『とらハ学園』






第16話





恭也たちが簡単な段取りを終えた頃、丁度美由希たちがやってくる。

【美由希】
「恭ちゃん、どうしたのそんな格好して」

美由希の指摘どおり、恭也は制服ではなく剣道着を着ていた。

【恭也】
「何でもない。それより、お前たちこそどうしたんだ」

【北斗】
「入部の手続きに来たんですよ」

【恭也】
「だったら、道場の方へ行けば誰かいただろうに」

【留美】
「あ、今行っても誰もいないよ」

【恭也】
「では、入部の受付は誰がやるんですか?」

【留美】
「それはここでよ。
元々、そのつもりだったんだけど、演舞に出ない誰かさんがいたから道場の方でも受付をしようと思っただけなんだから」

留美の言葉に恭也は反論する事が出来ずにあさっての方を見て誤魔化す。
そこへ、折原が話し掛けてくる。

【折原】
「不破、そんなに気にする必要はないぞ。
こいつはただ単にお前が何もしないのがずるいとか考えて、急遽ああいう事にしたんだから」

折原は留美のツインテールの一方を指に絡めたりと玩びながら言う。

【折原】
「大体、そんな事してもさぼる時はさぼるってな」

【恭也】
「は、はぁ」

恭也は徐々に顔を怒りに染めていく留美を見ながら、曖昧な返事をする。

【折原】
「まあどうせ単に、自分だけが面倒な事をするのが嫌だったんだって。なあ」

折原は後ろから視線を留美と同じ高さにしながら、そう言う。
それに対し、留美は小声で呟く。

【留美】
「い、いつまで……」

【折原】
「うん?何だ?よく聞こえないぞ」

折原がよく聞き取ろうと少し耳を近づけた瞬間、

【留美】
「いつまで乙女の髪で玩んでいるのよ!」

留美の下から抉り込むようなアッパーが見事に決まり、折原は吹き飛ばされる。

【留美】
「はぁー、はぁー、はぁー」

留美は肩で大きく息をしながら、折原を冷ややかな目で見下ろす。

【留美】
「そこでしばらく反省してなさい」

【恭也】
「八瀬先輩、流石にやり過ぎでは……」

【留美】
「大丈夫よ、なんたって折原なんだから」

何が大丈夫なのか良く分からないが、何となくそんな気がもしたので恭也は大人しく頷く。
もっとも留美の笑顔が少し怖かったというのもあるが。
そんな恭也の様子に気付かずに留美は言葉を続ける。

【留美】
「それに、折原は怪我で今日の演舞に出れないんだから全然問題ないって」

【折原】
「あるわ!このボケ」

留美の言葉が終わるや否や、折原は起き上がると留美に食って掛かる。

【折原】
「大体、怪我人と分かっていながら何て事するんだ。
川の向こうの綺麗なお花畑で死んだじいさんが手を振っていたぞ」

【留美】
「あら、良かったじゃない。懐かしい人に会えて」

【折原】
「それが乙女の言う事か。いや、そもそも乙女があんな事するかっ!」

【留美】
「あんまりごちゃごちゃ煩いと、もう一発お見舞いするわよ」

【折原】
「いい体験をしました」

【留美】
「分かれば良いのよ」

折原は即効で謝ると、今気付いたとばかりに留美の後ろへと指を指しながら尋ねる。

【折原】
「で、後ろの連中は何?」

折原の指す先には、美由希たちが突然の出来事に少し唖然としながら立っていた。
それに気付いた留美は、先程までの出来事がまるで嘘のように爽やかな笑顔で振り返る。

【留美】
「ごめんなさいね。折角来ていただいたのに待たせてしまって。で、入部の話だったわよね」

そのあまりの豹変振りに折原や恭也たちは、またかと溜め息を吐き、美由希たちは未だ付いていけずにいた。
やがて、和真が気を取り直したかのように、話し出す。

【和真】
「え、ええ。入部の手続きを……」

【折原】
「よーく考えろよ。こいつが女子の部長だぞ。それでも入部するんだな?」

【留美】
「ちょっと、どういう意味よ」

【折原】
「自分の胸に聞け」

また喧嘩を始めようとする二人を恭也が止める。

【恭也】
「とりあえず、和真も北斗も初めから入部するつもりですから」

【折原】
「うん?不破の知り合いなのか?」

【恭也】
「ええ。この二人は薫の弟ですよ」

【留美】
「薫ちゃんの弟さん?薫ちゃんの弟で和真くん?……和真、和真………。ああ。彩ちゃんがよく言ってる!
かなりの腕って聞いてるわよ」

【恭也】
「ええ」

【留美】
「良いな〜。男子の方は去年に引き続き今年も当たりじゃない」

【折原】
「そうか?」

【留美】
「そうよ。去年入った赤星君なんて特に」

【折原】
「女子も同じだろ。神咲に藤代が入ったんだから」

【留美】
「まあね。でも、団体戦のために後二人は欲しいのよ。卒業で主力選手だった先輩たちがいなくなったんだから。
何としても男女共に団体戦で全国出場を!」

【折原】
「はいはい」

【留美】
「何よ、気のない返事ね。でも、そういう事なら、北斗くんも結構強いんでしょ」

留美は恭也へと尋ねる。
それに恭也は頷き答えるが、それを聞いた北斗は少し驚いた声を上げる。

【北斗】
「そ、そんな事はないですよ」

【留美】
「まあ、それは後々確かめるとして、とりあえず入部手続きをしましょう」

留美が嬉々として入部手続きの用紙を取り出す。
そこへ、薫たちも集まってくる。

【彩】
「か、和真くん」

【和真】
「藤代さん、こんにちわ」

【彩】
「え、あ、うん。こんにちわ。で、どうしたの、こんな所に?」

【和真】
「入部しに来たんですよ」

【彩】
「あ、そうか。ははは」

そんな会話を聞きながら留美は用紙とペンを渡す。

【留美】
「いや〜、去年は三人も有力な新人が入ったから今年はどうなるかと思ったけど、早速二人も来るなんて幸先が良いわ〜。
じゃあ、これに名前とクラスを書いてね」

【薫】
「三人ですか?」

【留美】
「そうよ。薫ちゃんに彩ちゃんに赤星君」

【薫】
「えーと、恭也は」

【留美】
「まあ、それなりに強いみたいだけど、試合とか全然しないからね。
やっぱり実際に試合をしてみないとね」

【勇吾】
「だとさ、恭也」

【恭也】
「………」

赤星の言葉に恭也は無言のままである。
それを見て、赤星たちは苦笑を浮かべ、月夜はただ一人、不機嫌そうな顔をしていた。

【月夜】
(何で何も言わないんだよ……)

そんな月夜を余所に留美は美由希たちを見る。

【留美】
「で、そっちの女の子たちも入部なのかな?」

【美由希】
「え、あ、はい」

【薫】
「那美も入部すると!」

【那美】
「薫ちゃん、そこまで驚かなくても……」

【薫】
「す、すまない」

【留美】
「何?こっちの子たちも薫ちゃんの知り合い?」

【薫】
「あ、はい。こっちの那美はうちの妹です。そっちにおるんは従兄妹の楓です。
あっちの三人は恭也の従兄妹で、美由希ちゃんに月夜ちゃん、そして瑠璃華ちゃんです」

【留美】
「じゃあ、この二人って薫みたいに強いの」

瞳を輝かせながら、留美は尋ねる。

【薫】
「い、いえ。楓はともかく、那美の方は……」

【留美】
「ふーん。まあ、良いわ。それはこれから次第だしね。じゃあ、那美ちゃんたちもここに記入してね」

【瑠璃華】
「すいませんが、私はちょっと運動は……」

【留美】
「ん、そうなの?あ、付き添いで来たんだね。じゃあ、仕方がないか」

【瑠璃華】
「えっと、マネージャーとかってありますか?」

【留美】
「マネージャー?そんなのは別にないけど……」

【瑠璃華】
「そうですか、それは残念です」

瑠璃華は少し悲しそうな顔をする。
それを見た留美はまるで自分が虐めたような気になってしまう。
その心情に気付いた折原が、

【折原】
「いけないぞ八瀬。新入生を虐めるんなんて上級生のする事じゃないな」

【留美】
「一体、いつ、誰が虐めた!」

またも繰り出されるアッパー。しかし、今度は折原もそれを読んでおり、軽く躱す。

【折原】
「ふっ、甘いな八瀬。いつもいつも喰らうと思ったら、大間違………ぐぇ」

折原の台詞は飛んできたバインダーによって遮られ、蛙の潰れたような声を出す。

【留美】
「誰が甘いのかしら」

【折原】
「さすがだな八瀬。さすが、素手で熊を殺したと言われるだけの事はある」

【留美】
「誰がいつそんな事を言った!アンタだけでしょうが、そんな事を言ってるのわ!」

【折原】
「そんなにカリカリするな。身体に悪いぞ」

【留美】
「誰の所為だと思ってるのよ」

折原は暫く考え込むと、やがて口を開く。

【折原】
「ひょっとして俺?」

【留美】
「ひょっとしなくてもよ。………はぁ〜、もう良いわ。何か疲れた」

【折原】
「はっはっは。これぐらいで疲れるなんて、お前らしくないな。
あの100Kgの重りを担いでフルマラソンを完走した八瀬は何処へいったんだ?」

【留美】
「誰がそんな事したのよ。ってか絶対に無理!」

留美は折原の言葉に頭を抱えながら、瑠璃華へと向き直る。

【留美】
「まあ、簡単な雑用とかもあるし、ちょっとだけ剣を触るみたいな意味合いでよければマネージャーでも良いわよ」

【瑠璃華】
「では、それでお願いします」

【那美】
「あ、じゃあ私も」

留美の案に那美も跳び付く。

【留美】
「はい、じゃあここに記入してね」

留美はそれだけを告げると、用意してあった椅子に座り込む。

【留美】
「はぁー、何か疲れたわ」

【彩】
「お疲れ様です留美部長。演舞の出番までゆっくりと休んでくださいね」

【留美】
「はぁー、そうさせてもらうわ」

【恭也】
「で、お前たちの用はもう済んだんだろ。だったら、帰ったらどうだ。どうせ今日はする事はないからな」

【北斗】
「いえ、一応演舞を見るつもりでしたから」

【恭也】
「そ、そうか。美由希たちは帰らないのか?」

【美由希】
「うん、私たちも見てから帰ろうと思ってるから」

【恭也】
「…………」

【瑠璃華】
「恭也さんは私たちを早く帰したいみたいですね」

【恭也】
「そんな事はないぞ」

恭也へと美由希たちの視線が突き刺さる。
それに居心地の悪さを感じながらも恭也は気付かない振りをする。
そこへ赤星がその顔に笑みを浮かべながら、口を挟む。

【勇吾】
「恭也は自分が演舞に出る事になったのを知られたくないんだよ」

【美由希】
「え〜!恭ちゃんがやるの」

【瑠璃華】
「そうだったんですか。それは楽しみですね」

【月夜】
「本当、楽しみだ。へまをしないか、しっかりと見ててやるよ」

【恭也】
「勇吾覚えてろよ」

恭也の呟きを聞かなかった事にして、赤星は美由希たちに経由を話して聞かせる。
そんな事をしていると、後ろからぞろぞろと人が集まってくる。

【勇吾】
「そろそろ時間だな」

【薫】
「そうだね」

【恭也】
「はぁー、気が重い」

恭也の呟きを背に剣道部員は準備を始めた。





  ◇ ◇ ◇





剣道部の演舞も全て終え、最後の演目へと移る。
さっきまで演舞をしていた赤星や薫たちが下がり、代わりに恭也と留美が中央へと進みでる。
お互いにその手に木刀を持って。

【留美】
「じゃあ、不破君始めようか。防具がないから一応、手加減はしてあげるけど当たっても文句言わないでね」

【恭也】
「はい」

恭也も留美も木刀を正眼に構え、向かい合う。

【留美】
「はぁぁあああぁぁ」

留美は木刀を上段に移すと恭也へと打ち掛かる。
それを恭也は構えを崩さず後ろへと下がりやり過ごす。
恭也の目の前数センチの所を木刀が通過していく。
留美は振り下ろした木刀をそのまま力任せに切上げ、篭手を取りに行く。
恭也はこれに自分の木刀を当て、軌道を変える。
留美はそれ以上の追撃を止め、少し距離を取り再び向かい合う。
その距離を保ったまま、留美はゆっくりと左方向へと動いていく。
それに対し恭也はその場を動かず、ただ身体だけを留美の正面へと向ける。
傍から見れば丁度、恭也を中心に留美が円を描くように動いている格好になる。
やがて、その状態に痺れを切らし留美が再度打ちに出る。
その動きに対し恭也はまた数歩後ろへと下がりやり過ごす。
留美は今度は下がらず、次々と攻撃を繰り出していく。
それら全てを同じ様に躱し、時には木刀で弾きながら恭也は難なくやり過ごしていく。
そんな攻防がかなりの時間繰り返される。
徐々に留美の息が上がり始め、攻撃にも無駄が見え始めてくる。
それに対し、恭也の息は全く乱れていなかった。
留美はそれを腹ただしく見詰め、踏み込みながら面を取りに行く。
恭也はそれを軽く木刀を当て、受け流す。
その時に留美の胴ががら空きになる。
留美もそれに気付き、慌てて木刀を引き寄せる。

【留美】
(駄目っ!間に合わない)

が、恭也は胴を打たず、留美から距離を取る。

【留美】
(な、何で打たなかったの。気付いていなかったの?ううん、そんなはずはない)

留美は自分の考えをすぐに打ち消す。
今までのやり取りで、恭也が強い事を分かり、だからこそ、先程の隙に気付いていると理解する。

【留美】
(もしかして、舐められてる)

恭也の性格からすれば、そんな事はありえないのだが、今の留美にはそこまで気付く余裕がなかった。
留美は畳み掛けるように一気に恭也との距離を詰めると次々と打ち込んでいく。
それらを見ながら、薫は時計に目をやり、時間に気付き、折原にそれを伝える。
それを聞いた折原は二人に止めるように合図を送る。
それを見て、恭也は構えを解き、息を一つ吐く。
が、留美の目には折原の合図は入っておらず、構えを解いた恭也に襲い掛かる所だった。
慌てて止めようとするが、勢いのついた一撃は止まらず、そのまま恭也へと向う。

【留美】
(やばっ、止まらない)

思わず目を閉じた留美の手に硬い物がぶつかり、痺れたような感触が届く。
留美が恐る恐る目を開けると、そこには木刀を持ち上げ、今の一撃を平然と受け止めている恭也がいた。
しばらくその状態で動きを止める。
やがて、恭也がゆっくりと口を開ける。

【恭也】
「これで演舞はお終いですね」

【留美】
「う、うん」

恭也の言葉に強張っていた体が動き、ゆっくりと離れる。
途端、周りの見物人から拍手が沸き起こる。
未だどこか茫然としている感じの留美に折原が声をかける。

【折原】
「だから言っただろ。手加減はいらないって」

【留美】
「う、うん」

【折原】
「とりあえず、新入生の勧誘だ。ほら、ぐずぐずすんなよ」

【留美】
「分かってるわよ」

やっといつもの調子に戻った留美に笑みを浮かべながら、折原は恭也たちの所へと向った。







つづく




<あとがき>

今回は剣道部勧誘編でしたね。
美姫 「次は何かな?」
次は、やっとやっとあのキャラが登場だ!
美姫 「一体、誰よ」
それは、次回のお・た・の・し・み♪
美姫 「気持ち悪いわ!」
痛い、痛いっ。微妙に痛い。
美姫 「じゃあ、次回でね」








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