『とらハ学園』
第6話
三角学園へと続く道をゆっくりと歩く二人。
相川真一郎と野々村小鳥である。
「………という訳さ」
「えっ!でも、真くん。だったら、いづみちゃんまだ瞳さんを待ち伏せしてるかもしれないの」
「いやー流石にそれはないだろう。いくら御剣でも遅くならないうちに引き上げてるって」
「そうだよね。でも……いづみちゃんの事だから、ひょっとしたら」
「大丈夫だって。小鳥は気のしすぎだよ」
「うん……」
まだ少し心配そうな顔をしながらも何とか頷く小鳥。
そこへ前方から声がかかる。
「おーい、小鳥〜!真一郎〜!」
「ったく、あの馬鹿は。これじゃさっきと変わらないじゃないか。いや、人目がある分、今の方が最悪だ」
真一郎の言葉を証明するかのように周りの人達が3人に注目する。
その中には同じ制服を着ている者たちも何人かいた。
が、声をかけた本人である唯子には何処吹く風で小鳥の横へと並ぶ。
「おはよう、唯子」
「おはよー小鳥。真一郎もおはよー」
「ああ……」
「???。どうしたの真一郎?」
「……はぁ〜、何でもない」
ニコニコと笑いながらそう問い掛けてくる唯子に言うだけ無駄と思ったのか、真一郎は溜め息をつくとそう答える。
「だったら、いいけど。あ、そうだ。
ねえ、聞いてよ小鳥。あのね…………」
あっさりと納得すると唯子は小鳥と話し出す。
それを見ながら真一郎はこっそりともう一つ溜め息を吐いた。
それから三人で他愛もない話をしながら歩いていくと、前方に良く知った後ろ姿を見つける。
「小鳥、あそこにいるのってさくらとななかちゃんじゃないか?」
「あ、本当だね」
「本当だ。おーい!な………ふもふぉぐぉもごもご……………」
大声で二人を呼ぼうとする唯子の口を真一郎が咄嗟に塞ぐ。
「ふぁ、ふぁにしゅんの」
「馬鹿!そんな大声を出すな」
そう言われた瞬間、唯子は真一郎の手から抜け出し真一郎に詰め寄る。
「また馬鹿って言った!」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い!」
「う〜〜、真一郎の馬鹿馬鹿バカバカバカ!」
「な、なんだと!おまえの方が馬鹿だろうが」
「な、唯子の何処が馬鹿なのよ」
「そうやって往来の道の真中で大声を出す所に決まってるだろ!」
「じゃあ、やっぱり真一郎も馬鹿じゃない。今、大声出してるんだから」
「それとこれとは別だ!」
「一緒だもん」
「「うーーーー」」
犬猿の仲のようににらみ合う二人を余所に、
小鳥は言い合う二人の声でこちらに気付いたさくらたちと朝の挨拶を交わしていたりする。
「おはようございます、小鳥さん」
「おはようございます!小鳥さん」
「おはよう、さくらちゃん、ななかちゃん。二人も今日から高等部だね」
「「はい」」
「しかし、相川先輩と唯子さんも相変わらずですね」
「あははは。まあ、あれは二人の挨拶みたいな物だしね」
苦笑しながらそう言うななかの言葉にさも当然と言わんばかりにさらりと答える小鳥。
「でも、小鳥さん。真一郎さんと鷹城先輩をそろそろ止めた方が良いんじゃないですか」
さくらの言葉に改めて二人を見る。
そこでは、お互いに両手の指で口を引っ張り合っている二人の姿があった。
「ふはっはは〜、唯子、変な顔」
「し、真一郎だって変な顔だもん」
「うぎぎぎぎ」
「むむむむむ」
「はぁ〜。二人ともいい加減にやめようよ」
小鳥はあきれながら二人の仲裁をする。
その小鳥に向って二人同時に話す。
「「だって、唯子(真一郎)が」」
それを受けて小鳥が何かを言う前に、第三者から声がかかる。
「こら!相川君に唯子、そこまでにしておきなさい。それ以上は小鳥が困るでしょ」
その声の主を同時に見た二人はお互いの口から手を放し、その人物に声をかける。
「おはよう、瞳ちゃん」
「にははは。おはよう瞳さん」
「はい、おはよう。全く二人とも小鳥に迷惑ばかりかけたら駄目よ」
「い、いえ私は別に迷惑なんて……」
「「はい、反省してます」」
小鳥の言葉を遮って素直に謝る二人。
それを見ながら笑みを浮かべると瞳たちは歩き始める。
「しかし、なんか朝から疲れた気がするぞ」
「主の場合、その殆どは自業自得の様な気がするがな」
「五月蝿いぞ、ざから」
「相川先輩、ざからを持ってきてるんですか?」
「ん、あれ?ななかちゃんは知らなかったっけ?」
「いえ、そう言えばさくらちゃんから聞いたような気もしますけど……。
でも、学校に刃物なんかを持って行っても良いんですか?」
「その前に刃物を持ち歩く事自体に疑問を持って欲しいんだけど……」
「あ、ははは。で、でも、私の周りって何ていうか、そのー、ほら。あはははは」
何となく言いたいことが分かったのか真一郎はそのまま言葉を続ける。
「まあ、ざからは近くにないと色々とあるからね。それに刃物とか言う前にざからはざからだしね。
何か刃物を持っているって認識じゃないんだよな」
「真一郎さんとざからって仲が良いんですね」
真一郎の言葉を聞いたさくらがそんな事を言う。
それを聞いた途端、真一郎は否定の言葉を紡ぐ。
「それは違うぞ。俺は毎日毎日ざからに虐げられているんだからな」
「何、人聞きの悪い事を言う。それは全て主に問題があっての事ではないか」
「えーい、五月蝿いぞ少しは黙れ。お前も刀なら刀らしく静かにしてろよ」
「……全く主は変な奴だな。人を刃物呼ばわりしたりしなかったり」
「にははは、真一郎の変な所は今に始まった事じゃないしね」
真一郎は失礼な事を言う唯子の頭をはたく。
「黙れ!この馬鹿」
「あ〜、また馬鹿って言った」
「言ったがどうした」
「む〜」
「はいはい。あなたたちは毎回毎回同じ事やってて楽しい?」
「別に楽しんでいる訳ではないんだけどな」
真一郎の呟きに唯子も何度も頷く。
「でも真くん。うちの学園は荷物検査とかないから良いけど、一応は気をつけてよ。
刃物を鞄の中に持ってるなんて知られたら」
「ああ、大丈夫だよ。それに、そういう類の心配なら俺じゃなくて、むしろ恭也にした方が良いんじゃないのか」
その言葉に全員が言葉を失い乾いた笑みを浮かべる。
「そうだ恭也と言えば、今日から恭也の従兄妹たちも確か高等部だよな」
「そういえばそうね」
何となく話を逸らした真一郎に瞳も頷く。
そのまま話をしながら歩いて行くと、やがて前方に学園が見えてくる。
と、真一郎の後ろから走ってきた女性がいきなり真一郎に飛びつく。
「真一郎〜」
「うわっ!…な、七瀬か?」
「そうよ〜。おはよ真一郎」
「あ、ああ。おはよう」
挨拶をしながら七瀬の胸に抱かれる形となっている真一郎。
顔に当たる柔らかい膨らみに何となしに少し顔を赤くする。
そんな真一郎を見て、小鳥とさくらが少し不機嫌そうな顔になる。
「七瀬さん、いい加減に真一郎さんを放してあげた方がいいんじゃないですか?」
「なんで?」
「そ、それは真くんが苦しそうだからです」
「真一郎、苦しい?」
「い、いやそんな事はないぞ。むしろ気持ちい…………いや、やっぱり、ちょーっとだけ苦しいかなーって思ったりとかするかも」
背後から感じる殺気に言葉を途中で止め言いなおす真一郎。
その真一郎の言葉を受けて七瀬は素直に真一郎を解放する。
「ちょっと残念………」
「真くん、今何か言った?」
「真一郎さん、今何か言いましたか?」
「な、何も言ってない。言ってないよ」
どす黒いオーラのような物を背後に携え尋ねてくる小鳥とさくらに力一杯首を振って否定する。
そんな真一郎にざからが聞こえるかどうかという大きさでぼそりと呟く。
「無様……」
「ほっとけ」
「ほらほら、真一郎。ぶつぶつ言ってないで行くよ」
そう言って七瀬は真一郎の手を取って歩き出す。
それを見た小鳥とさくらが叫び声をあげる。
「「あぁぁーー」」
「ん?どうしたの?二人とも」
「な、ななな七瀬さん、何してるんですか」
「何って何が?」
「そ、その手の事です」
「手?ああ、真一郎と手を繋いでいるだけじゃない」
七瀬は楽しそうに笑いながら繋いだ手を上げ二人に見せる。
「何か問題でもあるの?」
「「うぅぅ………………」」
逆に聞き返され返答に詰まる二人に瞳が苦笑しながら助けを出す。
「七瀬、あんた分かってやっているでしょ。それぐらいにしてあげなさいよ」
「へへへ、やっぱり分かった。まあ、瞳がそこまで言うんなら仕方がないか。これぐらいにしておくわ」
そう言うと七瀬はそれ以上の追求は止める。
が、手は当然のように繋いだままだった。
「あのー、七瀬さん。真くんと手を繋いだままなんですけど……」
「え?そうよ。それがどうしたの?」
「今、もうやめるって言いませんでしたか?」
「うん。二人を追及するのはやめたじゃない。手は私が繋ぎたいから繋いでいるのよ」
複雑な顔をする二人を残し、七瀬は真一郎の手を引っ張る。
急に引っ張られた真一郎は踏鞴を踏み、繋いでいた手が離れる。
その隙を逃さずに小鳥とさくらは真一郎を挟むように移動すると、真一郎の手を取る。
「あっ、二人ともずるい」
「何がですか?私たちはただ繋ぎたいから繋いでいるだけですよ。ねえ、小鳥さん」
「そうだよ、さくらちゃんの言う通りだよ」
「むー」
「お、おい二人ともどうしたんだよ急に」
「「別に何でもないよ(です)」」
「そ、そうか」
真一郎は二人の気迫に押されて押し黙る。
が、おずおずとさくらに向って話し出す。
「あ、あのー、さくら。そっちの手は鞄を持ってるからちょっと繋ぎにくいと思うんだけど」
「確かにそうですね」
「そうそう。だから、出来れば離して欲しいかなー、なんて……」
真一郎が最後まで言う前に手を放すさくらにほっと胸を撫で下ろし、小鳥をどうしようか考え始める。
が、腕に柔らかく温かいものを感じ再びさくらの方を見る。
「これなら大丈夫ですよね」
さくらは真一郎の腕を取り、自分の腕と絡めていた。
「い、いや…しかし」
「駄目……ですか?」
少し潤んだ目で真一郎を見るさくら。
「も、問題ないよ。はははは…………はぁーぁ、って、うわぁ」
溜め息を吐いた瞬間に背後からのしかかられる。
「な、七瀬。何をしてるんだ」
「だって、真一郎の手が両方塞がってるんだもん」
そう言いながら七瀬は両手を真一郎の前に回して手を組む。
「歩きにくいからやめてくれ」
「いや〜。それに結構、役得でしょ」
そう言って背中に胸を押し付ける。
「そ、それはそうなんだが…………」
その途端、再び両側から殺気に近いものが膨れ上がり、言葉の最後が尻窄まりになる。
「えーと、と、とりあえず学校に行こうか」
真一郎はその格好のまま何とか歩き出す。
それを面白半分で見つめる唯子たち。
それに気付いた真一郎は目で助けを求めるが、
「真一郎、良かったね。モテモテじゃない」
(これの何処がだ。何故、俺がこんな目に………)
そう目で訴えかけるが、当然の如く黙殺される。
「ふぅ。私たちの周りにいる男性って何でこうも鈍い人たちばかりなのかしらね」
「瞳ちゃん、俺は恭也とは違うよ」
「………確かに不破君ほど酷くはないと思うけど、それでもやっぱり鈍感だと思うわ」
その言葉に頷く唯子たち。
一人分からない顔をする真一郎に再びざからが呟く。
「主も充分鈍感って事だ」
「どういう事だ、ざから」
「さあな」
それっきりざからは口を閉ざす。
不思議に思っている真一郎だったが、両手を引っ張られ、背中を押され半場強制的に歩かされる。
「そ、そんなに引っ張らなくても。七瀬ももう少し離れてくれ」
「気にしない♪気にしない♪」
「いや、しかし。せめて、門が見えたら離して下さい」
真一郎が出した精一杯の譲歩案を三人はニッコリと笑いながら、
『い・や♪』
きっぱりはっきりと否定した。
真一郎はがっくりと肩を落とすとよく晴れ渡った空を見上げ、
(恭也………お前の苦労が分かったような気がするよ…………………)
胸中でそっと呟いた言葉は当然の事ながら誰にも聞かれることなく、ただ空の彼方へと消えていった。
真一郎はその空の向こうに恭也のどこか達観して諦めたようなひどく疲れた顔を見た気がした。
つづく
<あとがき>
さて、第6話まで来ましたね。
美姫 「ここでやっと小鳥とさくら、ななかが登場ね」
うむ。結構、長かったな。
美姫 「次はどうなるのかな?」
次は………もう少し真一郎編かな。
美姫 「まあ、いつもの如く予定なんでしょうけど」
そうだよ♪
美姫 「楽しそうに言うな!」
ははは。まあ、とりあえずは次回!
美姫 「じゃあね〜♪」