『とらハ学園』






第64話






サキが成仏するよりも少し前。
悪霊共に追われながらも赤星たちは何とか今まで逃げ延びていた。
和真や北斗の霊力を目標としているのか、悪霊共は執拗に二人を狙う。
それ程数のいない事もあり、これまでは何とかなっていたが、次から次へと現れる悪霊たちに、
流石に和真たちも疲れを見せる。

【和真】
「せめて破魔刀があれば…」

和真が零す言葉に、赤星はただ恭也たちとの合流を目指すべく移動する足を早める。
幸い、共に行動する者たちはいずれもそれなりに鍛えており、
体力的にも脚力的にも一般の学生よりも不安は少ない。
それでも、このような事態には流石に戸惑いを隠せないが。
物理的な攻撃の効かない霊に対して、攻撃する術のない赤星たちはただ和真と北斗に守られるだけ。
それを歯痒く思いながらも、下手に前に出ても邪魔になるだけなので大人しくしている。
偶に物理攻撃の効くモノもいるみたいではあるが。

【北斗】
「何か、こっちに行けば行くほど増えてきているような…」

北斗の言う通り、行く先から新たな悪霊たちが姿を見せる。

【和真】
「逆方向に逃げるべきだったかな」

今からでも遅くはないとそう提案する和真の隙を付くように悪霊たちが襲い掛かる。
しかし、それを躱すと和真は逆に手にした椅子の足でその悪霊を討つ。
断末魔を上げる事もなく消える悪霊に目も暮れず、和真は方向転換する。
が、いつの間にか集まった悪霊たちが和真たちを取り囲む。
北斗と二人で背中を向け合いながら、その内側に赤星たちを庇う。

【和真】
「……一点突破しましょう」

和真の言葉に誰も反対はなく頷いた。
それを確認すると、悪霊の輪の一部へと切り込む。
と、その輪が外側から崩されて行く。

【士郎】
「美沙斗と静馬は赤星くんたちを。一臣、俺は右、お前は左!」

士郎の言葉にそれぞれがその通りに動く。
士郎
【静馬】と一臣が悪霊の輪の一角を崩す間に、静馬と美沙斗がその輪の中から飛び出してくる。

「大丈夫だった?」

静馬の言葉に和真たちは頷く。
次々と倒れて行く悪霊たちを前に、静馬と美沙斗は和真たちを守るように傍に立つ。
かなりの数いた悪霊たちがどんどんその数を減らして行く中、間の抜けたような声が上がる。

【美由希】
「えっ!? 父さんに母さん?」

【月夜】
「美由希、うちの父さんと士郎さんもいるみたいだ」

月夜の言葉に美由希も頷き返しながら、静馬たちの傍までやって来る。

【美沙斗】
「良かった。無事だったんだね、美由希」

【美由希】
「うん」

【静馬】
「それにしても、これはどういう事なんだろうな。いきなり、現れて…」

美沙斗の言葉に頷いた美由希に、静馬が改めてこの現象の奇怪な部分を口にする。
それを耳にして、美由希と月夜は簡単に説明をする。
と、いつの間に傍に来のか、士郎が面白そうに言う。

【士郎】
「そうか。つまり、これの原因はうちの母さんという訳か」

【美沙斗】
「兄さん、何でそんなに嬉しそうなんですか」

呆れたように呟く美沙斗に、士郎は当然のことだろうという顔をしてみせる。

【士郎】
「散々、人を疫病神だの日頃の行いが悪いだのと言ってる本人が事の発端だぞ?」

【美由希】
「えっと、士郎さん。美影さんは何もしてないんだけれど…」

遠慮がちに言う美由希に、月夜も首肯する。

【月夜】
「逆に美影さんは事態に気付いて収拾しようとしてるんで、下手なことは言わない方が」

今までの経験からそう諭す二人に、士郎も少し考え込む。

【士郎】
「ちっ。そう簡単にはやり込めれないか」

悔しそうそう零すと、士郎は気持ちを切り替えるかのように言う。

【士郎】
「とりあえず、その店に行けば安全は確保できるんだな。
 だったら、そこまで行くか」

士郎はそう言うと、殆ど残っていない悪霊たちへと斬りかかって行く。
その背中を見ながら、静馬たちは赤星たちを庇いながら進む。





  ◇ ◇ ◇





一斉に襲い掛かってくる魑魅魍魎に対し、恭也たちは刃を振るう。
葉弓を真中にして、それを囲むように四方に恭也、耕介、薫、楓が立ち、悪霊たちの攻撃を受け止め、
流し、反撃する。葉弓は四人の後ろから、随時弓による攻撃を繰り出す。

【アルシェラ】
≪まあ、こういう事態になったのはあれじゃが、丁度良い鍛錬にもなるのう≫

【沙夜】
≪アルシェラさん、流石にそれは不謹慎ですわよ≫

【アルシェラ】
≪分かっておるわ。余が言いたいのは、起こってしまったものは仕方がない。
 じゃから、鍛錬と思ってやれという事じゃ≫

【沙夜】
≪あら、そうでしたの。でも、確かにその言葉には一理ありますね。
 これほどの数の魑魅魍魎を相手にする事など、そうそう無いでしょうから≫

アルシェラと沙夜の言葉に恭也は複雑そうな顔をしつつも、その言葉には納得する。

【アルシェラ】
≪丁度良い機会じゃ。士郎がやっておった不破の対多用の奥義を使ってみてはどうじゃ≫

【恭也】
≪漆喰か。確かに、練習はしているが実際に多数相手に使った事がなかったな≫

アルシェラの言葉に返しつつ、恭也はざっと周りを見る。
かなりの数の悪霊共が周りを囲んでいるが、さっきの攻撃を防ぎ反撃した所為か、
様子を窺うように今は攻撃を控えている。
それを見ると、恭也は沙夜を逆手に持ち替えて敵陣の一角へと走り出す。

【恭也】
「少しの間、ここを離れる」

短く言い残すともの凄い速さで駆け出す。
輪から抜け出した恭也へと攻撃が集中するが、全て逆に打ち倒される。
黒い風となって包囲する魑魅魍魎の中へと突っ込む。
風は暴風となり、その一角を崩して行く。
次々と滅んで行く悪霊たちを見て、薫たちも動き始める。
薫の霊力を込めた一撃が遠巻きに見ていた悪霊たちを数体纏めて吹き飛ばし、
耕介の大きな一撃はまるで爆発したかのように、着弾点周辺にいたモノを纏めて滅ぼす。
楓も札による援護に切り替え、葉弓の弓と共に近づくモノたちを打ち据える。
そこへ恭也が戻ってくると、今度は逆側へと恭也たちが切り込む。
それを少し後ろから追いかけながら、葉弓と楓がまずは先制攻撃を加える。
既に包囲網が崩れ去り、悪霊たちは個々に襲い掛かってくる。
それに対し、恭也たちは時に単独で、時に連携で相手をしていく。
あれだけいた魑魅魍魎の類が、どんどんとその数を減らしていく。



どのぐらい刃を振るっていたか、気付けば残す悪霊たちも数体まで減っていた。
だが、それを嘲笑うかのように、空の向こうからまたしても数十とその姿を見せる悪霊たち。

【耕介】
「いやいや、流石に疲れる。一体、どれぐらい居るんだろうね」

【恭也】
「耕介、怪我はないか」

【耕介】
「全然」

【恭也】
「薫に楓、葉弓さんは?」

恭也の問い掛けに薫たちも首を横へと振る。
小さな怪我は流石に幾つかあるが、どれも動くのに全く支障のない擦り傷みたいなものである。
問題は、数が思った以上だった事か。
体力が持つかどうかである。
恭也はまだ大丈夫だが、薫や耕介、楓など霊力技を連発している三人は流石に少し疲れが見える。
とりあえず、三人を交代で休ませるかと考えていると、
こちらへと近づいてきていた悪霊たちの姿が次第に消え始める。
その光景を見つめる恭也たちの前で、相当数こちらへと向かっていた悪霊たちが全て消え去る。

【恭也】
「…どうやら真一郎が何とか上手くやってくれたみたいだな」

【耕介】
「はぁぁ、良かった。流石に疲れたよ」

少し大げさに疲れて見せる耕介に、恭也たちは小さく笑う。

【薫】
「にしても、とんだ休日になってしまったね」

笑みを苦笑に変えながら言う薫に恭也たちもその笑みを苦笑へと変える。
全て終わったと判断したのか、恭也の持っていた小太刀がその形を変える。

【アルシェラ】
「んー、余は少し暴れたりないがな」

【沙夜】
「皆が皆、あなたのように乱暴者ではないのですよ」

【アルシェラ】
「ほう、それはあれか、喧嘩を売っているという事じゃな」

【沙夜】
「まさか。そんなつもりなど微塵もありませんよ。
 ただ、やるというのなら沙夜も遠慮はしませんが…」

一触即発という雰囲気でにらみ合う二人の間に恭也が入り、それを止める。
と、瞬間二人は目配せをする。
同時に恭也は嫌な予感を覚える。
二人が妙に息を合わせる時は、必ずと言っていいほど、自分が何かされると経験から知っているからだ。
だが、知っていてもそれを回避できるかどうかは別で、恭也が動くよりも早く、
両腕を二人に取られる。
それに驚く恭也本人と薫、楓、葉弓に対し、アルシェラは自慢するように言う。

【アルシェラ】
「約束じゃったからな」

【沙夜】
「アルシェラさんの言う通りですわ。
 後で良いと仰ったのは、恭也様ですよ。
 ですから、沙夜たちはあれだけの数の悪霊を相手に頑張ったのですから」

【アルシェラ】
「そうじゃ、そうじゃ。余たちはか弱い乙女じゃからな。
 本当は怖いのじゃが、この約束があったからこそ頑張ったのじゃ」

どの口がそんな事を言うのかとは思っても、恭也はそれを口に出さずにただ困ったように空を見上げる。
対し、事情を知らない薫たちが本当に恭也がそんな約束をしたのかと詰め寄る。

【恭也】
「いや、約束と言うか。こいつらが勝手に…」

結果として、このテーマパークに着てから腕を組む事を勝手に約束させられ、
一定時間事に交代する事になっていた事を白状させられる。
それを聞き、三人が笑みを深くする。
嫌な予感を覚えつつ、恭也はゆっくりとどうかしたのかと切り出す。
そして、返ってきた答えはやはりというか、想像通りのものであった。

【薫】
「だったら、次はうちたちの番ね」

【葉弓】
「そうですね。本当なら、私たちはまだ一度も参加していないので、先にしたい所なのですが」

【楓】
「仕方ないから、アルシェラたちの後で我慢してあげるよ」

薫たちの言葉に不満そうな顔をするアルシェラたちだったが、仕方なくその条件を飲む。
同じく条件を飲んだ沙夜だったが、少し考えてから口を開く。

【沙夜】
「……無事に事態も収拾した事ですし、今からでもゆっくりとこのテーマパークを見て周りましょう恭也様」

【恭也】
「いや、流石に皆と合流しないとまずいだろう」

【沙夜】
「ですが、皆さんバラバラに動いてましたし、皆さんも終わったと思って行きたい所に行っているんじゃないですか」

沙夜の言葉に残る女性陣がいちにもなく頷く。
まだ渋る恭也に、アルシェラが名案を思いついたとばかりに口にする。

【アルシェラ】
「だったら、美影に連絡すれば良かろう」

【恭也】
「そうだな、それなら」

言って携帯電話を取り出そうとする恭也だったが、両腕を塞がれていては取れないと気付き、
少し離してくれるように頼む。
しかし、アルシェラも沙夜も首を横に振る。

【アルシェラ】
「実は余はどうしても乗ってみたかったものがあるんじゃ。
 それに乗ってから連絡すれば良かろう。その時なら、邪魔はせぬ。
 今、連絡をして戻ってくるように言われれば、乗れるかどうか分からぬからな」

昔はあまり日常を楽めなかったアルシェラがここまで必死に言うのを見て、恭也はその提案に頷く。

【恭也】
「分かった。で、何処に行きたいんだ」

【アルシェラ】
「あの向こうに見えるぐるぐる回っている奴じゃ。
 確か、巨大観覧車とか言ったかの」

アルシェラの言葉を聞き、他の者も何か思いついたのか頷く。
それに少し首を傾げながらも、恭也はそこを目指して歩き出す。
去って行く恭也たちの背中を、ここに残ると言った耕介は見送る。
誰にも言うなと振り返った目で語る女性たちに、耕介は何度も頷く。
その気配を察した恭也が薫たちを見ると、途端に笑顔を見せる。
その切り替えの早さに背中に冷たいものを感じつつ、
耕介はそっとポケットに入れてくしゃくしゃになったチラシを取り出す。
午前中に配っていたのを何となく受け取ったものだったのだが、
恐らくあそこにいる恭也以外の者も受け取ったのだろうと。
巨大観覧車の頂上でキスをすると結ばれるという伝説と、
それで本当に誕生したカップルの体験談が幾つか載ったチラシを。
チラシに目を落としながら、耕介は一人頭を抱える。
誰かに言えば間違いなく薫たちから攻撃される。
逆に言わなければ、あそこに居ない子たちに攻撃をされる。

【耕介】
(……どうしろってんだよ!)

心の中で絶叫を上げつつ、耕介はとりあえず地面に寝転がり目を閉じる。
自分は気絶していて何も知らなかった事にするために。
誰かが早く発見してくれる事を祈りつつ。






つづく




<あとがき>

ようやく、悪霊騒動もお終い。
美姫 「違う騒動が起こりそうだけどね」
だな。テーマパーク編はもう少し続きます。
美姫 「にしても、耕介がちょっと可哀想ね」
確かに。
いつか、彼がいい目を見る日も来るさ。
美姫 「という訳で、本当に久しぶりの更新ね」
しかも、キリリクでの更新…。反省。
美姫 「それがいかせないからね〜」
ぐっ。つ、次こそは。
美姫 「と言って……」
うぅぅ。
美姫 「それじゃあ、いつになるかは分からないけれど、また次回で」
うわぁぁぁ〜〜ん!!







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