『とらハ学園』
第31話
ある日の放課後。
槙原耕介は帰宅途中、商店街へと寄り、夕飯の材料を買い終えた所だった。
【耕介】
「うーん、特売日だったからって、つい買い過ぎてしまったかな」
耕介は両手に抱えた買い物袋を見て、そう呟く。
【耕介】
「まあ、何とか持てなくもないし大丈夫だろう」
耕介は一度荷物を持ち直すと、再び歩き出す。
と、しばらく行った先の道隅で、一人の女の子が泣いているのを見つける。
年の頃5歳といった感じの女の子が掠れた声で泣いているのを見て、耕介は周りを見渡す。
が、生憎と耕介以外に人はおらず、耕介はその女の子の傍にしゃがみ込む。
【耕介】
(頼むから怖がらないでくれよ)
自分の体がでかい事を認識しており、不用意に声をかけようものなら怖がらせてしまうと思い、出来る限り優しく話し掛ける。
【耕介】
「あー、お嬢ちゃん、どうしたのかな?」
【女の子】
「うぅぅ、ぐすぐす。ママ〜」
【耕介】
「お母さんとはぐれちゃったの?」
耕介の言葉に女の子は泣きながらも頷く。
【耕介】
「……あ〜、何処ではぐれたのか分かる?」
首を横に振り、分からないと小さく呟く女の子。
【耕介】
「仕方がないか……。えっと、お嬢ちゃんのお名前は何て言うのかな?」
【女の子】
「加奈……」
【耕介】
「加奈ちゃんか、良い名前だね。一緒にお母さんを探してあげるからね。
だから、泣き止もうね」
耕介は出来る限り優しく言うと、加奈の様子を伺う。
暫くは反応がなかったが、やがてゆっくりと頷く。
それを見た耕介は持っていた荷物を片手にまとめると、残る手で加奈の手を握る。
【耕介】
「じゃあ、行こうか」
小さく頷く加奈に微笑みかけながら、耕介は加奈の来た方へと歩いて行く。
耕介は母親らしき女声を見るたびに加奈に尋ねるが、加奈の母親は見つからなかった。
やがて、疲れたことも手伝い、またぐずりだした加奈を何とか落ち着かせようと耕介は一旦商店街を抜け、
近くにある小さな公園で加奈を休ませる。
【耕介】
「はい、加奈ちゃん」
【加奈】
「ありがと、お兄ちゃん」
【耕介】
「どういたしまして」
加奈に缶ジュースを手渡しながら、耕介も加奈の横に座る。
【耕介】
「加奈ちゃんはどこまでお母さんと一緒だったの?」
【加奈】
「分からないの……。気がついたら、ママがいなくなって、グスグス」
耕介はしまったと思いながら、話題を変える事にする。
【耕介】
「えーと、………そ、そうだ加奈ちゃんはどこの幼稚園かな?」
【加奈】
「か、加奈はみすみようちえん」
【耕介】
「へっ?三角?三角なの?」
【加奈】
「うん」
【耕介】
「へ〜。俺も三角なんだよ。最も俺は高等部だけどね」
【加奈】
「こーとーぶ?」
【耕介】
「えーと、ほら、加奈ちゃんの幼稚園の横に大きな建物があるだろう」
【加奈】
「うん」
【耕介】
「そこがお兄ちゃんの学校なんだよ」
【加奈】
「へー。近いね」
【耕介】
「うん、近くだね」
何とか泣き止んだ事をほっとしつつ、この後どうするかを考える。
【耕介】
(三角の園児なら、そこに行けば連絡先が分かるな)
【耕介】
「よし」
耕介は一声上げると、立ち上がる。
【耕介】
「加奈ちゃん、とりあえず幼稚園に行こうか」
【加奈】
「うん♪行く〜」
耕介の言葉に無邪気に微笑む加奈を見ながら、耕介は歩き出す。
【耕介】
「加奈ちゃんは幼稚園好きなの?」
【加奈】
「うん!好きだよ。お友達もいっぱいいるし、それに真琴先生がいるから!」
それから加奈は幼稚園での出来事をずっと話して聞かせる。
その話の殆どに真琴先生という名がよく出てきて、加奈がその先生の事を本当に好きなのが分かる。
【耕介】
「加奈ちゃんは、本当にその真琴先生が好きなんだね」
【加奈】
「うん。だって、優しいんだもん」
そうやって話しているうちに、疲れたのか加奈が黙り始める。
それを見た耕介は立ち止まり、荷物を下ろすと加奈の前に屈み込む。
【耕介】
「加奈ちゃん、疲れただろう。ほら」
耕介の意図が分かり、笑みを浮かべながら背中に乗ろうとして、動きを止める。
【耕介】
「遠慮しなくても良いんだよ」
耕介の言葉にも加奈はもじもじしながら、何かを言いたそうに耕介の顔をチラチラと窺う。
そんな加奈に優しく笑いかけながら、耕介は話し掛ける。
【耕介】
「どうしたの?言ってみな」
【加奈】
「肩車が良い」
そう小さい声で呟く加奈に、耕介は笑顔で応え、加奈を肩車する。
【耕介】
「ほら、これで良いかい」
【加奈】
「わぁ〜。凄く高いの!」
【耕介】
「ははは。それは良かった。でも、落ちないようにちゃんと掴まっててね」
加奈は耕介の言葉を聞いているのかいないのか、曖昧に頷くといつも見ている風景を違う視点から見るというのを楽しむ。
そんな加奈の様子に苦笑を浮かべ、耕介は少し慎重に歩き始めるのだった。
◇ ◇ ◇
やがて幼稚舎に着いた耕介は門を潜り、中に入ろうと扉に手をかける。
と、それよりも少しだけ早く、その扉が中から開けられる。
【?】
「わっぷ」
中から扉を開けた人物は、そのままの勢いで飛び出してきて耕介とぶつかる。
【耕介】
「すいません。大丈夫ですか」
【?】
「ううん、気にしないで。真琴の方が悪いんだから」
そう言いながら、真琴は涙目になりながら鼻を押さえ、耕介を見上げる。
と、その眦が急に跳ね上がり、耕介を睨みつける。
【真琴】
「あ、アンタ、加奈ちゃんに何をするつもり!」
【耕介】
「い、いや、何って…」
【真琴】
「さっき加奈ちゃんのお母さんから電話があったんだから。アンタが誘拐したのね、この誘拐犯」
【耕介】
「ゆ、誘拐!ち、違う、俺は……」
【真琴】
「わあ、誘拐犯が怒った。姿を見た真琴を殺す気ね。この変態!加奈ちゃんを離しなさいよ!」
【耕介】
「だ、だから違うって」
出入り口で押し問答をしていると、耕介の後ろから声が掛けられる。
【祐一】
「そんな所で何をやってるんだ?」
【真琴】
「あ、祐一!良い所に来たわ」
【祐一】
「良い所って、お前が呼んだんだろうが」
【真琴】
「そんな事はどうだって良いのよ。それよりもそいつ、変態の誘拐犯だから気を付けて」
【祐一】
「………あー、君は誘拐犯なのか?」
【耕介】
「違いますよ」
【真琴】
「犯人が自分の事を犯人だなんて言うわけないでしょ!」
【耕介&祐一】
「それもそうだ」
【真琴】
「ほら見なさい。そういう訳で、アンタは変態の誘拐犯なのよ」
【耕介】
「って、違う!」
【加奈】
「真琴先生、お兄ちゃんを虐めたら駄目!」
【真琴】
「加奈ちゃん!?」
加奈の突然の言葉に驚きの声を上げる真琴。
そんな真琴に加奈は必死に言葉を続ける。
【加奈】
「お兄ちゃんはいい人なの。だから、めってしたら駄目」
【真琴】
「あ、あう〜」
加奈の言葉に弱気になるが、すぐに眦を釣り上げると、
【真琴】
「加奈ちゃんを洗脳したわね!そんな高等技術が使えるなんて……」
ますますヒートアップしていく真琴をどうする事も出来ず、耕介はただ困惑して見ていた。
すると、中から騒ぎを聞きつけたのか、数人の男の子と女の子たちが集まってくる。
【真琴】
「あ、皆危ないから中に…」
【男の子】
「おぉー、でかい!」
真琴の言葉を最後まで聞かず、一人の男の子が耕介を見上げるなり感嘆の声を上げる。
それに続くかのように、他の園児たちも耕介の下へとやってきては見上げる。
【男の子】
「すげー」
【女の子】
「あっ!加奈ちゃん良いな〜」
【加奈】
「へへへへ〜」
羨ましがる園児たちに向って加奈は自慢げに微笑む。
そんな様子を見ながら、警戒心を抱く真琴を制し、祐一は声を掛ける。
【祐一】
「で、事情の説明をしてもらえるかな?」
祐一の言葉に耕介は加奈が落ちないように気をつけながら、軽く頷くとここに至るまでの事を説明した。
その説明を聞き終えると、祐一は真琴の頭を小突く。
【真琴】
「あうっ!」
【祐一】
「ほら、みろ。お前の勘違いだろうが」
【真琴】
「だ、だって〜」
【祐一】
「良いから謝れ」
【真琴】
「ごめんなさい」
祐一に言われ、本当に申し訳なさそうに誤る真琴に笑いながら耕介は告げる。
【耕介】
「別に良いですよ。誤解も解けたことだし。それに、それだけ子供たちの事を心配してたって事でしょうから」
【真琴】
「あ、ありがとう」
【耕介】
「それよりも、加奈ちゃんのお母さんに連絡を」
【真琴】
「あ、そうだった」
真琴はそう言うと、中へと入って行く。
恐らく電話でもしに行ったのだろう。
それを見届け、耕介は加奈を下ろすと祐一に話し掛ける。
【耕介】
「お陰で助かりました」
【祐一】
「いや、こちらこそ悪かったな。えーと…」
【耕介】
「あ、槙原耕介です。三角学園高等部2年です」
【祐一】
「俺……、私は相沢祐一。同じく初等部の教師だ」
【耕介】
「ああ、あなたが恭也や真一郎の言ってた相沢先生」
【祐一】
「不破君と相川君の知り合いかい?」
【耕介】
「あっと。じゃあ、俺はこれで…」
【祐一】
「ああ。また縁があったら」
耕介は挨拶をすると、踵を返し帰ろうとする。
が、その足を誰かに引っ張られ、下を見ると加奈が耕介の足を掴んでいた。
【加奈】
「お兄ちゃん、もう帰っちゃうの…?」
【耕介】
「あ、ああ」
【加奈】
「嫌……。もうちょっと加奈と一緒!」
加奈は半べそをかきながら言う。
そんな加奈に祐一はしゃがみ込み、視線を合わせながら、
【祐一】
「加奈ちゃん。お兄ちゃんは用事があるんだから、我慢しようね」
【加奈】
「うぅ〜。いや、いや、いやー」
本気でぐずり始めた加奈に頭を掻きながら祐一は困った顔をする。
そんな様子を見た耕介は、しゃがみ込むと加奈と話し始める。
【耕介】
「じゃあ、お母さんが来るまで一緒に待とうか」
【加奈】
「うん!」
途端に加奈は泣き止むと笑顔を見せる。
そんな耕介に軽く頭を下げ、礼を述べる祐一。
耕介と祐一は中に入って行く。
その耕介の足元に園児たちが群がる。
【祐一】
「ははは。人気者だね槙原君」
【耕介】
「はあ」
耕介は邪険にも出来ず、曖昧な笑みを浮かべると加奈の母親が来るのを待つ。
やがて来た加奈の母親に何度も頭を下げられ、礼を言われる。
【加奈の母】
「本当にありがとうございました」
【耕介】
「いいえ、そんな大した事をした訳じゃないので」
【加奈】
「じゃあ、またねお兄ちゃん」
【耕介】
「ああ、またね加奈ちゃん」
【加奈の母】
「では、失礼します」
【耕介】
「はい、どうも」
母親に連れられて帰って行く加奈を見送り、耕介は背を伸ばす。
【耕介】
「う〜ん」
【真琴】
「お疲れ様。耕介」
【耕介】
「はい、お疲れ様です」
労いの言葉を掛ける真琴に返しながら、耕介は中へと入る。
【耕介】
「じゃあ、俺はこれで」
【真琴】
「うん。今日はありがとうね」
【耕介】
「いえ」
しかし、耕介を待っていたのは、まだ迎えの来ない園児たちの期待に満ちた顔だった。
【祐一】
「ははは。槙原君、かなり気にいられたみたいだな」
祐一は耕介の肩をポンと叩きながら、笑うのだった。
結局、耕介は最後の園児の迎えが来るまでずっと子供たちの相手をするのだった。
その日の夕食時、その話をしたら真雪に笑いながら、
【真雪】
「モテモテだな耕介」
と言われ、複雑な顔をする耕介がいたのだった。
つづく
<あとがき>
耕介編〜♪
美姫 「じゃあ、次は真一郎編ね」
一応はそのつもりだけどね。
美姫 「ドタバタ?シリアス?」
不明だよ〜。
美姫 「いい加減ね」
いつもの事じゃないか。
美姫 「それもそうよね〜」
ではでは。
美姫 「またね♪」