『とらハ学園』






第54話





超巨大テーマパークS・A・K(セブンエリアキングダム)にある一つのエリア、ファーストステーション。
このファーストステーションは別名、フードステーションとも呼ばれており、世界各地の珍しい食べ物や、
和食、洋食に中華と様々な料理店が建ち並んでいるエリアである。
このエリアの一角に、女性客が喜びそうな可愛らしい内装を施し、ケーキやパフェをメインにしている喫茶店、
クレープなどを売る屋台、あんみつや善哉など和菓子を扱う甘味処といった店が多数集まり、
辺りに甘い匂いを漂わせる場所がある。
男性の姿も見えるが、やはり女性客の姿の方が多いここで、今、一つの店が注目を集めていた。
店の外から中を窺う人たちを見て、通りかかった人が何事かと足を止め、中を覗く。
そうやって、どんどんとその数が増していく。
店の中からは、時折、女性の連れの男性が上げたと思われるどよめき声なども聞こえてくる。

【男】
「おおー! すげー」

客たちの注目を集める何かが、この店にはあるのだろう。
このゴールデンウィーク期間中は、それぞれのエリアで様々な催し物をしている事から、その類であろう。
それを証明するかのように、この店の入り口には、催し物の告知ポスターが貼られていた。
では、一体、どんな催し物なのか。
ポスターに赤く大きな文字で書かれていたのは、『ケーキ食べ放題』の文字だった。
客たちの注目するその先には、一つのテーブルに座っている四人の姿があった。

【唯子】
「んぐんぐ、は〜、美味しいね〜」

【みなみ】
「はい、本当に美味しいですね」

【いづみ】
「ああ、確かにな。普通、こういったバイキングとかだと、質より量で安いケーキばかりなんだけどな。
ここは、どれもちゃんとしたケーキだし」

【弓華】
「いづみの言うとおりですね。どれもこれも全部、美味しいです」

喋りながらも、その手からフォークを一時も放さず、口へと一口サイズに切ったケーキを運ぶ。
と、いづみがフォークから手を放す。

【いづみ】
「流石に、これだけ甘いものばかりだと、少し胸が気持ち悪くなるな」

既に両手の指に達する数を食べ、流石に手を休める。
そんないづみに首を傾げながら、唯子は皿に残っていた最後の一口を放り込むと、

【唯子】
「そうかな? 唯子はまだまだ平気だけど」

【みなみ】
「わたしも、まだまだ大丈夫ですよ」

【弓華】
「わたしも、と言いたい所ですが、流石に少し…」

そう言って、弓華はコーヒーで甘くなった口を洗い流すかのように、そっとカップに口を付ける。
そんな様子を眺めながら、いづみは苦笑を浮かべる。

【いづみ】
「言いながらも、弓華は私以上に食べてるけどな」

【弓華】
「それは言いっこなしですよ」

【いづみ】
「まあ、食べるなとは言わないけれど、後が怖いぞ」

【弓華】
「だ、大丈夫ですよ。食べた分はちゃんと動きますから。
それに、それを言うのでしたら、わたしよりもこの二人の方がたくさん食べてます」

弓華が視線を向ける中、再びケーキを幾つか持って唯子が席に戻ってくる。
席に着くなり、自分に向けられた視線に気付き、どうかしたのと尋ねる。
それに二人は苦笑しつつ、首を横に振る。
唯子はそれを見て、取ってきたケーキにフォークを入れる。

【みなみ】
「唯子さん、それ何処にあったんですか?」

【唯子】
「ん? これは、あそこの角だよ」

【みなみ】
「ありがとうございます!」

みなみはそれを聞くと席を立って、新たなケーキの確保へと向う。
そんなみなみと唯子を見て、ギャラリーがまたも感嘆の声を上げる。
視線を集めている事に気付いていないのか、唯子とみなみはあくまでもマイペースに食べていくし、
弓華やいづみに至っては、その視線が自分達に向けられたものではないと分かっているため、敢えて何も言わない。

【いづみ】
「さて、それじゃあ休憩も終わりにして、私ももう少し食べようかな。
折角、来たんだから、元は取らないとね」

既に取っているような気がするのだが、本人は至って真面目な顔でそう言うと席を立つ。

【弓華】
「わたしも行きます」

それに応じるように、席を立つ弓華に唯子が声を掛ける。

【唯子】
「あ、ついでに弓華がさっき食べてたの、一つ取ってきてくれる?」

【弓華】
「はい、良いですよ」

唯子に返事すると、いづみと弓華は席を離れる。
それと入れ違いになる形で、みなみが戻ってくると、早速食べ始める。
そんなみなみと唯子を見比べ、次いで自分と弓華を見比べたいづみは、僅かに首を傾げる。
その微かな動きに気付いた弓華が、いづみにどうしたのか尋ねる。
いづみは始め言い辛そうにしていたが、弓華がしつこく尋ねてくるのに根負けして、さっき考えていた事を口にする。

【いづみ】
「別に大した事じゃないんだけどね。
よく食べるからといって、大きくなる訳じゃないんだなーって」

【弓華】
「そうですね。わたしよりもいづみの方が背は高いですし」

【いづみ】
「いや、背の話じゃないんだけどね」

いづみの言葉に首を傾げる弓華に、いづみは明らかに口を滑らせたという顔になるが、結局諦めたのか続ける。

【いづみ】
「ほら、私や岡本の場合、縦に伸びたりしないで、下手をすれば肉が横に付くわけだ。
なのに、唯子や弓華だと、肉が横にも付かずにある一点に付くわけだよな。
それって、ずるいと思わないか」

そう言ってとある一点を凝視するいづみの視線から、弓華は隠すように胸の前で腕を組むと、少し顔を赤らめる。

【弓華】
「そ、それは気のせいというものよ。そ、それに、いづみだって、そんなに小さくは…。
それに、いづみは私より身長があるから、小さく見えるだけで」

【いづみ】
「確かにね。私が弓華と同じ身長だったら、そんなに違って見えないか」

【弓華】
「そうですよ」

いづみは少し寂しそうな顔になると、

【いづみ】
「……そんな訳ないだろう。数値として、私の方が小さいとはっきり出てるのに」

【弓華】
「あ、あはははは」

そんないづみに対し、弓華はただ乾いた笑みを浮かべるのだった。





  ◇ ◇ ◇





唯子たちと同じファーストステーションに、勇吾たちの姿はあった。

【晶】
「珍しい食材なんかも扱っているみたいだから、是非とも見てみたかったんだ」

嬉しそうに言う晶に、勇吾たちは苦笑を漏らす。
こと、料理においては貪欲までの向上心を持つ晶らしいと。
その晶の横では、珍しく突っかからずにレンも同様に頷いていた。

【レン】
「特に、調味料関係は多いらしいからな」

【彩】
「和真くんたちは何か目的の店でもあるの?」

【和真】
「いえ、特には何もないですけど」

【北斗】
「右に同じです。ただ、恭也さんや真一郎さんたちと一緒に行動すると、他の方たちの視線が……」

【彩】
「あ、あははは。確かにね」

納得したように頷きつつ、彩は苦笑いを浮かべる。

【勇吾】
「まあ、恭也たちの鈍感さは今に始まった事じゃないけどな」

【和真】
「まあ、それもそうですけどね」

そんな話をする二人の後ろで、晶と彩がこっそりとため息を吐いているなど、二人は気付くはずもなかった。
とりあえず、食材を扱う店が建ち並ぶ一角へと向う一行の前から、微かな声が聞こえてくる。

【女の子】
「…川くーん」

女の子が男の子の名前を呼んだらしく、呼ばれた男の子が振り返って女の子へと手を振り返す。
それに応えつつ、女の子が近づいていくと、それを邪魔するように、別の女の子が男の子の手を取る。

【女の子】
「あー、何してるのよ、おき…」

【女の子】
「ふっふーん。こういったものは、早い者勝ちと昔から決まってるのよ、バカく……」

二人の女の子が男の間に挟んで、何やら言い合っている。
片方の女の子の後ろでは、別の女の子が目の前のやりとりに目に涙を溜めて右往左往しており、
多分、双子だろうよく似た幼い子たちが何やら慰めるように声を掛けている。
そんなやり取りの間に、いつの間にか男の子の後ろに少し年上の女性が現われ、男の子の首に腕を回し、
その耳元で何やら呟いていた。
それを聞き、男の子は顔を赤く染める。
その間にその女性の横に、新たな女性が現われて、何も言わずにただ立っており、
女性を挟む形で丁度、反対側に現われた犬の耳を付けた少女が、男の子に何かを言った女性に対して注意していた。
その陰に隠れるように、眼鏡を掛けた少女の姿も見えた。
どうやら、一人の少年を巡って、何やらやっている様子で、
それを見るとはなしに眺めていた北斗の口から、思わず言葉が洩れるのだった。

【北斗】
「似たような状況ってのは、意外とあるもんなんだな」

【勇吾】
「まあ、あれぐらいなら可愛いものじゃないか。
何せ、俺たちの回りの連中ときたら……」

【和真】
「本気を出せば、簡単に町一つを滅ぼせますからね」

苦笑しつつ言う和真に、勇吾は重々しく頷く。

【勇吾】
「一人でそれが可能な者がいるしな。
つくづく非常識の塊だよな」

しみじみと語る勇吾に、彩が苦笑しながら答える。

【彩】
「本人の前で言ったら、ただじゃ済まない台詞ね」

【勇吾】
「本人を目の前にして、言うはずないだろう」

【彩】
「でも、後ろに不破くんたちがいるんだけど」

【勇吾】
「!! す、すまん。悪気は全くなかったんだ!」

謝りつつ後ろを振り返る勇吾の目の前には、誰もいなかった。
勇吾は恨めしい目で彩へと振り返りつつ、地獄の底から来るような低い声を出す。

【勇吾】
「ふ〜じ〜し〜ろ〜〜」

【彩】
「あははは、冗談よ、冗談。そんなに怒らないで〜」

笑いながら彩は和真の後ろへと隠れる。
そんな彩に、勇吾はこれみよがしに盛大なため息を吐くとともに、この言葉を口にする。

【勇吾】
「ひょっとして、真雪さんに似てきたんじゃないのか」

勇吾の言葉に、彩は顔を顰めると、本当に嫌そうな声を出す。

【彩】
「そ、それだけは嫌ー! そ、そんな事ないよね、ね」

和真たちに必死になって尋ねる彩に、勇吾はすっきりしたような笑みを浮かべる。

【彩】
「ねえ、和真くん、本当に真雪さんに似てきてるの、私?」

【和真】
「いえ、そんな事はないですよ。だから、落ち着いて」

和真の言葉に、彩は何とか落ち着きを取り戻すと、勇吾を睨みつける。

【勇吾】
「冗談だ、冗談。でも、これでおあいこだろう」

勇吾の言葉に、彩は悔しそうに唇を噛み締めるが、ゆっくりと力を抜く。

【彩】
「OK、良いわ。今回はお互い様ということで」

【勇吾】
「と、あれが晶たちの言ってる店じゃないのか」

【北斗】
「えっと、そうですね」

【晶】
「よっしゃー。それじゃあ、早速」

パンフレットで確認を取った北斗の言葉に、今にも駆け出しそうな晶とレンに話し掛ける。

【勇吾】
「そんなに急がなくても良いだろう。目の前に見えてきてるんだから」

【レン】
「それは分かってるんですが、どうも体が勝手に……」

【晶】
「あははは」

晶もレンと同じなのか、ただ笑うだけだった。





  ◇ ◇ ◇





S・A・Kにある七つのエリアの一つ、サイエンスステーションへとやって来た美緒たちは、早速あちこちに視線を向ける。

【美緒】
「おおー! あれが日本最大最長のジェットコースターか。
望、早速乗ろう」

【望】
「わ、わたしは出来れば遠慮した……ぃぃぃぃって、美緒ちゃーーん!!
は、話を聞いてーー!」

望の言葉など聞かず、美緒は望の腕を取ると、そのまま走り出す。
その背中に、どこかのんびりとした声が掛けられる。

【葉弓】
「美緒ちゃん、一人で先に言ったら駄目よー」

【美緒】
「大丈夫ー! 先に行って、順番を確保しておくからー」

葉弓の声に答える美緒の声は、段々と遠ざかっていく。
その背中を見送りつつ、葉弓たちも美緒たちの去った方へと歩いて行く。

【リスティ】
「子供は元気だねー」

【楓】
「何を言ってるんや。リスティもあの二人と同級生のくせに」

【リスティ】
「僕の方が、精神的には大人だよ」

【楓】
「リスティの方が大人というよりも、美緒の方が子供なんじゃ」

【リスティ】
「まあ、否定はしないけどね」

そう言って肩を竦めて見せるリスティ。
そんな二人を眺めつつ、葉弓はなのはたちと繋いだ手を楽しそうに振る。

【葉弓】
「ジェットコースター、楽しみですね」

【なのは】
「うん、楽しみ。葉弓さんも好きなの?」

【葉弓】
「いいえ、分かりません。何せ、今日初めて乗りますから」

笑顔でそう言ってくる葉弓に、なのはとアリサは思わず言葉に詰まる。

【アリサ】
「は、初めてでアレはちょっときついんじゃないかしら……」

【なのは】
「で、でも、葉弓さん乗る気満々だし。意外とこういうのに強いのかもしれないよ」

こそこそと話をするなのはとアリサに、葉弓は首を傾げて見せる。

【葉弓】
「二人とも、どうかしましたか?」

【アリサ】
「な、何でもないわよ」

【なのは】
「う、うん、何でもないです。所で、葉弓さんはああいった乗り物は大丈夫なんですか」

【葉弓】
「さあ、分かりませんね。さっきも言った通り、初めてですから。
でも、車とかは別段酔ったりしませんよ」

【アリサ】
「車はあんな風にならないからね」

そっと呟いたアリサの視線の先には、件のジェットコースターが三連続の回転に入った所だった。
そんなアリサの呟きが聞こえず、葉弓はただにこにことしていた。

【リスティ】
「しかし、葉弓も楓もこっちに来てて良いの?」

【楓】
「ん? どうして」

【リスティ】
「だって、今頃、美由希たちは恭也と一緒にいるんだろう。
普段なら、そっちに行きそうなのに」

【楓】
「まあ、いつもいつもって訳じゃないよ。
このジェットコースターには乗ってみたかったしね。
恭也とは、また後で合流すれば良いんだし」

リスティはこのS・A・Kの広さを思い浮かべ、気楽に言う楓に聞こえないように、そっと呆れながら小声で呟く。

【リスティ】
「どうやってこんな広い所で合流するつもりなんだか……」

【楓】
「そう言うリスティこそ、耕介さんたちと行かなくても良かったの?」

【リスティ】
「良いの、良いの。だって、真雪と一緒にお酒を飲みに行ったんだろう。
だったら、僕はこっちで遊んでる方が良い。愛も一緒だから、絶対に僕に飲ましてくれないだろうし」

【楓】
「愛さんがいなくても、飲むのは駄目だと思うけどね」

【リスティ】
「そんな堅い事言わない、言わない。
って、葉弓は何でこっちにいるの?」

【葉弓】
「私はなのはちゃんがこっちに来てますから。士郎さんにも頼まれましたし」

葉弓の言葉に、リスティはなるほどと頷く。
そうこうしているうちに、ジェットコースターの乗り口へと辿り着く。
美緒が気付き、葉弓たちに手を振る。
それに振り返しながら、葉弓たちは美緒たちと合流を果たした。






つづく




<あとがき>

これで、全員の居場所が把握できたかな。
美姫 「いや、移動した恭也たちの居場所が不明だけど」
まあまあ。とりあえず、旅行に参加していたメンバー全員が登場したという事で。
次回は恭也の予定だし。
美姫 「そうなの?」
多分。ごめんなさい、予定です。
美姫 「つまり、いつも通りって訳ね」
はい、そうです。
でもでも、かなりの確立で恭也になるかと。
美姫 「まあ、それは良いとして、さっさと続きを書いてね♪」
……はい。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
それでは〜。








ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ