『とらハ学園』






第49話





温泉から上がった後、夕食の時間となり、宴会場へと移動をする一同。
宴会場に着き、恭也はある事に気付く。

【恭也】
「そう言えば、温泉からこっち、父さんと耕介を見ないな」

【真一郎】
「言われてみれば確かに。まだ温泉にいるんじゃないか」

【勇吾】
「温泉に入ってからみてないしな。まあ、あの二人の事だから心配はいらないだろう」

【和真】
「そうですよ。それに、この辺りには悪い気は感じませんから、何かに巻き込まれたということもないでしょうし」

【北斗】
「巻き込まれていても、あの二人なら問題ないでしょう」

勇吾たちの言葉に頷く真一郎と違い、恭也は少しだけ顔を歪める。

【恭也】
「いや、俺はどっちかというとあの二人……、いや、父さんが何か仕出かさないかと気が気でなくて…」

恭也の言葉に誰も慰める言葉を見つけられず、ただ苦笑しつつ顔を見合わせるのだった。

【真一郎】
「まあ、大丈夫だと思うよ。うん。
ここには美影さんもいるんだから、流石に変な事はしないと思うし」

【勇吾】
「そうそう。たまには恭也もゆっくりと寛げ」

【恭也】
「そうだな。父さんも美影さんがいるんだから、大人しくしているだろう。
それに、もし何かに巻き込まれていたとしても、あの二人なら無事だろうしな」

恭也の言葉に頷く真一郎たち。
彼らは知らない。
士郎たちが、その美影によってどんな目にあったのかを。
そして、今、傷だらけの状態で腰にタオル一枚を巻いただけの状態で簀巻きにされ、旅館近くの木に吊るされている事など。

【士郎】
「耕介くん……。い、生きているかい?」

【耕介】
「は、はい…。な、何とか。一応、手加減はしてくれたみたいですね」

【士郎】
「ま、まあ、あの二人が本気なら、死んでいるだろうからな。手加減はしてくれているみたいだな。
しかし、出来ればもう少し加減をして欲しかった……」

【耕介】
「うぅ、同感です。身体中が痛いです……。それに……」

耕介はあまり自由に動かない首を動かし、自分の体を見下ろす。
ロープによって首から腰までをぐるぐる巻きされた体と、風にはためく腰を覆うタオル一枚。
丁寧な事に、膝から足首もロープによって括られていた。

【耕介】
「心が痛いです……。ここまでぐるぐるに括るなら、一層の事、首から足首までをやって欲しかった……」

【士郎】
「………美沙斗ーーー!これが実の兄に対する仕打ちかーー!
あの婆ぁ、実の子を子とも思わないこの仕打ち。覚えてろよーー!」

日も沈み、暗くなった空に士郎の声だけが高く、何処までも高く響いていた。

【耕介】
(本人の前に立てば、今言った事など綺麗さっぱり忘れるんだろうな……)

士郎の叫びを聞きつつ、耕介は涙で頬を濡らすのだった。





  ◇ ◇ ◇





そんな二人の事など忘れ、宴会場では文字通り宴会が繰り広げられていた。

【アルシェラ】
「恭也、これは美味いぞ」

【恭也】
「そうか、それは良かったな」

【沙夜】
「恭也様、これが美味しいです」

【恭也】
「うん、そうか」

アルシェラと沙夜の間に挟まれた恭也は、どちらかが常に話し掛けてくるため、箸があまり動いていなかった。
それに気付いたアルシェラが話し掛ける。

【アルシェラ】
「何じゃ、恭也。お主、全く箸が動いておらんではないか」

【恭也】
「誰のせいだと………。何だ、これは」

言葉の途中で、恭也は自分に突きつけられたものを半眼で見遣りつつ、アルシェラに尋ねる。

【アルシェラ】
「これは美味いぞ。特別に余が食べさせてやろう」

如何にも感謝しろといわんばかりの態度で、アルシェラは恭也の口元へと箸を持っていく。

【恭也】
「いや、別にそんな事をしてもらわなくても…」

恭也が言い切るよりも先に、沙夜が口を出す。

【沙夜】
「そうです。そんな仕方が無くやられるアルシェラさんよりも、喜んでやる沙夜の方が宜しいですよね」

そう言うと、沙夜は反対側から箸をそっと差し出す。
目の前に箸を差し出されたまま、恭也はため息を吐く。
その目の前、二人の間では見えない火花が飛び交う。

【アルシェラ】
「恭也へは余が与えるゆえ、お主は下がっておれ」

【沙夜】
「何を仰います。ここは、沙夜がお世話いたしますから、アルシェラさんこそ、お下がりください」

【恭也】
「いや、俺としては、二人とも止めてくれると嬉しいんだが…」

当然、恭也の言葉を二人が聞くはずもなく、恭也の目の前には二人の箸がじっと口を開くのを今かと待っている。
間違いなく、このままではずっとこの状態が続くであろう事は、判断に難しくはない。
恭也は仕方がなくため息を再び吐き出すと、アルシェラの箸に口を付ける。

【アルシェラ】
「どうじゃ、美味いじゃろう」

【恭也】
「ああ、確かにな」

嬉しそうに話し掛けてくるアルシェラとは対照的に、悔しそうな、それでいて悲しそうな顔をする沙夜。
沙夜が箸を引っ込めようとするよりも早く、恭也は沙夜の箸にも口を付ける。

【恭也】
「アルシェラの方が先に差し出したから、順番だ」

フォローするように言う恭也に対し、沙夜は嬉しそうに笑みを浮かべる。

【沙夜】
「こちらも美味しいですか」

【恭也】
「ああ。こっちのも美味いな。さて、これで満足しただろう。
俺の事はいいから、自分の分だけを………」

言い終わるよりも先に、アルシェラが再び箸を持って構える。

【恭也】
「あのな…」

恭也が何か言うよりも先に、アルシェラが言葉を放つ。

【アルシェラ】
「お主が、先ほど自分で申したんじゃぞ。順番じゃと」

【恭也】
「あれは、そう言う意味ではなくて…」

【沙夜】
「そう言えば、そうでしたわね」

アルシェラの言葉に、沙夜は次の品を構えて待つ。

【恭也】
「いや、だから沙夜も…」

何か言おうとする恭也だったが、二人に何を言っても無駄だと悟ったのか、大人しく口を開ける。
結局、恭也は自分の箸を最後まで使うことはなかった。
それどころか、途中からは凄まじい視線を感じることとなったのだが。

【恭也】
(俺が一体、何をしたっていうんだ……)





  ◇ ◇ ◇





夕食を終え、尤も真雪たち数人はまだ飲んでいるが、恭也たちは宴会場を後にする。

【恭也】
「とりあえず部屋に戻るか…」

【北斗】
「俺たちはもう一度風呂に行ってきます」

【恭也】
「そうか。じゃあ、俺たちはどうする?」

真一郎の方へと振り向くが、いつの間にかその姿はなかった。

【恭也】
「…何処かに行ったのか。とりあえず、一旦部屋に戻るか」

【勇吾】
「そうだな」

恭也たち四人は揃って部屋へと戻って行く。
四人の姿が完全に消えた頃、丁度死角となっている場所から二人の男女が現われる。

【さくら】
「どうやら皆さん、行ったみたいですね」

【真一郎】
「んん〜。ん、ん」

【さくら】
「あ、ああ!ごめんなさい」

真一郎に手を軽く叩かれ、さくらは慌てて真一郎の鼻と口を塞いでいた手を離す。

【真一郎】
「ぷはぁ〜。し、死ぬかと思った」

【さくら】
「ご、ごめんなさい」

【真一郎】
「大丈夫だよ。それよりも、どうしたの?」

不思議そうに尋ねる真一郎に、さくらは少しだけ俯く。
そして、やおら顔を上げると一息に言い放つ。

【さくら】
「外の景色が綺麗なので一緒に散歩でもしませんか」

言い終えると、さくらは不安そうに真一郎の様子を伺う。
そんなさくらの様子に気付くことなく、真一郎は一つ頷く。

【真一郎】
「そうだね。じゃあ行こうか」

【さくら】
「はい」

【真一郎】
「あ、そうだ。恭也たちも誘って…」

真一郎が言い終えるよりも先に、さくらが遮るように言う。

【さくら】
「恭也さんたちは、もう一度お風呂の方に行かれると言ってましたから」

【真一郎】
「そうか。それじゃあ、仕方がないな。じゃあ唯子たちでも誘うか」

さくらは真一郎の手を取ると、引っ張る。

【さくら】
「他の皆さんも何か用事があるそうなので、私たちだけで行きましょう」

【真一郎】
「わ、分かったから、そんなに強く引っ張らないで…」

真一郎の言葉が聞こえていないのか、さくらは引く力を弱めず、そのまま外へと連れて行くのだった。





  ◇ ◇ ◇





部屋に戻った恭也たちは、取りあえずテレビをつける。
その間に和真と北斗は準備を済ませ、風呂へと向う。
特に見る番組もないので、とりあえずニュースを流しておく。

『さて、ゴールデンウィークという事で、各地の観光地は大変な賑わいをみせています』

それを何となしに聞きながら、恭也は勇吾へと話し掛ける。

【恭也】
「さて、俺たちはどうする」

【勇吾】
「さて、どうするか。
…まあ、もう少ししたら、誰かが来る事は間違いないないけどな」

答えつつ、勇吾は押し入れから将棋盤を取り出す。

【勇吾】
「とりあえず、こんなものがあったが」

【恭也】
「ふむ。暇つぶしにやるか」

恭也と勇吾は盤を境に向かい合うと、駒を並べて行く。

『……中との事です。では、次のニュース……』

ニュース番組をBGMに、恭也と勇吾は将棋を打ち始める。
その二人の姿は隠居したおじいちゃんの様で、傍らには急須と湯飲みまでがいつの間にか用意されていた。
打っている途中で、勇吾の予想通り、恭也たちの部屋の扉が断りもなく開けられる。

【アルシェラ】
「恭也!星が凄いぞ!」

入ってくるなり少し興奮気味でそう言うと、アルシェラは有無を言わさずに恭也の腕を掴む。
その拍子に持っていた駒が数個畳へと落ちるが、アルシェラは当然の如く気にせず、恭也を立ち上がらせる。

【恭也】
「あのな…。それがどうかしたのか」

【アルシェラ】
「感動の少ない奴だな。星が物凄く綺麗なんじゃぞ」

それでと目だけで先を促がす恭也に対し、アルシェラはまだ興奮覚めやらぬ感じで言う。

【アルシェラ】
「良いから、お主も来い!」

【恭也】
「あ、待て。まだ勝負の途中…」

アルシェラに引っ張られて行く恭也の背中へ、勇吾が声を投げる。

【勇吾】
「とりあえず、引き分けという事にしておいてやるよ」

【恭也】
「待て!どう見ても後、2、3手で俺の勝ちだろう!」

盤上を指差す恭也だったが、その視線の先で勇吾は無情にも片付け始める。
証拠隠滅をしながら、勇吾は至って平静に告げる。

【勇吾】
「不戦勝にしないだけ、ありがたく思えよ。武士の情けだ」

笑いながら言う勇吾を部屋に残し、恭也は反論する暇も与えられず引き摺られて行くのだった。

【勇吾】
「さて、どうしたもんか……」

恭也がいなくなり、暇を持て余した勇吾の元に新たな来客が現われる。

【晶】
「師匠、勇兄!……って、勇兄だけ?」

【勇吾】
「ああ、恭也だったら、さっき出掛けた。いや、連れて行かれた、か」

最後の方の言葉は聞こえなかったのか、晶は首を傾げる。
それに、いや、良いと首を振りつつ、勇吾は本題へと話を戻す。

【勇吾】
「で、晶はどうしたんだ」

【晶】
「あ、そうだった。ここ、卓球があるんだけど、一緒にやろうと思って」

晶の言葉に、勇吾は笑みを浮かべると頷く。

【勇吾】
「丁度、良かった。俺も暇になった所だったんだ」

そう言って勇吾は立ち上がると、明日の天気が流れ始めたテレビを切る。

【勇吾】
「じゃあ、行こうか」

勇吾の言葉に頷き、二人揃って部屋を出る。

【勇吾】
「他には誰がいるんだ?」

【晶】
「他には、レンとなのちゃん、久遠。後、藤代さんの四人。
本当は和真さんと北斗さんも呼ぶつもりだったんだけど…」

【勇吾】
「あの二人なら、風呂に行ったからな。
まあ、風呂から上がったらもう一度誘えば良いだろう」

【晶】
「だね。その方が藤代さんも喜ぶだろうし」

【勇吾】
「それはそうと、他の人たちは?」

【晶】
「美影さんたちはまだ宴会場でお酒を飲んでるみたい。
で、野々村さんたちは相川先輩の姿が見えないって探しに行ったきりで、
美由希ちゃんたちは誰が師匠を誘うかで揉めてる最中」

晶の言葉に苦笑しつつ、勇吾は答える。

【勇吾】
「そういえば、真一郎の奴、途中で姿が見えなくなったな。
まあ、問題はないだろうけど」

【晶】
「そう言えば、師匠は何処に行ったんですか?」

【勇吾】
「さっきも言ったんだが、行ったというより、連れて行かれただな」

【晶】
「あ、あははは。あれ?でも、俺が行った時はまだ、美由希ちゃんたちは揉めてたと思うけど…」

【勇吾】
「あー、多分、今も揉めてるんじゃないか。
つまり、その中にいない人物がフライングして恭也を連れ出したと。
いや、本人にはそんなつもりはなかったんだろうな。
そもそも、俺たちの部屋に来る前は、外にいたみたいだっただから、
美由希ちゃんたちが、そんな事をしているとも知らなかったんじゃないかな」

勇吾の言葉に納得しつつ、晶はその場にいた人物を思い出す。

【晶】
「あー、アルシェラさんか」

晶から出た名前に、勇吾は一つ頷く。
そうこうするうちに、卓球台のある場所へと出る。
そこには、晶の言った通りレンたちが二人が来るのを待っていた。

【レン】
「遅かったやないか」

【晶】
「どこがだよ」

言い争いを始めようとする二人に、横から鋭い視線が刺さる。
その視線の前に、二人は急に笑みを浮かべる。

【レン】
「そ、それで、お師匠はどないしたんや」

【晶】
「えっと、俺が行く少し前に出掛けたって」

【レン】
「そ、そうか。なら、仕方がないな。ご苦労さんやったな、晶」

【晶】
「あははは。気にするなよ」

どことなく棒読みに聞こえなくもないが、二人のやり取りを聞き、なのはは二人から視線を外す。
その途端、二人は肩から力を抜き、大きなため息を一つ吐く。
そんな晶に、彩が話し掛ける。

【彩】
「そ、それで、和真くんと北斗くんは?」

それに対し、答えたのは勇吾だった。

【勇吾】
「ああ、二人なら風呂に行った。
まあ、すぐに戻ってくるだろうから、それまではこのメンバーで我慢してくれ」

【彩】
「べ、べべべ別に嫌だなんて言ってないじゃない。
わ、私はただ、除け者にしたら可哀相だから…」

【勇吾】
「ああ、分かった、分かった。分かったから、少し落ち着けって」

勇吾は彩を落ち着かせると、この場にいるメンバーに尋ねる。

【勇吾】
「で、どうするんだ?個人戦?それともペアでも組むか?」

【彩】
「そうね。とりあえずは、試合形式じゃなくて、軽くやってみましょう」

こうして、勇吾たちは卓球を始めるのだった。





  ◇ ◇ ◇





一方、外へと連れ出された真一郎は、旅館の裏庭へと出てきていた。

【さくら】
「風が気持ち良いですね〜」

やけにご機嫌なさくらの背中を眺めつつ、真一郎は短く答える。

【さくら】
「恭也さんたちには感謝ですよ。こんな良い所に招待してくれるなんて」

【真一郎】
「確かに、感謝しないとなー」

真一郎は一つ伸びをして、さくらの横に並ぶ。
その気配を感じつつ、さくらはそっと真一郎の手を握る。
突然の事に驚く真一郎だったが、その手を振りほどくような事はしない。

【真一郎】
「ど、どうしたの、突然」

【さくら】
「その、何となくです。駄目ですか」

少し頬を染めつつ、さくらは真一郎と目を合わせる。
その表情にドキドキしながら、真一郎は答える。

【真一郎】
「いや、別に構わないけど…」

【さくら】
「ありがとうございます」

お互いに何となく言葉を無くし、ただ黙って歩く。
風が木々を撫でる音を聞きながら、いつもよりもゆっくりと歩く。
その沈黙を、さくらが破るように喋る。

【さくら】
「秋になれば、虫の鳴き声が聞こえるんでしょうね」

【真一郎】
「…そうだね。でも、こんな静かな夜も良いもんだね」

【さくら】
「はい」

頬を撫でる風を感じながら、お互いに言葉少なげに手を繋いで歩いて行く。
まるで、この世界に二人だけしかいないような錯覚を覚えつつ、二人は旅館から少し離れた散歩道を歩いて行く。
時折聞こえてくる木々の擦れ会う音や、そこに潜む小動物たちの微かな息遣いを聞きながら。





  ◇ ◇ ◇





アルシェラに引っ張り出された恭也は、少し乱れた浴衣の裾を直し終わると、アルシェラへと顔を向ける。
途端、恭也は顔を赤くしつつ、アルシェラの浴衣へと手を伸ばす。

【アルシェラ】
「な、何をする!べ、別に余は構わんが、やはり最初は外ではなく、中の方が…」

何やらブツブツと呟くアルシェラを気にせず、恭也はアルシェラの乱れていた襟元を正す。
それによって、やっと恭也が自分の浴衣を直しただけと悟り、アルシェラは残念そうな顔を見せる。
が、すぐに満面の笑みを浮かべると、両手を一杯に広げて頭上へと伸ばす。

【アルシェラ】
「ほら、どうじゃ。見事なものじゃろう」

まるで我が事のように言うアルシェラに苦笑を零しつつ、恭也は同じように頭上を見上げる。

【恭也】
「ほう」

途端、恭也の口からも感嘆の声が洩れる。
それぐらい、頭上に瞬く星は美しかった。
真っ暗な夜空の中、その存在を主張するかのように無数の星がひしめき合い、輝いている。
それは、今にもまるで落ちてきそうなぐらいで、恭也は暫しその光景に見惚れる。

【アルシェラ】
「凄いじゃろう」

【恭也】
「ああ。確かに、これは凄いな」

【アルシェラ】
「昔は、ゆっくりと星を眺めるなんて事はあまりしなかったからの」

【恭也】
「あまりという事は、たまには見上げていたのか」

意外だと言わんばかりに尋ねる恭也に対し、アルシェラは気を悪くした風もなく答える。

【アルシェラ】
「そうじゃな。たまに、本当にたまに見ることもあったな。
今もたまに、夜空を見上げる事もあったが、昔見たほど綺麗ではなかった。
しかし、今宵は綺麗な星空が見える。まるで、昔見た夜空のような…」

感傷にでも浸っているのか、アルシェラはそれっきり黙り込むと、星空をじっと見詰める。
それに倣うかのように、恭也もただ黙って見上げる。
どれぐらいの間、そうしていただろうか。
星空に飲み込まれるような錯覚を感じ始めた頃、ふいにアルシェラが話し出す。

【アルシェラ】
「尤も、昔みた夜空の方が、更に綺麗じゃったがの」

そんなアルシェラの言葉に、恭也はアルシェラの方を向くと、口を開く。

【恭也】
「それは、俺も見てみたかったな」

アルシェラも星空を見上げるのを止め、恭也へと視線を向けると、その口元に笑みを形作る。

【アルシェラ】
「残念じゃが、同じ光景というものは見ることが出来んからの。
似たような風景なら、この先、ひょっとしたら見れるかもしれんがの。
じゃが、今、この瞬間に見ている風景の方が嬉しく思うぞ。
お主が一緒じゃからの」

普段なら照れて誤魔化すように何か言うであろう恭也も、この風景に飲み込まれてか、何も言わない。
それを感じているのかどうか、アルシェラはそっと恭也の腕を取ると、その肩に頭を乗せる。
先程、昔を語る時に垣間見せた、アルシェラの悲しそうな顔の所為か、恭也は何も言わずに、アルシェラの好きにさせる。
暫らく二人して星空を眺めていると、アルシェラが歩き始める。
腕を組んでいた状態では、恭也も一緒に歩くこととなる。

【恭也】
「どうしたんだ」

【アルシェラ】
「少し散歩じゃ。それと、少し高くて見晴らしの良い場所に行けば、もっと多くの星が見れるじゃろう」

【恭也】
「……はいはい。お姫様の仰せのままに」

アルシェラの言葉に、恭也は冗談めかして答える。
それに気を良くしたのか、アルシェラは大仰に頷いて見せる。

【アルシェラ】
「うむ。苦しゅうない」

二人して顔を見合わせると、どちらともなく笑みを浮かべるのだった。





  ◇ ◇ ◇





旅館の中では、和真たちが勇吾たちの所へと来ていた。

【勇吾】
「じゃあ、二人一組で試合でもするか」

【彩】
「トーナメント形式で?」

【勇吾】
「ああ」

【レン】
「ペアはどうやって決めます?」

【北斗】
「籤で適当に決めましょう」

そう言って北斗は適当な紙に番号を書き始める。
それを眺めつつ、和真が言う。

【和真】
「だったら、最下位には罰ゲームとか」

【晶】
「それよりも、優勝者に景品とかは」

【勇吾】
「罰ゲームは、なのはちゃんたちがいるからな。
因みに、景品って何だ晶」

【晶】
「あ、あははは。そこまでは考えてませんでした」

【レン】
「まったく、困った奴やで。ちゃんと考えてから、言わんかい」

【晶】
「あんだとー。だったら、お前、何か良い案でもあるのかよ」

【レン】
「ある訳ないやろう。そもそも、景品って言い出したんはそっちやろ」

今にも飛びかからんばかりの二人の間に、彩が割って入る。

【彩】
「ほらほら、二人とも喧嘩しないの。別に景品なんかいいじゃない」

彩が言い終えるかどうかの所で、第三者の声が掛かる。

【真雪】
「この場合の景品と言えば、お姫様からの熱いキスだろう」

声をした方を振り向くと、片手にビール瓶を持った真雪が、そこに立っていた。

【北斗】
「真雪さん、どうしたんですか、こんな所に」

【真雪】
「ああ、ちょっと通りかかっただけだ」

【和真】
「通り掛かったって、宴会してたんじゃ」

【真雪】
「ああ。酒が無くなったんで、注文しに行ってたんだよ。
それじゃあ、あたしは戻るわ」

真雪は手をひらひらと振りつつ、少し千鳥足で戻って行く。
その背中を眺めつつ、和真は呟く。

【和真】
「まだ飲む気なんですね……」

【勇吾】
「と、とりあえず、景品うんぬんは置いておいて、試合をしよう」

勇吾の言葉に全員が頷き、北斗の作った籤でチーム分け及び、試合順が決まる。
その結果、第一試合は『勇吾・なのはチーム 対 晶・レンチーム、
第二試合『和真・彩チーム 対 北斗・久遠チーム』となった。

【勇吾】
「じゃあ、10点先取した方が勝ちという事で。
マッチポイントで同点の場合は、先に2点連取した方が勝ちで良いな」

勇吾が簡単にルールを纏め、こうして試合が始まる。
第一試合は、勇吾の運動神経となのはの動体視力の良さ、そして、晶とレンのチームワークの悪さから、
勇吾・なのはチームが勝ち上がる。
続く第二試合では、和真・彩チームが勝ちあがり、決勝となる。

【彩】
「ふふふ。優勝は私たちが貰うわよ、赤星君」

【勇吾】
「そう簡単に渡すか」

台を挟み、不敵に笑い合う二人。
最初のサーブは彩が打つ。

【北斗】
「では、試合はじめ」

北斗の合図と共に、彩は天上高くボールを投げ上げる。

【勇吾】
「何!?ま、まさか、そのサーブは!」

勇吾は驚きの声を上げつつも、打ち返せるように構える。
彩が打ったサーブは物凄い回転を付けて、真っ直ぐになのはへと向う。

【なのは】
「にゃ、にゃ〜」

何とかラケットにボールを当てるものの、ボールは相手へと返らず、まず和真・彩チームが先制点をあげる。

【勇吾】
「それらしい事をする割に、なのはちゃん狙いか…」

【彩】
「ふふふ。勝負の世界は非情なのよ。って、冗談に決まってるでしょう。
何よ、その目は」

【勇吾】
「いや、思わず本気にしてしまった」

【彩】
「さっきのは手が滑って、なのはちゃんの方に飛んだだけよ。
次は、ちゃんと赤星君の所へ打ってあげるわ」

ラケットを赤星に突き刺し、そう言い切る彩。
それを受け、赤星は面白そうに笑う。

【勇吾】
「面白い。受けて立とう」

そんな二人を傍から眺めながら、晶とレンは言葉を交わす。

【晶】
「何か、二人とものりのりだな」

【レン】
「まあ、楽しんでるようやし、これはこれで良いんとちゃうか」

【晶】
「…そうだな」

【レン】
「ああ、そうや」

呟く二人の前で、激しくボールが行き来するのだった。
結果、最終的に優勝を果たしたのは、和真・彩チームだった。

【彩】
「私たちの勝ち〜♪」

彩は嬉しそうにピースしつつ言う。
その後ろから、首に手を回され、酒臭い息を吹きかけられる。

【真雪】
「そいつは、おめでとうさん〜」

【彩】
「ま、真雪さん!え、宴会の方は?」

【真雪】
「あー。もうお終いだ流石に。ツマミがもうないしな。
酒も残りがかなり少なくなったらしくてな」

聞けば、旅館の人にそう言われたらしい。

【真雪】
「まー。今日だけじゃなく、明日もあるしな」

【勇吾】
「明日も飲む気ですか…」

少し呆れながら言う勇吾に、真雪は当たり前だとばかりに笑みを浮かべて見せる。

【真雪】
「まー、耕介や士郎さんがいなくて、旅館の人も助かったんじゃないか。
あの二人がいたら、もっと酒の量が増えてただろうしな」

あながち間違いでない真雪の言葉に、この場にいる者はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
そんな中、彩は少し遠慮がちに告げる。

【彩】
「あ、あのー。そろそろ離して欲しいんですけど」

【真雪】
「おー、そうだったな。さて、じゃあ優勝した和真には景品のキスをやらないとな」

【彩】
「えっ!ま、真雪さんが和真くんにキスするんですか!だ、駄目です!
大体、景品はなしって事に…」

【真雪】
「あー。彩、落ち着けって。何で、あたしがやらないといけないんだよ。
こういうのは、第三者として見るから面白いんだろうが」

【彩】
「じゃ、じゃあ一体誰が」

言わなくても分かるだろうという目をして、彩を見る。
その視線を受け、彩は慌てたように言う。

【彩】
「ま、まさか、私!?」

【真雪】
「当たり前だろうが」

【彩】
「で、でも、私も優勝したんですけど!」

【真雪】
「だーかーらー、優勝チームの女の子が男の子にキスをするんだろうが」

慌てふためく彩に、和真が声を掛ける。

【和真】
「藤代さん、本気しなくても良いですよ。真雪さん、どう見ても酔ってますから」


【真雪】
「彩が嫌なら仕方がない。代わりにあたしがやってやろう。
喜べよ少年!」

【和真】
「ま、真雪さん!酔ってるでしょう。正気に戻ってください!」

【真雪】
「あたしは酔ってないって」

【和真】
「嘘だ、絶対に酔ってますよ!」

【真雪】
「しつこい奴だな。酔ってないって。ほろ酔い気分ではあるけどな」

真雪は言いながら和真の首を両手でしっかりと掴む。

【和真】
「だ、だったら、何でこんな事をするんですか〜」

和真は情けない声を上げつつ、真雪の腕を外そうともがく。
真雪は和真が逃れられないよう、先程よりもがっしりと首を決めつつ、いつもの笑みを浮かべる。

【真雪】
「そりゃあ、この方が面白いからに決まってるだろう」

その台詞を聞き、和真はがっくりと力なく頭を垂れる。
そんな事にはお構いなく、真雪は楽しそうに和真の顔に唇を殊更ゆっくりと近づけて行く。
慌てる和真だったが、下手に動くと本当にしてしまいそうで動かないようにと体に力を込める。
硬直する和真に、真雪は更にゆっくりと顔を近づけて行き、今まさに触れるかという所で、横からの力に和真を離す。
その勢いで、真雪は尻餅を着きつつも、楽しそうにその横から和真を攫った人物を見上げる。

【真雪】
「いししししし。で、どうするんだ?」

和真を真雪から解放した本人、彩は思い切ったように和真へと顔を合わせる。
これに一番驚いたのは、和真だった。

【和真】
「ふ、ふふ藤代さん」

【彩】
「か、和真くん、少し大人しくしててね」

彩はそう言うと、和真へと顔を近づけて行く。
それを面白そうに眺める真雪へ、一度視線を合わせる。

【彩】
「頬っぺたでも良いですよね」

彩の言葉に真雪は頷くと、顎で続きを促がす。
彩はきつく目を閉じると、そっと和真の頬へと顔を近づける。
ここまで来ては、和真も何も言えずその時が来るのを待つ。
お互いにドキドキと高鳴る胸の鼓動が相手に聞こえていないかと不安になりつつも、その時が来るのをじっと待つ。
彩の柔らかい唇が、和真の頬に触れるかどうかという時、大声が上がる。

【美緒】
「望!卓球があるのだ!」

先程までゲームコーナーにいた美緒と望が現われる。
その声に驚き、彩と和真は殆ど壁の反対側まで離れる。

【美緒】
「おお。和真たちも来ていたのか。…ん?どうかしたの?
和真、顔が赤いよ。あれ、彩も赤いけど、どうかした?」

不思議すに尋ねてくる美緒に、和真は少し上擦った声で答える。

【和真】
「別に何でもないよ。さっきまで卓球で勝負してたから、それでじゃないかな」

その言葉に美緒はふーんと言ってから、ラケットを取ると、遅れてやって来た望にも渡す。

【美緒】
「あたしたちが使っても良い?」

【和真】
「ああ、どうぞ」

聞いてくる美緒に答える和真の後ろでは、真雪が小さな舌打ちをする。

【真雪】
「ちっ!馬鹿猫が。後少しだったのに」

そうして、視線を彩へと移すと、彩は自分の唇をそっと手でなぞるように押さえていた。
真雪はそれを見て、新しい玩具を見つけたような顔になると、彩の背後から近づく。

【真雪】
「あ〜や〜。ひょっとして、したのか?」

真雪の言葉に、彩は体を一瞬ビクリと震わし、恐る恐るといった感じで振り向く。

【彩】
「な、何をです?」

【真雪】
「ふーん。したな」

【彩】
「し、してません!あ、後少しでしたけど、結局してません!
そ、そりゃあ、ちょっと微かに触れたような感じはありましたけど……」

最後はごにょごにょと小さく呟く。
そんな彩の頭を軽く2、3度ポンポンと叩くように撫でると、真雪はその耳元に囁く。

【真雪】
「まあ、そんなに慌てなさんな」

そう言って、この場を立ち去って行くその背中に、彩が言葉を投げつける。

【彩】
「い、一体、誰のせいですか!」

彩の言葉に振り返ることをせず、ひらひらと手を振って真雪はこの場を後にしたのだった。
彩は肩で荒く息をしながら、そちらを見詰めていたが、やがて自分に向く視線に気付く。
そちらを向くと、そこには勇吾たちがいた。

【彩】
「あっ!」

【勇吾】
「は、ははは。俺達のこと、忘れてただろう」

勇吾の言葉に、彩は頷くと同時に、今までの出来事を一部始終見られていた事に気付く。
途端、顔を真っ赤にして俯く。

【勇吾】
「ま、まあ気にするな。真雪さんの悪戯だった訳だし、な」

勇吾の慰めに、彩は複雑な顔をして頷く。
そして、この空気を誤魔化そうと北斗が美緒に話し掛ける。

【北斗】
「陣内さんたちも一緒にやりましょう」

【美緒】
「よし、やろう!」

こうして、新たに二人を加えて勇吾たちは再び卓球に興じる。
そこへ、今度は小鳥たちが集団でやって来る。
勇吾たちを見ると、小鳥たちは一斉に詰め寄る。
そして、代表する形で、まず小鳥が口火を切る。

【小鳥】
「真くん見なかった?」

【勇吾】
「いや、見てないけど」

【いづみ】
「本当か?隠すとためにならないぞ」

【勇吾】
「隠すも何も本当に知らないって」

勇吾が和真たちの方を振り返り、それにつられるように小鳥たちも視線を向ける。
それを受け、和真たちも勇吾の言葉に同意を示す。

【みなみ】
「ここには、本当にいないみたいですね」

【雪】
「これだけ探していないとなると、ひょっとして外に行かれたのでは?」

【七瀬】
「でも、一人で外に行くかな?」

うーん、と全員が首を捻りつつ、その場に円陣を組む

【ななか】
「そういえば、さくらちゃんも同じ頃から見かけませんね」

【小鳥&いずみ&七瀬&ななか&雪&みなみ】
「………………」

【小鳥】
「ま、まさかとは思うけど……」

【いづみ】
「は、ははは。それは流石にないだろう」

【みなみ】
「ですよね」

一斉に乾いた笑みを浮かべるものの、その可能性を否定しきれないでいた。
いや、その可能性が高いと思っていた。
ただ、それを自分たちから口にする事が躊躇われているだけである。
しかし、どうしてもその結論へと辿り着き、いずれは口にいない訳にはいかない。
暫らくの沈黙の後、ゆっくりととある人物の口が開かれる。

【ななか】
「でも、二人とも見ないですよね」

ななかのこの言葉に、小鳥たちの周りの空気がピシリと音を立てたように凍りつく。

【七瀬】
「やっぱり、これってさくら一人が抜け駆け?」

【みなみ】
「ま、まさかー」

【小鳥】
「そんな事するはずないよー」

【ななか】
「ですよねー」

【いづみ】
「でも、いないのは事実…」

再び沈黙が辺りを支配し、やがて口々に笑い声を上げ出す。

【小鳥】
「そう。やっぱりそうなんだ……」

【いづみ】
「そう考えるのが、一番打倒だしな」

【七瀬】
「くすくす。なかなかやってくれるわね」

【雪】
「とりあえず、真一郎さんは外にいるとみて良いみたいですね」

【ななか】
「そうと決まれば……」

【みなみ】
「行動あるのみです!」

一斉に立ち上がると、不気味な笑みを浮かべ、一斉に走り出す。
嵐のような一同が立ち去り、辺りに再び普通の空気が漂い始めた頃、茫然としていた者たちが動き出す。

【勇吾】
「……えーと。とりあえず、試合を始めるか」

今のを見なかったことにして話し出す勇吾に、その場の誰もが頷くのだった。





  ◇ ◇ ◇





さくらと夜道を歩きながら、真一郎は周りの風景に目を配る。

【真一郎】
「本当に綺麗なところだね」

【さくら】
「ええ、本当に」

さくらは辺りを見渡した後、真一郎を見て微笑む。
その笑みに思わず見惚れながらも、真一郎も同じように微笑み返す。
ゆっくりと歩く二人は、前方に何かを見つけ、そちらへと歩みを向ける。

【さくら】
「一体、何でしょうね」

【真一郎】
「案外、幽霊とかだったり…」

【さくら】
「やめてくださいよ、真一郎さん」

さくらはそう言うと、怖がるように身を竦めて真一郎の腕にしがみ付く。
それを不思議そうに見ながら、真一郎はさくらに話し掛ける。

【真一郎】
「あれ?さくらって、そういうの平気じゃなかったっけ?」

【さくら】
「…う、うふふふ。まあ良いじゃありませんか」

【真一郎】
「確かに、まあ良いか」

真一郎はあっさりとそう言うと、そちらへと慎重に進むのだった。





  ◇ ◇ ◇





アルシェラは恭也と腕を組みつつ、空をずっと見上げている。

【恭也】
「なあ。ずっと上ばかり見ていたら、首が痛くならないか?」

【アルシェラ】
「ふむ。確かにの」

恭也の言葉にアルシェラは首を元に戻すと、恭也の肩に頭を傾ける。

【恭也】
「お、おい、アルシェラ!」

【アルシェラ】
「少しは静かにせい。少し首が疲れたので、休ませておるのじゃ」

【恭也】
「余計、疲れるんじゃないか」

恭也の言葉に、アルシェラは反論する。

【アルシェラ】
「そんな事はない。良いから、お主は黙って肩を貸しておれ」

【恭也】
「へいへい」

恭也は器用に片方の肩だけを竦め、大人しくアルシェラの好きにさせる。
暫らく歩いていると、不意にアルシェラが恭也の肩から頭を持ち上げ、そっと離れる。
同時に、恭也も前方の闇をじっと見詰める。

【恭也】
「どう思う」

【アルシェラ】
「とりあえず、人のようじゃの。幽霊などの類ではないようじゃ」

【恭也】
「ああ、俺もそう思う。しかし、だとしたら少し変じゃないか」

【アルシェラ】
「確かにの。位置というか、そういったものが少々おかしくはある。
しかも、気配は二つ……。どうする?」

アルシェラの問い掛けに恭也は暫し考え込み、やがて答えを出す。

【恭也】
「……少し気になるな。何も問題がなければ良いが、万が一という事もあるからな。
とりあえず、様子だけでも見てみるか」

【アルシェラ】
「そうじゃの」

恭也の言葉に同意すると、二人は慎重にそちらへと向って歩き出す。
暫らく進み、後少しと言うところで、今から向おうとするその場所から悲鳴が上がる。
恭也はアルシェラと顔を見合わせると、そちらへと駆け出す。
すぐさま悲鳴の上がったと思しき場所へと着いた二人が見たものは……。





  ◇ ◇ ◇





ゆっくりとそちらへと歩み続ける真一郎とさくら。
やっとその場所へと辿り着く。
そして、目の前のソレを見て、二人は固まる。
二人の目の前、いや正確には少し上には巨大な蓑虫がいた。
そして、あろう事かその蓑虫は二人の姿を見つけると話し掛けてくる。

【?】
「真一郎〜」

自分の名前を呼びながら、ぶらぶらと左右に揺れるその蓑虫に真一郎は目を向け、そっとため息を吐く。

【真一郎】
「耕介、それは何か?新しい遊びか?
士郎さんも一緒になって何をしているんですか」

【耕介】
「遊んでいる訳ないだろう。助かった。早く降ろしてくれ〜」

【士郎】
「ああ、真一郎くん。まさに地獄に仏とはこの事だ!
無事に助かった暁には、頬擦りするぐらいに感謝をするぞ!」

【真一郎】
「助けますけど、頬擦りは遠慮しておきます」

真一郎は苦笑して答えると、二人を見上げる。

【真一郎】
「どうやって助けよう。ざからは部屋だし。あ、そうだ。
さくら、悪いんだけど、あのロープを切ってもらえるかな?」

真一郎は未だに呆けているさくらへと声を掛ける。
さくらは出来る限り二人の方を見ないようしながら頷くと、右手の爪を鋭く伸ばす。
そして、二人を木から吊るしている一本の太いロープを切ろうと身構える。
そこへ一陣の風が吹き、耕介と士郎の腰を覆っていたタオルを吹き飛ばす。

【さくら】
「………………」

【真一郎】
「………………」

【耕介】
「……な、ちょ、み、見ないで」

【士郎】
「ま、待て!真一郎くん、タオルを。いや、それよりも早く降ろしてくれ。
こんな格好でこのままというのは拷問だ!」

【真一郎】
「えっ!あ、はい。って、俺は切るもの持ってないから、さくらに頼んだんだった。
って、さくら?さくら!」

茫然としているさくらに呼びかけるものの、さくらは全く反応しない。

【真一郎】
「さくら!しっかりしろ!大丈夫か!おーい」

心配した真一郎が両肩を掴み、激しく揺さぶりつつ大声で呼び掛ける。
その甲斐あってか、さくらはやがて焦点を戻す。
そして、身体を震わせ、目いっぱいに涙を溜めると、小さく唇を動かす。

【さくら】
「……い、……」

よく聞き取れなかった真一郎は耳を近づけ、聞き返す。
別にそれに答えた訳ではないのだろうが、さくらの口から大きな声が上がる。

【さくら】
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!!!」

耳元で悲鳴を上げられ、キーンとなる耳を押さえさながら真一郎は地面に膝を着く。
さくらの悲鳴はあたり一体に響き渡り、やがて小さな嗚咽に変わる。
真一郎は頭を2、3度振ると、地面にへたり込んださくらの両肩に優しく手を置く。

【真一郎】
「だ、大丈夫?」

真一郎の言葉にさくらは弱々しく首を左右に振り、目に涙を溜めて真一郎を見上げる。
そこへ、悲鳴を聞き駆けつけた恭也たちが現われる。
二人は真一郎たちを見て、信じられないような目を向ける。

【恭也】
「真一郎……。まさか、お前がそんな事をする奴だったなんて」

【アルシェラ】
「情けない。嫌がる婦女子を暗闇で無理矢理などとは……」

【真一郎】
「ばっ!馬鹿!違う。っていうか、二人とも気付いているだろう!」

真一郎は頭上を指差して喚く。
そんな真一郎に、恭也は疲れたような表情をする。

【恭也】
「頼む、真一郎。友の情けだ。何も言わないでくれ。
あんなのが…、あんなのが俺の親だなんて……」

顔を背ける恭也に、真一郎も辛そうな顔をする。

【真一郎】
「恭也もたいへんだな」

【恭也】
「ああ。分かってくれるか…」

【真一郎】
「ああ」

短く言葉を交わす二人の頭上から、声が落ちる。

【士郎】
「恭也!お前、それはどういう意味だ!それに、真一郎くんまで」

【耕介】
「二人とも、どうでもいいから早く降ろしてくれ〜」

喚く士郎たちに、恭也は頭上を見上げる事なく話し掛ける。

【恭也】
「事情は後で聞くとして、とりあえずそこから落とせば良いんだな」

【耕介】
「ああ、頼む」

【士郎】
「ちょ、ちょっと待て!」

恭也に頼む耕介を止め、士郎が叫ぶ。
そんな士郎を恭也は疲れたように見上げ、首を傾げる。

【恭也】
「どうした?」

【士郎】
「お前、今、落とすっつたーろ!降ろすじゃなくて!」

【恭也】
「そりゃあ、ここからそのロープを切れば、落ちるだろうからな」

【士郎】
「もう少しましな助け方はないのか!」

【恭也】
「助けてもらう割には、態度が随分とぞんざいな気が…」

【士郎】
「いや、しかしだな。この状態で落とされたら、受身もろくに取れないんだが」

【恭也】
「一理あるな。仕方ない。少し面倒だが、普通に降ろすか」

【士郎】
「出来るんなら、最初からや……。いえ、お願いします」

恭也が無言で懐から飛針を取り出し構えるのを見て、士郎は急いで言い直す。
恭也は本当に仕方がないと言いつつ、まずは二人が吊るされている枝へと登ろうと木に近づく。
その背中を見ながら、真一郎は必死でさくらを宥める。
しかし、運が悪いのか、日頃の行いが悪いのか、先程の悲鳴を聞いて駆けつけたのは恭也たちだけではなかった。
真一郎たちを探して、近くまで来ていた小鳥たちが現われる。
小鳥たちは真一郎とさくらを見て、声を上げる。

【小鳥】
「し、真くん!何をしてるの!」

【いづみ】
「見損なったぞ、相川!」

口々に真一郎を罵る小鳥たちの目に、耕介たちの姿は幸か不幸か映っていなかった。
恭也とは違い、本気で怒っている小鳥たちに真一郎は必死で弁解を始める。

【真一郎】
「ち、違うぞ!おまえたち何か勘違いしているようだが、違うからな!
さくらが悲鳴を上げたのは、俺のせいじゃなくて耕介たちのせいであって」

【雪】
「耕介さんが何処にいるんですか!」

【真一郎】
「そ、それは皆の頭上に…。あ、でも、絶対に見るなよ!」

注意するが、真一郎の言葉を信じていない小鳥たちは一斉に頭上を見上げる。
そして、辺りに本日二度目の悲鳴が大きく響くのだった。
その後、錯乱した小鳥たちを恭也とアルシェラの三人がかりで宥めてから、耕介たちを木から降ろす。
まだ涙目になっている小鳥たちを見ながら、耕介は身体を丸めつつぼやくのだった。

【耕介】
「泣きたいのはこっちだよ……」







つづく




<あとがき>

温泉編一日目の夜〜。
美姫 「相変わらず遅いわね〜」
ちっちっち。
相変わらず遅いと言うことは、それが普通って事だよ。
美姫 「さて、寝言を言っているいたいだから、ちょっと目を覚まさせてあげないとね」
いえ、もうばっちり目が覚めましたです!
それはもう!
美姫 「……まあ良いわ。目が覚めた所で、次のSSを書いてみましょう!」
えっと、やっぱりまだ覚めてない…、いえ、嘘です。
もう元気ですよ!さて、頑張るぞ〜。
美姫 「くすくす。それはそうと、今回はさくらと彩が頑張ってるわね〜」
そうだね。次回は誰が頑張るんだろうか…。
美姫 「それじゃあ、この辺にしておきましょうか。じゃあ、また次回でね♪」
ではでは。








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