『とらハ学園』






第21話





明日から恭也の通っている小学校が夏休みに入るとあり、士郎と恭也は二人で旅の支度を始める。

【恭也】
「で、父さん今回の行き先は?」

【士郎】
「ちょっと待て。今から決める」

そう言うと士郎は懐から飛針を一本取り出し、背後の壁へと振り向きもせずに投げる。
壁に貼られた一枚の紙に突き刺さったそれを恭也は見ると、士郎に言う。

【恭也】
「父さん………、これ世界地図」

【士郎】
「…………ちなみにどこに刺さっている」

【恭也】
「行く気か?」

【士郎】
「うーん、毎年この方法で最初の行き先だけは決めてるからなー」

【恭也】
「その後は毎年、父さんの気紛れで各地を周っているよな」

【士郎】
「はははは。小さい頃からいろんな所にいけて良いじゃないか」

【恭也】
「ちゃんとした移動手段があるならな。毎回、毎回、無意味に散財したあげく、歩きやヒッチハイクばかりして……。
大体、何で今回は世界地図なんか張ってあるんだよ!」

【士郎】
「そんな事、俺が知るかよ。俺は買い物に行く琴絵さんに頼んで、ついでに地図を買ってきてもらっただけなんだからな」

【恭也】
「貼る前に気付け!いや、確かめろ。国外なんて行ったら、日本に戻れるのかさえ怪しいだろうが。
いや、その前に国外に出れるのかも疑問だが……」

【士郎】
「お前、そこまで言うか」

士郎の声に恭也は頷く。
それを見た士郎は、

【士郎】
「分かった。これはルールだからな。刺さった所に行く!」

【恭也】
「本気で行くつもりか?」

【士郎】
「当たり前だ。男に二言はない!で、どこだ」

【恭也】
「本当だな。後で後悔しないな」

【士郎】
「良いから早く言え」

恭也は溜め息を一つ吐くと、飛針の刺さっている地名をあげる。

【恭也】
「地中海だ」

【士郎】
「はっ?」

【恭也】
「だから、地中海」

【士郎】
「………………マジ?」

【恭也】
「ああ」

士郎は立ち上がり、地図の場所まで来ると自ら確かめる。

【士郎】
「地中海…………だな」

【恭也】
「ああ、地中海だ。で、本当に行くのか?」

【士郎】
「………しかし、見事にイタリア、ギリシャ、リビアの中間辺りに刺さっているなー」

【恭也】
「で、行くのか?」

【士郎】
「…………………やめる」

【恭也】
「はぁー、で、どうするんだ?」

【士郎】
「もう一度投げて、そこに行こう」

【恭也】
「で、日本地図はどこに?」

【士郎】
「ないな。もう一回この地図でするか?」

【恭也】
「国外に行くつもりか?」

【士郎】
「修行はやりにくいかもな。まあ、もう一度だけ投げてみるか」

そう言うと士郎は地図に背を向け、再度飛針を投げ刺さった個所を見る。

【恭也】
「なあ、父さん。本当に行きたいか?」

【士郎】
「止めておこう。とりあえず、九州あたりに行くか」

【恭也】
「そうしよう」

二人は地図に背を向けると旅支度の続きに取り掛かった。
二人が背を向けた飛針は、世界地図の上の端の方に刺さっていた。
そう、北極と書かれたその場所に……。





  ◇ ◇ ◇





翌日、二人は九州へと旅立って行った。
それから数日後、近くに寄ったついでと、神咲の家へと向った。

【士郎】
「いやー、神咲の家に行くのも久しぶりだな。薫ちゃんや那美ちゃんは元気かなー?」

【恭也】
「…………さあな」

【士郎】
「どうしたんだ、恭也?何か元気がないじゃないか」

【恭也】
「そんな事はないと思う」

【士郎】
「腹でも減ったのか」

【恭也】
「確かに腹は減っているな」

【士郎】
「そうかそうか。まあ、向こうに着いたら、一樹が何か食べさせてくれるだろう。それまでの我慢だ」

【恭也】
「………………」

恭也はどこか冷ややかな視線を士郎へと向けるが、士郎は気付かぬ振りをして、恭也の前を歩く。
やがて、恭也はわざとらしく士郎に聞こえるように溜め息を吐くと、

【恭也】
「九州に来て、無計画に散財したあげく、知り合いの家に押しかけようとする人が実際にいるなんてな」

【士郎】
「そんな酷い奴かいるのか。世の中ってのは恐ろしいな」

【恭也】
「…………。しかも、その散財の理由が、自分が食べたかったからや、遊びたかったから、だからな。
しかも、その息子は殆ど何も食べていないというのにな」

【士郎】
「うんうん。酷い親もいたもんだ。恭也、そんな大人になるなよ。俺みたいに立派になれ」

はっきりと言い切る士郎に恭也は懐から取り出した飛針を投げつける。
士郎はそれをしゃがんで躱すと、

【士郎】
「あ、危ねえな。恭也、いきなり何するんだ」

【恭也】
「何となくだ。気にしないでくれ」

【士郎】
「お前は何となくで、いきなり飛針を投げるのか!しかも、親に向って」

【恭也】
「この旅行中、いつでも仕掛けて来いと言ったのは父さんだったと思うが?
それに、いきなり投げないと奇襲にならないだろう」

【士郎】
「それもそうだな。っと!」

言いながら士郎は右手で鋼糸を投げつけ、恭也の足を捕らえようとする。
しかし、恭也はそれを読んでいたのか、跳んで躱す。
しばらく無言で睨み合っていたが、士郎は背を向けると歩き始める。
恭也もその後を追って歩き出す。
少し小走りをして士郎の横へと並ぶ。

【恭也】
「本当に路銀を借りに行くつもりか?」

【士郎】
「ああ。勿論、ただとは言わないさ。仕事を手伝うか、代わりに仕事を引き受けるさ」

【恭也】
「そうそう都合良く退魔の仕事はないと思うけど」

【士郎】
「その時はその時さ。将来、親戚付き合いする事になるかもしれないんだから、何とか借りるさ」

【恭也】
「親戚付き合い?どういう事だ」

【士郎】
「はははは。細かい事は気にするな。言葉の綾だよ」

【恭也】
「……そうか。そう言えば、薫も来年からは海鳴に来るんだったな」

【士郎】
「……そ、そういう事だ。ほれ、もうすぐだ。さっさと行くぞ」

【恭也】
「ああ」

二人は神咲家へと向かい、歩を進めていく。





  ◇ ◇ ◇





二人は神咲家の居間へと通され、そこで和音と向かい合って座る。

【士郎】
「和音ばあさん、久しぶりだな」

【恭也】
「和音さん、お久しぶりです。お元気でしたか」

【和音】
「よく来たの二人とも。ほんに、久しいの。わしは元気じゃったよ。おぬし等は相変わらずのようじゃな」

【士郎】
「所で、一樹の奴はどこに?」

【和音】
「あやつなら今、留守じゃが。一樹に用があったのか?」

【士郎】
「いや、まあ。そう言えば、薫ちゃんの姿も見えないみたいだけど……」

【和音】
「薫は今、仕事に出ておるよ」

【士郎】
「仕事……ね。それにしても、今日はやけに静かだな」

【和音】
「まあな。今はわし以外、誰もおらんからの」

【士郎】
「ふ〜ん。………所で、何か仕事ないか?」

【和音】
「仕事?ははーん、大方路銀が底でもついたか」

【士郎】
「その通りだ」

【和音】
「そんな事じゃろうと思っとった。恭也も苦労するな」

【恭也】
「はい、それはもう」

【士郎】
「それは良いから、何かないか」

【和音】
「…………ある、と言えばある」

【士郎】
「何だ、やけに歯に何か挟まったような言い方をするじゃないか」

【和音】
「何故、わし以外、誰もいないと思う?」

【士郎】
「さあな?」

【和音】
「皆、仕事で出て行った」

【士郎】
「皆って、一樹や雪乃さんまでか!」

【和音】
「そうじゃ。ついでに言うなら、那美と北斗もじゃ」

【士郎】
「一体、何が起こってる?」

【和音】
「詳しくは分からん。じゃが、一灯流だけでなく、楓月流、真鳴流の者たちもいるはずじゃ」

【士郎】
「そんなに厄介なもんが……」

【和音】
「恐らく、久遠以上じゃ」

【恭也】
「なっ!久遠以上……ですか」

【和音】
「ああ。しかし、不思議な事に、それほどの力を持つ者が封じられていたのなら、
伝承なり何らかの形で伝わっていても可笑しくないはずなんじゃ。それが、殆どない」

【恭也】
「殆ど、と言う事は多少はあるんですか」

【和音】
「ああ。じゃが、それが、アレをさしているのかすら分からん。
その為、薫を始め、一樹に雪乃、和真、北斗、那美、久遠と楓月流、真鳴流から数名の退魔士が総掛かりで調べておる」

【士郎】
「でも、一樹は…」

【和音】
「ああ、退魔士ではない。じゃが、物理攻撃の通じる妖怪などがアレの周りに集まって来おる。
その為、一樹にも出向いてもらった」

【士郎】
「で、結局の所、アレって何なんだ?」

【和音】
「分からん。じゃが、幾つかの資料と調査の結果を照らして見て、恐らく、というのであれば」

士郎は、無言で和音に続きを促す。
和音はお茶を一口啜り、唇を湿らせてから、ゆっくりと語り出した。

【和音】
「かなり昔の文献に出て来おった。
しかも、その文献を記した者も、誰かから聞いたらしく、詳しい事までは分からんがな」

和音はそう前置くと語り出す。

遥か昔、いずこから魔神現る。
魔神、力の限りを尽くすが、他の魔に属するもの達によってその身をある物に封じられる。
その物、この世とは異なる時空間の果てとも言われる場所へと閉じ込められる。
魔神の力を持ってしても、数千年はそこから出る事は敵わない。
しかし、その魔神が何らかの方法でこの世に顕現しようとする時、その周囲の空間は歪み、
その力に引き付けられた、あらゆる魑魅魍魎がその地に現われん。

【和音】
「以上じゃ。その魔神の名も、そんな魔神がいたと言う事も、残されておらん」

【恭也】
「そんなのを相手にして、大丈夫なんですか?」

【和音】
「それは、分からん。じゃが、敵わんからといって、逃げる訳にもいくまい」

【士郎】
「で、どうするつもりなんだ?」

【和音】
「それを今、調べ取る。その間にも襲ってくる悪霊や妖怪がおっての。
その為、一樹まで行ってるという訳じゃ」

【士郎】
「まあ、霊的なものを見つけるなら、雪乃さんは一流だしな」

【和音】
「ああ。できれば、その魔神がこちらに出てくる前に、出口を閉じてしまえば……」

【士郎】
「成る程な。じゃあ、人手は多い方が良い訳だ」

【和音】
「そうじゃな……」

【士郎】
「なら、俺達も手伝おう」

【和音】
「そうしてくれると助かる。じゃが、俺達という事は……」

【士郎】
「ああ、恭也もだ」

【和音】
「い、いかん。それは危険じゃ」

【士郎】
「大丈夫だって。それに薫ちゃんも恭也と同じ年だろ」

【和音】
「薫は小さい頃から、退魔士としての修行をしておるし、十六夜もある」

【士郎】
「恭也だって小さい頃から剣の修行をしているぞ。
それに、刀の通じる相手なら問題ない。なんなら本人に聞いてみるか?」

和音が聞くまでもなく、恭也は既にやる気になっており、止めるだけ無駄だと和音も知る。

【和音】
「分かった。じゃが、決して無理はするなよ。士郎とは違い、恭也の剣はただの剣なんじゃから」

【士郎】
「おいおい。俺の刀だって、八景の方は普通の小太刀なんだからな」

【和音】
「お主なら、何とでもなるだろうが」

【士郎】
「へいへい。と、その代わり……」

【和音】
「分かっておる。路銀は都合しよう」

【士郎】
「いや〜、話が早くて助かる」

【和音】
「よくもぬけぬけと。で、恭也は何が欲しい?」

【恭也】
「俺は別に何も……」

【士郎】
「馬鹿か。くれる、つってーんだから何か言っとけよ」

【和音】
「……どちらが親か分からんな」

【士郎】
「放っておいてください」

【和音】
「恭也、遠慮はいらんぞ」

【士郎】
「じゃあ、一つだけ」

恭也の代わりに何か言おうとする士郎に向って、和音は口を開きかけるが、
その顔があまりにも真剣だったため、口を噤み、士郎の言葉を待つ。

【士郎】
「何でも良いから、霊力刀を一つくれ」

【恭也】
「なっ!」

士郎のとんでもない台詞に、和音よりも恭也の方が驚く。

【恭也】
「何を言ってるんだ!」

【士郎】
「いいから黙ってろ。霊剣をくれと言ってる訳じゃない。恭也もいつまでも無銘の刀って訳にもいかないだろう」

【恭也】
「だったら、別に霊力刀でなくても」

【士郎】
「霊的存在が敵にならないとは限らないだろ」

【恭也】
「でも、御神流には……」

【士郎】
「確かに、御神流は対人の流派だ。御神流は、な」

【恭也】
「………」

士郎の言葉に何か考え込む恭也。

【士郎】
「それに、霊力刀は丈夫だぞ」

【恭也】
「……………」

それまで、二人のやり取りを黙って見ていた和音が話し掛ける。

【和音】
「良かろう。好きな物を一本やろう」

【恭也】
「良いんですか?」

【和音】
「ああ。誰も使わんよりは、使われる方が刀も喜ぶだろうて」

【士郎】
「決まりだな」

【恭也】
「ありがとうございます」

和音の言葉に士郎はにやりと笑い、恭也は頭を下げる。
そんな対照的な二人を見ながら、和音は久しぶりに心が落ち着くのを感じていた。
そんな事をおくびにも出さず、和音は身を引き締めると、

【和音】
「では、早速だが頼む。周囲は警官たちによって、封鎖されているはずだが、神咲の関係者と言えば通れるはずじゃ。
場所は……」

和音は二人に場所を教える。
その場所を頭に記憶すると、二人は神咲の家を出て行った。
魔神が現われるかも知れないという場所へと。






つづく




<あとがき>

次はいよいよアルシェラと恭也の邂逅だな。
美姫 「それは殆ど出来てるのよね」
おう!次は出来る限り早く出せるといいな〜。
美姫 「それは浩次第でしょ」
そうですけどね。
美姫 「あ、それはそうと、今回出てきた霊力刀って?」
霊剣とは違うけど、霊を攻撃できる剣。
今度、ここらへんをまとめて、武器の設定でも作ってみるか。
誰がどんな武器を使っているとか。
美姫 「また、そんな事を考えて。誰も読まないって、そんなの。
    って、そう言えば、八景は士郎が持ってるのよね」
だよ。現在の恭也の武器は、極普通の無銘の小太刀さ。
美姫 「ふ〜ん」
と、言う所で、
美姫 「今回はバイバイです♪」








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