『とらハ学園』






第43話





【士郎】
「しかし、あの爺さんの言った刀ってどんなんだろうな。
また、妖刀でした、何てオチは流石に嫌だぞ」

街中を探し回りながら、士郎がぼやく。
そんな士郎に向って、恭也と腕を組み、ご機嫌なアルシェラが言い放つ。

【アルシェラ】
「もし、そうなったら、それはお主の日頃の行いの所為じゃな」

【士郎】
「何を言いやがる。俺ほど日頃の行いが良い人間はいないぞ」

士郎の言葉をあっさりと聞き流し、アルシェラは恭也に話し掛ける。

【アルシェラ】
「恭也、次は何処を探すのじゃ?」

【恭也】
「そうだな。この付近は粗方探し終えたからな。少し探す範囲を変えたほうがいいかもしれん」

そう言って士郎を見る。
恭也の視線を受け、士郎は暫し考えると、

【士郎】
「確かに、この付近にはないのかもしれんな。
移動するにしても、どこに行くかだな。人目のある所に落ちてりゃあ、誰かが拾うなりなんなりしてるだろうが。
そうじゃなかったら、その場にありつづけるだろうしな。とりあえず、人目につかない所から当たってみるか」

決断した士郎は、地図を広げると、

【士郎】
「よし、ここに行こう」

市街地から離れた平野辺りを指差す。

【士郎】
「こういった森の中に落ちてれば、人目にはつかないからな。
ここが駄目なら、この森の近辺の街に行って、そこの店や交番を当たる。
とりあえず、今日はこの付近だ」

士郎は地図上のその周辺を、指で囲むよう一周させて見せる。
それを覗き込みながら、恭也も頷く。
そして、移動を始めようとした所で、声が掛けられる。

【光望】
「士郎殿」

【士郎】
「ん、爺さんか」

その声に、特に驚きもせずに士郎は後ろを振り返る。
そこには、士郎に刀探しを頼んだ爺さん、光望が立っていた。

【士郎】
「どうした、爺さん。そっちの用とやらは済んだのか?」

【光望】
「済んだというよりも、これからじゃよ。
ただ、その用が士郎殿に探し出してくれるように頼んだ刀の傍で起きることになっただけじゃ」

【士郎】
「よく分からんが、刀探しはどうしたら良いんだ?」

【光望】
「後、少しだけ協力してもらったら、それで良い」

【士郎】
「何をすれば」

【光望】
「なに、そっちの嬢ちゃんに少し力を貸してほしいだけじゃ」

光望はそう言って、アルシェラを見る。

【アルシェラ】
「余の力?」

【光望】
「そうじゃ。ここじゃ何だから、少し人気のいない場所まで行くか」

光望はそう言うと、路地裏へと入って行く。
くしくもそこは、妖刀不知火を見つけた場所であった。
その路地裏に辿り着くと。光望は懐から八角形の形をした銅製の盤を取り出す。
その銅盤には、びしりと細かい紋様のようなものが彫りこまれていた。
掌より少し大きいそれを、右手の上に乗せ、光望はアルシェラを見る。

【光望】
「嬢ちゃん、この盤の中央にお主の力を少しだけ放出してくれ。
それで、この依頼は終わりじゃ」

光望の言葉を聞き、士郎が尋ねる。

【士郎】
「爺さん、それはどういう事だ?それで終わりというなら、それに越した事はないんだが、どうにもすっきりしない。
少しぐらい事情を教えてもらえねーか」

【光望】
「聞かぬ方が、お主らのためじゃぞ。聞けば、厄介事に巻き込まれるやもしれぬぞ?」

【士郎】
「……望む所だ。ここで知らん振りできる訳ないだろうが。
あんたの顔から察するに、結構やばい事なんだろう?だったら、少しでも人手はあった方が良いだろう」

そう言った士郎に、光望は笑みを浮かべ頭を下げる。

【光望】
「すまんのう」

これには、士郎も少し慌てる。

【士郎】
「別に礼を言われるような事じゃない。
こっちが話を聞きたくて、勝手に手を貸すだけなんだからな」

そう言って、どこか照れたように早口で捲くし立てる士郎を、恭也はどこか誇らしげな顔で見ていた。
頭を上げた光望は、ゆっくりと事情を説明し出す。

【光望】
「わしが探している刀は、少し変わった刀らしい」

【士郎】
「らしいとは、どういう事だ?」

【光望】
「その刀は、わしの師匠から守るように言われた刀なんじゃよ。
まあ、とある地に少し変わった力を持つ一族がいたと思ってくれ。
その一族は、代々その刀を守ってきた。何故かは、わしも知らん。
ただ、わしも師匠からその刀を守るように言われ、受け継いだだけじゃからな。
その刀はな、箱に入れられておって、わしはおろか、師匠ですらも見た事がないんじゃよ。
ただ、伝承に刀とあるだけで、箱の中身が本当に刀かも分からん」

そう言った老人に、士郎が疑問をぶつける。

【士郎】
「伝承っていうのは?」

【光望】
「ふむ。その一族に伝わる伝承でな、
”その刀に認められしもの、その力振るいし時、天は裂け、地は砕かれん”とある。
わしらは、その刀が悪用されぬように、見守ってきた防人みたいなもんじゃな。
所がじゃ、少し前に一人の者がその刀を盗みよった。大方、その刀の力を手に入れようと企んだんじゃろうが。
そやつの名は、呂飛と言ってな。刀と一緒に、幾つかの書物まで盗っていきおった。
わしと、わしの弟子はそやつを追って、この地に辿り着いたんじゃが、後一歩という所で逃がしてしもうた」

光望は口惜しそうに告げる。
それを聞きながら、士郎は再び口を挟む。

【士郎】
「じゃあ、その呂飛ってのが、刀を持ってるんじゃないのか?
何故、俺たちに探させようとしたんだ」

【光望】
「追撃の途中で、刀が飛ばされたからじゃよ」

【士郎】
「飛ばされた?」

【光望】
「そうじゃ。呂飛を追い詰めた時じゃった。わしは何とか刀を取り戻す事に成功したんじゃ。
だが、刀はあやつとわしの間に落ちておって、急いで拾い上げようとした時じゃった。
急にな、弟子がわしに歯向かってきたんじゃ。
どうやら、あやつも共犯じゃったようでな。全く油断しておった。
その隙に呂飛には逃げられ、せめて刀だけでもと思ったんじゃが、弟子の箔人の術でどこかに飛ばされた」

【士郎】
「飛ばす…。アスポートのようなものか」

士郎は一人呟くと、続きを促がす。

【光望】
「ただし、飛ばした箔人自身も咄嗟の事で術を制御出来ておらんかったから、
何処に飛ばしたかまでは、本人にも分からんじゃろうな」

【士郎】
「成る程。それで俺たちを使って刀探しをさせ、爺さんはそいつらの行方を追ってた訳か」

士郎の言葉に、光望は頷く。

【士郎】
「しかし、もう刀探しはしなくてもいいってのは?後、その盤は?」

【光望】
「この盤はな、刀の在り処を指し示す道具なんじゃ」

【士郎】
「そんな便利なものがあるなら、初めから使えば良いじゃないか」

【光望】
「そうもいかんのじゃよ。これには、結構な霊力を使うでな。
これで、在り処を探しても、そこであやつらと鉢合わせしたら…」

【士郎】
「成る程な。それで、アルシェラの力を借りようって訳だ。
だが、それでも疑問が残る。何故、一番初めに使わなかった。
力がいるってのは、分かる。だが、今、爺さんはアルシェラに力を借りて、それを発動させようとしてるんだよな。
って事は、初めから刀探しじゃなく、アルシェラに力を借りれば良かったんじゃないのか」

士郎の言葉に光望は一息入れると、

【光望】
「それは出来んかったんじゃ。この盤は確かに刀の在り処を示す。
しかし、それは刀の封が完全に解けた状態でないと、いかんのじゃ」

【士郎】
「封?」

【光望】
「ああ。この刀はその強力な力ゆえ、強力な封が施されておったんじゃ。
全部で七つの封がな」

【士郎】
「その盤が使えるという事は、それが全て解かれたって事か」

光望は深く頷き、その通りと呟く。

【士郎】
「って、事は解いたのはそいつらか」

【光望】
「そうじゃろうな。最も、最後の一つはおぬし達が解いたんじゃがな」

【士郎】
「はあ?俺たちが?」

光望の言葉を聞き、士郎は声を上げ、恭也は溜め息を吐く。

【恭也】
「父さん、今度は一体、何をした」

【士郎】
「お前は人聞きの悪い事を言うな。大体、たち、って言ってるじゃねーか、たちって」

【恭也】
「そう言われれば。だが、俺には心当たりがないんだが」

【士郎】
「俺にもあるか!」

口喧嘩を始める二人を制するように、片手を上げると光望は、ゆっくりと話し出す。

【光望】
「封となる物は世界中に散っており、どれがその封を施された物か分からんのじゃ。
ただ、呂飛が盗って行った書簡には書かれておるがの。
あやつがむやみやたらと、あちこちに逃げていたのは、どうやら封を解く為だったみたいじゃな。
つい、半月程前に六つ目の封が解かれた所じゃった。
そして、この地でやっと追い詰めたと思うたら、さっきも言った通り、箔人の裏切りじゃ。
そして、この地で最後の封が説かれた。
封の中には、触るだけで危険な物もあったみたいでの、呂飛は他人を利用してその封を解いたんじゃ」

【士郎】
「それが俺たち」

【光望】
「そういう事じゃ。さっき言ったが、封がどれかは解かれるまでわしにも分からん。
ただ、共通しておるのは、全て刀剣という事だけじゃ」

【士郎】
「まさか!」

ここに来て、恭也と士郎は思い当たったのか顔を見合わせる。
そんな二人に向って頷くと、

【光望】
「そうじゃ。あの妖刀不知火こそ、わしの探しておる刀の封を施された、七領護法刀の一本じゃったんじゃ」

【士郎】
「つまり、爺さんが探している刀の封は完全に解かれたって事か?」

【光望】
「そういう事じゃ」

【士郎】
「その封が解けるとどうなるんだ?」

【光望】
「分からぬ。ただ、刀の強大な力を封じているとしか聞いたことがないゆえにの。
一体、何が起こるのかは皆目、見当もつかん」

爺さんの言葉に、士郎たちも考え込む。
しかし、そうしていても仕方がないと思い士郎は声を出す。

【士郎】
「こんな所で考えていても仕方がない。
とりあえず、そいつらよりも先に、見つけるのが先決だな」

【光望】
「そうじゃな。封が解けた今、あやつらには刀のおおよその位置が分かるじゃろうからの」

【士郎】
「相手も爺さんと同じ物を持ってるって訳か」

【光望】
「いや、この盤みたいに細かい位置までは分からんよ。
ただ、近くまで行けば、多少時間が掛かっても見つける事が出来るからの。こちらも急いだ方が良いのは確かじゃ」

そう言うと、光望は盤を掌に置き、アルシェラへと視線を向ける。
それで理解したアルシェラは、手を翳すとその盤に力を注ぎ込む。

【光望】
「よし、それぐらいで良い。後は……」

盤の中央が光り始めると、光望は力の注入を止めさせ、口の中で何事かを呟く。
すると、盤の上に光の矢印が浮かび上がり、くるくると回り始める。
やがて、その矢印が一つの方向を向いて止まる。
それに合わせ、光望も閉じていた瞳を開く。

【光望】
「よし、場所はこっちじゃ」

そう告げると、光望は歩き出す。
その後を、恭也たちも付いて行くのだった。





  ◇ ◇ ◇





【光望】
「ここじゃ」

そう言って光望が足を止めたのは、市街地からかなり離れた森の中である。
ここに来るまでに、アルシェラは剣の中へと入っている。
この森の中にある、一本の大木の前で立ち止まると、

【光望】
「この木のどこかじゃな」

そう言って、光望は盤を懐に仕舞うと、大木を見上げる。
それにつられるように、恭也も見上げ、士郎はその木の周りをぐるりと回る。

【士郎】
「見える範囲にはないぞ」

【光望】
「と、なると……」

光望の視線の先、大木の上を見詰める。

【士郎】
「はー。この枝の何処かって事か」

士郎は文句を言いながらも、木に足を掛けると、するすると登っていく。
そんな士郎を見ながら、恭也は注意深く足元を確認しながら木の周りを歩く。
士郎がかなり上の方へ登った頃、恭也は木の根元、根っ子が絡み合い、地面から出ている個所を見つける。
そこは、ちょっとした空洞になっていて、小さな箱ぐらいなら簡単に入るぐらいの大きさがあった。
恭也は万が一の為、その中へと手を差し入れる。
その手が、何かに当たり、恭也はそれを掴むとそこから引き出す。

【恭也】
「光望さん、ひょっとしてこの箱ですか?」

恭也がその箱を光望に見せると、光望はその顔に笑みを浮かべる。

【光望】
「おお!それじゃ、間違いない。恭也くん、ありがとう」

そう言って、光望は恭也から箱を受け取る。
その時、遥か上空から士郎の声が聞こえてくる。

【士郎】
「おーい、爺さん。まだ、見当たらないんだが、本当にこの木に間違いないのかー」

かなり大声を出しているのだろう。辺りの木々に当たり、森に響くように聞こえてくる。
それに対し、地上から恭也が答える。

【恭也】
「もう見つけたぞー」

【士郎】
「何ー!それを早く言えー!この馬鹿ー!」

士郎の言葉にむっとした表情を浮かべると、恭也は上に向って怒鳴り返す。

【恭也】
「馬鹿とは何だ、馬鹿とは。大体、父さんがちゃんと確認せずに、勝手に登ったのが悪いんだろうがー!」

大木の上と下とで、親子喧嘩を始める二人だったが、恭也は突然黙ると、鋭い視線を背後の木へと向ける。

【恭也】
「そこにいるのは誰だ!」

恭也の誰何の声に、木の後ろから二人の男が現われる。

【呂飛】
「ちっ!爺の方が先に、手に入れやがったか!」

【箔人】
「やっぱり、先に手元に置いてから封を解くべきだったんだ」

【呂飛】
「何を言ってやがる。失敗したのはお前だろうが!」

【箔人】
「計画を進めたのは、お前だろう!」

【呂飛】
「あれは間違っていねーよ!封を解いたらどうなるか分からないんだからな!
自分の失敗を人の所為にするんじゃあねえ!」

喧嘩を始めえる二人に対し、光望は冷ややかに告げる。

【光望】
「そんな事はどうでも良い。それよりも、主ら、大人しく捕まってもらえんかの」

【呂飛】
「そいつは出来ない相談ってもんだ。それよりも、そいつをこっちに渡しな」

【光望】
「断わる!」

光望の言葉を聞き、呂飛の口元が吊り上る。

【呂飛】
「まあ、そう言うだろうとは思ってたよ。
後でたっぷり後悔するんだな。素直に渡さなかった事を!
箔人!お前はそっちのガキをやれ!」

叫ぶと呂飛は光望へと向って駆け出す。
箔人は呂飛の言葉に答えると、懐に手を入れ、一枚の紙を取り出す。
その紙には、なにやら筆で複雑な紋様と文字が書かれていた。

【箔人】
「破っ!」

人差し指と中指でその紙を挟み、恭也目掛けて気合諸共投げる。
恭也目掛けて飛来したその紙──符が風の刃に変わり恭也へと迫る。
恭也はそれを大きく横に跳んで躱すと、箔人目掛けて走り出す。
それに対し、箔人は懐から新たな符を取り出し、恭也へと投じる。
今度は炎に変わると、恭也を飲み込まんと襲い掛かる。
恭也は、その場で足を止めると、箔人へと飛針を投げつける。
突然の飛び道具に驚いた箔人は、慌てながらも何とかそれをやり過ごすと、再び符を取り出す。
しかし、今度はその符を恭也へと投げつけず、自分の近くの地面へと放り投げる。
すると、その符がたちまち姿を変え、4つ足の獣へと姿を変じる。
全長が3メートルぐらいはありそうなその獣は、足には鋭い爪を、口には牙を備えていた。
その獣は身を低くし、恭也を威嚇するように唸り声を上げる。

【箔人】
「大人しくしてれば、痛みも少なくて済むぞ」

箔人は恭也にそう言うと、にやりと笑みを浮かべる。
それに対し、恭也は何も言わずにただ魔神剣アルシェラを構える。
一方、光望の方は、呂飛に追い詰められていた。

【呂飛】
「ほれほれ、爺。どうした?やはり年には勝てないってか?
だったら、大人しく死ね!」

男は少し変わった形をした大振りのナイフを手に、光望へと迫っていく。
その事如くを何とか躱すが、徐々に追い込まれていく。
その手に抱いた箱が邪魔で、思うように動けないのは明らかだった。
最も、そんな事でこの呂飛が手加減するはずもなく、寧ろ好期とばかりに執拗に攻撃を繰り出してくる。

【呂飛】
「爺。大人しく、そいつをこっちに渡すってんなら、半殺しぐらいで許してやっても良いぜ」

【光望】
「断わる!これは、お主らのような奴には渡せん」

【呂飛】
「ああ、そうかい!だったら、殺してから奪うだけだ!」

男はナイフを横薙ぎに振るうと、空いている左手で懐から符を取り出す。

【呂飛】
「破っ!」

符が火の玉へと変わり、光望へと迫る。
それを光望は、左手で箱を抱きしめたまま、右手の人差し指と中指を立て、空中になにやら描く。
そして、右手をそのまま火の玉へと向ける。

【光望】
「破っ!」

呂飛の放った火の玉は、光望が差し出した右手に触れる直前、爆発し霧散する。
しかし、呂飛は特に驚きもせず、新たな符を出して投げる。
同じ様に火の玉に変わるそれを、同じ様にして防ぐ。
しかし、先程と違い、その火の玉のすぐ後ろに呂飛がおり、驚く光望へとナイフを向ける。
それを何とか身を捩って躱すが、その脇腹に呂飛の蹴りが決まり、光望は大木へと背中から叩き付けられる。

【呂飛】
「簡単に引っ掛かってくれたな。まさか、初歩的な幻術が効くとは。
耄碌したんだじゃないか?爺」

呂飛が慎重にナイフを構えるながら近づくと、光望の胸へとそれを振り下ろした。

「GRUU!」

獣は唸り声を上げつつ、恭也へと迫る。
恭也へと後数歩という距離で、獣は跳躍すると恭也へと爪を振り下ろす。
それに対し、恭也はアルシェラを振り上げその爪を弾く。
弾かれた獣は、すぐさま着地をすると、再び跳躍。
今度は、その牙で恭也の頭を齧り付かんと迫る。
それを前に転がり躱し、起き上がり様後ろ足へと斬り上げる。
その攻撃を、まるで後ろに目がついているかのように、前足だけ着地し、下半身を捻る事で躱す。
その時、獣の向こうで、箔人が再び符を取り出す。
取り出された符が、今度は嘴の鋭い鳥へと変化する。
ただし、普通の鳥よりも大きく、翼だけで1メートル近くあった。
地低く、獣が走り、上空からは鳥が迫ってくる。
恭也はその二匹を見ながら、箔人を見る。
箔人は、二匹の獣の制御で手一杯なのか、それ以上は何も動きを見せない。
恭也は、まずこの二匹から仕留める事に決める。

声にならない甲高い鳴き声をあげ、鳥が恭也の目を狙って飛行してくる。
それを躱した瞬間、その隙を付いて、獣が恭也の足に噛み付いてくる。
それを後方へと跳躍して、逃れると、再び舞い戻った鳥が背後から襲いくる。
地面に転がり、それを躱す。
そこへ、獣が跳躍して飛び掛ってくる。
爪を喰らわなくても、あの大きさの獣が飛び掛ってくるだけでも、大事である。
それを再度、地面を転がり避ける。
二匹の連携の前に、恭也は防戦一方となる。
そんな恭也の脳裏に、アルシェラが話し掛けてくる。

【アルシェラ】
『恭也、いつまで逃げ回っている気じゃ』

【恭也】
『俺も好きで逃げ回っている訳じゃない』

【アルシェラ】
『じゃったら、さっさと反撃せぬか!』

【恭也】
『分かっている。少し待て』

恭也は二匹の攻撃を躱しながら、森の奥へと進んで行く。
やがて、足を止める。

【恭也】
「まずは、鳥からだ」

二匹は、恭也の足が止まったのを見て、一気に駆け出す。
しかし、その途中で鳥の動きが止まる。
これに、箔人が驚いた声を出す。

【箔人】
「一体、何事!」

箔人がよく目を凝らすと、鳥の翼には細い糸が絡まっていた。
恭也が逃げる振りをしながら、回りの木の枝から枝へと仕掛けた罠だった。
動きの止まった鳥を庇うように、獣が速度を上げて襲いかかる。
それを見ながら、恭也は右手に逆手にアルシェラを持つと、鳥目掛けて投げつける。
狙い外す事無く、アルシェラが鳥へと命中し、鳥はその場で紙切れに変わると燃えて消える。
それと同時に、箔人が呻き声をあげる。
見れば、箔人の左腕から血が噴出していた。
しかし、箔人はそれを堪え、獣を恭也へと向わせる。

【箔人】
「確かに、いい考えだった。だが、その後、丸腰になったら意味がないわ!
詰めを誤ったな、小僧!」

【恭也】
「別に、誤ってないさ。計算通りだよ」

恭也の呟きと同時に、恭也へと喰らい付こうとしていた獣の動きが止まる。
その背中から、腹に掛けて長い剣が覗いていた。

【アルシェラ】
「恭也に害をなすものには容赦せぬぞ」

長剣を突き刺した本人、アルシェラはそう言うと力を剣に注ぎ込む。
それによって、獣も鳥と同じ様に紙へと戻り燃え尽きる。

【箔人】
「なっ!?」

新たに出来た右足の傷を押さえながら、箔人が驚きの声をあげる。
鳥に小太刀が刺さり、鳥を倒した後、アルシェラは剣より出て、アルシェラに完全に背中を向けている獣へと斬りかかった。
ただ、それだけであるが、アルシェラを知らない箔人には、新たに味方が現われたとしか思えなかった。

【箔人】
「一体、いつの間に」

慌てたように符を構える箔人を見ながら、アルシェラは剣を構え、恭也は腰から新たな小太刀を抜く。
アルシェラは、箔人を見据えながら恭也へと話し掛ける。

【アルシェラ】
「恭也、確かに意表をついた攻撃じゃったが、その後の事は考えてなかったのか?
今回は問題ないじゃろうが、もし相手がスピードのある奴じゃったら、余が再び剣に戻る暇はないぞ」

【恭也】
「分かってる。今回は大丈夫だと思ったから、試しただけだ」

【アルシェラ】
「ならば、良い」

それだけを言うと、アルシェラの姿が消える。
と、同時に手を伸ばした恭也は先程までアルシェラが握っていた剣を手に取る。
すると、その剣が小太刀へと変わる。
それを目の当たりにした箔人は、驚きと共に呟く。

【箔人】
「まさか、霊剣……。いや、しかし、形が変わる霊剣なんて聞いた事がない。
ましてや、自分から剣を振るなんて…」

茫然としている箔人に対し、恭也は一気に距離を詰める。
恭也が移動する際に立てた微かな音で、箔人は気を取り戻すと、構えていた符を投げる。
恭也は小太刀を手放し、その柄頭にアルシェラで斬りかかる。
その時、わざと力を逃した徹を込める。
それによって、小太刀は普通に投げるよりも大きな推進力を得て、箔人が投げたばかりの符へと飛んで行く。

──御神不破流、奥義之肆 疾光(はやつばい)

飛来した小太刀は、符が変化する前にその符を貫き、ただの紙くずへと変える。
その間に、箔人へと近づいた恭也は、アルシェラを振りかぶる。
その視界の隅に、大木に叩き付けられた光望が映る。
時間にして、一秒にも満たない時間だったが、恭也の動きが止まる。
その隙に、箔人は恭也との距離を開けると、左右の手に2枚ずつ、計4枚の符を取り出し、投げつける。
符は恭也へと目掛け飛んで来ると、その近くで爆発する。
咄嗟に顔を庇いながら、後ろへと跳躍する恭也にアルシェラの声が届く。

【アルシェラ】
『恭也、気をつけろ!あの威力、直撃せんでもかなりのダメージを喰らうぞ』

【恭也】
『ああ、分かっている』

残る三枚の符の爆発を躱しながら、恭也は光望へと視線を向ける。
そこでは、光望へと呂飛が斬りかかる瞬間だった。
光望は、振り下ろされるナイフをやけに冷静に眺めていた。

【光望】
(こりゃあ、避けれんの…)

そう思いながらも、体は何とか避けようと反応する。
しかし、到底間に合いそうもなく、光望はナイフを見続ける。
そんな光望の視界が、黒い影に遮られる。
直後、光望の耳に甲高い金属同士のぶつかる音が響く。

【士郎】
「間一髪って所だな」

【光望】
「士郎殿…」

光望は、目の前に降り立った士郎を眺め、その名を呼ぶ。
突然現われた士郎に、呂飛が声を荒げる。

【呂飛】
「てめー、邪魔するんじゃねえ!」

呂飛は士郎へと斬りかかる。
しかし、それを士郎は軽く躱すと右手に握った八景を振るう。
キンという高い音が鳴り、呂飛の握っていたナイフが手から弾き飛ばされる。

【士郎】
「さて、大人しくしてくれるなら、これ以上危害は加えないが、どうする?」

【呂飛】
「ふ、ふざけるな!」

呂飛は叫ぶと、懐から符を取り出す。
しかし、それを投げる前に士郎が懐へと入り込み、首筋に刀を突きつける。

【士郎】
「さて、可笑しな真似はするなよ」

士郎は呂飛を監視しつつ、恭也と闘っている箔人へと声を掛ける。

【士郎】
「そこの奴。お前も大人しくしろよ。さもないと、コイツが…」

【光望】
「くっ!」

士郎の言葉をかき消すように、光望が声をあげる。
咄嗟にそちらを向いた士郎は、今まさに光望に襲い掛かろうとしている蛇を見る。
その隙に、呂飛は士郎から離れる。
士郎は舌打ちをするが、呂飛を追わず光望の近くにいる蛇に小太刀を向ける。
大人の太腿よりも太く、全長5メートルを超えると思われる蛇は予想以上の身のこなしで、士郎の小太刀を掻い潜ると、
鋭い牙が覗く口を開き、士郎へと襲い掛かる。
それを牙を八景で受け止める。
攻撃を受け止められた蛇は、その尻尾を振り上げる。
士郎はその尻尾に注意しつつ、呂飛を見る。
呂飛は、蛇と力比べをしている士郎を相手にせず、光望へと走っていく。
それとほぼ同時に、蛇の尻尾が動く。
士郎は、八景に右手を残し、左手を閻の柄に掛け、いつでも迎撃できるように構える。
しかし、予想に反し、尻尾は光望へと向っていった。
それを見ても、光望は驚きもせず、軽い身のこなしでその尻尾を躱す。
そこへ、呂飛が符を飛ばす。
氷の礫が光望を襲うが、光望は右手で印を切り、口で何かを呟く。
そして、右掌を礫に向ける。
すると、掌から少し離れた位置に膜が出来上がる。
礫はその膜に当たると、消滅していった。
そんな二人のやり取りを見て、士郎は目の前の蛇に集中する事にする。

【士郎】
「いつまでも、人の刀を咥えているんじゃねえ!」

士郎は、蛇の牙と競り合わせている八景を少し引く。
そして、閻を抜きざま、八景に合わせ斬り捨てる。

──御神流、奥義之五 雷徹

澄んだ音が響き、蛇の牙が折れ飛ぶ。
蛇は怒ったように鳴くと、残った牙で士郎へと襲い掛かる。
同時に、光望へと再び尻尾を振るった。
この攻撃に、呂飛の符に注意を取られていた光望は反応が遅れる。
何とか直撃は免れたものの、尾が左腕に当たり、刀の入った箱を落としてしまう。
更に運の悪い事に、蛇が尾を引き寄せた時、箱がその尾に当たり、弾き飛ばされる。

【光望】
「しもうた!」

光望は、咄嗟にその箱目掛け走り出すが、箱の飛んでいった場所は、呂飛の近くだった。
呂飛はその口元に笑みを浮かべると、その箱を手にする。

【呂飛】
「ありがたく頂くぜ、爺。これで、最強の力は俺のものだ」

男は箱の蓋に手を掛ける。
それを見ながら、光望が怒鳴る。

【光望】
「よせ、よすんじゃ。一体、何が起こるか分からんのだぞ。
第一、その刀は人を選ぶという。お主が選ばれるとは限らんのじゃぞ!」

【呂飛】
「っく、くっくっく……くく、くくわぁぁはっはははははははは。
爺は何も知らねーんだな。まあ、この事を知っているのは、最初にこの刀を封じた奴か、
この秘伝書を読んだ俺ぐらいだろうがな。はははは。
冥途の土産に教えてやろう。
刀はあくまでも証みたいなものなんだよ。実際に、天を裂き地を砕くのは別のものなんだよ。
それが何だか分かるか?分からないだろうな」

呂飛は愉悦を感じながら、ゆっくりと話していく。
その間に、事態を察知した恭也が光望の元へと駆けつけ、同じ様に箔人も呂飛の元へと辿り着く。
そんな恭也たちを眺めながら、呂飛は右手を未だに士郎に襲い掛かっては返り討ちにされている蛇へと翳す。

【呂飛】
「戻れ、フォアン」

呂飛の言葉に、蛇はたちまち小さくなると呂飛の掌へと向う。
そして、呂飛の手の中に戻ると、蛇は士郎が弾き飛ばしたナイフへと姿を変える。
それを腰に戻すと、呂飛は話を続ける。

【呂飛】
「話の途中だったな。どこまで話したかな…、そうそう、伝承にある力を本当に持つものの話だったな。
それはな、刀ではなく、一匹の妖魔さ。
この箱はその妖魔を封じる最後の封印。そして、この中にある刀はその妖魔を制御する為の道具って訳だ。
口伝の伝承とは違い、秘伝書の伝承にはこうある。
”この妖魔が力振るいし時、その爪は天を裂き、その咆哮は地をも砕かん。御するべき刀と共に、匣へと封じん”
てな。さて、その妖魔とやらを拝みますか」

呂飛が箱をゆっくりと空ける。

【光望】
「やめるんじゃ!その伝承は…」

光望が言い終える前に、呂飛は箱を開けてしまう。
箱から、黒い靄が現われ上空に留まる。
それを喜悦の笑みを浮かべ、見ながら呂飛は刀を手にする。

【呂飛】
「ははははは。これで、あの妖魔は俺の僕よ!
手始めに、貴様らから血祭りにしてくれるわ!さあ、妖魔空爪(クウチャオ)よ、我が意に従え!」

しかし、上空の靄は未だ形を取らず浮んでいるだけで何も答えない。
それを苛立だしげに眺めながら、呂飛は舌打ちをする

【呂飛】
「ちっ!復活するのに時間が掛かるって訳か」

そう零す呂飛に、光望が声を掛ける。

【光望】
「お主は何ということを…。もうすぐ空爪が復活しよる。とんでもない事を…」

【呂飛】
「五月蝿い奴だな。フォアン、空爪が復活するまで奴らを食い止めろ」

腰からナイフを引き抜き、地面へと落とす。
すると、先程の蛇が姿を現し、呂飛を守るかのように構える。
それを見ながら、士郎と恭也も構える。

【士郎】
「あの妖魔が完全に復活する前に、あの刀を奪えば良いんだろう」

光望に尋ねるが、光望は首を横に振る。

【光望】
「違うんじゃ。確かに、あの刀はただの刀ではないらしい。
じゃが、あの妖魔とは関係ないんじゃ」

どういう事かを尋ね返そうとして、前方の変化に気付く。
先程まで上空にあった靄が実体を持ち始め、同時に禍々しい気を放ち始める。
恭也たちはそれに顔を顰めるが、呂飛と箔人は嬉しそうに笑みを浮かべる。
呂飛は、その半分以上実体化した靄へと両手を広げ、近づく。

【呂飛】
「さあ空爪よ!あいつらを血祭りにしろ!」

【空爪】
「人間ごとき下等な生き物が、我に命じるか」

鼻で嘲笑うかのような言葉に、呂飛は一瞬呆気に取られるが、すぐさま怒りに顔を赤くする。

【呂飛】
「貴様!たかだか使役される分際で、この刀を持つ私の言う事に逆らう気か!」

【空爪】
「やかましい」

靄から伸びた一本の腕が呂飛を横薙ぎに払う。
その一撃を喰らい、呂飛は吹き飛ばされ、持っていた刀が宙を舞う。

【呂飛】
「ぐはぁっ。な、何故だ。何故、言う事を聞かん」

地面へと叩き付けられた呂飛は、苦しそうに言う。
そんな呂飛に、いや、その場にいる全員に聞かせるように光望が口を開く。

【光望】
「お主が盗んだ、あの秘伝書に書かれておった伝承は、一部なんじゃよ。
本当の伝承は、代々刀を守る任を任された防人にだけ口伝で伝えられるんじゃ」

光望の言葉に、呂飛は驚いたような顔を見せる。
箔人も同じ様に光望を見る。

【光望】
「真の伝承は、こうじゃ。
”力強き妖魔あり。その妖魔、力振るいし時、天は裂け、地は砕け、人々は血の海に倒れ伏すなり。
よって、その妖魔を封じん。されど、妖魔力強く封は解かれん。
永久に封じる為、封を御する刀と共に匣へと封じる。
封を完全のものとするため、匣にさらなる七つの封を施す。
もって、七つの封、七つの地にて護法を司る刃とならん。
ゆめゆめ、この封を破る事なかれ”」

光望が静かに言い終わると、呂飛は喚き散らす。

【呂飛】
「嘘を付くんじゃねー。この爺!だったら、あの秘伝書は一体、何なんだよ!」

【光望】
「あれは、我らがその使命を忘れぬようにと、形にしておく必要があると判断した先祖が書き留めたもの。
故に、完全な伝承が書かれておらんのじゃ。まさか、それを盗むものが出るとは思ってもおらなんだゆえにな」

言葉を無くす呂飛たちに代わり、士郎が尋ねる。

【士郎】
「だったら、あの刀はなんなんだ?」

【光望】
「それは、わからんよ。ただ、最初はあの刀の防人じゃったのは間違いがないんじゃ。
それが、あの妖魔を封じた事によって、匣の防人に変わっただけでな。
じゃから、あの刀の伝承は本当じゃよ。”その刀に認められし者、大いなる力を得る”
これが、刀の伝承じゃ」

【士郎】
「成る程ね。まあ、とりあえずはあいつをどうするかだな。もうすぐ実体化するぞ」

士郎の視線の先で、靄が完全な形となって現われる。

【士郎】
「これ、またありきたりな姿だな」

その妖魔は、身の丈2メートル強。
その背中には一対の蝙蝠を思わせる翼を持ち、立っているのに地面に届くかというぐらいに長い腕の先には、
鋭く尖った爪を、馬のような縦長の顔の額と人間で言う所の耳の個所には角が生えていた。

【空爪】
「永かった。やっと外に出る事ができた……」

掠れたような声で喋る妖魔は、呂飛と箔人を見るとその顔に笑みらしきものを浮かべる。

【空爪】
「お前達のお陰で、自由になれた。下等な生物にしては、良くぞ我の役に立った。
礼の代わりに、お主らを我の下僕としてやろう」

空爪の睨まれ、動くことの出来ない呂飛と箔人に向って、空爪は黒い靄を作り出し、鼻から中へと進入させる。
直後、二人は信じられないほど体を反らし、苦悶の表情を浮かべる。
呼吸が出来ないのか、顔が青く変わり、口の端から泡が吹き出す。
それでも空気を求め、地面を何度も爪で掻き、もがく。
ついには、爪が剥がれ落ち、指先から血が滲み出る。
しかし、それでも二人は地面を爪で抉り、必死になって空気を求めるように口をパクパクさせる。
それが続いたかと思うと、大きく一度痙攣し、手足が小さく何度も痙攣を繰り返し、やがて動かなくなる。
士郎たちが顔を顰めながら見る先で、二人はゆっくりと立ち上がる。
しかし、その顔からは生気は全く感じられず。微かに覗いた口からは小さな牙が生えていた。

【空爪】
「ふむ。急ごしらえにしては、そこそこの出来だな。
さて、お前たちには我の相手をしてもらおうかの。
永い事眠っておったので、少し身体を調整せんとな」

空爪はゆっくりと士郎たちに向き直る。
士郎は閻を、恭也はアルシェラをそれぞれ構え。空爪と対峙する。
空爪が、滑空するように士郎へと向う。
士郎に攻撃する寸前、空爪は地面を強く蹴り、宙へと舞い立つ。
その空爪がさっきまでいた空間から、火の玉が迫る。
そして、士郎を左右から挟む形で、箔人の出した獣とフォアンが牙を向く。
舌打ちする士郎の前に光望は飛び出すと、掌を翳し火の玉を打ち消す。

【士郎】
「ありがてー」

言うなり士郎はフォアンへと向い、獣へは恭也が向う。
そして、光望は正面にいる箔人を目指す。
呂飛は、箔人よりも更に後ろにいて、恭也たち三人に、均等に符を投げつけてくる。
それらの攻撃を掻い潜りながら、それぞれの目標へと辿り着くと、士郎、恭也は小太刀を振るい、光望は風の刃を投げつける。
そんな中、宙にいた空爪が目標を定め、急降下する。
それに気付いた士郎が声をあげる。

【士郎】
「恭也、上だ!」

恭也は士郎の声を聞き、上空を確認するよりも速くその場を跳び退く。
そこへ空爪が降り立ち、振り向きざま腕を振る。
通常よりも遥かに長いその腕は、恭也の体を見事に捉える。
しかし、恭也もアルシェラを翳し、爪の直撃は免れる。
しかし、その体が吹き飛ばされ地面へと投げ出される。
それを見計らったかのように、獣が恭也へと飛び掛る。
手から離れたアルシェラを見て、恭也は腰に手をやるが、
そこに差してあるはずの小太刀は、先の戦闘で投げたままだった。
恭也は咄嗟に立ち上がると、そのままの勢いで後ろへと距離を稼ぐ。
しかし、獣はそうさせじと後ろ足に力を溜め、一気に飛びかかろうとして、出来なかった。
再び姿を現したアルシェラが、獣をしたから突き刺していた。

【アルシェラ】
「全く、恭也に危害を加えるだけでなく、余に跨るとは。何という無礼者じゃ」

あっさりと獣を紙に返すアルシェラに、いつの間にか呂飛が迫ってきていた。
アルシェラは呂飛が放った氷の礫を手にした剣を一閃させ、霧散させる。
それを見ても、呂飛は次々と符をアルシェラ目掛けて投げつける。

【アルシェラ】
「無駄じゃというのに。最早、自我すらないか」

嘆息しつつ、呂飛の攻撃を防ぐアルシェラに対し、士郎が声を出す。

【士郎】
「アルシェラ!恭也が危ない!」

その声に恭也の方を見ると、いつの間にか空爪が恭也へと迫っていた。
完全に丸腰の恭也は、

【恭也】
(小刀が二本か。役に立ちそうもないんだが、ないよりはましか)

懐から小刀を取り出し構える。

【空爪】
「まずは貴様から死ね!」

空爪が振り下ろしてきた爪を小刀で防ぐが、あっさりと折れ、またしても吹き飛ばされる。
一応、小刀で防いだ為、爪は恭也の薄皮一枚を裂いた程度で済んだが、そこからじんわりと血が出る。

【恭也】
(傷は大したことはないな。だが、体を強く打ちすぎたか)

恭也は思うように動かない手足を使い、何とか立ち上がろうとする。
そこへ、空爪が殊更ゆっくりと近づいて行く。
恭也を助けようする士郎たちだが、それぞれの相手に邪魔され、駆けつける事が出来ないでいた。
恭也は、何とか立ち上がろうと手を地面を着け、力を込める。
その時、掌に固い感触を感じる。
それが何かを考えるよりも先に、恭也の脳裏に声が響く。
それは、いつも恭也が魔神剣となったアルシェラと会話する時と似た感触だった。

【?】
『力を求めますか?』

その呼びかけに、恭也はアルシェラとするように会話をする。

【恭也】
『ああ』

【?】
『それは、何のために?』

【恭也】
『目の前の奴を倒す為に。そして、皆を守るために』

【?】
『その為には、自らが傷付いても?』

【恭也】
『それで守る事が出来るなら…』

【?】
『ならば、それを望みなさい。強く強く。
貴方の想いが本物ならば、この沙夜が力を与えましょう』

【恭也】
『守るための力を。その為に傷付き、穢れたとしても』

【沙夜】
『なれば、貴方に力を与えましょう。何者をも打ち倒す力を。
私の名を呼びなさい。私は沙夜。たった今より、あなたを主として認め、力を与えましょう』

急に動かなくなった恭也を不思議に思いつつも、空爪は腕を振り下ろす。

【アルシェラ】
「恭也!」

アルシェラが叫ぶ中、やけにゆっくりと感じられる空爪の攻撃を見ながら、恭也はその名を呼んだ。

【恭也】
「沙夜!俺に力を!」

直後、空爪の攻撃により辺りに砂塵が舞う。
そして、砂塵が晴れた先には、恭也と一人の女性の姿があった。







つづく




<あとがき>

やっと、やっと沙夜の登場だよ〜。
今回は、少し長くなったけど、何とか最後に登場できたー!
美姫 「本当に、やっと登場よね。沙夜編と言いながら、前半は不知火ばっかりだったし」
はははは。
と、兎に角、急いで次回を上げるように頑張るか。
美姫 「そうよ。さっさと書きなさいよ!」
はいはい。ではでは。
美姫 「また、次回に♪」








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