『とらハ学園』






第22話





【薫】
「くっ、数が多すぎる」

薫は肩で息をしながら、そう零す。

【和真】
「薫姉、大丈夫か?」

【薫】
「あ、ああ。そっちは?」

【和真】
「大丈夫…と言いたいけど、正直きつい」

【薫】
「はぁぁぁっ!」

薫は向って来た霊を斬り捨て、和真と背中合わせに立つ。

【薫】
「和真、辛いようなら向こうで休んだ方が良い」

薫が視線を向ける先には、那美と北斗が木にもたれながら、座り込んでいた。
二人の肩は激しく上下に動いており、疲れている事を窺わせる。
二人の周りには、結界が張られており、その近くには久遠が立っていた。
久遠は近づいて来る悪霊たちに雷を浴びせ、退治していく。
そちらを見ながら、和真は首を横に振る。

【和真】
「まだ、大丈夫」

そう言うが、息は既にあがっており、刀を持つ手にもあまり力が入っておらず、疲れきっているのは明確だった。

【薫】
「無理は……」

言葉を途中で止め、薫と和真は向って来た霊を一体ずつ斬る。
そんな二人の周りでは風月流、真鳴流の退魔士たちが、それぞれ霊を相手に闘っていた。
その中には、二人の父である一樹の姿もあった。
一樹は妖魔を斬りながら、顔を顰める。

【一樹】
(くそっ、情けない。子供達があんなになっているというのに、私には何も出来ないなんて……)

一樹は悔しそうに唇を噛み締めるが、霊力のない一樹にはどうしようもない事である。
この場にいる者たちの中で、純粋に剣の腕で一樹に敵う者はいないのだが、それは今、この場では何の慰めにもならない。
実際、剣の通じる妖魔の死体が一樹の周りには無数、横たわっている。
だが、悪霊などの実体をもたないものたちに対して、一樹は攻撃する事が出来ないでいた。
雪乃から貰った札のお陰で、その姿は見る事が出来ても、ただ攻撃を避ける事しかできない自分に臍を噛む。

【一樹】
(せめて、霊力刀さえあれば……)

一樹はそんな事を思いながら、霊の攻撃を躱す。
そんな一樹から少し離れた所では、和真が数人の退魔士に囲まれるようにして、戦線を離脱していた。

【薫】
「倒しても、倒しても次から次へと。きりがなか」

薫がそう零すのも当然で、先程から悪霊や妖魔たちは、斬っても斬っても次から次へと現われて来る。
数が圧倒的に多過ぎるのである。
唯一の救いと言えば、それぞれがてんでバラバラに行動をしており、統制がとれていない事と、
各々がある地点へと向かっているだけで、薫たちには殆ど目もくれない事。
たまに、薫たちに向ってくるモノがいる程度である。
それでも、薫たちは近くにいるモノたちを斬っていく。
それは、霊たちの向う先に原因があった。
霊たちが目指す先は、地面から1メートルも離れていない空中に、直径2メートル程の大きな穴が開いており、
そこから神々しくも、禍々しいという何とも言えない気が溢れ出していた。
その穴は周囲にある物を吸い込もうとしているのか、その穴の周囲では風が渦を巻きながら、穴の中心へと入って行く様が見える。
霊たちはその穴へと向って進んでいた。
薫たちは、霊たちがその穴へ向う前に、退治しているのであった。
正確には、その穴を囲むように立っている五人の者たちを守るために、である。
穴を中心として、四人が等間隔に並び、結界を展開し、その穴へと霊たちが近づけないようにしていた。
また、穴から何かが出てきても、そこから出さないためでもある。
その結界の中の一角、境目ぎりぎりの場所には、薫たちの母である雪乃が目を閉じて立っていた。

【雪乃】
(この穴の中に何かがいる事は確かなのだけど……。それにしては、あまり存在感を感じられないし。
この穴の向こうからは、こちらの世界と変わらない空気を感じるわ)

雪乃は自身の霊力で、穴の中を探り、何とか穴を塞ぐ方法がないか考える。
その間にも、霊や妖魔たちは穴へと向って来る。
何とか、薫たちの攻撃から逃れたモノたちが穴へと向うが、その前に張られている結界に弾かれる。
そのうち、霊たちは結界を張っている者へと向かい始める。
それらの霊や妖魔を斬りながら、薫は十六夜に話し掛ける。

【薫】
「十六夜」

【十六夜】
「何ですか、薫。あまり戦闘中に話をするのは得策とは言えませんよ」

【薫】
「そんな事は分かっとる。それよりも、あの穴について何か分かったかな?」

【十六夜】
「恐らくまだ分かっていないでしょうね。分かったなら、何らかの動きがあるはずですから」

【薫】
「……だね」

薫は雪乃を一度だけ見ると、再び霊たちの相手に集中する。
既に、薫を始め、周りの退魔士たちにも疲れが見え始めていた。

【薫】
(このままじゃ………。それに母さんの体も、心配だし……)

薫は再び雪乃の姿を目で追う。
その時、十六夜が警告の声を上げる。

【十六夜】
「薫!」

【薫】
「はっ!」

十六夜の声に急ぎ前を向くが、そこには両腕を頭上で組み、今まさに薫目掛けて打ち下ろさんとしている妖魔の姿があった。
これに気付いた一樹は間に合わないと分かっていても、薫の元へと向おうとする。
その無防備な一樹に霊の一匹が襲い掛かる。

【一樹】
「しまった」

薫は不安定な態勢のまま、少しでも直撃を避けようと、十六夜を頭上に上げる。
一樹は来る衝撃に備え、身体に力を込める。





  ◇ ◇ ◇





日の光が生い茂る木々に遮られ、どこか薄暗い山の中を二つの黒い影が駆け抜けていく。

【士郎】
「恭也、お前の刀は普通の小太刀だ。それを忘れるな。霊は俺に任せろ」

【恭也】
「ああ、分かっている」

【士郎】
「それと、妖魔たちは人間の何倍もの力を持つモノもいるからな。攻撃をまともに受けようなんて思うなよ。
そんな刀じゃ、刀の方が折れちまうからな」

【恭也】
「分かった」

それから暫くは無言のまま、走り抜けていく。
と、士郎が口を開く。

【士郎】
「そろそろ着くみたいだぞ。用意は良いか」

【恭也】
「ああ」

二人は開けた空間に出る。
と、士郎はその場の一角を見て、声を上げる

【士郎】
「恭也!そっちは任せた!俺はあっちだ」

士郎は恭也の返事を待たず、駆け出す。
その姿が途中で消え、地面だけが抉られていく。
恭也もそれを見る事もせず、士郎が指し示した方へと向う。
数歩走った所で、恭也の姿も士郎と同様に掻き消える。

──御神流、奥義の歩法、神速

恭也と士郎は神速の中、それぞれの目標へと向かい駆けていく。





  ◇ ◇ ◇





薫と一樹は来るはずの衝撃を覚悟するが、二人を襲うはずの攻撃は二人に届く事はなかった。
そんな二人に別々の声が掛けられる。
一人は心配そうに、もう一人は不敵な笑みを浮かべながら。

【恭也】
「薫、大丈夫か?」

【士郎】
「よお、一樹」

【薫】
「恭也!」

【一樹】
「士郎じゃないか!」

二人はほぼ同時に、目の前に現われた人物へと驚きの声を上げる。

【薫】
「あ、ありがとう、助かったよ」

【恭也】
「いや、気にするな」

【薫】
「でも、どうしてここに?」

薫が恭也に尋ねるが、恭也は鋭い眼差しで後ろを振り返る。
その先には、何匹かの霊や妖魔が恭也と薫目指して向って来ていた。

【恭也】
「薫、話は後だ。まずはあいつらを」

【薫】
「ああ、分かった」

【恭也】
「妖魔の方は俺が引き受けるから、悪霊共の方は頼む」

恭也に一つ頷くと、薫は上半身を捻り、刀を上段に構える。

【薫】
「真威、楓陣刃っ!」

薫が振るった剣先から霊気の塊が放たれ、迫って来た悪霊を打ち消す。
その合間を縫うように、恭也は走り抜け、妖魔を斬り倒していく。
一方の士郎と一樹は……。

【士郎】
「結構、苦戦してるみたいだな」

【一樹】
「まあな。しかし、どうしてここに」

【士郎】
「まあ、たまたま家に行ったら、和音ばあさんに頼まれてな」

【一樹】
「大方、路銀でも底をついたんだろう」

【士郎】
「………今はそれ所じゃなさそうだな」

【一樹】
「誤魔化したか。と、言いたい所だが、士郎の言う通りだな」

【士郎】
「お前はあまり無理をするなよ。悪霊共は俺が相手してやるから」

【一樹】
「ああ、頼む」

士郎は八景とは別のもう一つの愛刀を構える。
その小太刀──閻の刀身が鈍い光を放つ。

【士郎】
「さて、久々に退魔の仕事といきますか」

そう言うと士郎は悪霊の多くいる場所へと飛び込んでいく。

【士郎】
「はぁぁぁぁっ」

士郎の一閃で数匹の霊が霧散する。
それを見た他の悪霊たちが士郎を敵と見なし、襲い掛かるが、全て返り討ちにされる。
士郎が閻を振るう度に、悪霊が次々と消えていく。
それを見ていた薫が思わず、感嘆の声を上げる。

【薫】
「すごい……」

士郎と恭也が加わった事で、それまでどちらかと言うと押され気味だった戦局が逆転する。
薫も二人に負けじと、恭也に向う悪霊を斬り伏せる。
恭也と薫はお互いに庇い合いながら、次々と悪霊たちを倒していく。
それから暫くし、かなりの数の悪霊たちを斬り倒した恭也と薫は結界の近くにいた。

【恭也】
「はぁー、大分数も減ってきたな」

【薫】
「ああ。でも、またしばらくしたら、すぐに来ると思う」

【恭也】
「根本的に、あの穴を塞がないとダメという事か」

【薫】
「ああ。じゃけん、どうやったら塞げるのかが分からん」

【恭也】
「それは今、雪乃さんが調べているんだよな」

【薫】
「ああ。とりあえず、今のうちに少し休んでおこう」

【恭也】
「そうだな」

恭也と薫は周囲を警戒しながら、乱れた呼吸を整えていく。

【薫】
「所で、恭也はどうしてここに?」

余裕ができた薫は恭也にそう尋ねる。
それに対し、恭也は罰が悪そうな顔をしながら、

【恭也】
「学校が夏休みに入ったから、父さんと恒例の修行の旅にな。
で、今回は九州に来てたんだが、父さんが路銀を使い果たしたんだ。
で、たまたま薫の家の近くだったから、一樹さんに路銀を借りに来たという訳だ。
その時、和音さんから今回の件を聞いてな」

【薫】
「そうじゃったか。まあ、士郎さんらしいと言うか」

どちらともなく、顔を合わせると笑い合う。
が、それは十六夜の発した言葉で、すぐさま元に戻る。

【十六夜】
「恭也さん、薫、次が来ます!」

その言葉に応えるかのように、ぞろぞろと悪霊や妖魔たちが沸き出てくる。

【薫】
「本当にキリがない。一体、どこから出てくるんだか」

【恭也】
「そんな事を言ってても仕方がない。第2ラウンドといくか」

【薫】
「ああ」

再び、恭也と薫はその身を戦いの場へと移す。
それからしばらくして、恭也は自分の頭上を影が翳めたのを見逃さず、頭上を見る。
が、その妖魔は恭也に襲い掛かる事なく、結界を張る一人に向って行く。
それに気付いた退魔士は、なんとかその攻撃を避けるが、結界が崩れる。
退魔士はすぐに結界を張り直し、妖魔の侵入は防ぐが、さっきの隙に一匹の妖魔だけが結界内に入り込んでいた。
その妖魔が穴に飛び込む前に、その翼が鋼糸によって絡み取られる。
その鋼糸の端を握っているのは、恭也だった。
恭也は鋼糸を手繰り寄せ、妖魔を地面に叩きつけると小太刀で止めを刺す。

【雪乃】
「恭也くん、すぐにそこから離れて!」

雪乃の注意を促す声に身体が反応する前に、恭也の身体が宙に浮く。

【恭也】
「なっ!う、うわぁぁぁぁ」

恭也の身体はそのまま穴の中へと消えていった。

【士郎】
「なっ!恭也!」

穴に向おうとする士郎を一樹が止める。

【一樹】
「士郎、落ち着け!お前が行った所でどうにもならん!あの穴が常に同じ場所に繋がっているとは、限らないんだぞ」

【士郎】
「そんな事は分かってる!でもな」

【一樹】
「私も見捨てるつもりはない。ただ、今は目の前の妖魔たちを倒すのが先だ。
こいつらを全て倒せば、次が来るまでに時間が出来る。その間にもっと詳しい調査が出来るはずだ」

士郎は唇を噛み締めながら、一樹の言葉に耳を傾け、一つ大きな息を吐く。

【士郎】
「そうだな。まずは、こいつらを倒してからだな」

そう言うと、士郎は不敵な笑みを張り付かせ、妖魔たちを鋭い眼差しで見る。

【士郎】
「時間が惜しいんでな。さっさと終わりにさせてもらうぞ」

そう言った瞬間、士郎の姿が消える。
神速の領域に入った士郎は、最も数が多い所から切り崩しに掛かる。
その様子は鬼気迫るものがあり、士郎が小太刀を振るう度、2匹以上の悪霊や妖魔が倒されていく。
一方、恭也が穴に消え、茫然としていた薫も士郎の活躍を見て、再び悪霊たちに向って行く。

【薫】
(まずは、こっちを片付けてからや。恭也くんなら、大丈夫)

そう自分に言い聞かせながら、刀を振るっていく。

【士郎】
「だぁぁぁ!数ばっかり集まりやがって!うっとーしい!」

士郎は、右の八景を順手に、左の閻を逆手に持つと、軽く両手を広げる。

【士郎】
「ふぅぅぅぅぅ。御神不破流、奥義之壱、漆喰」

士郎が妖魔たちの合間を一陣の疾風と化し、縫うように走り抜ける。
士郎が疾り抜けた後には、生き残っている妖魔たちは一匹もいなかった。

【士郎】
(恭也、待ってろよ)

次々と敵を葬っていきながら、士郎は恭也の消えた穴を一瞥すると、次の目標を定め、向って行った。






つづく




<あとがき>

まず、始めに御免なさい。
前回の後書きで、今回は恭也とアルシェラの邂逅と言いながら、全然違いました。
美姫 「処刑!」
ぎょみょぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
美姫 「皆さん、御免なさい。こんな馬鹿な著者で。次回こそは本当に邂逅編になりますから。
    ではでは」








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