『とらハ学園』
第4話
朝の海鳴臨海公園。まだ、人の姿も疎らな中、一人の少女・・・いや、少年が走り抜けていく。
少年、相川真一郎は肩で息をしながら人気のいない所へと入っていくと、持っていたバックから一振りの小刀を取り出す。
「さてと、面倒臭いけどやらないとな」
「我が主(あるじ)よ。面倒臭いとは何だ。我を所持する以上、我を使いこなせるようになってもらわないと我が困るんだが」
誰もいないのに真一郎とは別の声が聞こえてくる。
その声は真一郎の持つ刀から聞こえており、真一郎もその刀に向って話し出す。
「だぁー、だから、こうして毎朝、ざから、お前を振り回しているんだろうが」
「分かっていれば良いのだが」
「はぁー。大体、俺は素手で闘う方が得意なのに・・・」
「ぼやくな主よ。それに我を使いこなせれば、我を使わずともその手に霊力を纏わりつかせて闘えるようになる。
全ては我を使えてこそだ」
「はいはい。じゃあ、始めますか」
そう呟くと真一郎はざからと呼んだ刀を鞘から抜き、静かに正眼に構える。
が、素振りを始める訳でもなく、ただそのまま動きを止め静かに目を閉じる。
と、ざからから陽炎のような揺らめきが周りに発生し、それは徐々に真一郎の腕を伝わり身体へと向う。
しばらくすると、真一郎の身体全体からも同じ様なものが出始め、数分後には真一郎の身体全体から湧き出る。
これはざからと真一郎の霊気である。
霊気が全体を包み込んだ事を感じ取り、真一郎はゆっくりと目を開くと刀の切先に視線を集中させ、静かに上に振りかぶる。
そして、勢い良く振り下ろす。
それと同時に真一郎の全身を覆っていた霊気がざからへと伝わり、その切先から霊気の塊が放出される。
「ふぅー」
真一郎は大きく息を吐くと汗を拭う。
「この技は結構、疲れるな」
「それは主と我が完全に同調できていないからだ。完全に同調すればこの程度でそこまで消費はしないだろう」
「はいはい。全ては俺の修行不足です」
「本当に分かっているのか?」
「分かってるよ。しかし、お前も結構うるさいね」
「我も?まあ、そなたを見ていれば嫌でも注意したくなるだろうからな。我以外にもいても不思議ではないな。
特に・・・」
「だぁー、ちょっとは静かにしろよ。俺はさっきの技で疲れて休憩してるんだから」
ざからがあげようとした名前を途中で遮って真一郎は大声を上げる。
それに無言で答えるざから。
しばらく真一郎の呼吸する音だけがあたりに響く。
「ふぅー。よし、大分落ち着いたな。とりあえず、今日はここまでにしておくか」
「・・・・・・まだ何もしてないと思うのだが」
「ちっ、分かったよ、分かりました。で、次は何をしたら良いんだ」
「うむ、次はこの間教えたその場を浄化する術でもやってもらおうか」
「はいはい。確かその術は穢れた空気を浄化するんだよな」
「そうだ。霊障が出た所というのは霊を祓っても放っておくとまた穢れが溜まりやすくなるからな」
「確か、こうだったよな」
真一郎はざからを横にして目の前に掲げると、目を細め先程のように集中する。
やがて、残る手の人差し指と中指を立てると空中に印を描いていく。
真一郎の指が空中を動く度にその残像が光となってその場に留まる。
「はぁっ!」
気合と共に目を見開く。
その途端、辺りの空気が一瞬だけ揺らいだような気がした。
「っはぁー、ど、どうだ?」
「うむ・・・・・・。まだまだ甘いがまあ、ぎりぎり及第点といった所だな」
「厳しいな、おい」
「そんな事はないと思うがな」
「はいはい。とりあえず、今日はここまでで良いだろ。さて、少し型でもやっていくかな」
真一郎はそう言うと空手の型を次々と繰り出していく。
それを一通りし終えた頃、ざからを鞄に入れなおし帰宅する。
家へと向って走っていると後ろから甘ったるい大声で名前を呼ばれる。
「おーい、真一郎〜」
「・・・・・・」
真一郎は名前を大声で呼ばれ、恥ずかしさのあまり無関係者を装って走る。
そこへ、ざからが声をかける。
「主よ、いいのか?」
「当たり前だ。あんな大声で人の名前を呼びやがって。こういうのは知らんぷりをするに限る」
そんな事を話す真一郎の耳に大きな独り言が聞こえてくる。
「あれ?ひょっとして聞こえてないのかな?だったら・・・・・・お〜い、真一郎〜」
「!あのバカ!」
完全に無視して走る速度を上げようとする真一郎の耳にまたしても大きな独り言が聞こえてくる。
「もっと大きな声じゃないと駄目かな?よーし、すぅぅぅ」
背後から息を吸い込む気配を感じ、その後に起こるであろう事態を防ぐべく、真一郎は後ろを振り返る。
「だぁー、そんなに大声で人の名前を呼ぶな!このバカ!」
「ば、ばかぁ?今、唯子の事、馬鹿って言ったー」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪い!」
「むぅ〜〜。馬鹿って言う方が馬鹿だもん!」
「だったら、お前も今、言ったな。やっぱり馬鹿だ」
「うぅぅ〜〜。真一郎も言ってるじゃない」
「やーい、馬鹿馬鹿」
「うぅぅぅぅー」
悔しそうに顔を歪める唯子とそれを見ながら両手で口を引っ張り舌を出しながらからかう真一郎。
そこへざからが声をかける。
「主、それぐらいにしておいた方がいいと思うが」
「なんだ、ざからは唯子の味方をするのか?」
「へっへー、ざからは誰かさんと違って優しいからねー」
「誰かさんって誰だ?唯子の周りで優しくない奴というと・・・。あ、恭也か!」
「な、なんで恭也の名前が出てくるのよ!恭也は真一郎と違って優しいもん!」
「何をそんなにむきになってるんだよ。冗談に決まってるだろ?」
「うぅー。だって、だって」
「はいはい」
「うぬぬぬー」
「何を唸っているんだよ」
「別になんでもないよ!」
「?変な奴だな。まあ、いいか。俺はこれから帰るけどお前は?」
「唯子はもう少し走ってから帰るよ」
「そうか、じゃあな」
「うん、また学校でね」
そう言って二人は別の道へと走っていく。
しばらく走っていくと、電柱の陰に隠れている怪しい人影を見つけ、近づく。
「おい、そこの不審人物!」
「誰が不審人物だ!誰が」
「お前以外に誰がいるんだよ御剣」
「私のどこが不審人物なんだ」
「自覚がないのか?朝っぱらから、そんな所に隠れているような奴が不審人物以外の何だってんだ」
「これには理由があるんだよ。だから、お嬢さんはとっとと帰りな」
「俺は男だー!」
「はいはい。冗談に付き合ってる暇はないんだ」
「こいつ、殴ってやろうか」
「いいから、さっさと離れろ。じゃないと気付かれてしまうだろ」
「気付かれるって誰に?」
「瞳さんに決まっているだろ」
「瞳ちゃん?」
「ああ」
「御剣。幾らなんでも犯罪はまずいぞ。幾ら瞳ちゃんが綺麗だからって襲うのはやめとけ。それに、瞳ちゃんは強いんだから」
「お前、一度死んでみるか?」
「遠慮しとく。って、一度死んだらお終いだろうが」
「お前が馬鹿な事を言うからだろうが。私はただ、ここで瞳さんに奇襲するだけだ」
「それも充分、物騒だと思うんだが・・・」
「いいから、早く行け。もうすぐ、ここに来る頃なんだから」
「はぁー、分かったよ。まあ、せいぜい頑張れ」
そう言うと真一郎は再び走り出す。
それに目もくれずいづみは再び気配を消すと瞳が来るのを待つ。
「しかし、あいつも何度もやられているってのに懲りない奴だな」
そう呟きながら走っていると曲がり角で良く見知っている人物が走ってくるのを見つける。
真一郎はその場で足踏みをしながらその人物が来るのを待ち、挨拶をする。
「瞳ちゃん、おはよう」
「あら、相川君おはよう」
「あれ?瞳ちゃんはいつもここ通ってるの?」
「ううん。今日はちょっと気分転換も兼ねてちょっとコースを変更したのよ」
「そうなんだ。で、これから何処に行くの?」
「私はこのまま戻るわよ。そろそろいい時間だしね」
「そうだね。じゃあ、また学校で」
「ええ」
そう言って瞳と別れる。
しばらく走るとざからが話し掛けてくる。
「主よ、いいのか?」
「何が?」
「いづみ殿の事だ。瞳殿はいづみ殿がいた場所を通らずに帰ってきたみたいだったが」
「いいんじゃないか?いくら待っても瞳ちゃんが来なければ、御剣も気付くだろう」
「だと、良いんだが」
「大丈夫だって。あいつも馬鹿じゃないんだから。学校が始まる時間までには気付くだろ」
「うむ。それもそうだな」
それ以降、ざからは黙り真一郎もただ家へと向って走っていく。
家へと着いた真一郎はシャワーを浴び、身支度を整えると学校へと向う。
「今日から新学年かー」
「これを機にもっとしっかりとしてくれればな」
「うるさいぞ」
「はぁー、主に期待するだけ無駄か」
「ほってけ!ったく。しかし、新一年生で可愛い子来るかな?」
「・・・・・・」
「ざからどうしたんだ?急に黙り込んで」
「別に何でもない。気にするな」
「何だよ、気になる言い方だな」
「別に大した事はない。えすかれーた式というやつで、新しく来る者たちの事もしっているんじゃないのかと」
「ああ。だけど、高等部から入ってくる子もいるし。中等部から来るからって全員を知っている訳じゃないからな」
「ふむ。そういう物か」
「そういう事」
「しかし、だからといってその軽薄な言動は何とかならんか?本当にいづみ殿の言う通りだな」
「ちょっと待て。いづみは何て言ってたんだ?」
「ろりこん予備軍」
「誰がロリコン予備軍だ!って、ざから意味分かってるのか?」
「ああ、いづみ殿に聞いた。主のように年下が好みの者をさして言う言葉らしいな」
「それは、少し違うぞ」
「違うのか?」
「ああ、微妙に違う。ったく、あいつろくな事を言わないな」
「主の日頃の行いの所為だと思うが」
「ほっておけ!それに冗談だろうが」
「冗談?分かりにくい冗談だな。主はもう少し恭也殿を見習ったらどうだ?」
「恭也を?」
「ああ、そうだ」
「ふむ。俺に鈍感になれと」
「誰もそこを真似ろとは言っていない」
「否定しないという事はお前もあの鈍感さは認めると」
「・・・・・・」
「ここでのだんまりは肯定したのと同じだぞ」
「・・・・・・」
「まあ、いいか。じゃあ、行くとするか」
真一郎は鞄を持つと学校へと向った。
つづく
<あとがき>
よし、これで真一郎編も終わった。
美姫 「でも、まだ全部のキャラ出てないわよ」
流石に4話だけでそれは無理。後は次からの登校編で徐々に出てくるはずだ。
美姫 「って事はやっと主役3人が揃うのね」
・・・・・・・・・。
美姫 「おい、なぜ無言になる」
いや、そんな事はないぞ。この後の展開もちゃんと考えているからな。
美姫 「へー、じゃあ次は新しく誰が出てくるの?」
まあ、それは完成後のお楽しみで。
美姫 「ふーん。まあ、仕方がないわね。じゃあ、また次回でね」