『とらハ学園』
第51話
離れでの騒動を聞き付けてやって来た旅館の人に、警察への手配を頼むと、とりあえず必要はないだろうが、
男たちの手足を旅館から借りてきたロープで縛っておく。
【静馬】
「お義母さん、幾ら何でもこれはちょっとやり過ぎたんじゃ…」
畳の上で意識を取り戻して呻き声を上げる男たちを見下ろしつつ、静馬が美影に言う。
【美影】
「静馬さんは本当に優しいわね。でも、これぐらいの罰は当然だと思うけれど」
静馬の言葉にも、美影は平然と言い返す。
静馬も別段、男たちに何の義理もないのでそれ以上は何も言わない。
と、そこで一臣が誰にともなく呟く。
【一臣】
「でも、警察に何と説明したもんだろう」
一臣の言葉に、美影は少し上を見上げて少し考え込むと、やおら士郎の肩に手を置く。
【美影】
「駄目よ、士郎。幾ら皆を守るためだからって、これはちょっとやりすぎだわ」
【士郎】
「ま、まさか、俺のせいにする気じゃないだろうな」
【美影】
「せいも何も、私は真実を口にしただけでしょう」
【士郎】
「どこかだ!」
喚く士郎を綺麗に無視し、美影は男たちの側にしゃがみ込む。
ただそれだけの事なのに、男たちは怯えた声を出し、少しでも距離を取ろうと自由にならない身体を必死で動かそうとする。
そんな男たちににこやかに笑いかけながら、美影は尋ねる。
【美影】
「あなたたちをこんな目に合わせたのは、誰なのかしら?」
【男】
「そ、それは、あ、あそこに立っている方です、はい」
痛む身体に鞭打ち、リーダー格の男は士郎へと視線を向ける。
他の男たちもそれに同意するように、必死で頷く。
それを見て美影は笑みを浮かべたまま、男たちから離れて士郎へと視線を向ける。
【美影】
「ほら、やられた本人たちがこう言ってるんだから」
【士郎】
「ふ、ふ、ふざけるな。何故、俺が…。
そ、そうだ。恭也たちという証人が大勢いるんだぞ」
そう言って士郎が視線を向けた先では、全員が背を向けていた。
【美由希】
「今日はどこに行こうかな」
【瑠璃華】
「美由希ちゃん、この近くに滝があるわよ」
【月夜】
「あ、本当だな。ここに言ってみるのも良いかもな」
【レン】
「うちはこのレストランに行ってみたいです」
【晶】
「ああ、そこは俺も行ってみたいな。前に雑誌で言ってた店だろう」
【忍】
「それは行かないと駄目だよね」
【那美】
「なのはちゃんは何処か行きたい?」
【なのは】
「なのはは、この近くにあるテーマパークに行ってみたいです」
【知佳】
「ああ、そこ、私も行ってみたい」
【七瀬】
「ここって、あれでしょ。最近、出来たってCMでもやってる」
【さくら】
「ええ、そうですよ。何でも、巨大なテーマパークで、中はそれぞれ七つのエリアに分かれているとか」
【小鳥】
「全部周るのは、一日じゃ無理とか言われているんだよね」
【唯子】
「唯子は、ここでやってるケーキの食べ放題に行きたいな」
【みなみ】
「わたしもそこに行きたいです」
【真一郎】
「食べ放題?そんなのまであるんだ」
【いづみ】
「ああ、何でもこの期間だけのイベントらしいよ。
毎回、色んなイベントやってて、今回は七つのエリア毎に色々とやっているみたいだ」
【ななか】
「ここにそのテーマパークについて書かれている雑誌がありますけど」
ななかは自分の鞄からそれを取り出して広げる。
それを何人かが覗き込みつつ、更に話は進んで行く。
【美緒】
「あたしはアトラクションエリアにあるジェットコースターに乗りたいのだ」
【ゆうひ】
「おお。あの日本一長くて怖いと言うやつやな」
【静馬】
「じゃあ、今日はそこしようか。レンちゃんたちが言ってたレストランは、明日帰る時に昼食で寄れば良いかな」
【レン】
「はい、それでOKです」
静馬に答えるレンと晶。
その後ろで、ななかの持って来ていた雑誌を覗き込んでいた真雪がとあるページで目を留める。
【真雪】
「ほほー。世界中のいろんな酒を展示か。おお、試飲まで可能とは」
【耕介】
「これは行くしかないですね」
【美沙斗】
「これだけ広いと、皆も行きたい所があるだろうから、待ち合わせの時間と場所だけを決めて、
後は各自、自由に動く方が良いかもね」
【琴絵】
「美沙斗ちゃんの言う通りね」
【一臣】
「まあ、その辺は後で決めたら良いかな」
【孝之】
「そうですね。これだけ広いのなら、待ち合わせに適した場所もたくさんあるでしょうし」
【美由希】
「ああ、刀剣の展示会ってのもある」
美由希が目を輝かせて嬉しそうな笑みを浮かべる。
と、皆がわいわいと楽しそうにしているのを眺めながら、士郎はただ言葉を無くしていた。
と、その輪に一人加わっていない者を見つけ、士郎は最後の希望とばかりに声を掛ける。
【士郎】
「恭也〜!やっぱり、お前は俺の息子だよ。
あいつらをあんな目に合わせたのは、俺じゃないよな、な」
【恭也】
「……許せ。俺もまだ命は惜しい」
【士郎】
「えーい、貴様、そこに直れ!俺はお前をそんな腰抜けに育てた覚えはないぞ」
今にも掴みかからんばかりの勢いで言う士郎の後ろから、美影が声を掛ける。
【美影】
「士郎、アナタは私の所為にするのね」
【士郎】
「いや、そ、そんなつもりは…」
士郎は無言で微笑む美影にじっと見られ、力なく頭を垂らして分かったと小さく呟くのだった。
それから少しして、警察がやって来て、詳しい内容を聞かれる。
その中身は、士郎が全てやった事になっていた。
【警察官】
「まあ、大体の事情は分かりましたけれど、少しやりすぎですよ。
まあ、相手は銃も持っていた事ですし、必死だったんでしょうけれど。
それと、今後はこういった事は控えるようにしてくださいね。危険ですから」
【士郎】
「はあ、すいません」
警察官の言葉に、士郎は大人しく頷いておく。
そんな警察官に、美影が話し掛ける。
【美影】
「その子を怒らないでやってください。確かにやり過ぎた感はありますけれど、皆が怯えるしか出来ない中……。
その子は優しい子なんです」
まるで泣いているように目元を手で覆いつつ、美影は泣き崩れるように言う、
そんな美影の姿を恐ろしいものでも見るような目で見る犯人と恭也たち。
それに気付かず、警察官は少し慌てたように喋る。
【警察】
「いえ、そんな。別に怒っている訳ではなくてですね、ただ銃を持った相手に素人では危険ですからと。
ただの注意のようなものですから。貴女の息子さんは立派ですよ」
【美影】
「ありがとうございます。そう言って頂けると」
そう感謝の言葉を口にした後、美影はその警察官には分からないように犯人を見詰めて、そっと唇を動かす。
『分かっているわよね』
極上の笑顔と共に語られた口の動きに、犯人は怯えつつも何度も頷く。
そして、士郎の証言を確認する警察官に、犯人は何度も頷く。
「ま、間違っていません。だ、だから、早く留置場に。お願いします、お願いします。後生ですから。
もう悪い事も致しません!ですから、一刻も早く留置場に!」
この出来事がトラウマとして刻みこまれた彼らが、今後悪事を働く事はないだろう。
少なくとも、美影の前では決して。
犯人を部屋の外へと連れ出していく警察官と入れ替わるように、一人の刑事が入ってくる。
部屋の中で証言を取っていた警察官は、敬礼をするとその刑事に今までの証言を話し出す。
士郎の名前が出た途端、その刑事は警察官を押し退けるようにして部屋の中央へと進み出る。
【刑事】
「やっぱり、士郎さんでしたか。
名前を聞いてまさかとは思ったんですけれど、こんな事をしてのけるのはあなたぐらいでしょうからね」
【士郎】
「おお、久し振りだな。しかし、訂正しろよ。
これぐらい、俺じゃなくても出来るんだからな」
【刑事】
「そうそういませんって」
【士郎】
「そうでもないんだがな。ここにいる連中のうち…」
士郎は聞こえないぐらい小声で呟くと、数人をざっと眺める。
【刑事】
「何か言いました?」
【士郎】
「いや、何も。まあ、とりあえず、事情聴取はもう良いか」
【刑事】
「そうですね。刃物は使われなかったみたいですから、これで構いませんよ。
もし、何かあればまた連絡しますから」
【士郎】
「おお、そうか。それは助かる。これから娘たちを連れて遊びに行くんでな」
【刑事】
「ははは。家族サービスですか。頑張って下さい」
ではこれで、と言って刑事は引き上げて行く。
その後に残る警察官たちも続いて出て行き、部屋の中には士郎たちだけとなる。
【美影】
「さて、一段落した事だし、出掛けるとしましょうか」
美影の鶴の一声に、全員が頷くと出掛ける準備を始めるのだった。
つづく
<あとがき>
久し振りですですです〜。
美姫 「この馬鹿、馬鹿、馬鹿」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんな……。
美姫 「えーい。いい加減に黙りなさい!」
ぐっ!
と、とりあえず、温泉強盗編はこれで完全に幕引き〜。
美姫 「次回は超巨大テーマパーク編ね」
おうさ。
それでは、次回〜。
美姫 「まったね〜」