『とらハ学園』






第60話





例の掛け軸の前で美影と合流した恭也たちを見て、気を利かせたのか店長は少し席を外す。
それを見届けると、早速、美影が沙夜へと話し掛ける。

「沙夜、この掛け軸なんだけれど、妙な力を感じるのよ」

美影の言葉に、沙夜は目の前の掛け軸をじっと見詰め、徐にそっと手を伸ばす。
掛け軸には触れず、ある程度の距離で止めると、そっと目を閉じる。

「確かに、微弱ながらも妖気めいたものを感じますね」

「そう。沙夜がそれを感じるというのなら、この掛け軸の伝説は本当なのかもしれないわね」

恭也たち御神、不破の中で、こういったモノを感じ取る力は沙夜が一番持っており、その沙夜が出した結論に、
美影がそう呟く。それに反応した恭也が、その伝説について美影へと尋ね、美影はさっき自分が聞いた話をして聞かせる。

「なるほど。でも、美影さんはどうするつもりなんです」

「それなのよね〜。どうしようかしら。
 微弱ながらも妖気を帯びているのなら、家か薫ちゃんの所で保管しておいた方が良いとは思うんだけれど…」

真剣に考え始めた美影だったが、すぐに恭也の両脇に張り付いている美由希と月夜を見て、ニヤリと笑みを浮かべる。

「珍しいわね、恭也の両腕にアルシェラや沙夜以外が居るなんて」

「こ、これは、皆で順番に…」

「そ、そういう事だから、別に変な意味はなくて」

「私たちの番の時に、美影さんから電話があったから…」

「走ってここまで来たから、その間は離していたから、まだ私たちの番で…」

焦ったように美由希と月夜は交互に説明をしていく。
それを楽しそうに眺める美影に対して、恭也は溜息を吐くと、話を元に戻させる。

「それよりも、どうするんですか」

「もう少し値段が安ければね〜」

美影がそう困ったように呟くのを聞き、恭也は掛け軸の値を見る。

「…確かに。こうなったら、警察なり協会へと事情を説明して、手を回してもらえば…」

「すぐに動いてくれれば良いけどね。でも、それが一番、確実かしらね」

そう呟くと、美影は携帯電話へと手を伸ばす。





  ◇ ◇ ◇





時間を少しだけ遡り、真一郎たちは色々な店を周っていた。
今も一軒の店から出た所で、真一郎たちの少し前を恭也たちが横切っていく。
どうやらこちらには気付かなかった様子で、駆け足で一軒の店へと入って行く。

「何か慌ててるようにも見えたけれど、何かあったのかな?」

「もしかして、あの店で何か安売りしてるとか!?」

同じように不思議そうに眺めていた七瀬が突然、声を上げると、真一郎の手を掴む。

「こうしちゃいられないわ。ほら、真一郎、早く行くわよ。
 ほら、さくらたちも!」

七瀬はそう言うと、逆の手でさくらの手を取り、そのまま駆け出す。
慌てて他の面々もその後を追い、恭也たちが入った店へと入る。
と、先に入った七瀬が入り口で立ち止まっており、小鳥は何処か茫然としている七瀬ではなく、真一郎へと尋ねる。

「真くん、どうかしたの?」

「ん? ああ、どうも七瀬の思っていた店とは違ったみたいだ」

真一郎の言葉通り、さっきまで見て回っていたアクセサリーや小物などを置いていた店とは違い、
全体的に落ち着いた感じで、周りにあるのも壷や掛け軸、何に使うのかよく分からない物といった感じの品が並んでいる。

「骨董品屋だね」

「ああ。まあ、恭也らしいかもな」

小鳥の洩らした言葉に、真一郎は苦笑しながらそう答える。
真一郎の中では、既にこの店を選択したのは恭也という事になっているらしい。
と、その目がその恭也を捉え、そちらへと向かう。
その頃には七瀬も我に返っており、真一郎の後へと続く。

「おーい、恭也」

突然、後ろから掛けられた声に恭也は振り返り、軽く手を上げる。

「真一郎たちか。どうしたんだ、こんな所で」

「まあ、ちょっとね。それよりも、何か買うのか?
 と、その掛け軸か。…………げっ!」

恭也たちがじっと見ていた目の前の掛け軸を買うのかと思い、そう言った真一郎だったが、
その掛け軸の値段を見て、思わず身を引く。

「まさか、買うのか?」

「それこそ、まさかだ。ちょっと気になることがあってな」

「気になること?」

恭也の言葉に首を傾げる真一郎の背負ったリュックの中から、別の声がそれに答える。

「主よ、微かだが、妖気を感じる。恭也殿が言う気になる事とは、これの事であろう」

リュックの中へと仕舞われているざからが突然、言葉を発し、真一郎を驚かせる。

「急に声を出すなよ。周りに誰も居ないから良かったものの…」

「それはすまぬな。だが、今はそれ所ではないのではないのか?」

「真一郎も、それぐらいにしておいてやれ。ざからは、お前に教えようとして口を開いたんだから。
 ざからは念話という手段を持っていないのだから、仕方ないだろう」

「分かってるって…」

少し拗ねてみせる真一郎の背中から、またしてもざからが声を出す。

「流石は恭也殿。何処かの誰かさんとは大違いだ。
 我も恭也殿のような方が主だったら、気苦労も随分と減るのだが……」

「お前は一々、五月蝿いな!」

「さて、恭也殿。それで、どうされるのだ」

真一郎の言葉を聞き流して恭也へと問い掛けるざからを、リュックの上から軽く叩き、真一郎も恭也を見る。
と、それに恭也が答えようとした時、さくらが不思議そうに恭也たちを見る。

「所で、どうして美由希さんと月夜さんはそんな状態に?」

恭也と両腕を組んでいる二人は、顔を見合わせて苦笑をすると、事情を説明する。
それに呆れたような羨ましいような視線を向けるさくらたちだった。
そんな視線が向けられる中、アルシェラがふと気付いたように口を開く。

「そう言えば、もう時間じゃったな」

アルシェラの言葉に、二人は残念そうな顔をしつつも腕を離す。
久方ぶりに自由になった腕を軽く回す恭也の腕を、今度はアルシェラが掴もうとするが、それを止める。

「今は、それ所ではないだろう」

「なら、後でなら良いのじゃな。しかと言質を取ったぞ」

「そうじゃなくて…」

「何も聞こえぬ。それよりも、さっさと何とかせぬか。
美影も、連絡を入れるなら、入れるではよう」

「そうね。これ以上、ここで話していても仕方ないものね」

美影は頷くと、今度こそ携帯電話を取り出す。
そして、番号を押そうとした時…。

「ねえねえ、真一郎。私たちも腕を組もうよ」

「ちょっ、な、七瀬」

真一郎の腕を掴もうと七瀬が腕を伸ばした所を、真一郎は身を捻って躱す。
それを見て、七瀬は頬を膨らませると、

「何で避けるのよ!」

「いや、何というか、恥ずかしいというか」

「別に良いじゃない、腕を組むぐらい」

そう言って再び伸ばした手を、さくらが払う。

「真一郎さんが嫌がっているじゃないですか」

「むー。さくらだって、真一郎と組みたいくせに」

七瀬の反論に顔を真っ赤にしつつも、七瀬を睨む。

「ですが、本人がこうして嫌がっているんですから」

「嫌がってるんじゃなくて、恥ずかしがってるだけだって」

「それでも駄目です!」

「そうですよ、七瀬さん」

「む〜、雪まで」

二人の言い合いに雪も加わり、七瀬を食い止めるように二人が立ちはだかる。
二人の合間を縫うように抜けようとするが、二人は行かせまいとすぐに移動して、その合間を塞ぐ。
そんな感じで遣り合っていると、ふと誰かの身体が真一郎に当たり、真一郎はよろける。

「っとっとっと……」

何とかバランスを取ろうと、二、三歩踏鞴を踏み、その時、リュックが掛け軸に当たる。
と、掛け軸の裏から、白い紙切れがヒラリと地面へと落ちる。

「あぁ、お札が!」

それを見た知佳が真っ先に声を上げ、それにつられるように、全員の視線が地面に落ちたお札へと移る。
美影は落ちたそのお札を取り上げ、沙夜へと渡す。

「…まずいわね。どうやら、この札で封じていたみたいなんだけれど。
 沙夜、どうかしら」

「美影さんの読み通りですね。しかも、このお札、一度剥がれた時点で力を急激に無くしてます。
 このままだと……」

沙夜が言い終わるよりも早く、掛け軸から禍々しい妖気が溢れ出し、そこから靄のようなモノが一斉に外へと飛び出していく。
それらが店の外へと飛び出すと、掛け軸は真っ白になっていた。

「沙夜、もしかしなくても今のは…」

「ええ、恭也様の想像通り、この掛け軸に封じられていたモノ共でしょう」

沙夜の返答を聞き、恭也は頭を押さえる。
一方、真一郎は申し訳なさそうに頭を下げる。

「ごめん、恭也。俺の所為で」

「ごめんなさい。私たちも少しふざけすぎたわ」

真一郎に続き、七瀬たちまで謝る。
そんな真一郎たちに、恭也は首を振る。

「仕方がないさ。今のは事故みたいなもんだしな。
 それよりも、かなりの数居るみたいだったし、真一郎たちにも手伝ってもらうぞ」

恭也の言葉に顔を上げると、真一郎たちは頷く。

「恭也、ここから飛び出したものは、殆どが実体を持つ者たちじゃ。
 つまり、美由希でも倒せる奴らじゃ」

「殆どという事は、霊体の奴も居るんだろう。
 だとしたら…」

アルシェラの言葉に少し考え込むと、恭也はすぐに指示を出す。

「美由希と月夜は一緒に行動するんだ。月夜の朧月なら霊体にも攻撃できるだろうからな」

恭也の言葉に、月夜は珍しく突っ掛からずに素直に頷く。
それだけ事態が大きいと分かっているのだろう。
その横で、美由希も同じように頷くが、その顔は少し緊張していた。
とりあえず、二人が頷いたのを見ながら、恭也は次の指示を出す。

「忍とノエル、それに知佳はここで皆を守ってくれ。
真一郎と雪さん、七瀬さん、さくら四人一緒に行動してください。
後の者は、ここに居る事」

恭也の言葉に全員が頷く後ろでは、慌ててやって来た店長に、美影が何やら話をしていた。

「な、何て事をしてくれたんですか!?」

「あら、何の事かしら? 私はただ、あれを買うかどうか悩んでいただけよ。
 別に何もしてないわよ」

「そ、それはそうですけれど。この掛け軸の伝説はお話したじゃないですか。
 ああ〜、よりによって、こんな所で出てくるなんて」

その言葉を聞いた美影の眉が微かにピクリと動いたかと思うと、静かな声音で語り掛ける。

「今の言葉、少し引っ掛かりますね。
 貴方は、ああいうのが出てくると知っていたんですね。
 しかも、それを私に売る気だったと」

「い、いえ、今のは、その……。
 一応、家に伝わっていたものですから、ひょっとしたら、と言いますか。
 決して、知っていたわけでは……」

「まあ、良いわ。でも、あれをどうするの?
 このままだと、貴方の責任にもなりかねないわよ」

美影の言葉に顔を真っ青にさせる店長に、美影は怪しげな笑みを見せると、

「まあ、あの化け物の退治は何とかしてあげるわ。
 だから、あの掛け軸は借りるわよ。もう一度、この中に戻せるかもしれないし…」

「ど、どうぞ、持って行ってください。寧ろ、差し上げますから。
 どうか、どうか、この事態を…」

「仕方ないわね。……あら、あの壷素敵ね〜。
 あっちのお皿も良いわね〜。あらあら、良く見れば、こっちの掛け軸も捨てがたいじゃない」

そう言うと、じっと店長の目を見詰める。
店長は大粒の汗を流しながら、泣く泣く頭を垂れると、蚊の泣くような声を絞り出す。

「す、全て差し上げますから、お願いします……」

「うふふふ。じゃあ、商談成立ね」

満面の笑みを浮かべて恭也たちを振り返る美影に、恭也たちはただただ言葉を無くしていたが、
我に返ると、恭也が美影へと尋ねる。

「美影さん、あの中にもう一度戻せるんですか?」

「…多分、無理じゃないかしら。既に、あの掛け軸からは何も感じられないもの。
 でも、ああ言っておかないと、後で困る事になるかもしれないでしょう」

美影の言葉に不思議そうな顔をする恭也たちに、美影が説明をする。

「だって、これからあの中に封じられていた化け物たちを退治するのよ。
 だとしたら、この掛け軸はこの状態のままでしょう。
 後で、元に戻せと言われたら、困るじゃない」

その言葉に納得する一同の中、沙夜が真っ先にその異変に気付き、掛け軸を見る。
と、掛け軸から薄く小さな白い光の玉らしくものがフワフワと降りて来る。
恭也たちが警戒して見守る中、その光は腰の高さぐらいまで落ちてくると、そこで留まり、徐々に大きく、光を強くしていく。
僅かに目を細めて見守る中、玉だったものは人の形を取り、やがて光が消える。
光が消えた場所には、着物姿の綺麗な黒髪の女性が現われていた。

「これは、一体……」

茫然と呟く恭也に、その女性をじっと見ていた真一郎が何かに気付いて声を掛ける。

「恭也、あの女の子、さっきの掛け軸に居た子に似てないか」

「……確かに、言われてみれば。まさか、本人か」

「本人? どういう事?」

尋ねてくる真一郎へ、恭也はさっき美影に聞いた話を掻い摘んで聞かせる。
それに納得して頷く真一郎たちだったが、既にその説明を聞いていた沙夜はじっと女性を見ており、ある事に気付く。

「恭也様、あの女性と掛け軸には強い霊的な繋がりが見えます。
 それと、さっきまでは気付きませんでしたが、掛け軸からあの女性程ではないですが、
 微弱ながらも無数の霊的な繋がりが伸びています。恐らく、全ての妖怪たちも繋がっているのでは」

「なら、掛け軸を燃やすなり何なりすれば、全て退治できるか?」

「…いえ、そこまでは分かりません。下手をすれば、それこそ本当に自由になるかもしれません。
 今、あの繋がりが鎖となって、妖怪共は、ここを中心として、そう遠くへと行けないような状況になっていますから」

「だとすると、掛け軸はここに置いて行った方が良いな」

「ええ」

恭也と沙夜がそんな事を話していると、その女性がゆっくりと話し出す。

「始めまして。私の名前はサキと申します。大体の事情は分かっております。
 はっきりとした確証はありませんが、恐らく私が成仏すれば、この中に居た物の怪たちも一緒に消え去るかと思います」

サキと名乗った女性の言葉に、恭也が尋ね返す。

「失礼ですが、どうしてそう思われるんですか?」

「それは分かりません。ただ、何となくそんな気がするというだけで…。
 本当にごめんなさい」

「あ、いや、別に謝られる事はありませんよ」

恭也は慌ててそう言うと、沙夜へと目を向ける。
その視線の意味を理解し、沙夜は自分の見解を告げる。

「正直、分かりません。ですが、その可能性もあるかと。
 元々、あの妖怪共はサキさんを奪い合っていた訳ですから、そのサキさんが成仏しようとしたら、それにつられる可能性も。
 何より、サキさんからは、掛け軸へと大きな繋がりがありますから、サキさんが成仏すれば、その掛け軸を通して…」

「あくまでも可能性か。だが、何もしないよりも良いだろう。
 それに、それとは関係なく、サキさんを成仏させてやりたいしな」

「ええ」

恭也の言葉に頷く沙夜を見て、恭也は決断する。

「よし。サキさん、すぐに成仏させてあげますから、少し待ってて下さい。
 那美さんか薫さんを呼んでこよう」

そう言って立ち去ろうとした恭也へと、サキが遠慮がちに声を掛ける。

「あ、あの……。確かに成仏させて頂けるのは嬉しいんですが、心残りが…」

「恭也、その心残りを無くせば、勝手に成仏するんじゃないのか?」

サキの言葉に、真一郎が恭也へと尋ねる。
それに頷くと、恭也はサキへと質問する。

「では、その心残りとは何ですか?」

恭也の言葉にサキは顔を赤くしながら、恥ずかしそうに着物の袖で口元を隠しつつ話し出す。

「あ、はい。恥ずかしい事ですが、ああいった状況だったので、私は普通に男の方に恋というものをした事がなかったんです」

サキの言葉に、恭也は成る程と納得して頷くが、その後ろでは美由希たちが途端に険しい顔になる。
そんな事に気付かず、サキは恥ずかしそうに顔を伏せたまま続ける。

「それで、良ければほんの少しで構わないので、その一緒に…」

そう言って顔を真っ赤にすると、袖で顔を隠してしまう。
サキの言いたい事が分かったのか、真一郎が言う。

「つまり、今日一日デートして欲しいって事か。
 まあ、それぐらいなら良いんじゃないか」

「一日か。まあ、あれだけの数の妖怪を一日で倒すのは無理だからな。
 それで上手くいくのなら…」

「駄目じゃ!」

良いと言いかけた恭也の言葉を遮るように、アルシェラが声を上げる。
それに驚く恭也へと、アルシェラは詰め寄るようにしながら指を突き付ける。

「お主は何を考えておる。そんな事をしている暇があったら、少しでも退治する事を考えぬか。
 そもそも、この小娘が成仏したからといって、本当にあの化け物共が消えるという保証もないのだぞ」

「しかし、沙夜がその可能性はあると…」

「いいえ、その可能性は限りなく低いですわ」

さっきとは違い、急にはっきりと断言する沙夜に、恭也は首を傾げるも、説得させるように言う。

「だが、可能性があるのなら、やった方が良いだろう。
 それに、あの化け物を退治するのも大事だが、サキさんも成仏させてやりたいしな」

恭也の言葉に何も言えなくなる美由希たちへと、七瀬たちも言う。

「そうよ、可哀想でしょう。
 一日と言っても、もう半日程度なんだから、それぐらい許してあげなよ」

「このままでは、サキさんが可哀想です。忍も、そんなに拗ねないで」

さくらの言葉に、忍も渋々ながら頷き、それを見た美由希たちも頷く。
全員が納得したのを見た恭也は、改めて口を開く。

「それじゃあ、決まりだな。すまないが、雪さんとさくら、七瀬さんは三人で周ってくれ。
 真一郎、サキさんは頼んだぞ。後は、さっき決めた通りだ。
 多分、薫さんや父さんたちも異変に気付いて何とかしているだろうから、俺たちも行くぞ」

そう言い切って立ち去ろうとする恭也の腕を、真一郎が慌てて止める。

「何処に行く気だ、恭也」

「何処って、表に出て行った化け物たちの退治だが」

「じゃなくて、お前はこれからサキさんとデートだろう」

「はぁ!? 何を言ってるんだ。俺なんかとそんなものをして、成仏できる訳ないだろう。
 どう考えても、この場合はお前だろう」

「んな訳ないだろうが」

呆れたように呟く真一郎に、こちらも呆れたように溜息を吐き出す恭也。
そんな二人を眺めつつ、美由希たちはどっちもどっちという言葉を飲み込む。
このままでは埒が明かないと判断した真一郎は、サキへと声を掛ける。

「サキさん、サキさんは恭也とデートしたいんですよね?」

「デート?」

真一郎の言葉に首を傾げるサキに、真一郎は言葉を変える。

「えっと、つまり、今日一日付き合うというか、一緒にあちこちを見て周るって事だけど」

「あ、はい」

真一郎の言葉に、サキは少し嬉しそうに頷く。
それを聞き、真一郎はほら見ろと恭也を見遣るが、そんな真一郎へとサキは頭を深々と下げる。

「そ、それでは、今日一日よ、宜しくお願いしますね。
 あ、あの、宜しければ、お名前を…」

「……って、え、ええぇ! お、俺!?」

驚きながら自分を指差す真一郎に、サキは同じように驚いた顔を見せたかと思うと、急に悲しげに顔を伏せる。

「や、やはり、私となんか嫌ですよね。いえ、無理をしなくても良いんです…」

そう言って泣くのを堪えるように目元に袖を持って行くサキを見ながら、美由希が少し怒ったように口を出す。

「真一郎さん! 何で泣かせてるんですか」

「え、あ、ち、違う、違うよ、サキさん。ちょっと驚いただけで。
 えっと、サキさんのような綺麗な人となら、大歓迎ですよ」

「本当ですか。ありがとうございます」

途端に嬉しそうな笑みを零すサキだったが、七瀬が遮るように声を上げる。

「反対、反対、はんた〜い」

そんな七瀬へと、月夜が笑みを零しながら言う。

「まあまあ、七瀬さん落ち着いて。
 一日と言っても、もう半日程度なんだから、それぐらい許してあげなよ」

「くっ」

自分が言ったのと同じ事を言われ、言葉に詰まる七瀬。
その横で不機嫌な顔を見せるさくらへと、今度は忍がからかうように声を掛ける。

「このままでは、サキさんが可哀想だからね。さくらも、そんなに拗ねない、拗ねない。
 ほら、人助けだと思って、ね」

忍の言葉に、さくらはただ黙って渋々頷くのだった。
こうして、とりあえずは事態も収拾を見せ、今度こそ本当に恭也たちはその場を立ち去る事が出来たのだった。
恭也たちを見送った後、美影が真一郎へと声を掛ける。

「もしかしたら、サキさんに気付いた妖怪たちが襲ってくるかもしれないから、一応、警戒はしててね。
 念のため、私も二人の護衛に付くけど」

「あ、はい、ありがとうございます。でも、美影さん大丈夫ですか」

「あら、それは私がもう年だから、大人しくしてろって事かしら?」

極普通に尋ねてきているはずの美影から、言い知れぬ恐怖を感じ、真一郎は必死で首を横へと降る。

「ち、違いますよ。……そ、そう!
 み、美影さんに何かあったら、恭也たちが物凄く怒るから。
 ほら、恭也たちにとって、美影さんは大事な祖母にあたる訳だから…」

そう言った途端、今までのプレッシャーが綺麗に消える。

「あらあら、そうだったの。もう、あの子たちったら、可愛いわね〜。
 うふふふ、やっぱり孫って良いわよね〜。
 あ、でも大丈夫よ。私だって、まだまだ現役の剣士なんだから。
 だから、真一郎くんも安心してサキさんをエスコートしてあげなさい」

上機嫌で語る美影に頷きながら、真一郎は心の中で恭也に盛大な感謝をするのだった。






つづく




<あとがき>

掛け軸編、いよいよ事態が動き出す〜。
美姫 「次回は魑魅魍魎との対決?」
傍からは遊んでいるようにしか見えない真一郎だが、実は結構、大事な役割を担う。
美姫 「事情を知らない周りからは、本当に遊んでいるようにしか見えないというのがちょっと可哀想かもね」
まあ、美人さんとデートしているんだから、それぐらいは良いだろう。
美姫 「さて、次回はいつ出来るのかしら? すぐにお会いできたら良いわね」
ぐっ……。ど、努力はしますです。
美姫 「結果よ! 結果を出しなさい!」
は、はいぃぃぃ。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
ではでは。








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