『とらハ学園』






第23話





【恭也】
「う……。こ、ここは」

気絶していた恭也は意識を取り戻すと、辺りを見回す。
右手には高くそびえた岩肌が、左手にはかなりの高さを持つ崖が見える。
そして、前後に上へ続く坂道と下へと続く道が。

【恭也】
「……ここは、山のようだが。俺は確か、あの穴に吸い込まれたはずだよな」

恭也は体を起こすと、登るか降りるのか考える。
そんな恭也の耳に誰かの声が聞こえてくる。

【恭也】
「誰かいるのか」

自分以外にも穴に吸い込まれた者がいるのかと思い、声に出して問い掛けてみるが、どこからも返事はない。

【恭也】
「気のせいだったのか?」

そう呟き、恭也は何となく登り始める。

【恭也】
「頂上まで行って、何もなければ引き返せば良いだろう」

そんなつもりで恭也は山道を登って行った。





  ◇ ◇ ◇





一方、穴の外では、士郎たちが悪霊たち相手に奮闘し、何とか全ての悪霊や妖魔たちを退治し終えていた。

【士郎】
「ったく、数ばっかり集まりやがって。疲れるったら、ありゃしない」

言いながら、士郎は腕で軽く汗を拭うと、一樹たちの元へと集まる。

【士郎】
「で、何か分かったのか?」

閉口一番尋ねてくる士郎に、雪乃が答える。

【雪乃】
「それが、全然分からないのよ。それ所か、さっきまで感じていたおかしな霊気みたいなのも消えてしまうし……」

【士郎】
「消えた?どういう事だ?」

【雪乃】
「それも分からないわ。本当に突然、消えてしまったのよ。だから、ひょっとしたらもう悪霊たちは来ないかもしれないわね。
あの霊気を感じて悪霊たちが集まって来ているという推測だったから」

【薫】
「消えたという事は、魔神が再び眠りについたという事?」

【一樹】
「もしくは、甦ってこの穴の中から出たのかもな」

一樹の言葉に一同押し黙り、重苦しい雰囲気が包み込む。

【薫】
「でも、それじゃったら、うちらのうち誰かが気付くじゃろ?」

【十六夜】
「一概にそうとも言えませんよ」

【薫】
「どういう事ね」

【十六夜】
「この穴の先が異空間となっているのはまず間違いないでしょう。
 となれば、入り口がここでも、出口がこことは限りません。それに、出入り口が一つとも……」

【雪乃】
「確かに十六夜の言う通りね。今回は私たちの近くにこの穴が出現したけど、必ずしもここに現われる訳ではないし」

【士郎】
「そんな事はどうだって良い。肝心の恭也はどうなったんだ?」

【雪乃】
「御免なさい。それも分からないの。この穴の向こうがどうなっているのか……」

【士郎】
「なら、俺が行って確かめてやる」

そう言うと士郎は穴へ飛び込もうとする。
その士郎の肩を掴み、引き止めたのは一樹だった。

【一樹】
「落ち着け、士郎。お前が行った所でどうにもならん」

【士郎】
「離せ一樹。そんな事はやってみないと分からないだろうが」

【一樹】
「それに、霊気が消えたのなら、危険はないだろう」

【士郎】
「それこそ分からんだろうが。向こうがどうなっているのか分からないんだからな」

【一樹】
「だからって、お前まで行ってどうするんだ」

二人が言い争っているうちに、穴に変化が表れる。

【薫】
「こ、これは……」

薫たちの見ている前で、穴がどんどんと小さくなっていき、そして、最後には消えてなくなる。
これを士郎たちは呆然と眺めていたが、やがて士郎が叫ぶ。

【士郎】
「どうなってるんだ、これは!穴が消えちまったぞ。おい、恭也は!」

【雪乃】
「……士郎さん、少しだけ静かにしてて下さい。薫、十六夜を」

薫は雪乃が差し出す手に十六夜を渡す。
雪乃は十六夜を受け取ると、軽く2、3度振る。
薫の手の中にある時よりも、軽く見える十六夜を見て、薫は内心、自分の修行不足を思う。
そんな薫に気付いているのか、いないのか、雪乃は眼前で十六夜を横にして構えると目を瞑る。

【雪乃】
「すぅ〜」

一、二分した頃、ゆっくりと雪乃は目を開け、十六夜を降ろす。
そして、士郎を見ると、

【雪乃】
「穴は完全に消えてはいません。微かにですが、穴の向こうの気配がしますから。
ただ、こちらから向こうに行く術は完全に無くなりました」

雪乃の言葉に薫たちは言葉を無くす。
ただ、士郎だけは、

【士郎】
「そうか。なら、仕方がないな。後は自分で何とかするしかないだろう」

逆にあっけらかんと言い放つ。
それを聞いた一樹が思わず聞き返す。

【一樹】
「士郎、さっきまでのお前とは違うじゃないか」

【士郎】
「さっきはさっきさ。さっきまでは、俺も向こう側へ行く事が出来たからな。
でも、今は無理なんだろう。だったら、じたばたしても仕方がない。後は恭也が帰ってくるまで待つだけだ」

士郎はそう言うと、その場に座り込む。
そんな士郎の傍へ那美がやって来る。

【那美】
「士郎さん、恭也さん、大丈夫ですよね」

不安そうに見てくる那美の頭に手を置き、優しく撫でながら、

【士郎】
「大丈夫だ。なーに、すぐに帰ってくるさ。何たって俺の息子だからな。
ひょっとしたら、ついでに何か土産を持って帰ってくるかもな。だから那美ちゃん、何の心配もしなくて良いからね」

【那美】
「はい!」

那美は頷きながら返事をすると、士郎の横に座る。
それを見て、一樹たちも座り込み恭也の帰りを待つ事にする。

【一樹】
「まあ、恭也くんなら大丈夫だろ。誰かの息子とは思えないぐらい、しっかりしてるからな」

【士郎】
「誰かってのは、誰の事だ一樹」

【一樹】
「さあな」

【士郎】
「っけ。俺がこうしてわざとふざけているから、恭也がしっかりしているように見えるだけだってのに……。
まあ、あれだ反面教師という奴だな。俺もこうしてふざけるのは疲れるんだが、これも恭也のためだ。うんうん」

【一樹】
「物は言い様だな。士郎の場合、それが地だろうが」

【士郎】
「俺の偉大さが分からんとは。薫ちゃんは分かってくれるよな」

【薫】
「は、はははは」

士郎の問いに、恭也の苦労を知っている薫は乾いた笑みを浮かべて誤魔化す。

【士郎】
「………。雪乃さんは分かってくれるよな」

雪乃は士郎の問いに答えず、ただ笑みを浮かべ沈黙を守る。
士郎は大げさに天を仰ぐと、そのまま後ろへと寝転がる。

【士郎】
「はぁ〜。報われない俺は一人寂しく寝るとしますか。恭也が戻ってきたら、起こしてくれ」

そう言うと士郎は寝息を立て始める。
一樹はそんな士郎を見て、実はかなりじれったい思いをしている事を察し、何も言わずにいた。





  ◇ ◇ ◇





【恭也】
「はぁー、はぁー。一体、どこまであるんだ」

恭也はずっと歩き続け、かなり疲れていた。
恭也の感覚では一日近く歩きつづけたはずなのに、日は一向に沈む様子を見せず、辺りはまだ明るい。

【恭也】
(ん、日が沈まない?)

恭也は不思議に思い、空を見上げる。
日が沈まない事も不思議だったが、それ以上に恭也は不思議に思った事があった。
それは、

【恭也】
「やはり。太陽がない。なのに、何でこんなに明るいんだ」

恭也はこの世界に着いてから、太陽を見た覚えがなかった。
それでも、辺りは昼のように明るくなっている。

【恭也】
「……考えても分からん以上、考えるだけ無駄だな。それよりも、先に進もう」

こういった考え方は、正に士郎の息子といった所である。
最も、本人が聞いたらどんな顔をするのかは分からないが。
それから更に黙々と歩いて行くが、右手には聳え立つ山肌、左手は下の見えない崖という変わり映えのしない風景の所為で、
本当に進んでいるのか分からなくなってくる。
また、徐々に時間の感覚もおかしくなってきており、1時間しか歩いていないような、2日も歩いたような、
そんな感覚に囚われる。

【恭也】
「はぁー、はぁー。周りの風景も変わらない所為か、まるで幻覚の中にでもいるかのようだな」

そこまで呟き、昔士郎とした会話を思い出す。

【士郎】
「いいか、恭也。目に映るものだけが全てじゃない。時には見ないという事も必要だ。
感覚を研ぎ澄ませろ。そうすれば、目では捉え切れなかったものも見えてくる」

もっとも、この後、心眼を磨くためと称し、恭也は目隠しをされた状態で士郎にボコボコにされた挙句、
持って来ていた食料を全て士郎に食べられるという目に合ったのだが。

【恭也】
(今、思い出してもあれは酷かった……。あの後、道に迷い山を出たのは三日後だったな。
たまたま、山菜などが生えていたから餓死せずに済んだが……)

恭也は当時を思い出し、苦虫を潰したような顔をするが、すぐに目を瞑ると精神を集中しだす。

【恭也】
(とりあえず、心を落ち着かせて……)

恭也は大きくゆっくりと呼吸を繰り返す。
それから数分ほどが経過した頃、恭也はゆっくりと目を開くと目の前に聳え立つ山肌を見詰める。

【恭也】
「ここから、何か感じるんだが……」

恭也は手を伸ばし、そこに触れてみる。
が、掌に伝わってくる冷たい感触に勘違いかと溜め息を吐く。
と、その脳裏に声が響く。

【?】
「よく来たな。永い間、待っておったぞ。本当に永かった……」

【恭也】
「誰だ。何処にいる」

【?】
「何処とは、可笑しな事を……。余なら、お主の目の前じゃ」

【恭也】
「目の前……。ただの壁だが」

【?】
「ふむ。お主、余の声が聞こえるくせに、その程度のまやかしも見破れるのか。
に、しては少し可笑しいの。お主、先程触れたよの?」

【恭也】
「壁に触れたかと言っているなら、そうだが」

【?】
「触れて可笑しな事を感じなんだか?」

【恭也】
「いや、何も」

【?】
「………お主、余の声は聞こえておるのだな」

【恭也】
「ああ。でないと、会話が成り立たないだろうが」

【?】
「どういう事じゃ。お主、魔力を持っておらぬのか?」

【恭也】
「魔力?」

【?】
「そうじゃ。魔力じゃ」

【恭也】
「よく分からんが、霊力みたいなものか?」

【?】
「霊力?今は魔力の事をそう呼ぶのか?」

【恭也】
「いや、俺に聞かれても。そもそも魔力とは何だ?」

【?】
「…………知らぬという事は、お主は魔術を行使できんのだな」

その声からは失望が感じられた。
恭也は、その声の主に向って声を掛ける。

【恭也】
「魔術が使えないと困るのか?」

【?】
「余の元に来れん。そして、余の元に来れんという事は、余をここから出す事が出来んという事じゃ」

今度はその声に悲しみが含まれる。
それを聞き、恭也は何とかしようと尋ねてみる。

【恭也】
「他に方法はないのか?」

【?】
「ない。そのまやかしは単純で力は弱いため、弱い魔術師でも解く事が出来るが、魔術が全く使えんのなら、無駄じゃ」

【恭也】
「そうか。それはすまないな」

【?】
「全く、期待だけさせおって。ここに来た者はお主が始めてで、尚且つ余の声を聞けたから、もしやと思ったが……。
何故、お主は余の声が聞こえておるのだ?」

【恭也】
「そんな事を言われてもな。聞こえるものは仕方がないだろう」

【?】
「…………おかしい、おかしいぞ」

恭也の言葉を全く無視し、声の主は一人ブツブツと呟く。

【?】
「もしや、潜在的な力が。いや、しかし、それだけでは……。もしや……。そうじゃ!」

【恭也】
「な、何だ突然」

【?】
「お主、何か武器は持っておるか」

【恭也】
「あ、ああ。小太刀でよければあるが」

【?】
「小太刀?まあ、何でも良い。今から、余が合図したら、目の前の壁を斬れ」

【恭也】
「はあ?そんな事出来る訳がないだろう」

【?】
「いいから、やれ。余の推測があっていれば、斬れる筈じゃ」

【恭也】
「間違っていたら?」

【?】
「その時はその時じゃ」

【恭也】
「…………良いだろう」

恭也は頷くと、抜刀の構えを取る。

御神流、虎切

合図が入ればいつでも放てる状態で恭也は待つ。
と、恭也の身体を青白い霞みたいなものが纏わりつく。
恭也はそれに気付いたが、害がないみたいだったので、意識を目の前の壁を斬ることだけに向ける。
そして、

【?】
「今じゃ」

その声を合図に恭也は小太刀を素早く抜刀する。
その速度は、恭也が今まで放った技の中で、最も早く鋭いものだった。
そして、壁に阻まれ弾かれると思った小太刀はすんなりと壁を通過し、恭也の手元へと戻ってくる。
恭也はしばし茫然とその小太刀を見詰めるが、それを合図としたかのように小太刀が折れ、目の前の壁が崩れる。

【?】
「ふむ。思った以上に上手くいったな。さあ、入ってくるが良い」

【恭也】
「あ、ああ」

恭也は返事をすると、一応用心をしながら中へと足を踏み入れた。
中へと一歩入ると、そこは少しひんやりとした空気に包まれており、どこか清浄そうな感じを受ける。
例えるなら、神殿の中のような雰囲気に恭也は辺りを警戒しながらも、奥へと進む。
やがて、恭也の腰ぐらいの高さの台座を見つける。

【?】
「よう来たの」

【恭也】
「どこだ?」

【?】
「お主の目は節穴か。目の前じゃ」

【恭也】
「目の前……?」

恭也の目の前には先程の台座と、その台座に刺さる一振りの剣があった。

【恭也】
「ま、まさか」

【?】
「そうじゃ。おぬしが今、見ているそれが余じゃ。
余の名はアルシェラ。お主の名は?」

【恭也】
「俺の名は、恭也。……不破恭也だ」

それが、恭也と魔神アルシェラの邂逅だった。






つづく




<あとがき>

よし、恭也とアルシェラの邂逅は無事に済んだな。
美姫 「次は、何でアルシェラが恭也と一緒にいるかだね」
その通り!これは大体、出来てるから……。
美姫 「じゃ、さっさと書きましょうね〜♪」
わ、分かってるから、首を引っ張らないで、って、く、苦しいって。
グェェェェ。
美姫 「あら?白目になって泡吹いてる?どうしたのかしら?まあ、良いか♪
    じゃあ、また次回でね」








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