『とらハ学園』






第30話






珍しく早い時間帯の通学路を早足で歩く恭也たち。
まるで何かから逃げているような様子さえ見受けられる。

【恭也】
「ふぅー、ここまで来れば大丈夫だろう」

【瑠璃華】
「そうですね」

そう言いながらも、歩く速度はそのままで話す。
万が一、美由希が追って来たらという強迫観念にも似た気持ちを全員が持っているため、
誰も足を止めないし、その事について何も言わない。

【月夜】
「しかし、美由希の奴も何で急に料理なんか」

【なのは】
「でも、たまに作る練習はしてたよ」

【恭也】
「恐ろしい事を…。自分ひとりで試食すれば良いものを」

【なのは】
「で、でも美由希お姉ちゃんも努力してるんだし」

【恭也】
「なのは、努力するのは確かに良い事だ。
だがな、その成果が出る前に人に振舞うのはどうだろう」

【月夜】
「そうそう。せめて、人が食べれる物を作ってくれたら、私たちも食べるさ。
………多分」

【瑠璃華】
「その場合は、月夜ちゃんにお願いするとしますね」

【月夜】
「瑠璃華って、たまに酷い事を言うよな」

【瑠璃華】
「そうですか?だって、今、月夜ちゃんが自分で食べるって言ったんじゃないの?」

【月夜】
「それは、美由希がちゃんと食べれるものを作った場合だって」

【瑠璃華】
「だから、その時はお願いねって言ってるのよ」

【月夜】
「あ、ああ。その時は分かった」

そんな話をしていると、前方に見慣れた後ろ姿を見つける。

【なのは】
「あれって薫さんたちだよね」

【恭也】
「だな」

恭也たちは薫たちに近づくと声を掛ける。

【薫】
「恭也。珍しかね、こんな時間に」

【恭也】
「薫たちこそ、早いな」

恭也の言葉通り、薫たちとは大体いつも御神不破家へと向う道と神咲家へと向う道のT路地で出会う。
これは、薫たちが恭也の出る時間に合わせているのだが、当然、恭也が気付いている筈もなく。
いつもより早くに出た自分たちが、薫たちに出会ったのを不思議に思っていた。

【薫】
「まあ、色々とあるんよ」

苦笑しながらそう答える薫の後を楓が続ける。

【楓】
「まあ、危険を回避するためって所なんやけどね」

【葉弓】
「しかし、恭也さんたちこそ早くないですか?」

【恭也】
「まあ、色々とありまして」

【和真】
「そう言えば、美由希ちゃんは?」

【月夜】
「美由希は後から来るよ」

【瑠璃華】
「そう言えば、そちらは那美ちゃんが見当たりませんが…」

【北斗】
「那美も後から来ますよ、多分」

お互いの現状と顔を見て、何となく思いついた事があったのか、恭也と薫は期せずして同時に口を開く。

【恭也&薫】
「まさか、料理…」

それだけでお互いに何があったのかを理解する。

【恭也】
「なるほど、那美もか」

【薫】
「美由希ちゃんもね」

全員が揃って溜め息を吐く。

【楓】
「という事は、恐らく昨晩の電話で…」

【葉弓】
「でしょうね。電話が終った後、何か楽しそうでしたし」

【月夜】
「でも、まだ那美の料理の方がマシじゃない。何とか食べれるものが出来るんだし」

【和真】
「まあ、無理してが頭に付くけどな」

【北斗】
「それも、かなりが付くほどね」

【恭也】
「まあ、でもたまにちゃんと食べれる物が出来上がるんだから、良いじゃないか」

【瑠璃華】
「そうですね。美由希ちゃんは何故か、普通の食材を使っているのに……」

【月夜】
「出来上がるのは人智を超えたものだしな」

【なのは】
「この間は黒に近い緑色のカレーを作ってたもんね」

【葉弓】
「グリーンカレーですか?」

【月夜】
「市販の普通のルーで、ですよ」

【恭也】
「材料もゴクゴク普通の物だったよな」

【瑠璃華】
「ええ。私が見た限りではおかしなものは入れてませんでしたけど…」

【恭也】
「まあ、朝から嫌な事は思い出さなくても良いだろう」

恭也の言葉に頷く月夜たちを見て、薫たちは苦笑を浮かべた。
その後は、美由希や那美たちに追いつかれる事もなく、無事に学園へと辿り着く。
恭也と薫が下駄箱に来ると、勇吾が丁度上履きに履き替えている所だった。

【勇吾】
「あれ?二人とも早いじゃないか」

【恭也】
「まあな」

【薫】
「色々とあるんよ」

そう言いながら、二人は自分の下駄箱を開ける。
と、上履きを取ろうとした恭也の手が止まる。

【恭也】
(これは…?)

恭也は下駄箱に入っていた手紙を取り出す。
勇吾が何度か貰っているのを見たことはあるが、まさか自分に入っているとは思わない恭也が、最初に考えた事は、

【恭也】
(誰かが間違えたか)

そう思い手紙に目をやると、そこには不破恭也様へと書かれており、自分宛てに間違いがなかった。

【恭也】
(果たし合いか。しかし、目立った事はした覚えがないし。まあ、中を見れば分かるだろ)

恭也はその手紙をポケットに仕舞い込むと、上履きに履き替える。
それを見ていた勇吾はその顔に笑みを浮かべると、

【勇吾】
「恭也〜、誰からだ、そのラブレターは」

勇吾の言葉に薫は驚いた顔で恭也を見る。
恭也は溜め息を吐きながら、

【恭也】
「勇吾、まだ中を見てないのに決め付けるな。第一、俺宛てにそんな物がくるはずないだろう。
現に、薫も驚いているだろう」

【勇吾】
「お前なー。いい加減、自覚しろよ。無自覚ってのは、それだけで充分罪だと思うんだが。
第一、神咲が驚いてるのは別の事だってのに…」

勇吾の言葉に頷きながらも、手紙が気になってしょうがない薫は、何気ない振りを装い恭也に尋ねる。

【薫】
「そ、それでその手紙には何て書いてあると?」

【恭也】
「さあな。俺もまだ見てないし」

【薫】
「読むん?」

【恭也】
「それはそうだろ。一応、俺宛ての手紙なんだしな」

流石に恭也宛ての手紙を見せてとは言えず、薫は不安そうな顔で恭也の手紙をつい見てしまう。
そんな薫の様子を見て、恭也は安心させるように言う。

【恭也】
「安心しろ薫」

【薫】
「えっ!」

その言葉に期待を込め、胸が高鳴るのを押さえきれず、薫は思わず胸を押さえる。

【恭也】
「まだ果し合いとは限った訳ではないんだから。それに、話し合いで解決するかもしれんだろう」

その台詞に薫はやっぱりという思いと、恭也の鈍感さに対する怒りや呆れ、そしてほんの少しやるせなさを感じる。
それを顔に出す事なく、

【薫】
「そ、そうじゃね。でも、その心配はいらないと思うけどね」

【恭也】
「そうか?まあ、用心するに越した事はないしな」

そう言いながら、教室へと向う。
そんな二人のやり取りを見ていた勇吾は、薫に苦笑してみせる。

【勇吾】
「まあ、恭也だしな」

【薫】
「そうじゃね。自分宛てに来る手紙の原因として、一番に思いつくのが果し合いやしね」

【勇吾】
「まあ、実際にどうだかまだ分からないんだし、そんなに落ち込まなくても」

【薫】
「べ、別にうちは…」

【勇吾】
「本当に分かりやすい反応だな」

そう言って笑う勇吾を睨みつける薫。
そんな二人のやり取りに気付き、二人を見るもののただ首を捻るだけの恭也。
そんないつもと同じ様で少し違う一日は、こうして幕を開けた。





  ◇ ◇ ◇





あの後、忍にその手紙の事がばれ、耕介、真一郎は元より美由希たちへと広まっていくのにそう時間は掛からなかった。
昼休みに入る頃には、その手紙の事は美由希たち全員が知る事となっていた。

【恭也】
「さて…」

昼休みに入ると、恭也は席を立つ。

【耕介】
「恭也、昼飯か?」

【恭也】
「ああ」

【真一郎】
「じゃあ、俺たちも行くか」

【恭也】
「そうか。行くのは構わないが、さっさと行くぞ」

【勇吾】
「おいおい。何もそこまで慌てなくても良いだろう」

【忍】
「まあ、早く行くのに越した事はないけどね」

【薫】
「いや、恭也の言う通り早く行こう」

【耕介】
「薫までどうしたんだ?」

耕介の疑問に答えながらも、恭也と薫は教室の扉へと歩いて行く。
慌ててその後を追いかけながら、耕介たちは事情を聞く。

【恭也】
「早くしないと、美由希が弁当を持ってくるかもしれないからな」

【薫】
「うちは那美が」

【耕介】
「………ちなみに聞くが、どちらも手作りか」

耕介の問い掛けに二人は首肯する。
その答えに耕介たちは苦笑を浮かべるが、続く恭也たちの言葉で血の気をなくす。

【恭也】
「ひょっとしたら、耕介たちの分まで作っているかもな」

【薫】
「うちらは出来上がる前に家を出たから、どれだけの量を作ったのか知らないし」

【真一郎】
「ほら、ぼさぼさするなよ。早く行くぞ」

【勇吾】
「そうだな、何だか今日は早く食堂に行きたい気分だ」

【忍】
「別に私たちは、美由希たちが弁当を作ってきてるなんて知らなかった訳だしね」

【耕介】
「そうそう。流石に昼食を食べた後に、弁当までは入らないしな」

【恭也】
「当たり前だ。第一、俺も美由希が弁当を作っていたなんて知らなかったんだからな」

【薫】
「うちも同じく」

口々に説明的な言い訳をしながら、早足で歩いて行く。
そして、同じ様な事が同じ校舎内の違う個所で起こっているのは言うまでもなかった。





その後、誰かを探して校舎をうろつく、大きな包みを持った二人組みの女子生徒が、生徒たちに目撃されたとかいないとか。

【美由希】
「どうして誰もいないの〜」

【那美】
「不思議ですね〜」





  ◇ ◇ ◇





恭也は昼食を早めに食べ終えると、一人屋上へと来ていた。
人がいない事を確認すると、恭也はポケットから手紙を取り出し、中を確認する。

『不破恭也さまへ

突然、このような手紙を受け取られ驚かれたと思います。
迷惑だったら、これから先は読まずにそのまま捨ててください。
でも、少しでも興味を持って頂けたのなら、もう少しだけお付き合いください。


初めて逢った時から、あなたの瞳に魅せられました。
あの時、私はあなたに魔法をかけられてしまい、それはそのまま解けずに今日に至ります。
こういう形ですけど、私の想いを伝えたいと思いました。
出来ることならもう一度、あなたの瞳に見つめられたい。
私がここにいる事を感じて欲しい。
よろしければ今日の放課後、クラブ棟の裏まで来てください。


             あなたを想って眠れない夜を過ごす少女より 』

【恭也】
「……変わった果たし状だな。それとも、何か用事でもあるのだろうか。
どっちにしろ、今日の放課後だな」

恭也は一人、真剣に呟くと屋上を後にした。





  ◇ ◇ ◇





屋上を後にした恭也は、勇吾に部活に少し遅れるかもしれない事を伝える。
勇吾は事情を察したのか、それだけで頷く。
が、この時の出来事を忍が見ており、五時限目が終ると教室を出ていった。
この時、恭也は特に不審には思わず、そのまま真一郎たちと話をしていた。
そして、放課後。
恭也は鞄を掴むと、教室を後にすると、クラブ棟の裏へと行く。
その頃、クラブ棟では…。
忍、美由希、那美、知佳、レン、晶、楓、唯子、理恵、月夜が集まっていた。

【忍】
「皆、早いわね」

【那美】
「はい。六時限目が終ってすぐに来ましたから」

【唯子】
「HRなんて受けてられないよ」

唯子の言葉に全員が頷く。

【レン】
「しかし、よく場所が分かりましたね」

【忍】
「ふふふ。その辺は抜かりないわよ」

【晶】
「一体どうしたんですか?」

【忍】
「それは…。って、単に人目のつかない所を考えたら、幾つかに絞れるのよね。
後は、恭也にそれとなーく話を振って、その反応から…」

得意げに話す忍の言葉を遮り、美由希が声を上げる。

【美由希】
「あ、向こうから来る人がそうじゃないかな」

美由希の指す方向から、確かにこちらへと向って歩いてくる一人の女子生徒が見えた。

【知佳】
「で、どうするの?」

【忍】
「どうしようか」

【月夜】
「何も考えてないの」

【忍】
「そういう月夜は何か考えでも?」

【月夜】
「ない」

【楓】
「だったら、恭也があの人を好きにならないようにするとか」

【忍】
「それよ!そうね、具体的には…」

忍の言葉に全員が耳を傾けようとした所で、背後から声が掛けられる。

【耕介】
「で、忍たちはこんな所で何をしているんだ」

【忍】
「あ、あはははは。耕介たちこそどうしたの?」

【真一郎】
「とりあえず、何か良からぬことを企む人たちの成敗かな」

【理恵】
「それって、私たちの事ですか?」

【薫】
「他にいると?」

【美由希】
「で、でも、これは…」

【勇吾】
「美由希ちゃんたちの言い分もあるだろうけど、あの子には関係ないだろ?」

【那美】
「か、関係なくは…」

【葉弓】
「那美ちゃん。皆も」

葉弓のいつになく強い口調に一斉に押し黙る。
その葉弓の後を継ぐように、瑠璃華が口を開く。

【瑠璃華】
「確かに恭也さんは鈍感です。
けれど、だからって月夜ちゃんたちがこんな事をして、邪魔をしても良いって事にはならないわ」

【真一郎】
「瑠璃華ちゃんの言うとおりだよ。あの子は一生懸命、勇気を出して恭也に想いを伝えようとしてるんだ。
それを邪魔する権利は君たちにはないよ」

【耕介】
「美由希ちゃんたちの気持ちも分からなくはないけどね。
でも、君たちは恭也に何も言ってないんだよ。でも、あの子はそれを伝えようと努力してるんだ」

【薫】
「そんな想いを潰すような真似を本当にしても良いと?」

【勇吾】
「ましてや、それを恭也が知ったら…」

【葉弓】
「自分の知り合いが迷惑を掛けたとなったら、恭也さんも傷つくんじゃないかしら」

耕介たちの言葉に美由希たちは項垂れる。

【美由希】
「ごめんなさい」

【忍】
「どうやら、私たちが間違ってたみたいだわ」

忍の言葉に全員が頷く。

【薫】
「じゃあ、今回はまだ何もしてなかったみたいだし」

【耕介】
「そうだな、このままここを離れるか」

耕介の言葉に忍たちは反省した様子でその場を離れる。
それから暫くして、恭也がその場に姿を見せ、その女子生徒と何かを話し始めたが、
忍たちは一度もそちらを見ることをせず、立ち去った。



後日、あの時の生徒が転校した事を忍たちが知るのはもう少し後の話。
それを知った忍たちは恭也に詳しい話を聞ける範囲で良いからと聞く。

【恭也】
「あの子はどういう訳か、俺に好意を寄せてくれていたらしくてな。
で、転校が決まったので、最後にそれを伝えたかったらしい」

【忍】
「ふーん」

忍は一言だけそう言うと、後は何も聞かずにいた。
他の面々も特に何も言わず、ただ黙っていた。
そんな恭也たちの間をすり抜けるように一陣の風が舞った。





【女子生徒】
「はぁー。言いたい事を言えて良かった」

何かを言いかけた恭也を制し、その女子生徒は口を開く。

【女子生徒】
「別に返事は良いのよ。私が言いたかっただけなんだから。
って、言うよりも、答えが分かっているからね。だから、聞きたくないだけなのかも。
不破君、断わるつもりだったでしょ?」

恭也は何も言わないが、その目を見てその生徒は納得したように頷く。

【女子生徒】
「やっぱりね」

【恭也】
「べ、別にあなたの事が嫌いだからとかではなく…」

【女子生徒】
「分かってるわよ、それぐらいの事は。
だから、言ったじゃない。ただ、私の気持ちを伝えたかっただけだって。
知って欲しかっただけ。私ね……、今度転校するんだ。
だから、最後に言うだけ言おうって決めたの。まあ、不破君には迷惑なだけかもしれないけどね」

【恭也】
「そ、そんな事はありませんよ。正直、俺みたいなのに好意を持って頂いて、嬉しかったです」

【女子生徒】
「そう?そう言ってもらえると少しは救われるかな」

そう言って無理に微笑む少女の右目から涙が一筋流れる。
少女とはそのまま恭也の胸に顔を押し付けるように飛びつくと、今にも消えそうな声でそと呟く。

【女子生徒】
「ごめんね。少しだけこのままで…」

恭也は何も言わず、ただ大人しくその少女が落ち着くまで付き合っていた。
やがて、落ち着いた少女は、赤くなった目で恭也を見詰めると、最高の笑顔を見せる。

【女子生徒】
「うん。これで心残りは無くなったわ。ありがとうね、不破君」

【恭也】
「……こちらこそ」

【女子生徒】
「じゃあね」

少女はそう言うと、恭也に背を向け真っ直ぐに歩いて行く。
その後ろ姿を眺めながら、恭也はその少女の強さを目にし、口元に笑みを浮かべると自身もその場から立ち去るのだった。






つづく




<あとがき>

30話〜。
美姫 「一応、恭也メインの話ね」
はははは。で、次は…。
美姫 「はいはい。それはお楽しみ、とか言うんでしょ」
先に言うなよ〜。
美姫 「いや、だってそんな事言っても、次のメインが耕介って分かってるし」
な、何故、それを!
美姫 「自分で言った事も忘れたの?」
…………えへ☆
美姫 「可愛くない!」
イテッ!
美姫 「ったく、気持ちの悪いものを……」
グスグス。
美姫 「はいはい。じゃあ、次回でね」
ばいばい。








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