『とらハ学園』






第25話






アルシェラは勿体つけるようにゆっくりと口を開いていく。

【アルシェラ】
「簡単な事じゃ。お主の力を余に示して見せよ」

そう言い放つと、アルシェラは剣を構える。
アルシェラ自身、何故そのような事を言い出したのかは分からなかった。
敢えて言うなら、そう本当にただ何となく、だ。
何となく、目の前の恭也に今までの者とは違う何かを感じた所為かもしれない。
それに対し、恭也は驚きの声を上げる。

【恭也】
「なっ。そんな無茶な」

【アルシェラ】
「ほれ、早く構えぬか。余は待たぬぞ」

アルシェラは言うが否や、恭也へと斬りかかって行く。
恭也はそれを躱し、小太刀を抜き放つと、再び襲い掛かって来たアルシェラの剣を受け止める。

【恭也】
「くぅぅ」

【アルシェラ】
「ほれほれ。どうした?」

アルシェラが片手で恭也を押さえ込みに掛かるのを、恭也が両手で何とか支える。

【恭也】
(こ、こいつ……何て力だ)

片手のアルシェラに徐々に押さえ込まれていき、ついには方膝を着く。

【アルシェラ】
「もうお終いか?」

【恭也】
「くっ」

恭也は一瞬だけ力を抜き、ほんの微かにだけアルシェラの身体がつんのめった瞬間に再び力を込め、アルシェラの力を流す。
アルシェラが右足を一歩踏み出し、態勢を整える間に恭也はアルシェラと距離を取る。

【アルシェラ】
「ふむ。あのまま懐に飛び込んでくるかと思ったが……」

【恭也】
「…そんな事をしたら、どんな攻撃が待っているか分からないからな」

【アルシェラ】
「勘の良い奴じゃな」

アルシェラはそう言うと、不敵な笑みを浮かべる。

【恭也】
(力じゃまず勝てない。となると、スピードだが……)

恭也はその場で軽く2、3度飛び跳ね、フットワークを刻む。
そして、アルシェラへと向って走っていく。

【アルシェラ】
「正面から来るか?」

恭也はアルシェラの間合いの一歩外で横に移動し、アルシェラの右側へと回り込む。
それと同時に身体を低くする。

【恭也】
(今の動きを捉えられるか?)

恭也はそのまま地を這うようにアルシェラへと接近する。
しかし、アルシェラは恭也の方を見る事もなく、右手に握った手を振り上げ、そのまま振り下ろす。
アルシェラの剣が地面を叩くと、大きな音と共に土煙が立ち、石礎等が恭也を襲う。
それらを躱したり、小太刀で弾きながら恭也は後ろへと跳躍する。
恭也が着地するのと同時に、それを待っていたかのように、アルシェラが土煙の中から飛び出してくる。
アルシェラは驚く恭也を気にも掛けず、剣を左から右へと横薙ぎに振るう。
まるで空気ごと斬り裂くような唸りを上げる斬撃を恭也は後ろへと下がる事でかろうじて躱す。
が、すぐさま剣が今度は右上から左下へと袈裟懸けに振り下ろされる。
次々と繰り出されるアルシェラの攻撃を、恭也は受け止めることはせず、ただ後ろへと下がっては躱していく。

【恭也】
(一撃一撃が、とんでもない威力を持っている……。こんなのとまともに打ち合っていたら、俺の刀の方がもたない。
どうやら、スピードは俺の方が上みたいだし、このまま躱し続けて反撃だな)

【アルシェラ】
「いつまで逃げるつもりじゃ。いい加減、攻撃してこぬか」

【恭也】
「それは俺が決める事だろう」

【アルシェラ】
「それはそうじゃが、良いのか防戦一方で?」

【恭也】
「何とでも言え」

恭也は話をしながらも、反撃のチャンスを探すが、中々隙が見つからず、焦りにも似た気持ちになる。
それに対しアルシェラは、未だにその顔に余裕の笑みを浮かべたまま、攻撃をしていく。

【アルシェラ】
「まあ、良いがの。でも、あんまり逃げてばかりだと反撃の隙がなくなるぞ?こんな風にな!」

アルシェラが言いながら振るったその一撃は、今までのどの斬撃よりも速く、恭也は辛うじてそれを避ける。

【恭也】
「なっ!」

【アルシェラ】
「驚いている暇などあるのか?」

今までよりも、更に速くなった斬撃に驚く恭也を楽しげに見詰め、笑いながらもアルシェラは攻撃の手を緩めない。
徐々に、恭也の服に幾つもの破り目が出来ていく。
アルシェラの斬撃の速さに完全に躱す事が出来なくなっていた。

【恭也】
(今までスピードを押さえていたのか)

その事に気付き、悔しそうに顔を歪める。
その間にもアルシェラの攻撃で恭也の腕や足に確実に傷が増えていく。

【アルシェラ】
「ほらほらほら。だから、言ったであろう。防戦一方で良いのかと」

【恭也】
「くそっ!」

恭也は一度、大きく後ろへと跳び、飛針を三本投げる。
アルシェラはそれを鼻で笑い飛ばしながら、剣を一振りさせ、まとめて弾き飛ばす。
その間に恭也は更に後ろへと跳び、再び飛針を三本、今度は時間差で投げる。
着地と同時に、更に後ろへと下がりつつ、先に投げた三本の間を縫うようにさらに三本投げる。

【恭也】
(これで、手持ちの飛針は後、一本か)

アルシェラは時間差で飛来する飛針に対し、初めて足を止め、剣を両腕で持ち、切先を下に向け構える。
そして、そのまま上方へと打ち上げる。
すると、凄まじい剣風が起こり、飛来する六本の飛針全てを弾き飛ばす。
これには恭也も驚いた表情を浮かべるが、足の止まったアルシェラとの距離を稼ぐべく、足だけは動いていた。

【恭也】
(幾ら何でも、出鱈目過ぎる)

かなりの距離を開き、恭也は足を止める。
それを見て、アルシェラはゆっくりと剣を肩に担ぐように持ち上げ、不敵な笑みを浮かべる。
その姿はどことなく、士郎を思い出させた。

【アルシェラ】
「どうした。もうお終いか?」

【恭也】
「まだまだ」

恭也はそう言いながらも、小太刀を納刀したまま両腕を下に垂らし、動こうとはしない。

【アルシェラ】
「折角、距離を稼いだのに立ち止まっていて良いのか?」

アルシェラは笑みを浮かべたまま、ゆっくりと恭也に向って歩き出す。
一歩、二歩、三歩……。
アルシェラと恭也の距離が、先程対峙した距離の半分になった時、今まで止まっていた恭也が動き出す。
アルシェラへと向って走って行く。
これが意外だったアルシェラは少し驚くが、すぐに楽しそうな表情になり、恭也を迎え撃つべく更に一歩進む。
その時、恭也の何も握られていない左手が動き、同時にアルシェラは自分の足に違和感を感じる。
足元を見れば、左足首に細い糸のような物が絡み付いており、それはそのまま恭也の左手へと伸びていた。

【アルシェラ】
「ほう」

アルシェラは少しだけ感心したような声を出すと、鋼糸を剣で切断する。

【アルシェラ】
「確かに普通の糸とは違うが、この程度、斬るのに苦労するはずもないであろうが」

鋼糸を切断されても恭也はアルシェラへと向うのを止めなかった。
アルシェラとの距離が、後数歩という所で、恭也は再度左手を動かす。
と、切断されたはずの鋼糸がアルシェラの左足首を再び絡めとる。
これには、アルシェラも予想を裏切られ、一瞬だが態勢を崩す。
が、すぐさま剣を一閃させ、鋼糸を断ち切る。
だが、その隙に恭也は右手を小太刀の柄に掛け、抜き放っていた。

──御神流 虎切

恭也の放った一撃がアルシェラに届くかどうかという所で、アルシェラの剣がそれを弾く。

【アルシェラ】
「今のは少しやばかったかもな」

そう言って笑うアルシェラの目に、恭也の姿はなかった。

──御神流、奥義の歩法 神速

神速の世界で恭也はアルシェラの背後に回りこむと、その首筋に刀を突きつけようとする。
が、その寸前、アルシェラの姿が恭也の目の前から消える。

【恭也】
「なっ!」

恭也の小太刀が何もない空間を薙ぎ払う。
恭也は考えるよりも先に身体を前へと投げ出す。
その直後、間髪入れずアルシェラの剣が通過していく。
驚きながらも態勢を立て直すため、方膝を立てた所で、首筋に金属の冷たさを感じ、動きを止める。
恭也の背後に立ち、剣を突きつけたまま、アルシェラはゆっくりと口を開く。
後ろは見えないが、気配で何となくそれが分かった恭也には、それが死刑宣告のように思えた。

【アルシェラ】
「今のは本当にやばかった。信じられん動きをしおるの」

【恭也】
「……それ以上の動きをする奴に言われたくはないな」

【アルシェラ】
「そう拗ねるな。余と人とでは、その力に開きがあるのも当然の事よ」

【恭也】
「別に拗ねてなど……」

【アルシェラ】
「嘘を申すな。お主、見た目の年齢以上に落ち着いているかと思えば、やはり子供らしい所もあるようじゃの」

アルシェラはそう言うと、おかしそうに笑い声を上げる。
それを憮然と聞きながら、

【恭也】
「どうでも良いが、この首筋の剣を何とかしてくれないか」

【アルシェラ】
「ふむ。そうじゃったな」

アルシェラは恭也の首筋から剣を離し、ペンダントに戻すと首に掛ける。

【アルシェラ】
「余に疾風迅を使わせるとはな。お陰で、久々に楽しめたぞ」

本当に楽しそうに笑うアルシェラに恭也は言葉を無くし、ただ黙り込む。
それを見て、アルシェラは再び面白そうに笑う。

【アルシェラ】
「やはり拗ねておるのではないか?」

【恭也】
「違うと言っているだろうが」

【アルシェラ】
「さて、余の勝ちだな」

【恭也】
「ああ」

【アルシェラ】
「では、お主は余の武器となるのだぞ」

【恭也】
「ちょっと待て。何でそうなる」

【アルシェラ】
「何を言っておる。勝負して、お主が勝てば余がお主の物となる。なら、逆もまた然り」

【恭也】
「そんな条件は聞いていないぞ」

【アルシェラ】
「何を言うか。賭け事をして、どちらか一方だけがリスクを負うなんて事があると思うのか」

【恭也】
「そ、それはそうだが」

【アルシェラ】
「そういう訳で、お主は余の物じゃ」

アルシェラの言葉に反論できず、押し黙る恭也だった。

【恭也】
「いや、しかし、この場合、条件を提示したのはむしろお前の方だったと……」

恭也は困りながら、色々と言うが、それを見てアルシェラは声を出さずに、ただ笑っているのみだった。
本気で困り始めた恭也を見て、遂にアルシェラは一際大きな声を出して笑い出す。

【アルシェラ】
「あははははは。冗談じゃ。冗談に決まっておろうに。なのにお主の顔ときたら……くっくっく」

アルシェラの態度に、始めは茫然としていた恭也だったが、おちょくられたと気付き、憮然となる。

【恭也】
「質の悪い冗談だ」

【アルシェラ】
「許せ、許せ。余はお主の力を見たかっただけじゃ。さて、余興も済んだことだし、そろそろ行くかの」

【恭也】
「そうか」

【アルシェラ】
「残念だったの、余の力が手に入らんかって」

【恭也】
「別に構わないさ。さっきも言っただろ。お前の力が目当てじゃないってな」

【アルシェラ】
「そうじゃったな。でも、何故じゃ?」

【恭也】
「………よく分からん。敢えて言うなら、お前がどこか悲しそうに感じられたから、かな」

【アルシェラ】
「面白い事を言う奴じゃ。余はあらゆるものから忌み嫌われし存在だというのに」

【恭也】
「別に俺は嫌っていないぞ」

【アルシェラ】
「それはお主が余の事を知らぬからじゃ。知れば……」

アルシェラはそこで言葉を切る。
それに気付かない振りをしながら、恭也は言葉を紡ぐ。

【恭也】
「確かに知らないな。でも、今やりあって少しは分かったつもりだが。
それに、そんな昔の事なんて、過去は過去の事で良いだろう」

【アルシェラ】
「やはり、お主は変わっておる」

【恭也】
「そうか?とりあえず、一緒に来る気はないか?一人きりというのは寂しいぞ」

【アルシェラ】
「構わん。一人は慣れておる。それに、一時とは言え、温もりに慣れてしまえば、それをなくした時の孤独は大きすぎる」

【恭也】
「別に強制はしない。でも、お前が俺を見限らない限り、俺は途中でお前を手放す事はないと思うが」

【アルシェラ】
「何か口説かれているようじゃな」

【恭也】
「……分かっているくせに、茶化すな」

【アルシェラ】
「しかし、余の寿命は永遠じゃぞ?別れは必ずやってくる」

【恭也】
「……確かにな。でも、そんな先の事を言われても分からない。それに……」

【アルシェラ】
「それに?」

【恭也】
「それまでに、俺以外の人たちと出会っていれば良い。確かに別れは悲しいが、悲しいだけの別れなんてないと思う。
いつか来る出会いのためにあると思えば……」

【アルシェラ】
「くすくす。言ってて恥ずかしいのなら、言わなければ良いものを。
よく聞く言葉じゃが、嫌いではないぞ。じゃが、それだけでは駄目じゃ。
そんな陳腐な言葉では余の心は動かん」

そこまで言うと、アルシェラは一旦息を吐く。
そして、再び言葉を口にする。

【アルシェラ】
「人は自らの意思を言葉というものにして、相手に伝えるという術を得た。
じゃが、それは同時に己が心を偽り、他者を欺く術も得たという事じゃ。
余の心を動かしたくば、そんなありきたりの言葉など借りず、お主のその心の内そのものを偽りなく言葉にしてみせよ。
最も、それで余の心が動くかはまた別じゃがな」

アルシェラの言葉に恭也は黙ってただ頷くと、眼差し鋭くアルシェラを見る。

【恭也】
「確かに、お前の力が欲しくないと言えば嘘になる。
だが、お前が悲しそうに見えて、何とかしたいと思ったのも嘘じゃない。
それら全部を含めて、俺はお前が欲しい」

他の者が聞いたら勘違いしそうな言葉を、恭也は真顔でアルシェラへとぶつける。
その恭也の表情にアルシェラは少しだけ頬を染め、どこか上擦ったような声で尋ねる。

【アルシェラ】
「な、何故余を求める」

【恭也】
「大事なものをあらゆるものから守るために」

【アルシェラ】
「大事なもの……か。余にはそんなものはないから、よく分からん。
それに、お主達人間は、自分が一番大事なんではないのか?」

【恭也】
「そんな事はないと思う。確かに、そういう人たちもいるし、それが悪いとは言わない。
でも、全てを捨ててでも守りたいものがあるという人もいる」

恭也の脳裏に数人の顔が浮かぶが、アルシェラはそれには気付かず、さらに恭也に尋ねる。

【アルシェラ】
「お主もそうなのか?」

【恭也】
「……それは、まだ分からない。けど、俺は手を伸ばせば守ることが出来る人たちを守りたいと思っている」

【アルシェラ】
「意外と欲張りじゃな」

【恭也】
「ああ。だから、その為にもお前が必要なんだ」

【アルシェラ】
「そうか。……余はそんな事を言われたこともないから、よく分からんが、
そこまで言ってもらえるというのは、きっと嬉しい事なんだろうな」

アルシェラの顔を微かだが翳りが覆い、その瞳が一瞬だけ哀しみに染まる。

【アルシェラ】
(余は誰からも必要とされなんだ。必要とした者たちは皆、余の力が目当てだった。
だから、用が済めばすぐに邪魔者扱いじゃったな……)

それに気付きながら恭也は、更に言葉を発する。

【恭也】
「守る人たちの中にはお前も入っている」

恭也の言葉に、アルシェラは最初何を言われたが分からず茫然とする。
それを見て、恭也は再度同じ意味の言葉を言う。

【恭也】
「俺がお前を守る」

【アルシェラ】
「お主が余を守ると?悪霊や妖魔たちでさえ恐れる余を。一体何から守るつもりじゃ」

【恭也】
「何からであろうと。お前を害しようとするあらゆるのものから。差し当たって、今は孤独から、かな」

恭也のこの台詞にアルシェラは言葉を無くし、少しうろたえる。

【アルシェラ】
「な、何を言っておる、余は孤独など感じておらん」

【恭也】
「そうか?永い間、一人だったんだろう?」

【アルシェラ】
「余は強いから一人でも平気じゃ」

【恭也】
「でも、一人だとつまらないだろ」

【アルシェラ】
「そんな事はない!」

アルシェラはむきになって否定するが、その様子が今までと違い恭也は知らず口元に笑みを浮かべる。

【恭也】
「じゃあ、それは別に構わないさ。だけど、何かあれば力になるし、守ってみせるさ。
例え、たいして力になれないとしても」

【アルシェラ】
「だからと言って、余はお主のものにはならんぞ」

【恭也】
「ああ、別に良いさ。それとこれとは別で良い。ただ、俺がそうすると決めただけだから」

恭也のはっきりとした物言いに、アルシェラは心底不思議そうな顔をすると、

【アルシェラ】
「何故じゃ?」

【恭也】
「……さあ。特に理由なんてない。ただ、俺がそうしたいから。俺はお前と繋がりを持った。
お前にとっては、この何でもないような細くささやかな繋がりだが、俺にとってはそうじゃなかったって事だな」

【アルシェラ】
「お主は本当に変わっておるの」

【恭也】
「そう何度も言わないでくれ。本当に変になった気がしてくる」

【アルシェラ】
「もう充分変じゃがの」

【恭也】
「放っとけ。でも、人と人との繋がりなんて、案外そんな感じで始まるものだろ」

【アルシェラ】
「人………。魔神と呼ばれ、恐れ忌み嫌われてきた余を人と呼ぶか」

【恭也】
「そんな事は関係ないだろ。お前はお前なんだから。それ以上でも以下でもない」

【アルシェラ】
「くっくっくっく……。ふ、ふっふっふっふ、あはははははは」

アルシェラは最初こそ控えめに笑っていたが、徐々に声高らかに笑い出す。

【アルシェラ】
「気に入ったぞ!余はお前が気に入った。
始めはお主を凹まそうと勝負を申し込んだと思ったが、どうも最初から少しは気に入ってたみたいじゃな」

【恭也】
「今、聞き捨てできないような言葉が聞こえたんだが?」

【アルシェラ】
「気にするな。兎に角、たった今から、お主を余のマスターとして認めよう」

【恭也】
「それは…」

【アルシェラ】
「ああ、余の全てはお前のものじゃ。好きにするが良い。ただし、一つだけ約束せよ」

【恭也】
「何だ」

【アルシェラ】
「お主の先程の誓いじゃ。皆を守るという、あの想いを最後まで貫けよ。余はそれを見てみたい。
もし、途中で放棄するような事があれば……」

【恭也】
「言われるまでもない。分かっている」

【アルシェラ】
「そうか、なら良い」

【恭也】
「じゃあ、改めて宜しくな」

【アルシェラ】
「ああ。こちらこそな、マスター」

【恭也】
「そのマスターというのはやめてくれ。恭也でいい」

【アルシェラ】
「そ、そうか。で、では……きょ、恭也。これで良いか」

【恭也】
「ああ。俺もお前のことはアルシェラと呼ぶが」

【アルシェラ】
「ああ、構わん。それとな……」

そこで、アルシェラの声が急に小さくなる。

【恭也】
「うん?何だ、まだ何かあるのか?」

【アルシェラ】
「きょ、恭也が余を守ると言うのなら、余も全力を持ってお主を守ってやろう」

【恭也】
「そうか、それは心強いな」

どこか誇らしげに、そして嬉しそうに話すアルシェラの言葉に笑みを浮かべ恭也は答える。

【アルシェラ】
「うむ、ありがたく思うが良いぞ。余がこんな事を言うのは、恭也が初めてじゃからな」

【恭也】
「ああ、感謝するよ」

【アルシェラ】
「うむ。余は恭也のものになったんじゃ、これぐらい当然じゃ。そして、恭也。
お主もまた、余のものじゃからな」

【恭也】
「意味が良く分からんが」

【アルシェラ】
「余の許可なく、勝手に死ぬなという事じゃ」

【恭也】
「……成る程。了解した」

【アルシェラ】
「うむ、たった今、契約は終了じゃ。余は恭也のもので、恭也は余のもの。いいな」

【恭也】
「ああ」

将来の恭也がこの時居たら、もっと違う答えになっていたかもしれないが、当然、それは無理な話であった。
恭也はアルシェラの問いかけに頷き、返事をするのだった。
それを満足気に見て、アルシェラは再び剣を出現させる。

【アルシェラ】
「さて、お主の振るう小太刀とやらに形を変えるかの」

【恭也】
「それはそんなに簡単に形を変えれるものなのか?」

【アルシェラ】
「まあ、普通は無理なんじゃが、今なら可能じゃ」

【アルシェラ】
「本来、この剣はこの長剣と短剣の二つに形を変化できるものじゃが、余は長剣としてしか使っておらぬ。
そこで、第二形態とでも言うべき、短剣を小太刀にする。
これは、余を封じるときに、魔族たちが己の力の殆どを込めた鎖じゃ」

そう言うとアルシェラはどこからか鎖を取り出し、恭也に見せる。

【アルシェラ】
「永い年月でその力は弱まっているが、それでも、この力を全て使えば、短剣を小太刀にする事が出来る。
さて、どれぐらいの長さの小太刀にすれば良い」

アルシェラの問いに、恭也は士郎が持つ八景を思い出し、それと同じか少し長めに言う。

【アルシェラ】
「分かった。しばし待つが良い」

そう言い、アルシェラが目を閉じる。
と、アルシェラの髪が下から風に煽られるかのように浮かび上がり、全身を蒼白い光が包む。
続いて、ゆっくりと開いたその双眸は、先程までの翡翠とは変わり、真紅に染まっていた。
同時に、辺りの空気が禍々しく変わる。
恭也は腕に鳥肌を浮かべながら、その様子をじっと眺めていた。
ゆっくりと翳した両手の間に浮かぶ長剣が徐々にその姿を変え、短剣へと変貌を遂げる。
それを見て、アルシェラがゆっくりと息を吐くと、その双眸が蒼く変わる。
途端、さっきまでの禍々しい空気が一変し、今度は厳かで神々しいものになる。
すると、短剣の形をしていたのが、恭也の慣れ親しんだ小太刀の形へと変わる。
それを手に取るのと、アルシェラの双眸が再び翡翠に戻るのはほぼ同時だった。

【アルシェラ】
「ふぅー。これで良いか?」

アルシェラは手にした小太刀を恭也へと渡す。
恭也は受け取ったそれを何度か振ると、

【恭也】
「ああ、これで良い。因みにこれは、魔剣になるのか?」

【アルシェラ】
「ふむ、違うの。余がその剣に宿っていれば、実体のないものも斬れるが、今のように剣から離れていてはただの剣じゃ。
最も、余が力を送れば話は別じゃが。あまり遠いと力を送れんし、効率も悪い。
やはり余が宿る方が良いじゃろうな」

【恭也】
「そうか。なら、霊剣……にはならないしな」

【アルシェラ】
「うーむ。敢えて言える分類はないな。
そもそも、余は魔力と神力の両方が使えるゆえ、それを引き出せれば魔剣など問題にもならんのだが」

【恭也】
「なら、魔神剣って所だな」

【アルシェラ】
「余は魔神ではないと何度言えば……」

【恭也】
「すまない。そう言うつもりで言ったんじゃないんだ。魔力と神力の剣。で、魔神剣のつもりだったんっだが。
嫌ならやめるか。別に分類なんかどうでも良いしな」

【アルシェラ】
「………いや、恭也がそう名付けたのなら、それで良い」

【恭也】
「良いのか」

【アルシェラ】
「ああ。恭也が名付けたのであろう」

【恭也】
「ああ、そうだが」

【アルシェラ】
「なら、それで良い」

【恭也】
「そうか。なら、魔神剣アルシェラだな」

恭也の言葉にアルシェラは嬉しそうに頷く。

【アルシェラ】
「普段は余が持っていよう」

そう言うとアルシェラは、再びペンダントの形に戻すと首に掛ける。

【アルシェラ】
「では、そろそろ元の世界に戻るとするかの」

【恭也】
「そう言えば、どうやって戻るんだ?」

【アルシェラ】
「知らずに来たのか?」

【恭也】
「いや、来たというか、気がついたらいたと言うか」

恭也の言葉にアルシェラは呆れたような顔をして、

【アルシェラ】
「全く、変に大人びていると思えば、まだまだ子供だし。ほんに面白い奴だ」

【恭也】
「放っておけ。俺がこんな風になったのは父さんに原因の一端があるんだから」

【アルシェラ】
「まあ、その辺は後々聞くとするか」

【恭也】
「そうだな。俺も色々と聞きたい事があるしな」

【アルシェラ】
「そうじゃな。とりあえずは、ここから出るとするか」

【恭也】
「ああ」

【アルシェラ】
「ここを出たら、恭也には稽古をつけてやろう。余を守れるぐらい強くなってもらわんとな。
それに、余の力を少しでも引き出せるようにならんとな」

【恭也】
「ああ。それはぜひ頼む」

【アルシェラ】
「では、行くか」

アルシェラは恭也の後ろに回りこむと、腕の中に恭也を抱きしめる。
途端、顔を赤くして抗議しようとする恭也に、

【アルシェラ】
「仕方あるまい。こうせねば、お主だけ置いてけぼりだぞ」

と言われ、大人しくなる。

【アルシェラ】
「では、行くか。少し目を閉じていろ」

アルシェラの言葉に素直に目を閉じた恭也は、身体に浮遊感を感じながら、それに身を任せた。






つづく




<あとがき>

ふぅ〜、アルシェラ編も終ったな。
美姫 「まだ、次回もあるでしょ」
確かにな。でも、恭也とアルシェラの出会いは終ったという事で。
美姫 「早く書かないとね」
だね。
美姫 「そういう訳で、今回は……」
この辺で。ではでは。








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