『妖艶なる朱き精霊 〜忘却の彼方〜』






Episode-1





初めの記憶は深い緑。
本当に深く、闇と思ってしまうほどの緑。
それが頭上一杯に広がっていた。
次に朱。
己の肩から垂れていた一房の髪の色。
ようやく、自分というものが完成したと知る。

深き場所にて生まれ出でた高位精霊。
彼女は生まれ出でた場所をゆっくりと見渡す。
まるで、初めて触れる壊れ物に触るのを恐れるかのように。
事実、今精霊が目にするものは全て、初めてのものなのだが。
それでも、最低限の知識は生まれつつある中で習得していた為、一般的な言葉は理解できる。
例えば、今自分の目の前に聳え立っているものを、木と呼ぶこと。
そして、それが空をも覆い尽くすばかりに多く茂っており、これを森という事など。
知識としてあるものを実際に目にし、感動からか精霊はその顔に笑みを浮かべて見せる。
ゆっくりと一本の大木へと近づくと、そっと手を伸ばし、それに触れ、また笑みを浮かべる。
それから、その感触を確かめるように目の前へと持ってくると、数度、握っては開きを繰り返す。
知識として蓄えられていた事を、実感する事の喜びを噛み締めるように。
やがて、気が済んだのか、精霊はその動きを止め、そっと息を吸い込み、声を出す。
まるで、小鳥が囀るような、天使の奏でる歌声のような声が、静かな空間にそっと紡がれる。

「余の名は……、アルシェラ。うん、アルシェラじゃ」

通常、精霊には個別の名はない。
あるのは、その属性に応じた分類上の名前のみ。
火の精霊、水の精霊など。
大まかな分類の他には、その種族とも言うべき名があるのみである。
例えば、火の精霊サラマンダー、風の精霊シルフィなど。
個別の名を持つ者もいるにはいたが、それらは精霊ではなく妖精と呼ばれる者たちであった。
高位精霊ともなれば、話は別だったが。
つまり、この目の前の精霊は高位精霊という事になるのだろう。
高位精霊──アルシェラは、己の名を呟くと、森へと踏み込む。
暫らく、あてもないままに歩いていたアルシェラだったが、ふとその足を止める。
別段、目の前に変わったことなど見受けられないが、アルシェラはその場をピクリとも動かず、ただじっと立ち尽くす。
やがて、アルシェラの右やや斜め前方に異変が見られる。
アルシェラの腰ほどもある茂みがガサゴソと音を立て、左右に揺れる。
と、そこから一匹の生き物が現われる。
背を丸め、アルシェラの胸ほどの位置に毛が全くない頭があり、目は大きく瞳孔は縦に長い。
鋭い爪を生やした三本指の腕も長く、下へと垂らしたその腕は、地に届かんばかりである。
背中には一対の蝙蝠を思わせるような翼を持ち、その尾骨からは細い尻尾が垂れ下がっていた。

「お主は、何者じゃ」

「へへー。貴女様のような高貴な方に名乗る程の者では御座いません。ただの下位魔族でございます」

「魔族か」

「その通りです。貴女様に比べれば、取るに足らないような小物でございます。
 所で、貴女様のようなお力をお持ちの方が、どうしてこのような所に」

腰も低く話す魔族に、アルシェラは不思議そうな顔をしつつもその問い掛けに答える。

「どうしても何も、余は先程生まれたばかりだからの」

「生まれたばかり? またまたご冗談を。
 しかし、貴女様のような方でしたら、さぞかし名のある魔族かと思いますが。
 もしや、七五柱の一柱ですか」

「魔族……? 余は魔族ではないぞ」

アルシェラの言葉に、下位魔族は冗談かと思いつつも、失礼にならないようにアルシェラの顔を見る。
目の前に立つ女性は、間違いなく魔族特有の魔力を有しており、それもかなりの力を持っている。
間違いなく魔族であるはずなのだが、その顔は至って真面目で嘘や冗談とも思えなかった。
判断しかねる魔族の前で、アルシェラはただ物珍し気にあちこちを見渡す。
一通り眺めた後、アルシェラは再び目の前の魔族へと視線を戻す。

「で、まだ何か用か。用がないのであれば、余はもう行くぞ」

そう行って歩き出そうとしたアルシェラを魔族は呼び止める。

「待って下さい。貴女様は本当に魔族ではないのですか」

「くどい。余は精霊じゃ」

「本当でございますか」

「本当じゃ」

再度の質問に、少し怒気を孕ませたアルシェラの言葉を聞くと、目の前の魔族は急に態度を変える。

「けっ、本当にそうなのか。全く、驚いて損してしまったぜ。
 しかし、精霊にしては、変わっているな。まあ、そんな事はどうでも良いか」

そう言いながら、魔族はアルシェラの全身を舐める様に見渡すと、その手をアルシェラの胸へと無造作に伸ばす。
自らに伸びてきたその手を、アルシェラは怒りも顕わに払い除ける。

「ってぇ! 何しやがる」

「それは余の台詞じゃ。お主の方こそ、一体、何をしようとした」

「何って、ナニだよ。良いじゃないか。
 それとも、たかが精霊のくせに、魔族である俺に逆らう気か。
 止めとけ、止めとけ。お前からは、精霊の力の源であるエレメントを感じられん。
 どうせ、大した力もないんだから」

そう言いながら手を伸ばす魔族は、一つ失念していた。
自分が何故、今までアルシェラ相手に遜った態度を取っていたのかという、その理由を。
魔族の手がアルシェラへと触れるかどうかの刹那、それを黙って見ていたアルシェラが激昂する。

「このたわけ!」

アルシェラが声を上げると同時に、アルシェラを中心として風が吹き荒れる。
純粋な魔力で吹き上がった風は、アルシェラを中心として周ると、手を伸ばしていた魔族を吹き飛ばす。
吹き飛ばされつつも、空中で翼をはためかせ態勢を整えると、魔族はそのまま頭上からアルシェラに襲い掛かる。

「この女! ふざけた真似を!」

予想してもいなかった攻撃を受け、魔族は怒りも顕わにその爪をアルシェラへと目掛けて振り下ろす。
しかし、アルシェラへと後少しという距離で、その動きが止まる。
いや、止められる。
アルシェラは、自らに向かってくる爪を冷静に眺めつつ、迫り来るその腕を片手で掴んで魔族の動きを止める。
必死になって引き離そうとする魔族だったが、アルシェラはビクリともしない。
アルシェラはつまらなさそうに目の前の魔族を見据えると、無造作に腕を横へと振る。
腕を掴まれていた魔族は、アルシェラの腕の動きを追うように、横へと飛ばされる。
木にぶつかる直前に、何とか翼を用いて地面へと降り立つ事に成功する。
しかし、その目に自分に向けて掌を向け、翡翠だった瞳をいつの間にか真紅に染め上げたアルシェラを見て、嫌な予感を覚える。
その勘に従い、すぐさまその場を飛び退こうとするが、それよりも早く、アルシェラの掌から迸った何かが迫ってくる。
蒼白いソレは、先端を槍のように鋭く尖らせ、魔族へと迫る。
それを避ける事も出来ず、魔族はソレをまともに喰らう。
魔族の腹を突き破った後、そこを中心に小さな爆発が起こる。
魔族は自分の死を感じつつ、思わず呟きを零す。

「この力、やっぱり魔族……」

それを最後の言葉に、跡形もなく魔族は消えてしまう。
後に残ったのは、爆発の影響で少し抉れた地面と、倒れた木だけだった。
ほぼ無意識で自分の行った事の結果を目にし、アルシェラは驚いたように自分の掌を見詰める。

「今の力は、魔力……? なら、余は魔族なのか。
 ありえん。そんなはずなはない! 魔族が自然から生まれるなどと」

アルシェラは自分の中にある知識を思い出しつつ、それを否定するが、
今さっき、目の前で起こった現象は間違いなくそれを結論付けていた。

「いや、余は間違いなく精霊じゃ。それは間違いない。
 しかし、先程の力は間違いなく魔力……。余は一体……」

茫然と佇むアルシェラは、気付いていなかった。
自身のうちに、魔力以外の力がまだ二つ感じられる事に。
それに気付く事無く、アルシェラは暫しの時、その場にてただ立ち尽くしていた。







つづく




<あとがき>

さて、目覚めたアルシェラ。
美姫 「この後、何処へと行くのか」
全く未定です、はい。
美姫 「あ〜んた〜ね〜」
いや、大まかには決まってるんだぞ。
ただ、そこへどう繋げようかな〜って。
美姫 「それも大して変わらないわよ!」
ぐげぇぇぇっ! や、止めて……。
美姫 「こんのバカ〜〜!」
ぴょりょみょ〜〜〜〜!!
美姫 「……ふんっ! それじゃあ、また次回で」








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