『とらハ学園』






第48話





5月3日の朝。
御神不破家の前に一台のマイクロバスが止まっていた。
入り口付近では、数十人の男女がおり、それぞれに挨拶を交わしていた。

【真一郎】
「恭也、おはよう」

【恭也】
「ああ、おはよう。良い天気になって良かったな」

恭也の言葉に真一郎も頷く。
その向こうでは、真雪や愛が美影に今回の件で礼を言っていた。

【耕介】
「しかし、誰が運転するんだ、これ」

【恭也】
「ああ、父さんが運転するらしい。まあ、途中でノエルと交代するとは言っていたが」

そんな事を話していると、士郎が全員へと声を掛ける。

【士郎】
「それじゃあ出発するから、乗った乗った」

その言葉を聞き、真雪は耕介に話し掛ける。

【真雪】
「ほれ、耕介。それを持って後ろの席だ」

【耕介】
「はいはい、分かってますよ。しかし、重い荷物ですね」

【真雪】
「まあな。聞かなくても、中身は分かっているんだろう」

【耕介】
「そりゃあもう」

耕介は嬉しそうな顔をして、荷物を持つ。

【真雪】
「まあ、道中は長いからな」

真雪や愛といった大人組みは、耕介と一緒に後ろへと座る。
それを見て、数人からため息が零れる。
耕介たちが乗り込んだ後、美由希たちが乗らないのを見て、恭也が声を掛ける。

【恭也】
「どうしたんだ、乗らないのか?」

【美由希】
「えっと、私たちは後で良いよ」

美由希の言葉に、数人が頷く。
不思議そうな顔をしつつ、恭也は和真たちへと声を掛ける。

【恭也】
「じゃあ、俺たちが先に乗るか」

恭也の言葉に頷き、和真と北斗は一番前の席へと二人で座る。
それを見て、恭也と真一郎も和真たちとは通路を挟んで逆の席へと二人で座る。

【真一郎】
「あ、俺が窓側で良い?」

【恭也】
「ああ、別に構わないぞ」

二人が席に着くのを見て、一斉に声が上がるが二人はただ首を傾げる。

【真一郎】
「おい、早く乗らないと」

【小鳥】
「それは分かってるんだけど…」

【さくら】
「何で、そんな風に座るんですか……」

項垂れる女性陣に対し、二人は意味が分からないといった顔で首を傾げるだけだった。
そんな二人を眺めつつ、和真がこっそりと北斗へと囁く。

【和真】
「鈍感っていうのは、それだけでも充分に罪だと認識するよな、お二人を見ていると」

和真の呟きに、北斗は苦笑しながらも頷くのだった。
その後、早くも疲れた様子を見せつつも、何とか全員が乗り込むと、バスはゆっくりと走り出したのだった。





  ◇ ◇ ◇





夕方頃、バスが旅館へと着く。
部屋決めをバスの中で行っていたため、一同はすんなりと部屋へと入って行く。
尤も、決まるまでに一騒動あったのは確かだが。
士郎や美沙斗といった者たちは、すんなりと決まった。
美影、なのはは士郎、桃子と一緒の部屋に、後は夫婦で二人部屋。
問題は、他の女性陣たちであった。
それぞれが真一郎や耕介、恭也と一緒の部屋を狙い、お互いに牽制をしていた。
当然、そんな事に気付かない三人のうち、女性と一緒の部屋という考えを持たない恭也が口を開く。

【恭也】
「確か、六人部屋があったよな」

【士郎】
「ああ。あるぞ」

【恭也】
「じゃあ、俺たちはそこで良い」

かくして、恭也、耕介、真一郎、勇吾、和真、北斗は同じ部屋となったのであった。
まあ、一番無難でもあった訳だが。



それぞれの部屋で一息ついた後、夕飯の前に風呂に入る事にする一同。

【士郎】
「はははは。旅館が貸切状態だから、当然風呂も貸切だぞー」

嬉しそうに笑いつつ、男湯と書かれた暖簾を潜る。
ここの露天風呂は、女湯が崖の上にある作りになっており、男湯は暖簾を潜った後、下へと続く階段を降りて行く。
士郎に続こうとした恭也を、忍が声を掛けて呼び止める。
振り向いた恭也にむかい、

【忍】
「恭也。今よりももっと綺麗な肌になって出てくるから比較してね?」

そう言いつつ浴衣から肩を少しだけ、はだけさせて見せる。
それを目にして、恭也は顔を赤くしつつ言い返す。

【恭也】
「馬鹿な事を言ってないで、さっさと行け」

それだけを言うと、さっさと男湯へと入って行く。
そんな様子を見て、忍は笑いを堪えていた。





  ◇ ◇ ◇





【真一郎】
「はぁ〜。極楽、極楽」

【勇吾】
「確かに、これは気持ちが良いなー」

二人は湯の中で手足を伸ばしつつ、気持ち良さげに顔を綻ばせる。
遅れてやって来た恭也も風呂に入ると、気持ち良さそうな息を零す。

【恭也】
「はー、これは良いな」

少し離れた所では、静馬と一臣、孝之も同じように湯に浸かり、ゆっくりと寛いでいた。
恭也はふと、人数がたりない事に気付く。

【恭也】
「父さんと耕介の姿が見えないが」

【真一郎】
「そう言われれば」

恭也に言われ、真一郎たちも気付いたのか、辺りをざっと見る。
しかし、それらしい人影は見当たらない。

【恭也】
「おかしいな」

首を傾げる恭也の元に、静馬がやって来て笑いながら声を掛ける。

【静馬】
「そんなに心配しなくても大丈夫だろう。俺たち以外には本当にいないみたいだしな。
誰かに迷惑を掛けるということもないだろう」

【一臣】
「そうそう。恭也くんも兄さんの番ばかりしてないで、たまにはゆっくりしたらどうだ?」

【孝之】
「いくら士郎さんでも、そうそう無茶な事はしないと思うよ」

静馬たちに言われ、恭也は頷くとゆっくりと体を休めるのだった。
一方、好き勝手な事を言われている士郎は、しかし何も言い返さずに大人しいものだった。
尤も、その顔は歪んでおり、好き勝手に言いやがってとかブツブツと呟いていたが。
それを横で聞きつつ、耕介は苦笑いを浮かべるが、すぐに真剣な顔つきに変わる。

【耕介】
「で、士郎さん。本当に大丈夫なんですか」

【士郎】
「当たり前だ。俺に任せておけ。
本当は真一郎くんも誘ってあげたかったんだがな」

【耕介】
「仕方がありませんよ。真一郎の奴は勇吾と一緒にいますから。
勇吾は勇吾で知ったら止めようとするでしょうし」

【士郎】
「だろうな。兎も角、ここはこの崖の出っ張りのお陰で、恭也たちからは完全な死角となっている」

そう言って士郎は、自分たちの傍にある崖の一部分を軽く叩いてみせる。
それに頷きつつ、耕介も答える。

【耕介】
「つまり、恭也たちに見つからないという事ですね」

【士郎】
「そういう事だ。後の敵は……」

そう言って士郎は、目の前にそそり立つ崖を見上げる。
その崖の天辺からは、湯気が立ち上り、微かな声が聞こえてくる。

【士郎】
「こいつだけだ」

士郎の言葉に耕介は重々しく頷く。

【士郎】
「では行くぞ、耕介三等兵!」

【耕介】
「はい!」

二人は力強く頷くと、その崖の僅かな出っ張りに手を掛け、ゆっくりと慎重に上を目指して行く。

【士郎】
「くっ!こいつは思っていたよりも、少し辛いな」

【耕介】
「ぐぬぬぬぅぅ。し、しかし、これも真の極楽のための試練だと思えば……」

【士郎】
「その通りだ。頑張れ」

士郎の言葉に頷くと、耕介は腕に力を込め、体を押し上げる。
そうして二人は慎重に上へ、上へと切り立った崖を登って行く。
中程を越えた時、耕介の握っていたその部分が突如崩れ、耕介は宙へと投げ出される。

【士郎】
「耕介三等兵!」

士郎が咄嗟に耕介の腕を掴み、落下する事は免れる。

【士郎】
「は、早く何処かに掴まるんだ」

【耕介】
「じ、自分はもう駄目です。隊長だけでも行って下さい……」

【士郎】
「馬鹿な事を言うな!もうすぐそこだというのに、何てことを言うんだ。
第一、貴様を捨ててなど行けるか!どうしても駄目だと言うのなら、俺が背負ってでも連れて行ってやる。
一緒に極楽を目指そうじゃないか」

【耕介】
「隊長……。自分はまだまだやれます!」

【士郎】
「そうか」

耕介は自分の手で崖にしがみ付くと、再び頂上を目指す。
それから暫らくして、士郎の手が頂きに辿り着く。
士郎は自分の体を押し上げ、次いでやって来た耕介の体も引き上げる。

【耕介】
「はー、はー。つ、着いたんですね」

【士郎】
「ああ。よくやったな」

二人して、何かをやり遂げたような達成感を胸に爽やかな笑みを交し合う。
それも束の間、二人はすぐさま相好を崩すと、目の前に立つ木で作られた衝立を見る。

【耕介】
「でも、ここからはどうするんですか?」

【士郎】
「こっちだ」

耕介の疑問に、士郎は手招きで呼びつけると、壁の一箇所を指差す。
そこには、小さな穴が二つ、少し離れて開いていた。

【耕介】
「こ、これは」

【士郎】
「天国への扉さ」

そう言うと、士郎はそこから中の様子を覗き込む。
動揺に、耕介ももう一つの穴を覗く。

【耕介】
「し、……士郎さん!最高ですよ!流石は御神の剣士!」

【士郎】
「ぬはははは、そうだろう、そうだろう」

【耕介】
「まさに、眼福の一言です!この世の天国ですよ!」

【士郎】
「ははは、なのに、恭也ときたら……。はぁ〜」

【耕介】
「まあまあ。恭也ですから。俺らで恭也の分も楽しみましょう」

【士郎】
「そうだな。しかし、皆、湯に浸かってないで、さっさと体でも洗わないかな」

【耕介】
「それは、同感です。って、おおー。瞳が上がるみたいですよ。
お、おおー。瞳、アレから更に成長して……」

【士郎】
「おお!桃子となのはも洗い場へ行くみたいだな。
くぅ〜、桃子の裸は見飽きないな。……………時に耕介くん」

【耕介】
「はい、何ですか?」

【士郎】
「桃子となのはの裸を見たら……。分かっているね」

【耕介】
「も、もちろんです!」

士郎の殺気まじりの低い声に、本気で怯えつつも耕介の鼻はだらしなく伸びきっていた。

【士郎】
「しかし、贅沢を言えば、他の連中も湯から出てくれん事には、全然見えん」

【耕介】
「同感であります!」

そう言いつつも、士郎と耕介の目は今現在、洗い場にいる桃子と瞳を捉えていて、少しも離れない。

【耕介】
「隊長、更に数一名が上がる模様です」

【士郎】
「おお、そのようだな」

【耕介】
「く〜。リスティ、立派になって……」

【士郎】
「うーん、しかし他の連中は上がる様子がないな。
まあ、あまり興味ないから良いんだが。やっぱり、桃子が一番だよな〜」

士郎の言葉が聞こえているのか、いないのか、耕介は涙を流しつつ答える。

【耕介】
「わが人生、悔いなしであります隊長!」

【士郎】
「おお!耕介三等兵!俺も思い残す事がないぞ!

二人して小声で応酬しつつ、目だけは洗い場へと固定されている。
そんな二人の頭上に影が射し、耕介の目の前は真っ暗に、士郎の目の前には誰かの足らしきものが映る。

【士郎】
「な、何だ。さっきまでの綺麗な肌とは違って、何かこう急に萎びたと言うか…」

言いつつ、恐る恐る顔を上げる二人の視界に飛び込んできたのは、バスタオルを身体に巻いた美影と美沙斗の姿だった。
士郎の視界の先で、桶か何かを台にして視界を塞いだ美影と、耕介の視界をタオルで塞いだ美沙斗は、
その顔に極上の笑みを刻むと、ゆっくりと話し掛ける。

【美沙斗】
「思い残す事はないんですよね」

【美影】
「士郎、その言葉の続きは何かしら?」

ゆっくりと、だが確実に向けられるその冷たい空気は、二人の手足を縛る。
恐怖のあまり、身体が強張り動かなく二人を前に、目の前の女性は更ににっこりと笑みを浮かべる。

【美影】
「二人とも、ここで死んでみる?」

【耕介】
「は、はははは…」

【士郎】
「俺たち、死んだな」

【美沙斗】
「大体、あんな殺気をだして、ここにいる人間が気付かないとでも思ったんですか?」

【士郎】
「くっ!しまった!」

【美影】
「まあ、あの殺気がなくても、私や美沙斗は気配で分かったけれどね。
士郎は上手く気配を消してたみたいだけど、耕介くんの方がね」

その言葉を聞きながら、二人はそっと目を瞑る。

【耕介】
(ああ〜、神奈さん、すいません。俺の人生、ここで終わりみたいです)

【士郎】
(桃子、後のことは頼んだぞ。なのは、俺がいなくても立派に育つんだぞ)

【耕介&士郎】
((我が人生にて、出会った多くの人々に敬礼!))

二人が祈りを終えるのと同時に、二匹の修羅が動き出す。
否、衝立の向こうで多くの気配が一斉に動き出すのを二人は感じた。
そして、その場は阿鼻叫喚と化すのだった。
後にこの時のことを聞かれた二人は、遠い目をしながらこう語ったと言う。

『走馬灯って、本当に今までの出来事が甦ってくるんだな〜。
あの瞬間、確かに一瞬が何時間にも感じられたよ……』






つづく




<あとがき>

温泉編の初日!
美姫 「えっと、とりあえず、士郎と耕介はリタイア?」
どうかな?
まあ、次回もまだ温泉編だし。まだ初日も終ってないし。
美姫 「じゃあ、また次回ね!」
アデュー。








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