『とらハ学園』






第46話





4月28日の夜。
明日が祝日で休みである事を知ったアルシェラが、部屋で恭也相手に何やら言っていた。

【アルシェラ】
「のお、恭也。明日は休みなのじゃろ。
だったら、何処かに出かけようぞ。なあ、なあ」

恭也の左腕を両手で持ち、左右に振りつつアルシェラが言う。
そんなアルシェラを一瞥すると、恭也は再び読んでいた本へと視線を向ける。
恭也のその様子に、アルシェラは拗ねたように頬を膨らませ、恭也の手から本を取り上げる。

【恭也】
「あ、こら」

【アルシェラ】
「余が話し掛けておるというのに、何じゃその態度は。
そんなに書物の方が大事か」

アルシェラの言葉に溜め息を吐くと、恭也は疲れたように眉間を揉みつつ口を開く。

【恭也】
「話ならちゃんと聞いていた」

【アルシェラ】
「そうか!だったら、何処に行くかの?何処でもよいぞ。
こういった場合は、男の方がリードするもんじゃからの。
恭也の行きたい所で構わんぞ」

恭也の言葉を聞き、アルシェラは嬉しそうに話し出す。
その区切りを待って、恭也は口を挟む。

【恭也】
「待て待て待て。とりあえず落ち着け」

【アルシェラ】
「それもそうじゃな。まあ許せ。
恭也と二人でどこかへ出掛けるなんて、実に久し振りじゃった故に、余とした事がついはしゃいでしもうたな」

恭也の言葉にアルシェラは落ち着こう深呼吸をする。
そんなアルシェラを見ながら、恭也が告げる。

【恭也】
「悪いが、俺は出掛けないぞ」

【アルシェラ】
「なっ!何故じゃ?」

【恭也】
「あのな、折角の休みだぞ。たまにはのんびりさせろ。
珍しく、父さんたちも出掛けて留守になるんだから」

【アルシェラ】
「だからこそ、余たちも出掛けようと申しておるのじゃ」

【恭也】
「そんなに出掛けたいのか?」

【アルシェラ】
「うむ」

【恭也】
「そういえば、美由希たちは明日、買い物に行くと言ってぞ。
一緒に行ってきたらどうだ」

恭也の台詞にアルシェラは不機嫌になっていき、最後には恭也に背中を向ける。

【アルシェラ】
「もうよい!」

そんなアルシェラを不思議そうに眺めてから、恭也は取り返した本に再び目を落とすのだった。





  ◇ ◇ ◇





明けた翌日。
士郎は桃子、なのはを連れて遊園地へと朝早くから出掛けて行く。
静馬たちも揃って何処かへと出掛け、家には恭也とアルシェラ、沙夜だけになる。

【沙夜】
「では恭也様、沙夜も出掛けてきますね」

【恭也】
「ああ。楽しんでくると良い」

恭也に微笑みで返すと、沙夜は神咲家へと向う。
何やら十六夜と約束をしていたらしい。
自分一人だけでは遠くまで行けない十六夜に代わって、沙夜が十六夜を持つ事で何処かに出掛けるらしい。
沙夜の背中を見送り、恭也は自分とアルシェラだけになった家へと戻る。
居間では、まだ拗ねているアルシェラがいた。
その背中を眺めつつ、恭也はそのまま自分の部屋へと向う。
恭也の背中をちらりと横目で確認し、恭也が一度も振り返らなかった事にアルシェラは腹を立てる。

【アルシェラ】
「恭也の馬鹿者〜!もう良い。余は一人で出掛ける!」

アルシェラは二階にいる恭也に聞こえるように叫ぶと、家を出て行く。
家を出たアルシェラは、目的もなくとりあえず駅前へと歩いて行く。
歩いているうちに冷静になったのか、少し後悔したような気持ちが擡げてくる。
それを首を振って追いやると、アルシェラは一人呟く。

【アルシェラ】
「恭也が悪いんじゃ」

今傍にいない恭也の文句を言いながら歩いている内に、少し気持ちも落ち着いてきたのか、幾分足取りも軽くなる。
そうこうしているうちに駅前へと出たアルシェラは、これからどうするか首を捻る。

【アルシェラ】
「さて、勢いで出てきたものの、どうするかの」

何をしようか悩んでいるアルシェラへ、一人の若者が声を掛ける。

【男】
「お姉さん、一人?」

【アルシェラ】
「如何にもそうじゃが」

【男】
「ふーん。だったらさあ、俺と遊ばない?」

軽そうな男の言葉に、アルシェラは暫し考え込む。

【アルシェラ】
(うーむ。どうせ暇じゃしの。少しぐらいなら……)

そう思いつつも、以前恭也に言われた事を思い出す。

【恭也】
「知らない人に無闇に付いて行くなよ」

その言葉を思い出し、考え込むアルシェラに脈があると見たのか、男は色々と話し掛けてくる。
それを聞きながら、アルシェラは昨日の恭也の言葉を思い出す。

【アルシェラ】
(……恭也の事など知らぬわ!余は余で楽しんでやる)

アルシェラはそう決めると、男の言葉に頷こうとする。
そこへ、その男へ後ろから声が掛かる。

【恭也】
「すまないが、俺の連れなんだ」

突然現われた恭也に、不信の目を向ける。

【男】
「どこの誰かは知らないけど、吐くんならもう少しマシな嘘を…」

男の言葉を遮るように、アルシェラが名前を呼ぶ。

【アルシェラ】
「恭也か」

その言葉に、男は嘘ではないと分かると、他の女性に声を掛けるべく、すぐさまこの場を後にする。
それを見送った後、アルシェラは嬉しさで綻びそうになる顔を必死で押さえ、
いかにも怒っていますというような顔をして見せる。

【アルシェラ】
「で、何の用じゃ」

【恭也】
「何の用とは酷いな。
昨日、お前が何処かに連れて行けと言ったくせに、訳の分からない事を言って飛び出していったのは、お前だろうが」

恭也は疲れたといった顔をして見せる。
その恭也の言葉に、アルシェラはさっきまでの事を綺麗に忘れ、嬉しそうな顔で恭也へと振り向く。

【アルシェラ】
「本当か!?」

【恭也】
「ああ。ただし、文句は言うなよ」

【アルシェラ】
「言う訳ないだろう。ほれ、さっさとエスコートせい」

【恭也】
「はいはい」

恭也はアルシェラより先に歩き出す。
それを見て、アルシェラは溜め息を吐くと仕方がないのうと零す。
そして、恭也の横に並ぶと腕を組む。
それに驚いた恭也だったが、特に何も言わずに大人しくする。

【アルシェラ】
「で、何処に行くのじゃ」

【恭也】
「……水族館はどうだ?なのはが言ってたんだが、何やら改装したらしい」

【アルシェラ】
「うむ、それで構わん。さっさと行くぞ」

アルシェラは恭也の腕を引っ張り、歩き出す。

【恭也】
「ちょっと待て。切符を買わないといけないだろう」

恭也はアルシェラを止めると、切符を買うべく券売機へと向う。
そこで二人分の切符を買うと、改札を潜る。
アルシェラは始終、上機嫌で恭也の腕を掴んでいた。

【恭也】
(まあ、この程度でここまで喜んでくれるならいいか)

恭也はそんな事を考えつつ、水族館へと向うのだった。
水族館の中を一通り見て周る。

【アルシェラ】
「おお、あれは何じゃ」

【恭也】
「ん?あれか、あれは…。確か、その辺に説明書きがあったな。えっと、あれは…」

そういった感じで、アルシェラは楽しそうにあちこち見て行く。
そんな中、イルカのショーが始まるというアナウンスが流れ、アルシェラが恭也へと振り向く。

【アルシェラ】
「恭也、行くぞ」

【恭也】
「分かった、分かった」

アルシェラに引っ張られる形で恭也は連れて行かれる。
ショーの間中、アルシェラはイルカが芸をする度に小さな感嘆の声を上げる。

【アルシェラ】
「おおー。賢いのー、イルカは」

アルシェラはイルカが気に入ったようで、食入るようにショーを見詰めつづける。
そんなアルシェラを見ながら、恭也は意外な一面を見たような気がしていた。
勿論、悪い気は全くしないが。
全てのショーを終える頃には、昼を少し周っていた。
二人はラウンジのような場所で昼食を取る事にする。
その途中の売店で、アルシェラの目が一点に向い、動かなくなる。
その視線の先を見て、恭也は笑みを浮かべると、アルシェラに少し待っているように言って、腕を解くと歩いて行く。
そんな恭也の後ろ姿を見送りつつ、アルシェラは近くにあったベンチへと腰を降ろす。
大方、トイレにでも行ったのだろう。そう思いながら待つ事暫し。
程なくして恭也が戻ってくる。
その手には、そこの売店で買ったと思われる袋を持って。
恭也はアルシェラの元まで来ると、その袋を渡す。

【恭也】
「ほら」

アルシェラは疑問を浮かべつつも、それを受け取り中を覗く。
そこには、アルシェラが先程見ていたイルカのぬいぐるみがあった。

【アルシェラ】
「これは?」

【恭也】
「うん?いらないのか?」

【アルシェラ】
「……ま、まあ恭也がどうしてもというのなら、貰ってやっても良いが。
その、恭也からの贈り物じゃしな」

笑いそうになるのを堪えつつ、恭也は慇懃に言う。

【恭也】
「是非とも受け取ってください」

【アルシェラ】
「うむ。そこまで言うのなら。ありがたく思うが良い」

アルシェラはそう言うと、恭也から包みを受け取ると、顔を綻ばすのだった。



二人が海鳴に戻った頃には、日も大分傾いてきていた。
そんな中、二人は家路へと着く。
もう少しで家という所で、丁度神咲家の方から沙夜が歩いてくる。
沙夜は恭也に気付くと少し早足でやって来る。
そして、アルシェラと腕を組んでいるのを見ると、沙夜は何も言わずに逆の腕を取る。
これまたいつもの事と言えばいつもの事なので、恭也も何も言わずに歩き出す。
一緒に歩きながら、沙夜が恭也へと尋ねる。

【沙夜】
「恭也様は何処かにお出掛けされていたのですか?」

今日一日家で大人しくしていると言っていた恭也が、外にいる事を不思議に思ったらしい。
まあ、何かを買いに出たとかだろうと思いつつ、恭也の答えを待っていると、恭也を挟んだ反対側からの声が答える。

【アルシェラ】
「フッフフ。余とデートじゃ」

【沙夜】
「なっ!」

【恭也】
「アルシェラ、何を」

アルシェラの言葉に驚く沙夜だったが、恭也も同じように慌てたため、戯言かと落ち着く。
そんな恭也に向けて、アルシェラが笑みを浮かべつつ告げる。

【アルシェラ】
「違うのか?男と女が一緒に出かけることをデートと言うのであろう?」

【恭也】
「そう……なのか?」

アルシェラの言葉に恭也は戸惑いつつ尋ね返す。
それに対し沙夜が答える。

【沙夜】
「まあ、一概にそうとは言えないと思いますけど…」

【アルシェラ】
「まあ、そんな事はどうでも良い。
今日の余は機嫌が良いからの」

そう言ったアルシェラが、手に持つ物に気付いた沙夜が尋ねる。

【沙夜】
「アルシェラさん、それは?」

【アルシェラ】
「うん?これか?これはな…」

アルシェラは沙夜に見せつけるように見せた後、勿体つけてから話し出す。

【アルシェラ】
「恭也がどうしても貰ってくれと言っての。まあ、恭也からのプレゼントと言う奴じゃな」

【沙夜】
「そうなんですか」

沙夜は悔しそうな顔をした後、怨めしそうに恭也を見る。
そこで、沙夜はその包みに印字されている文字に目を留める。

【沙夜】
「水族館……?お二人は水族館へ行ったんですか!?」

【アルシェラ】
「そうじゃ」

アルシェラが嬉しそうに言う中、恭也も頷く。

【恭也】
「ああ。なのはに改装したと聞いたからな。まあ、暇だったから試しに行ってみたんだが」

【沙夜】
「そんな。沙夜がお誘いした時は、ゆっくりしたいからと断わられたのに…」

【恭也】
「あ、あの時はそう思ってたんだ。そ、それに、俺がお邪魔したら、十六夜さんも気を使うだろう」

【沙夜】
「そんな事はありませんよ。なのに、なのに…。あまつさえ、アルシェラさんにプレゼントですか……」

沙夜は腕で目元を隠し、よよよとわざとらしい鳴き声を上げる。

【恭也】
「いや、アレは色々あってだな…」

【沙夜】
「言い訳は聞きたくありませんわ」

【アルシェラ】
「諦めろ、沙夜。そもそも今日、予定を入れておったお主が悪いんだからの」

【沙夜】
「恭也様が何処かへと連れて行って下さると分かっていれば、予定なんていれませんでした!」

【アルシェラ】
「まあ、運がなかったと諦める事じゃの」

沙夜はアルシェラを一度睨んだ後、恭也を見上げる。

【沙夜】
「恭也様。沙夜の来月の連休の予定は空いておりますから」

暗に何処かに連れて行けと言う沙夜に対し、アルシェラも声を掛ける。

【アルシェラ】
「余も空いておるぞ」

【恭也】
「いや、連休は鍛練を…」

【アルシェラ】
「恭也」

【沙夜】
「恭也様」

【恭也】
「……………ぜ、善処しよう」

二人の気迫に押され、恭也はそんな事を口にしてしまうのだった。
この言葉に、二人は嬉しそうな顔を見せる。

【アルシェラ】
「では、何処に連れて行ってもらおうかの」

【沙夜】
「あら、アルシェラさんは今日、連れて行ってもらったんですから、行き先は沙夜が決めさせて頂きますわ」

【アルシェラ】
「馬鹿を申すな。今日の行き先は恭也が決めたんじゃ。だから、次は余が決める」

睨み合う二人を、恭也がやんわりと押し止める。

【恭也】
「喧嘩をするのなら、なしだ」

【沙夜】
「アルシェラさん、二人で決めましょう」

【アルシェラ】
「そうじゃの。まだ少し時間はあるんじゃ。じっくりと考えるとするか」

【沙夜】
「あら、でもあんまりのんびりも出来ませんわよ」

【アルシェラ】
「分かっておる。明日…いや、今夜にでも考えるとするぞ」

【沙夜】
「ええ」

二人は話を纏めると、頷き合う。
そうこうしているうちに、家へと辿り着いた三人は、扉を開けて中へと入って行った。







因みに、恭也がアルシェラと遊びに出かけた事が美由希たちにも知れ渡り、美由希たちが拗ねたのは言うまでもない。






つづく




<あとがき>

久し振りのとらハ学園!
美姫 「本当に久し振り〜。って、この馬鹿!遅すぎるわよ!」
ご、ごめんなさい
美姫 「全くもう」
ははは。今回はドタバタではなく、ほのぼの〜、かな。
美姫 「アルシェラがメインなのよね」
今回はな。
次回は多分、ドタバタの予定で。
美姫 「本当に?」
………さて、今回はこの辺で、また次回!
さーて、次の話を書くか。
美姫 「はぁ〜。そんな事だと思ったわ。予定は未定という事ね。
    とりあえず、皆さん、また次回で」








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