『とらハ学園』






第39話





茫然自失状態の士郎を無視して、恭也とアルシェラは二人で何やら楽しげに過ごしている。
そんな喧騒を、どこか遠い世界の事として認識しながら、士郎は胸中ではかなり慌てふためいていた。

【士郎】
(爺さん、早く戻って来てくれ〜!)

切実な願いも虚しく、午前中は戻ってくる事がなかった。
そして、幾ら現実逃避をしていても、腹は減るもんで、今、士郎たちはホテルのレストランへと来ていた。
甲斐甲斐しく恭也の世話をするアルシェラを、どこか遠い目で眺めながら、士郎は機械的に食事を口へと運ぶ。
数分後、その士郎の背後に一人の老人が立つ。

【士郎】
「爺さん、遅かったじゃないか」

【お爺さん】
「それはすまんかったの。まだ用事は済んでおらんのだが、とりあえずお主達が気になっての。
はて、あの時の少年は?」

【士郎】
「アンタの目の前にいるだろうが」

【お爺さん】
「いや、まさか。しかし、確かにあの時の少年に似ておる。しかし…」

【士郎】
「御託は良いんだよ。それよりも、丁度良かった。どういう事か説明してもらおうか。
この刀は何だ。これを抜いた途端、恭也がああなっちまった」

【お爺さん】
「そんな馬鹿な。…ん?それは何じゃ?」

【士郎】
「ふざけるなよ。アンタが探していたモンだろうが」

【お爺さん】
「違う。わしが探していたのはこれじゃない」

【士郎】
「何!?じゃあ、これは」

士郎の問いに、背後からの声が答える。

【男B】
「それを大人しくこちらに渡せ!この盗人め!」

【士郎】
「ああ、何言ってやがる」

【男B】
「白を切るつもりか」

【士郎】
「よく分からんが、変な言いがかりは止めてもらおうか」

【男B】
「言いがかりも何も、そこに証拠があるだろうが!」

男はそう言うと、士郎が持つ刀を指差す。

【士郎】
「なるほど。よくは分からんが、お前はこれが何か知っているみたいだな。
詳しく教えてもらおうか」

凄む士郎に対し、男は身構える。
それを止めるように、男の後ろから別の声が響く。

【義久】
「止めておけ、猛。お前では勝てん。猛の代わりに、私が教えましょう。
それは、妖刀不知火です」

【士郎】
「妖刀だぁ。って、義久か!?」

【義久】
「お久しぶりです、士郎さん」

【士郎】
「ああ。それよりも、この刀の事を知っているのか」

【義久】
「ええ。猛、警戒を解いてもいい。この人は俺の知り合いで、信頼出来る人だ。盗みをする人じゃない」

義久の言葉に、猛と呼ばれた男は警戒を解く。

【士郎】
「で、こいつが妖刀っていうのは?」

【義久】
「そうですね。とりあえず、場所を変えましょう。このホテルの大部屋を押さえてますから、そこで」

義久の言葉に頷くと、士郎は席を立つ。
義久は一緒に席を立つ恭也を見ると、

【義久】
「あの子が恭也くんですか」

【士郎】
「ああ。っと、そうだ。爺さんはどうする?」

【お爺さん】
「ふむ。恭也くんじゃったかな。彼がああなってしまったのも、わしに原因がないとも言えんからの。
迷惑でなければ、一緒させてもらおうかの」

【士郎】
「決まりだな。安心しろ、義久。少なくとも悪い奴じゃないさ」

身構える義久に笑いながら答えると、士郎はレストランを出て行く。
義久とすれ違い様、その肩を叩き、そっと呟く。

【士郎】
「という訳で、ここの支払いは宜しく」

【義久】
「え、あ、ちょっと士郎さん。何が宜しくなんですか」

渡された伝票を思わず受け取ってしまい、慌てて言う義久に、士郎はにやりと笑うと、

【士郎】
「お前の話を聞く為に、全て食べる前に食事を中断したんだから、それぐらい良いだろ」

士郎の言葉に溜め息を吐くと、

【義久】
「分かりました」

と答える義久だった。
それを横目で見ながら、老人は今しがたまで士郎たちがいたテーブルへと目をやる。
そこには、綺麗に食べ終えられた皿が数枚と、後二口ほど残っている皿が1枚だけ残っていた。

【お爺さん】
「確かに全くの嘘ではないわな。しかし、抜け目のない奴じゃな。ほっほっほ」

支払いを済ませる義久を見ながら、老人は一人笑うのだった。





  ◇ ◇ ◇





義久たちが手配した部屋へと場所を移して早々、士郎は口を開く。

【士郎】
「で、神咲の、それも真鳴流のお前がここにいるのは何故だ?」

【義久】
「そうですね。簡単に言うなら、盗まれたその妖刀を取り戻す為ですね」

【士郎】
「盗まれただあ?あんなに周囲を結界で張り巡らしてある所からか?」

【義久】
「はい。それも、かなり奥深くに封じていた所からです」

【士郎】
「はー。まあ、行為自体は兎も角、そいつらただモンじゃねえな」

【義久】
「はい。それの行方を探している途中で、その妖刀の気配がしましたので、近辺を探していたら…」

【士郎】
「俺たちがいたって訳か」

士郎の言葉に頷く義久を見ながら、士郎は尋ねる。

【士郎】
「そこら辺はまあ良い。で、この妖刀と恭也がこうなった事の関係は?」

【義久】
「その妖刀不知火の力です。その妖刀は、持ち主の記憶と成長を奪い、その力を発揮します」

【士郎】
「なるほどね……。たまったもんじゃないな」

【義久】
「はい。だからこそ、妖刀なんですけどね」

【士郎】
「確かにな。しかし、記憶を奪われたから、あんな感じになっちまったのか」

【義久】
「恭也くんのことですね」

【士郎】
「ああ。あいつは小さい頃から甘えるなんてしなかったし、あんな感じで話さなかったからな。
最初、俺は思わず斬りかかる所だったぞ」

【義久】
「士郎さんが言うと、洒落に聞こえませんね」

【士郎】
「当たり前だ。本気だからな」

【義久】
「ま、まあそれはおいておいて。そちらの方は」

そう言って、義久は老人を見る。

【お爺さん】
「わしか?わしの名は光望(こうぼう)じゃ。そこの士郎殿にちょっとした依頼をしたんじゃが…」

【士郎】
「まあ、今はそいつは後回しだな。で、義久。この不知火、ただ成長と記憶を奪うだけなのか?」

【義久】
「いえ。それはまだ、第一段階です。この妖刀が厳重に封じられていたのは、それなりに意味があるんですよ」

【士郎】
「封じる云々は、どうでも良いが、第一段階だと?」

【義久】
「はい。まず、この妖刀は抜いた者の成長と記憶を奪います。それが、今の恭也くんの状態です」

そこまで言うと、義久は恭也を見る。
恭也はそんな大人たちの会話に興味がないのか、
義久が連れてきていた女性数名とアルシェラにお菓子を貰って、愛嬌を振り撒いている。
その度に、女性たちからは小さな吐息が漏れる。
それらを視界の外にやり、義久は真剣な表情を作ると、話を続ける。

【義久】
「第二段階、恐らく不知火は今、その段階だと思われます」

【士郎】
「で、どんな状態だ」

【義久】
「簡単に言えば、奪った記憶から現代の知識を得ている状態ですね。
つまり、学習している状態です。
そして、次の第三段階で、奪った成長を元に形を作り出します。
ただ、この時点ではまだ不安定で、幽体です。
そして、最終段階ですが……」

そこで義久は、一旦言葉を区切る。そして、ゆっくりと、だがはっきりと告げる。

【義久】
「最終段階では、幽体から実体化し、その形を固定する為に、その者から命を奪います」

【士郎】
「そんな事だと思ったぜ。で、防ぐには?」

【義久】
「第三段階の時点で、幽体を倒す事です」

【士郎】
「成る程な。で、そいつは強いのか?」

【義久】
「そうですね、結構強いです。
そして、最も厄介なのは、命を奪われない為にただ倒すだけなら良いんですが、元の状態に、
つまり、成長や記憶を奪い返す為には、止めはその本人がしないといけないんです」

【士郎】
「つまり、あの状態の恭也に止めをささせると」

【義久】
「はい」

【士郎】
「そいつは確かに厳しいな。記憶を奪われてなければ、何とかなったかもしれんが」

そう言って士郎が見る先には、見知らぬ大人たちに囲まれ、不安そうにアルシェラの後ろに隠れている恭也があった。

【義久】
「でも、やるしかないんですけどね」

【士郎】
「だな。で、第三段階へはいつ頃なる?」

【義久】
「大体、3日後です。3日後、誰も来ない場所に結界を張ります。
そこなら、不知火を逃がす事もありませんから…」

【士郎】
「分かった。3日後だな」

【義久】
「はい。場所はまた追って連絡します」

【士郎】
「ああ。で、爺さん悪いが、あんたの依頼はちょっと待てくれ」

【光望】
「ああ、構わんよ。その間、わしも他にやる事があるしの。さて、わしはそろそろ行かせて貰うよ。
恭也くんが、無事に戻れる事を祈っておる」

【士郎】
「ああ。絶対に元に戻してみせるさ。だから、爺さんは安心して、自分の用とやらを済ましちまいな」

【光望】
「そうさせてもらうよ。では、な」

そう言うと、光望は部屋から出て行く。
それを見送ると、士郎は恭也とアルシェラに声を掛ける。

【士郎】
「俺たちも自分の部屋に戻るわ。これが部屋の番号だ。何かあったら連絡を」

【義久】
「はい、分かりました。では、私たちは3日後に備えて準備がありますので」

【士郎】
「ああ、頼むは」

士郎は恭也とアルシェラを連れて部屋を出て行く。
その背中に向って、女性たちが声を掛ける。

【女性】
「恭也くん、またね」

【女性】
「バイバイ」

そんな声を聞きながら、士郎は羨まし気に恭也を見詰め、半分本気で、

【士郎】
(こいつ、このまま元に戻すの止めようかな)

などと考えていた。






つづく




<あとがき>

妖刀不知火の能力が明らかに。
そして、謎の男たちも明らかに。
美姫 「何人かの人は、正解だったわね。
    で、何人かの人は、彼、彼女たちが蔡雅御剣流の忍者だと思ってたみたいだけど」
成る程ね〜。
で、次回は……。
美姫 「士郎VS妖刀不知火ね」
くすくす。ではでは。
美姫 「あ、ちょっと何よ、その意味めいた笑みは」








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