『とらハ学園』






第61話





「それじゃあ、俺たちはこっちから周るから、月夜たちはそっちから頼む」

「うん、分かったよ恭ちゃん」

「任せなって」

恭也の言葉に答え、二人は恭也とは逆側へと走り出す。
二人とは逆方向へと駆け出しながら、悲鳴が上がるのを聞く。

「アルシェラ、今のは」

「うむ。恐らく、悪霊共が暴れ始めたんじゃろう」

「恭也様、急ぎましょう」

「ああ。二人共、頼む」

恭也の言葉に応え、沙夜はその身を小太刀へと変化させ、アルシェラは胸元のペンダントを小太刀に変えて恭也へと渡すと、
自身もその小太刀へと宿る。
恭也はニ刀を鞘に納め、腰へと差すと走る速度を上げる。
程なくして、若いカップルの周りを一匹の悪霊が脅すように舞っていた。

「どう思う? 何故、襲わないんだ?」

恭也の問い掛けに、まずアルシェラが答える。
剣と化している状態なので、その声は他の者には聞こえず、恭也の頭に直接届く。

《恐らく、ああして脅すのを楽しむ輩なんじゃろう》

《もしくは、あの掛け軸全ての悪霊がすぐに人を襲う訳ではないのかも》

《だとしたら、人畜無害だから放っておくか》

沙夜の言葉に同じように念話で返す恭也に、アルシェラは否定の言葉を投げる。

《いや、少なくともあの娘を取りおうて、昔とはいえ人や他の化け物を殺めてきた悪霊じゃ。
 今はああして脅しているだけじゃが、いずれ人を襲いだすじゃろう》

《その意見には、沙夜も賛成でございます》

《なら、やるか》

恭也は二人にそう語り掛けると、アルシェラと沙夜をそれぞれ両手に握り込む。
悲鳴を上げる女性を庇う男性へと、急に襲い掛かる悪霊の元へ恭也は辿り着くと、そのままニ刀を交差するように一閃し、
悪霊を一刀の元に斬り捨てる。

「もう大丈夫ですから。それよりも、ここを離れた方が良いですよ。
 あっちにある骨董品屋の方へ行って下さい。そこに俺の知り合いが居るので、ここよりも安全ですから」

恭也の言葉にカップルは礼を言うと、すぐさま恭也が指差した先へと走って行く。





  ◇ ◇ ◇





「真雪さん、あれ!」

真っ先に異変に気付いたのは、薫ではなく耕介だった。
真雪は耕介が指差す先を見て、嫌そうな顔を見せる。

「おい、薫! お前の専門だぞ」

と背後へと声を掛けるが、肝心の薫は未だに瞳と那美に支えられており、足元も覚束ない状態である。

「かぁ〜、肝心な時に役に立たねぇのかよ!」

「真雪さん、流石にそれは薫ちゃんが可哀想やで。
 だって、あんな状態にしたんは、真雪さんやし…」

「ちっ、んな事は分かってるよ。おい、耕介!
 お前も、少しは出来るんだろう」

「む、無茶を言わないで下さいよ。俺が悪霊と闘えるのは、御架月あってこそなんですから」

「御架月があるんだから、良いんだろう」

「でも、御架月は今……」

そう言った耕介の姿は、確かに何処を見ても御架月を持っているようには見えない、

「だぁぁ、どいつもこいつも使えねぇー。バスん中か? ええ、そうなのか?
 ったく、どうして、常に持っておかないんだよ! 恭也たちを見習え、恭也たちを!
 あいつら、背中や懐から、ゴロゴロ、ゴロゴロと何か出しやがるぞ。
 お前も何か出せ!」

「んな無茶な。俺は未来から来た便利なロボットですか」

「そこまでいいもんでもないだろう。にしても、バスの中に一人置いてくるなんて、何て可哀想な」

「そんな事する訳ないじゃないですか。御架月は今、葉弓さんが持っていますよ」

真雪の言葉に、耕介が反論するように告げると、真雪が不思議そうな顔をする。

「何で、葉弓の嬢ちゃんが持ってるんだ?」

「御架月が、葉弓さんたちの乗るジェットコースターというのを体験したいって言って」

真雪は葉弓が両手で持っていた長めの包みを思い出す。

「ああ、あれか。って、結局、ここに無いんだったら、一緒じゃねーか。
 っとに、御架月の奴も耕介の傍に居ろよな〜」

何とも理不尽な言葉を吐きつづける真雪の前に、フラフラとしながらも薫が立つ。

「ん? おお、流石だ、薫! 良いぞ、やれやれ〜」

薫の後ろへと下がりながら、真雪が威勢良く声を掛ける。
一方の耕介は、薫に心配そうに声を掛ける。

「本当に大丈夫か、薫?」

「よ、妖怪退治は、うちらの務めでしゅから……」

「って、薫、まだ酔ってるよ! こ、ここは俺が何とかするから、とりあえず、酔いを覚まして…」

「耕介しゃん、何を言ってりゅんでしゅか。うちは、全然酔ってません。
 ……敵はどうやら六体のようでしゅから、三体ずつでぇ」

「薫、敵は三体だよ。って、間違いなく酔ってるって!
 那美ちゃん、薫の事お願い」

「は、はい」

「ですから、うちは全然、酔ってましぇん」

「薫ちゃん、呂律が回ってないよ…」

耕介は那美に薫を預け、酒を真雪へと返すと、薫の手から十六夜を取る。

「十六夜さん、お願いします」

「はい、分かりました」

耕介の言葉に短く答えると、十六夜が霊力を帯びて薄っすらと光り出す。
耕介は十六夜を構え、眼前へと迫ってきていた悪霊を斬る。

「まずは一体!」

「耕介さん、横!」

那美の言葉に反応し、耕介は後ろへと跳び退く。
その前を悪霊の一体が通り過ぎる。

「な、那美ちゃん、出来れば手伝って欲しいかな……」

「わ、分かりました」

那美は耕介の言葉に頷くと、鞄から雪月を取り出す。
二人が戦っている間に、瞳は近くの店から水を貰ってきて、それを薫へと手渡す。

「ほら、薫、しっかりして!」

「うちは、ひっかりひふぇるよ〜」

「って、全然、駄目じゃない!」

そう声を上げるのも無理ない事で、この騒ぎに他の悪霊たちも気付いたのか、耕介達の周りには更に悪霊たちが集まっていた。
耕介たちが必死になって戦っているが、その被害が徐々に広がり始める。
外に出していたテーブルや椅子が壊れていたり、店の扉が壊れていたり。
そんな状況を眺めながら、流石に真雪もまずいなと思い始めていた。
その真雪へと、愛が悲鳴にも似た声を上げる。

「真雪さん、危ないです!」

その声に弾かれるように地面へと転がった真雪だったが、そこへ更に人と同じように二足歩行し、
地面に着くぐらいに長い手を持った猿のような化け物が、その鋭い爪を振り下ろす。
それを後ろへと跳んで躱したまでは良かったが、猿もどきの鋭い爪が酒瓶を砕く。
真雪は体に酒を浴びながら、足元に砕け散った酒瓶を眺めやると、烈火の如くきつい眼差しを目の前の猿もどきへと向ける。

「…っって、てめぇぇ!」

真雪は近くに転がっていた椅子の足を手に掴むと、猿もどきへと向う。

「何って事してんだぁぁぁ!」

猿もどきが繰り出す爪を椅子の足で弾き、その下を掻い潜るように猿もどきへと接近すると、椅子の足を振るう。
猿もどきの喉元へと突きを放ち、それによって数歩下がる猿もどきの顎を上へと振り抜く。

「この、化け物が! 一体、誰の酒だと思ってやがる。
 幾らしたと思ってるんだ!」

仰け反り、上を見上げる形となったその顔面へと椅子の足を振り下ろし、肩、胸、腰、太腿と縦横無尽に椅子の足を振り回す。
反撃の隙さえも貰えずに、ただ撃たれ続ける猿もどきを最後に耕介の居る所へと蹴り飛ばすと、

「耕介!」

その声に応えるように、耕介は自分へと向かって来る猿もどきに十六夜で止めを刺す。

「真雪さん、あまり無茶な事はしないでくださいよ」

「ああ、わーってるよ。くそっ、どうすんだよ、これ」

真雪は濡れたシャツの胸元を掴みながら、割れた酒瓶へと視線を落とす。
割れた酒をどうするのかなのか、濡れた服をどうするのかなのか判断しかねる。
或いは、その両方か。
そんなある意味マイペースな真雪に苦笑を洩らす耕介に、十六夜が意見を述べる。

「耕介様、ここで暴れているものたちの中には、物理的な攻撃が通じるものもいるようです」

「確かに、真雪さんは普通に椅子の足で殴ってたな」

「って事は、私の出番もあるって事ね」

十六夜の言葉を聞いていた瞳が何処か嬉しそうにそう言うと、周りを見渡す。

「とりあえず、ああいった人っぽい形をした奴は、私の攻撃も通じるんですよね」

「恐らく。ですが、あまり無茶な事はしないでくださいね、瞳様」

「勿論ですよ。でも、ちょっとでも耕ちゃんの役に立ちたいしね」

「それはありがたいんだが、本当に無茶だけはするなよ」

「大丈夫、大丈夫」

言って瞳は先ほど真雪が投げ捨てた椅子の足を掴むと、軽く二、三度振って重さをみる。

「うん。ちょっと軽いけれど、大丈夫ね」

言うなり、先ほど標的とした化け物へと向う。
その背中を眺めつつ、耕介はまず物理的な攻撃が効かないモノから倒す事にする。
瞳から薫を受け取ったゆうひと愛は、必死に呼び掛けるものの、薫は寝息を立て始めていた。

「愛さん、どないしようか?」

「本当に困りましたね」

「って、愛さん、本当に困ってるんですか!」

愛の態度に思わず突っ込みを入れてから、今はそれ所ではないと薫を見下ろす。
そこへ、真雪がやって来る。

「あ、真雪さん、何処に行ってたんですか?」

「ん、ちょっとそこの店にな」

「まさか、割れたお酒を買い直して来たとか?」

愛の質問に答えた真雪に、ゆうひがそう尋ねる。
それを聞いた真雪は微かに頬を引き攣らせる。

「ほうほ〜う。ゆうひは、あたしがこの後に及んでまだそんな事をすると思ってるわけだ」

「い、いや、その〜。え、え〜っと、じゃあ、何しに行ってたん?」

「ああ、水を貰ってきたんだよ。さっさとこのバカを起こさないとな」

言って真雪は愛から薫を奪う様に取ると、そのまま地面に放り投げるように寝かせる。

「ほら、お前らは少し離れてろ」

真雪の言葉に従った二人が離れたのを確認すると、真雪は足元に置いてあった青色の物体を手にする。

「ま、真雪さん、まさか」

ゆうひが茫然と呟くのを効きながら、真雪はその手にしたバケツの中身を薫の顔目掛けてぶちまける。

「ほ〜ら、起きろ!」

「…はぁっ! な、何事ね。……つぅぅ、あ、頭が。
 って、うちはなして、こんなに濡れとるですか? …っ、真雪さん!」

薫は自分が濡れている事に疑問を持つが、すぐ目の前で水を数滴垂らすバケツを持つ真雪を見て、犯人が誰なのかはすぐに理解する。
物凄い剣幕で掴み掛かろうとする薫だったが、すぐに頭痛に顔を顰める。
その隙を突くように、真雪が薫の後ろを指差す。

「とりあえず、文句は後から言え。今はそれ所じゃねえんだ」

いつに無く真剣な真雪の口調に、薫は素直に後ろを振り向き、そこで十六夜を手にして悪霊と闘っている耕介や、那美、瞳を見る。
すぐに現状を把握すると、薫は耕介の元、正確には十六夜へと走り寄る。
しかし、薫がそこへと辿り着く前、耕介の死角を突くように悪霊が背後より忍び寄る。

「耕介さん、前へ跳んで!」

薫の指示を受け、耕介は考えるよりも先に身体を前転させる。
そのすぐ後を悪霊が駆けぬけて行くのを見ながら、耕介はすぐさま膝立ちになると、薫へと視線を向け、
薫の後ろにも悪霊が迫っている事を知る。

「薫、後ろ!」

耕介は叫びながら、その手にした十六夜を薫目掛けて放り投げる。
真っ直ぐに薫へと飛んだ十六夜は、薫にそのまま突き刺さるかと思われたが、寸前で薫が半身横へとずれ、
手を差し出し、しっかりと受け止める。
そして、飛来した十六夜の勢いもそのままに、身体を回転させつつ背後に迫っていた悪霊を両断するのだった。





  ◇ ◇ ◇





「本当に、何の因果やら…」

何軒目かの店を見て出て来た所で、妙な気を感じたかと思えば、いきなり襲い掛かって来た悪霊を斬り捨てて、一臣がぼやく。
そんな一臣の言葉に苦笑を洩らしつつ、同じように悪霊を斬り捨てた美沙斗も、また同じようにぼやく。

「本当に、誰かさんの日頃の行いが悪い所為かもね」

襲われそうになっていた所を助けられた女の子二人組みは、美沙斗に笑い掛けられ、僅かに頬を赤くしつつ、礼を言う。

「いや、お礼は良いよ。それよりも、早くここから離れた方が良い。
 この店でも良いから、暫らくはそこに」

美沙斗の言葉に返事し、店へと入って行く二人の女性を見送りながら、美沙斗はもう一体、襲い掛かって来た悪霊を斬る。
美沙斗から少し離れた所では、静馬が桃子達を庇うようにして刀を振るっている。

「どうやら、刀が通じる奴もいるみたいだから、俺も役に立てるな」

そんな事を呟きながら、静馬は確実に化け物の息の根を止めて行く。

「おら、お前ら呑気に喋ってる暇なんてねーぞ。そっちに行ったぞ!」

この中で誰よりも多くの悪霊どもを切り倒しながら、士郎が叫ぶ。
その声に応えるように、一臣が自分へと向って来た、いや、逃げてきた悪霊を叩き斬る。

「兄さん、どうもこの辺りだけじゃなくて、もっと他の所にも出てるみたいなんだけれど」

「ああ、分かってる。恐らく、恭也たちも気付いて動いているだろうから、とりあえずはこっちに専念しろ」

士郎の言葉に頷き返しながらも、一臣は小太刀を振るい、悪霊共を斬り倒していく。
今はまだ、ここアンティークステーション内の出来事だが、このままだと更に広がって行くかもしれない、
と誰もが頭の片隅で考えつつ、それを押し退けて、ただ目の前のモノを倒して行くのだった。






つづく




<あとがき>

事件が起こらないと言っていたはずのテーマパーク編だったのに〜。
美姫 「人事みたいに言わない! 言ったのはアンタ。書いたのもアンタ!」
うぐ、うぐ、ぐ、ぐるじぃぃぃ〜。
美姫 「ったく、こんな大事にしてどうするのよ。一般のお客さんも居るのに」
実は……。
美姫 「実は?」
そこまでは考えてなかった〜。
美姫 「で、済むか!」
げっ、げにょっ、ぐげっ!
…じょ、冗談なのに……。
美姫 「アンタが言うと、冗談に聞こえないのよ」
ひ、酷い……。
美姫 「さて、それじゃあ、次はどうなるのかしらね」
それは次回のお楽しみに〜。
美姫 「早く次回が出来上がると良いわね〜」
ぐっ。そ、それは次回までのお楽しみに〜。
美姫 「って、それは違うでしょう!」








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