、その手があったか。よし!」
【薫】
「でも、人数が足りなくなんて、ならないかと」
【真一郎】
「ああ、大丈夫、大丈夫。事故っていうのは突然起こるもんだからな〜」
【耕介】
「そういう事だな……」
【薫】
「なっ!まさか、部員に何かするつもりとね!」
【耕介】
「薫って結構、物騒な事を考えるな……」
【真一郎】
「幾ら俺らでもそこまでしないって」
【忍】
「そうそう。事情を説明して芝居をしてもらう程度よ」
【薫】
「そ、それもそうじゃね……。悪かった」
そう言って謝りながらも薫は内心で、この連中ならやりかねないとか思っていたりするのだが、当然顔にはまったく出さず、頭を軽く下げる。
そんな薫に気付かずに真一郎たちは誰に頼むかを話し始める。
いや、そんな薫の内心の思いに気付いたものが一人だけいた。
そのものは薫へと話し掛ける。
【ざから】
「薫殿の考え、我もよく分かるぞ」
【薫】
「ざから、か」
【ざから】
「うむ。薫殿も気苦労が絶えぬな」
【薫】
「……お互いに」
【ざから】
「全くだ」
薫とざからのやり取りに気付かず、耕介たちはまだ話していた。
【勇吾】
「うーん、事情を言えば多分部長自身が代わってくれるかもな」
【真一郎】
「確かに、あの人ならな……」
【耕介】
「面白い事が好きだからなー」
【勇吾】
「ああ、その割に面倒くさがりでもあるんだがな。今回も本人は嫌々みたいだしな」
【忍】
「だとしたら、ほぼ確実に代わってくれるんじゃない」
【勇吾】
「ああ。よし、後で説明しに行くか。耕介たちは……」
【耕介】
「ああ、すぐに帰らないように掴まえておくさ」
お互いにするべき事を確認し合い、頷きあう。
と、そこでチャイムが鳴り、そのまま席に着く。
しばらくして、教室の扉が開き、担任が入ってくる。
【担任】
「は〜い、皆さん席に着いて下さいね」
その担任を見た生徒全員から信じられないものを見たような表情を浮かべ、口々に近くにいる者たちと小声で話し合う。
俄にざわつき始めた教室の中、その担任はごく普通に話しを始める。
特に大声を出している訳でもないのに、その声はざわつく教室の隅々までよく響く。
【担任】
「はいはい。もうチャイムが鳴ったんですから、静かにしてくださいね」
その声に全員が一斉に喋るのを止め、教室の前に立つ担任を見る。
【担任】
「では、自己紹介を始めましょうか。私が皆さんの担任の……」
その前に薫がおずおずと手を上げ、質問をする。
【薫】
「その前に一つ質問しても宜しいですか」
【担任】
「ええ、どうぞ」
【薫】
「ありがとうございます。で、こんな所で一体何をやっているんですか、ティオレさん」
【ティオレ】
「いや〜ね。さっきも言ったじゃない。た・ん・に・んよ♪」
【薫】
「いえ、そういう事ではなくて……」
【ティオレ】
「ちょっと恭也を驚かそうとしたんだけど……。肝心の恭也がいないのね。残念だわ」
【忍】
「まさか、それだけのために?」
【ティオレ】
「それ以外に何かあるかしら?」
【薫】
「恭也を驚かすためだけに、クラス皆まで巻き込まないで下さい」
薫の言葉に耕介や真一郎、赤星は苦笑する。
【耕介】
「本当の担任は別にちゃんといるんですよね」
耕介のその言葉にティオレはただ笑みを浮かべるだけで何も言わない。
そのまま笑みを浮かべ続けるティオレ。
【真一郎】
「まさか、本当に俺達の担任?」
【耕介】
「は、ははは真一郎、流石にそれはないだろ」
【真一郎】
「そ、そうだよな。は、はははは」
耕介と真一郎のやり取りが聞こえていないはずはないのだが、ティオレは未だに笑みを浮かべたまま静かに立っている。
やがて、ゆっくりとその口から言葉が語られようとする。
次の一言にクラス中が注目する。
【ティオレ】
「じゃあ、話の続きに戻ってもいいかしら?」
【真一郎】
「ま、まじ?」
【勇吾】
「ティオレさん、本当に担任なんですか?」
ティオレの様子に今まで黙っていた赤星までもが尋ねる。
が、それに対するティオレの返答は先程と同じで、ただ笑みを浮かべるだけだった。
クラス全員がそれが本当の事と理解し始める頃、廊下から大きな声が聞こえてきた。
【?】
「校長ー!一体、何処にいったんですか!もうすぐ入学式のセレモニーが始まると言うのに!」
【ティオレ】
「ほほほほ。まったくイリアったら、何て声を出すんでしょうね。さて、それじゃあ自己紹介から……」
【薫】
「呼んでいるみたいですけど、良いんですか?」
【ティオレ】
「大丈夫よ。まだ時間はあるから」
【薫】
「そういう問題なんですか?」
【ティオレ】
「いいから、いいから」
【イリア】
「こ・う・ちょー!!何処に行ったんですか!いい加減にしてください!」
徐々に近づいてくるイリアの声。
それに対しティオレは相変わらず笑みを湛えている。
やがて、すぐ近くから声が聞こえてくる。
【イリア】
「あ、先生。うちの校長を見ませんでしたか?」
【先生】
「あ、いえ。その……」
その先生の答えに何か気付いたのか、イリアはその先生に問い掛ける。
【イリア】
「先生の受け持ちクラスはどこですか?」
【先生】
「えーと、……Gです」
その直後、教室の扉が開きイリアとイリアに手を引かれる形で一人の教師が現われる。
【イリア】
「やっと見つけましたよ校長!一体、何をしているんですか!」
【ティオレ】
「イリア、そんなに怒ると身体に悪いわよ」
【イリア】
「誰が怒らせているんですか!誰が!」
【ティオレ】
「分かったわよ。今から行きますよ。行けば良いんでしょ」
【イリア】
「そのとおりです。早く行きますよ!」
【ティオレ】
「はいはい。じゃあ、皆も頑張ってね」
【イリア】
「校長、早くしてください」
【ティオレ】
「イリアはせっかちねー」
【イリア】
「〜〜〜っ!誰のせいですか!」
【ティオレ】
「もっとカルシウムを取らないと駄目よ」
【イリア】
「その前に怒らせないように行動するという選択はないんですか」
【ティオレ】
「年寄りの楽しみを取らないで欲しいわ」
【イリア】
「楽しみなら他の事を見つけてください。こんな周りに迷惑の掛からない楽しみを!」
【ティオレ】
「はいはい」
【イリア】
「はいは一回で良いです!」
そのやり取りを茫然と見ていた薫が遠慮がちに声をかける。
【薫】
「あのー、時間は大丈夫なんですか」
その言葉に弾かれたように手首に付けている時計に目を落とす。
【イリア】
「校長、急いでください」
イリアはティオレの手を引き、慌しく教室から出て行った。
【耕介】
「一体、何だったんだ……」
【真一郎】
「さあ?」
ティオレとイリアの去った後には茫然とする生徒のみが残された。
そして、G組本当の担任は隅の方でいじけていたとか、いなかったとか。
【先生】
「うぅ〜、どうせ私なんて……」
つづく
<あとがき>
次回予告!恭也を陥れようとする耕介、真一郎、忍連合。
哀れ恭也はこのまま罠に嵌ってしまうのか。そして、剣道部部長はこの作戦を本当に了承するのだろうか?
次回14話……
美姫 「一人で何言ってるの?」
………いや、何となくな。
美姫 「でも、やっとティオレさんの登場ね」
うーん、実に13話目にしての登場だな。
美姫 「で、次は本当に予告通りなの?」
そうだよ。
美姫 「め、珍しいわね」
だって、今書いている途中だもん。
美姫 「おおー!明日は雪?」
おーい、それはないだろ。
美姫 「いやーね、冗談よ」
いや、あの目は本気だったぞ。
美姫 「じゃあ、またね♪」
あっ!誤魔化しやがったな。