『とらハ学園』






第27話






三角学園、高等部2年G組。
今、このクラスでは一限目が始まっていた。
教壇では、このクラスの担任でもある樋口若菜が教鞭を執っていた。
その途中、教室の扉が開き、生徒が入ってくる。

【薫】
「すいません、遅れました」

薫に続き、ぞろぞろと入ってくる五人の生徒たち。

【忍】
「すみません、遅くなりました」

【勇吾】
「すいません」

【恭也】
「どうも、すいません」

【耕介】
「遅れました」

【真一郎】
「うぅぅ……。ずびません……」

恭也と耕介に両方の腕を引っ張られ、引き摺られながら入ってくる真一郎。
学校内でも有名な者たちが一緒に授業に遅れ、続けて入ってくる事に興味を抱くクラスメイトたちを余所に、
若菜は小さい声で六人に話し掛ける。

【若菜】
「ど、どうして遅れたんですか」

この質問に真一郎を除く全員が、一斉に真一郎を見て口を開く。

【恭也&耕介&勇吾&薫&忍】
「こいつの所為です」

【真一郎】
「お、お前ら……、鬼か……。この、ひ、人でなしめ……」

【耕介】
「しかし、なあ?」

【忍】
「うん。真一郎に合わせて歩いたから、こんな時間になった訳だし」

【恭也】
「あながち間違いではないかと」

【真一郎】
「や、優しい友達たちで、お、俺は嬉しいよ……」

【勇吾】
「そうか、それは嬉しい言葉だよ」

【薫】
「まあ、恭也たちも冗談はこのぐらいにして……」

【耕介】
「そうだね。すいません、先生。理由は単純に寝坊です」

【若菜】
「み、皆揃ってですか?」

【勇吾】
「ええ、ちょっと色々とありまして……」

まさか夜遅くまで宴会をしていた上、二日酔いで遅れたなどと言える筈もなく、全員が言葉を濁す。
だが、若菜はそれを素直に信じたようで、

【若菜】
「そうです。皆揃ってなんて、本当に仲が良いんですね」

と、少しずれた事を言う。
そんな折り、恭也と耕介に支えられていた真一郎から、潰れたような声が上がる。

【真一郎】
「うぅぅ……。き、気持ち悪い」

真一郎の呻き声に、若菜は慌てたように真一郎に駆け寄る。

【若菜】
「だ、大丈夫ですか?相川君」

【真一郎】
「だ、駄目かも……」

【若菜】
「一体、どうしたんですか?」

少し涙ぐみながら、本人から聞くのは無理と悟ったのか、若菜は恭也たちに尋ねる。
しかし、恭也たちは顔を合わせるだけで、何も言わない。
正確には言えないのだが。
そんな恭也たちの様子に、さらに涙ぐみ、今にも泣きそうになる若菜。
このままでは泣くのも時間の問題という時、忍が若菜に声を掛ける。

【忍】
「先生、そんなに気にしなくても大丈夫ですって」

【若菜】
「で、でも」

【忍】
「本当に大丈夫ですって。そう、ただのつわりですから」

【耕介&勇吾】
「ぶっ!」

耕介と勇吾が噴き出し、薫が目を見張る中、恭也も流石に止めようと口を開く。

【恭也】
「お、おい忍!」

が、それよりも先に若菜が反応する。

【若菜】
「何だ。つわりだったんですか。だったら、仕方がないですね」

そう言って納得すると、忍たちが呆気にとられる中、教壇へと戻る。

【恭也】
「おい、良いのか?」

【忍】
「は、はははは。この場合、良いんじゃない」

【薫】
「しかし……」

【耕介】
「まあ、このまま何事も無かった事にすれば」

【勇吾】
「だよな。流石に本気って事はないだろ」

全員の視線が若菜に注がれる中、若菜は真一郎が大した怪我とかをしていない事に、ほっと胸を撫で下ろしていた。

【若菜】
「でも、良かったです。どこか怪我でもしているのか心配でしたけど、ただのつわりだったなんて。
……………つわり?」

若菜は途中で足を止めると、ゆっくりと振り返る。
その目には涙が浮かんでいた。

【恭也】
「ほら、見ろ、やっぱり信じていた」

【耕介】
「いや、まさか本当に信じるとは」

【忍】
「やっぱり怒ってると思う?」

【勇吾】
「ちょっと分からんが、その可能性も充分にある」

【薫】
「忍、うちらまで巻き込むな」

薫の言葉に全員が頷く。
それを見た忍は大げさによろめき、

【忍】
「ひ、酷いわ皆。生きるのも死ぬのも一緒って、あの夕日に誓ったのに。
あれは、あれは嘘だったのね!」

【恭也】
「また何を訳の分からない事を言ってるんだ、お前は」

【薫】
「まあ、忍のする事だから」

呆れる恭也と薫。
しかし、耕介はそんな忍に不敵な笑みを浮かべると、

【耕介】
「誓い?そんなものは忘れたね。俺は何をしてでも、生き残ると決めたんだ。
それが、そう例えお前を裏切る事になってもな!」

【忍】
「そ、そんな……。……そう、仕方がないわね。そこまで言うのだったら、私ももうあなたを仲間だなんて思わないわ。
本気で消してあげる!」

【耕介】
「ふっ。望む所だ。お前が俺に勝てるとでも思っているのかっ!」

【忍】
「そんな事やってみないと分からないでしょ?それに、今までの私と一緒だと思わないほうが良いわよ」

【耕介】
「面白い。見せてもらおうか、お前の実力とやらを……」

【忍&耕介】
「……………………」

忍と耕介はお互いにじっと見詰め合う。
その様子はお互いの隙を伺っているようで、見ている者たちが息を潜める。
と、二人は同時に恭也たちの方を見ると、

【忍&耕介】
「いい加減、誰か突っ込むなり、止めるかして頂戴(くれよ)」

【恭也】
「知るか」

【薫】
「全く二人して何をやってるね」

【勇吾】
「とりあえず、そこらにしておけ。じゃないと……、ほら」

勇吾が指差す先では、若菜が二人のやり取りに真剣に聞き入っていた。

【恭也】
「はぁー、先生、もう終りましたよ」

【若菜】
「えっ?こ、これからお二人が戦うんでは……」

【耕介】
「え〜と……」

【薫】
「先生、しっかりしてください」

薫の言葉に若菜は現状を理解し、恥ずかしそうに俯く。

【若菜】
「す、すいません。二人の迫真の演技につい、映画を見ているような気に……」

【恭也】
「気にしないで下さい。元はと言えば、こいつが悪いんですから」

恭也はそう言うと、忍の頭を軽く叩く。

【忍】
「テヘッ。ごめんなさい」

叩かれた忍は舌を出し、可愛らしく笑うと、両手を合わせて謝る。

【若菜】
「あ、いえ、こちらこそ」

若菜は良く分からない返答を返す。
そして、何とかその場が治まりそうになった時、死にそうな声が再び響く。

【真一郎】
「お前ら……、俺のこと忘れているだろう。は、早く席に……」

【恭也】
「そうだったな」

【耕介】
「あははは、すまん、すまん」

恭也と耕介に吊るされた真一郎を見て、若菜が思い出したかのように声を掛ける。

【若菜】
「そ、そうでした。どうして、つわりなんか。父親は誰なんですか、相川君」

若菜の言葉に全員が言葉を失う。

【恭也】
「なあ、耕介、勇吾。本気……だよな」

【耕介】
「ああ。これが演技って言うんなら、道を間違えたな」

【勇吾】
「ああ。役者も顔負けだぞ」

【忍】
「でも、本気なら本気で問題よね」

【薫】
「確かに忍の言う通り、本気で言ってると問題があるかと」

どうしたものかと頭を抱える恭也たち。

【若菜】
「ま、まさかあなたたちの中に父親が……」

【恭也】
「何でそうなるんだ」

【忍】
「ははは。恋は盲目とはよく言ったものだわ」

【耕介】
「これは度が過ぎるだろ」

【若菜】
「ま、まさか……、あなたが父親?」

恐る恐るといった感じで若菜は勇吾を指差す。
指された勇吾は慌てて首を振り、否定する。

【勇吾】
「違います!」

【若菜】
「じゃあ、あな……」

【耕介】
「絶対に違います!」

【若菜】
「じゃ、じゃあ……」

若菜の視線が最後の恭也へと向う。
その途端、

【薫&忍】
「違います!」

薫と忍が力一杯に否定する。

【若菜】
「じゃ、じゃあ誰なんですか〜」

何故か半泣きになって聞いてくる若菜に溜め息を吐きながら、恭也が話し掛ける。

【恭也】
「先生、落ち着いてください。真一郎は男ですよ」

【若菜】
「…………。あっ、そうでした」

その言葉に恭也たちだけでなく、教室中から安堵の息が漏れる。

【若菜】
「だったら、父親じゃなくて母親は誰ですか!」

【3−G全員】
「それも違う!」

期せずして、クラス全員の叫びが一つとなった瞬間であった。

【耕介】
「先生、落ち着いてください。男が妊娠なんかするわけないでしょ」

耕介が子供を諭すようにゆっくりと言い含めて聞かせる。

【若菜】
「………………そう言われてみれば、そうですね。じゃあ、何でつわりが?」

【勇吾】
「ですから、それは冗談ですよ」

【若菜】
「冗談……?」

若菜の呟きに恭也たちは頷く。

【若菜】
「そ、そんな……。あ、あんまりですよ。私、本気にしたじゃないですか」

今にも泣き出しそうな若菜を見て、恭也たちはまずいと思い、忍が慌てたように話し出す。

【忍】
「そ、それだけ先生が親しみやすいって事ですよ。ね、ね」

忍の言葉に首肯する。

【若菜】
「ほ、本当ですか?」

【忍】
「本当、本当。だから、さっさと授業を再開しましょう」

【若菜】
「そ、そうですね。分かりました。では、席に着いて下さい」

急に笑顔になった若菜にほっと胸を撫で下ろしつつ、恭也たちは席へと着く。
真一郎はそのまま机に突っ伏した状態で、動く気力もないのか、教科書を出す素振りもない。
そんな真一郎を横目で見ながら、薫は苦笑を浮かべつつ、

【薫】
「まあ、気分が悪いみたいだし、仕方がなかね」

【耕介】
「確かにな。でも……」

【勇吾】
「ああ。あれは、な」

耕介たちの視線の先では、席に着いた恭也と忍がいた。
忍は席に着くなり、教科書とノートを取り出し、教科書を開くと、机の上に立て、その陰に隠れるように顔を隠す。
恭也に至っては、とりあえず教科書やノートは出したものの、開きもせずにそのまま机へと顔を伏せる。
そんな様子に気付いていないのか、若菜は授業を再開し出した。
薫たちも溜め息を一つ吐きながらも、何も言わず授業の準備を始めた。
ちなみに、この後すぐにチャイムがなり、結局授業は再開されなかったのだが、
何故か若菜は胸のつかえが取れたように、清々しい笑みを浮かべ教室を後にした。






つづく




<あとがき>

戻ってきました現在編。
美姫 「とりあえず、ドタバタ?」
おう。
美姫 「何かこの若菜ってキャラが結構出てるわね」
本当だね。
美姫 「因みに、他の教師とかも出てくるの?」
予定のあるキャラもいるよ。剣道部の顧問とか。
それらは設定もあるし。
美姫 「本当だ……。いつの間に」
これは最初の頃からあったぞ。他にも、こんなキャラとか。
美姫 「色々あるわね〜」
ふふふふ。ちなみに、裏設定も幾つか……。ほれ。
美姫 「これって、本編に出てくるの?」
出てくるのとそうでないのがあるな。
今のところ分からないってのも、結構あるし。
美姫 「ボツ案はどうなるの?」
ボツの広場へと……。
美姫 「可哀相に。いつか復活できる事を願いつつ、今回はこの辺で…」
また次回でね!








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