『とらハ学園』






第35話






【士郎】
「さて、旅費をなくした我々は、この北の地にて労働に勤しむ事になる訳だが…」

ホテルをチェックアウトした後、広場のような場所に来て士郎が偉そうに言う。
それをベンチに腰掛けながら、恭也はじっと見詰める。
その横に腰掛け、恭也に寄り添うのは、言わずと知れたアルシェラである。

【士郎】
「楽して儲けるには、恭也に女の子と一緒にお茶をしてもらうという方法がある」

【恭也】
「それは断わる」

【アルシェラ】
「そんな事は許可できん!しかし、何故、それで金が手に入るんじゃ?」

【士郎】
「うむ、俺もたまに分からなくなるんだが、
何故かこの無愛想な息子とお茶を飲むことに、金を払っても良いというお姉さま方やマダムたちが大勢いてな」

【恭也】
「絶対に断わるからな!大体、昔それで俺がどんな目にあったと思ってる!」

【士郎】
「懐かしいな〜。あの時は、流石の俺もビックリしたぞ。まさか、あんな場所に連れて行かれるとは……」

【アルシェラ】
「そそれで、どうなったのじゃ!」

今にも掴みかからん勢いのアルシェラを制し、士郎は続ける。

【士郎】
「神速で恭也を攫って逃げた」

【アルシェラ】
「そうか、それは何よりじゃ」

ほっと安堵の息を洩らすアルシェラと、どこか呆れた顔の恭也を見ながら、

【士郎】
「それが駄目なら……。アルシェラに頼むか。アルシェラなら自力で何とかできるだろうし」

【アルシェラ】
「おお、それは面白そうじゃな。要は奢られるだけで良いのだろう」

【士郎】
「そう言う事だ。好きなものを奢ってもらうだけで、金が手に入るという言わば一石二鳥の…」

士郎は言葉を途中で飲むと、首を傾ける。
そのすぐ横、たった今まで顔のあった所を何かが掠め飛んで行く。
士郎は冷や汗を出しながら、その何かが飛来した先を睨む。

【士郎】
「お前はっ!あ、あぶねー真似するな」

【恭也】
「何を言っている。修行の旅なんだろ。なら、いつ仕掛けても良いのでは?」

【士郎】
「ぐっ。また、そうやって正論を…」

【恭也】
「正論なら、問題ないじゃないか。それに、投げたのは小石だ。飛針じゃないだけ感謝して欲しい所なんだが」

【士郎】
「ぐぬぬ」

恭也の言葉に反論できずに黙る士郎は、すぐに笑顔を浮かべると反撃に出る。

【士郎】
「そうか、そうか。あれだな。恭也は焼きもちを焼いている訳だ」

【恭也】
「何を突然」

【士郎】
「アルシェラが他の男と二人きりで会うのがそんなに嫌なのかー。じゃあ、仕方がないなー。
でも、それを口に出さないで攻撃してくるのは酷いと思うぞ」

【恭也】
「何を言っている。俺が気にしてるのは、金を稼ぐその方法自体の事で…」

【士郎】
「分かってる、分かってるって」

恭也の言葉にも、士郎は余裕を感じさせる笑みを浮かべ、軽くあしらう。
それに対し、恭也が何かを口にするよりも早く、恭也の頭が横から伸びた手に抱えられ、
次の瞬間には、柔らかい感触が顔一杯を包んでいた。

【アルシェラ】
「そうか、恭也が焼きもちを焼いてくれるとは、余は凄く嬉しいぞ。
許せ、恭也。余はてっきり女と一緒だと思っておったのじゃ。
まさか、男と二人とは思わなかったからな。勿論、そういう事なら始めから断わっておったぞ。
だから、安心いたせ」

【恭也】
「いや、だから違う…と、その前にちょっと離してくれ」

【アルシェラ】
「何を照れておる。余とお主の間ではないか」

じゃれ合う二人を見ながら、士郎は失敗したと胸中に思う。

【士郎】
(しまったな。これで、金を稼ぐ他の方法を考えなければいけなくなった……)

それから暫くして、

【恭也】
「で、具体的にどうやって稼ぐつもりだ」

【士郎】
「てっとり早く稼ぐ方法がないもんかな。ここがせめて青森なら……」

士郎のぼやきを聞き、恭也の眉が上がる。

【恭也】
「ここが青森だったら、亜弓さんに迷惑を掛けるつもりだろう」

【士郎】
「お前、迷惑って。俺はただ、仕事を貰いに行くだけだぞ」

【恭也】
「はぁー。大人しく日雇いのバイトでも探すという事は考えないのか?」

【士郎】
「それは最後の手段だ」

【恭也】
「普通は、逆だ!」

【士郎】
「そう怒るな。普通だと面白くないだろ」

【恭也】
「面白くなくても良いから、堅実に生きたいと思うのはいけない事なのだろうか」

【士郎】
「そりゃあ、無理ってもんだな。第一、お前の今までの人生で、普通じゃない出来事にどれぐらい出会ってると思ってる」

【恭也】
「分かっている。ただ、たまに、そうたまに平穏が恋しくなるんだが」

【士郎】
「まあ、ここで愚痴ってても仕方があるまい。さっさと仕事でも探すぞ」

【恭也】
「はー」

士郎の言葉に恭也も立ち上がる。
それにつられて、アルシェラも立ち上がる。

【アルシェラ】
「また、アルバイトというものをやるんじゃな」

【恭也】
「ああ。とりあえず、移動しないとな」

3人が歩き出そうとした時、背後から声が掛けられる。

【?】
「もしもし、そこのお方」

その声に士郎達は一斉に振り返る。
そこにいたのは一人の老人だった。

【士郎】
「じいさん、何か用か?」

【お爺さん】
「うむ。実は探し物をしておっての」

【士郎】
「それで?」

【お爺さん】
「今しがた、お主らの話を偶然にも聞いたもんじゃからな。良かったら、わしの手伝いをせんか?
ちゃんと給金もだすぞ」

【士郎】
「手伝い……?その探し物を探す手伝いか?」

【お爺さん】
「そうじゃ。どうする?」

【士郎】
「幾つか聞きたい事があるんだが、良いか?」

【お爺さん】
「かまわんよ」

【士郎】
「何故、俺たちに声を掛けた?」

【お爺さん】
「さっきも言っただろう。お主たちの声が聞こえたと」

【士郎】
「そうか。俺はさっきまでこの付近、正確には俺たちの声が届く範囲に、俺たち以外の気配を感じなかったんだがな」

【お爺さん】
「ほっほっほ。お主の気のせいであろう」

【士郎】
「ふん、まあ良い。次の質問だ。探し物ってのはなんだ?」

【お爺さん】
「ふむ。有り体に言えば、刀じゃな。だから、お主らに声を掛けたと言っても良い」

【士郎】
「成る程な。一つ質問が増えちまったな。何故、刀の探し物で俺たちなんだ」

士郎は言いながら、老人から目を逸らさずに、すぐ様動けるように腰を微かに落とす。
その士郎から、数歩離れた所で、恭也も同様にすぐに動けるように構える。
それに気付いているのか、いないのか老人は気にする事無く続ける。

【お爺さん】
「何となくじゃよ。何となくじゃが、お主らは剣術をやっていると思ったからな」

【士郎】
「………爺さん、アンタも何かやってるな」

【お爺さん】
「ほっほっほ。こんな老いぼれがそんな事をしているはずがなかろう。
それよりも、質問はもうお終いか?」

【士郎】
「報酬は幾らだ?」

【恭也】
「父さん、引き受ける気か」

【士郎】
「とりあえず、聞いてるだけだ」

【お爺さん】
「そうじゃな、……これぐらいでどうだ」

老人の出した金額に士郎は笑みを浮かべる。

【士郎】
「悪くないな。だが、たかが探し物にそこまでするのか?」

【お爺さん】
「ただの探し物じゃないから、じゃよ」

【士郎】
「訳ありか」

【お爺さん】
「まあの。あまり詳しくは話せんが、そういった所じゃ。まあ、安心せい。
犯罪には係わっておらん」

【士郎】
「………なら、引き受けても良いか。恭也、お前はどう思う」

士郎に尋ねられ、恭也は老人をじっくりと見る。

【恭也】
「多分、この人は信じられる気がする。何故かと聞かれれば、分からないけど…」

【士郎】
「そうか。なら、引き受けよう」

【お爺さん】
「そうか、そうか。引き受けてくれるか。では、頼んだぞ」

【士郎】
「ちょっと待ってくれ。アンタは探さないのか?」

【お爺さん】
「わしは他にやらねばならん事があってな。すまんが、そういう訳じゃ」

【士郎】
「もし、見つけたらどうすれば良い」

【お爺さん】
「安心せい。この先のホテルを取ってある。そこに持って来てくれれば良い。
後、その部屋を使っても構わんからな。わしは2、3日は戻らんと思うから。
それと、これを…」

そう言って老人は、ホテルの名前を予約してある名前を告げながら、懐から財布を取り出し、士郎に向って放り投げる。
それを受け止め、

【士郎】
「これは?」

【お爺さん】
「経費じゃ。探し物をするにも、少しばかり必要じゃろう」

【士郎】
「そいつはありがたい」

士郎は遠慮せず、その財布を懐へと仕舞う。
恭也はそんな士郎に呆れながらも、老人に頭を下げる。
そんな恭也を見て、目尻を下げた老人だったが、すぐに真剣な顔になり、

【お爺さん】
「すまんが頼んだぞ」

【士郎】
「ああ、任せな。と、その前にどんな刀なんだ?」

【お爺さん】
「それが分からんのじゃ。だが、お主らなら見れば分かると思う。
ただの刀ではない故にな」

【士郎】
「成る程ね。それで、俺たちに声を掛けたって訳か」

【お爺さん】
「ほっほっほ。そういう事じゃ。では、わしは用があるからこれでな」

【士郎】
「と、最後の質問だ」

立ち去ろうとする老人の背に士郎が声を掛ける。
老人は足を止め、顔だけ振り返ると、先を促がす。

【士郎】
「アンタ、何者だ?」

【お爺さん】
「ただの通りすがりの爺じゃよ」

そう言うと笑い声を上げながら、人込みの方へと消えていった。
それを見届けてから、

【士郎】
「まあ、これで当分の資金は出来たな」

【恭也】
「でも、どうやって探す気だ?」

【士郎】
「まずは、骨董屋や質屋を覗いてみるか」

【アルシェラ】
「しかし、どこに店があるのかも分からぬぞ?」

【士郎】
「まあ、それは人に聞きながらだな。とりあえずは……、朝飯だな」

【アルシェラ】
「そうじゃの。余も腹が減った」

【恭也】
「はぁー。何も言う気が起こらんな」

【士郎】
「何だ、お前は食べないのか」

【恭也】
「そんな事は言ってないだろう」

【士郎】
「ははは。とりあえずは腹ごしらえだ」

士郎の後に続きながら、恭也はそっと溜め息を零すのだった。





  ◇ ◇ ◇





【男】
「さて、早速足取りを追うとするか」

【女】
「はい」

駅前に男女数人の集団が集まり、何やら話をしている。
ただ、普通に歩きながらの会話の為、彼らの会話を注意して聞いている者はいない。

【男】
「札幌からは出ていないんだな」

【男】
「はい、それは間違いありません。ただ…」

【女】
「尾行を撒かれたらしく、行方は分かりません」

【男】
「そうか。とりあえず、一度作戦を練る必要があるな」

【男】
「はい、ホテルを取ってますのでそこで」

【男】
「分かった」

数人の男女たちは、そんな会話をしながら、雑踏の中へと消えていった。






つづく




<あとがき>

少しずつだけど事態が動き始めてる〜。
美姫 「さっさと続きを書きなさいよ!」
分かってる〜。
美姫 「ば〜か」
分かってる〜、って、誰が馬鹿やねん!
美姫 「はいはい。そんな事はどうでもいいから」
そんな事、言うな〜!
美姫 「ほら、口を動かす暇があるなら、さっさと書きなさいよね」
ぐすんぐすん。
美姫 「では、皆さん…」
またね〜。








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