『とらハ学園』







第62話






七つのステーションの中心に聳え立つ一際大きな建物、キングスセンチュリー。
ここS・A・K内でのホテルでもあり、またある階よりは上は従業員たちの事務所となっている。
そして、公然には秘密とされているが、実は密かに地下が存在している。
その地下数十メートルにある部屋に、今一人の男が目の前を埋め尽くす複数のモニターにじっと視線を注ぐ。
その人物こそ、ここのオーナーでもあり、恭也たちが対面した寿だった。
寿はこのテーマパーク内で起こっている事態をこうして把握し、すぐに色々と指示を出す。
正確には、彼の後ろ、そこだけ和室のように畳が敷かれて別空間を作り出している個所に正座した女性が、だが。

「しかし、まさかあのようなモノがこのパーク内にあったとはのぉ」

何処か呑気そうにそう呟く高齢の女性へと振り返りもせずに寿は答える。

「ええ。幸い、今の所は被害は出ておりませんけれど。
 このまま怪我人が出なければ、どっきりアトラクションとして誤魔化す事も出来ましょう」

「そうじゃの。じゃが、その者らにはそんな言い訳は通じまい」

「彼なら、彼の知り合いというのなら、きっと合わせてくれますよ」

「中々、かっているようじゃの」

「ええ。僅かな時間話しただけですが、なかなかの好青年でしたよ」

そう言って笑う寿の目は、一つのモニターをずっと見詰めている。
そのモニターには、刀を振るう恭也の姿が映し出されていた。

「さて、これ以上他のエリアへと広がられるのも、このS・A・Kから外へと出られるのも困りますからね。
 そろそろ準備は良いですか?」

前半は独り言のように呟き、後半は自分たちが居る所より下で忙しく動き周っている部下たちへと問い掛ける。
それに返事が返ってくると、寿は短く命ずる。

「それでは、結界を張ってください」

寿の言葉に答えるように、部下たちが何処かへと連絡を入れたり、手元の機械を弄り出す。
すると、パークを上から見下ろしたように描かれた地図の、それぞれのエリアに一つの光点が灯る。
それから程なくして、モニターの一つに『七領護法刀結界発動』の文字が浮き上がる。

「これで、外へと逃げる事はできません。後は…」

そう言って寿は後ろの女性へと振り返る。

「タキエ殿、兵藤衆の方は頼みましたよ」

「わかっておるわい」

タキエと呼ばれた女性はそう返事を返すと、いつの間に用意したのか湯飲みを静かに傾けるのだった。





  ◇ ◇ ◇





「何だっ!」

悪霊を斬り伏せた恭也は、不意に周囲、それも上空から違和感を感じて空を見上げる。
そんな恭也を安心させるように、アルシェラが答える。

≪安心せい。どうやら、何者かが結界を張っただけじゃ≫

≪この結果は恐らく、七領護法刀の結界ではないかと。尤も、本物とまではいきませんが≫

「そうか、寿さんが何かしてくれたという事か」

≪まあ、当然と言えば当然じゃな。
 自分の所のテーマパークから、魑魅魍魎を外へと出す訳にはいくまいて≫

≪とにかく、これで外へと逃げ出される心配はなくなりました、恭也様≫

二人の言葉に頷くと、恭也は迫る悪霊をアルシェラと沙夜で一体ずつ斬る。

「とは言え、この数の多さは厄介だな」

恭也は背後から襲い来る悪霊から身を捩って躱すと、すれ違いざまに横に薙ぐ。
既に十体以上倒しているのだが、恭也を囲む悪霊たちの数は減るどころか、寧ろ増えている感じさえあった。

「本当にきりがないな」

ぼやきつつもその視線は周囲を見渡し、襲い来る悪霊を斬る。
アルシェラと沙夜という背後や上空さえも警戒する目を持つ恭也に死角はないものの、
一斉に掛かられるとかなりやばいなと内心で思いつつ、
今の所こちらを警戒するように数匹でしか襲ってこない事に感謝するのだった。





  ◇ ◇ ◇





「っ! 月夜お願い」

「たりゃぁぁぁっ」

叫んで身を屈める美由希の上を月夜の朧月が横薙ぎに通過し、背後に迫っていた悪霊を斬る。
同時に月夜は地面を蹴り、美由希を飛び越えるようにして背後へと着地。
美由希は月夜が通過した直後に刹那を下から上へと振り上げるように弧を描かせ、
全身のバネを利用して体を起こす。
振るわれた刃が月夜の隙を付こうと背後から迫った化け物の腕を斬り飛ばす。
苦痛の咆哮を上げる化け物へと、美由希はそのまま刹那を繰り出して止めを刺す。
背中合わせに立つ二人の周囲にも、かなりの数の悪霊共が集まっていた。

「サキさんが成仏するまで持つと思う?」

「持たせるしかないだろう」

美由希の言葉に月夜は不適な笑みを見せて応え、美由希もそれに力強く頷くと、
二人は同時に地を蹴って駆け出す。
互いに逆方向へと向かうのではなく、二人で同じ方向に。




「と、これでこの辺りは終わりだな」

八景の峰で肩を叩きながら、士郎はそう呟く。
特に誰に向けて言った言葉でも無かったが、その呟きに静馬が答える。

「そうだな。それよりも、どうして急にこんなにたくさんの魑魅魍魎たちが現れたのか、だけど」

「今までこれだけの数の悪霊共が居て気付かないなんて事は流石にないだろう。
 仮に俺たち気付かなかったのだとしても、薫ちゃんや十六夜さんたちが気付かないってのは可笑しいしな」

士郎の言葉に全員が同じ思いで頷く。

「こりゃあ、封じられていたのが出てきたと見る方が良いかもな。
 まあ、何にせよ、ここら一体には強い結界が張られたみてーだから、当分は大丈夫だろう。
 それよりも、この化けもん共の元を叩く」

「でも、兄さん。元といってもそれは?」

「まあ、よくは分からんが、あっちから来たみたいだからな。
 とりあえずは、行ってみるとしよう」

言って士郎は八景で悪霊たちが最初に来た方向を指す。
他の者も異論はないのか、とりあえずはその方針でと、戦うことの出来ない桃子たちを中心に、
四方を士郎たち四人で囲むようにして歩き出すのだった。



「神咲楓月流、焔舞」

楓の言葉と共に数枚の呪符が宙に舞い、炎となって悪霊たちを焼く。
その後ろから、葉弓の放った矢が楓の呪符から逃れた悪霊たちを貫いていく。
二人の隙を付き、ひ弱そうに見える獲物、なのはやアリサに狙いを定めた悪霊たちは、
近づく前に地上より天へと振り上がる雷によって消滅する。
二人を守るように、久遠が手を広げて空にいる悪霊たちを睨み付け、その口からは威嚇するような声を出す。
美緒や望へと向かった者たちは、久遠とは違い圧縮されて丸くなったリスティの雷によって消え去る。
リスティは近づく悪霊を同じように消滅させると、葉弓へと尋ねるように声を掛ける。

「これって、どういう事だろうね」

「分かりません。ただ、明確な意思があるのかないのかは兎も角、人を襲う以上、放っておくこともできません」

「まあ、それはそうなんだけれどね。
 僕が言いたいのは、どうしてこんなにたくさんの悪霊が出てきたのかって事」

「それこそ分かりません。
 ただ、他の場所でもこのような事態となっているのでしたら、御架月くんを耕介さんの元へ」

「すいません、葉弓様。お手数を」

「いえいえ、気にしないでくださいね」

言いながら葉弓は弓を引き、次々と悪霊を討っていく。
楓の小太刀と術が飛び交い、葉弓の矢がその合間を縫うように走る。
相当数いたはずの悪霊は、徐々にその数を減らしていく。



一方、パークのスタッフたちは対応に園内を走り回っていた。
まず、アトラクションか何かと思って集まり出す人たちをさっさと非難させる。
悪霊に対抗できるものは、悪霊を払うために走り回る。
幸いと言うべきか、これだけの人込みの中にあって、
悪霊たちは自分たちを払う力があるものを中心に襲っている節があり、
まだ一般の人への被害がないといった事だろう。
それと、結界の早い段階での発動により、悪霊たちが居るのがごく限られた場所だという事。
この結果で、悪霊たちはパークの外だけでなく、七つに区切られたエリアからも出る事が出来なくなっており、
更に悪霊たちを一箇所に閉じ込めるために、エリア内の各所に小さな結界を張って行く。
後はその周辺を立ち入り禁止とし、一般客を遠ざけるようにする。
こうして、テーマパークという人の多い中にあっても、殆どの人に悪霊の存在を気付かれる事なく時間が流れる。
スタッフたちの手際の良さに満足そうに寿は頷き、次に結界を張る場所を指摘する。
その際、恭也たちの邪魔をしないように言いくるめて。



それでも、悪霊たちの数が多く、全てがそれで対応できる訳ではなかった。
ここ、ファーストステーションでも今まさに一般の人へとその凶暴そうな爪を振り下ろそうとする化け物がいた。
しかし、その爪がその女性に届くよりも前に、化け物は横からの力によって吹き飛ばされる。
数メートル吹き飛ばされたものの、立ち上がって来る化け物に吹き飛ばした張本人は小さく舌を鳴らす。

「ちょっと浅かったか。藤代さん、大丈夫ですか」

「あ、うん、ありがとう和真くん」

少し頬を染めつつ、礼を言うと差し出された手を取って立ち上がる。
彩を立たせると和真は折れた椅子の脚を構えなおして、北斗へと声を掛ける。

「北斗、一応聞いてみるけれど、真剣じゃなくても言いから、木刀を持っていたりとかは……」

「残念ながら、持ってません」

「だよな」

北斗の言葉に納得しつつも、和真はやはり残念そうに呟く。
その目が後ろに居る勇吾へと向くが、言いたい事を察した勇吾は首を振って否定する。

「恭也たちとは違うって」

「ですよね。他の皆は多分、大丈夫でしょう。普段から武器を持っているような人たちが傍に居るでしょうから。
 葉弓さんも、今回は神弓尹沙奈を御架月を持つついでと言って持っていってるのを見ましたし…。
 悪霊への攻撃方法を持たない鷹城さんたちの所も、逃げるぐらいは可能でしょうね」

「えっと、それってつまり…」

和真の言わんとしている事に気付いたのか、勇吾は嫌な予感を覚えつつも尋ねる。
そんな勇吾の予想通り、和真は申し訳なさそうに頷く。

「何の武器も持っていない俺たちが一番危ないかも」

「あ、やっぱり…」

「和兄!」

勇吾との会話に割り込むように北斗の切迫した声が届き、
和真はすぐさまこちらへと向かって来る化け物を見据える。
握った椅子の脚に霊力を込め、繰り出される爪を掻い潜って化け物の腹を強く打つ。
そこへ北斗が化け物の頭上へと椅子を振り下ろす。
幸い、他の悪霊たちは遠巻きに見ているだけでまだ襲ってくる様子がなかったので、二人は一体を集中して攻撃する。
ようやく倒し終えると、すぐさま逃げ出す。

「藤代さん、早く」

ぼーっとしていた彩の手を取って和真が走り出す。
その後を他の面々も追うように走る。

「こりゃあ、恭也たちと合流した方が良いかな」

そう思いつつも、どこに恭也たちが居るのか分からず、とりあえずは逃げる事に専念するのだった。



「本当にきりがないっ!」

薫は斬っても斬っても次から次へと湧いて来る悪霊に辟易しつつも十六夜を振り続ける。
十六夜は落ち着かせるように宥めつつ、この悪霊たちの大量発生に付いて原因を考えていた。
考えた所で、それが正解かどうかも確かめることは出来ないが、少しでも現状が打破できないかと。
そこへ、耕介の鋭い声が飛ぶ。

「薫、上っ!」

咄嗟に十六夜を振り上げてその攻撃を防いだ所へ、今度は後ろへと回りこんでいた化け物が攻撃を仕掛けてくる。
さっきまでバラバラだったのが、連携らしきものを見せたことに驚きつつ、薫は地を蹴って避ける。
浅く背中に線が走るが、服だけで皮膚には届いてはおらず、何とか躱す。
薫が避けた方向、その前方には三体の化け物がおり、それぞれに顔、胴、足を狙ってくる。
薫は小さく身を屈めながらジュンプし、頭上と足への攻撃をやり過ごすと、胴を狙ってきた腕を斬りつける。
その間に二体が薫を挟み込むように移動し、薫は三体に囲まれる。
薫を囲んだ三体は同時に腕を振り下ろす。

「正面の奴を!」

不意に聞こえた声に薫は正面の化け物に十六夜を振るう。
その正面の化け物を飛び越えて一つの影が踊り出る。
影は薫目掛けて落下しながら、薫の左後方の化け物へと刀を投げつけ、
右後方の化け物へはそのまま頭上から袈裟斬りにもう一刀を振り落とす。
倒れ込んだ三体の化け物の中心で、背中合わせに立つ薫と恭也の姿に、耕介たちもほっと胸を撫で下ろす。

「助かったよ、恭也」

「そうか。なら良かった」

言って投げたアルシェラを鋼糸で絡め取って再び手にする。
そこへ十六夜が話し掛けてくる。

「恭也様、助かりました。ですが、この悪霊共はきりがなくて…。
 元凶さえ分かれば、何とかなるかもしれないのですが」

「ああ、元凶なら分かってる」

「本当っ!」

恭也の言葉に思わず声を上げる薫に、恭也は掛け軸やサキの話をする。
その間も二人は互いを庇うように動き回りながら、悪霊共を倒して行くのだった。





  ◇ ◇ ◇





「わぁ、本当に私の時代とは違いますね。あんなに高い家屋が建つだなんて」

サキは驚きに目を見張りながら中央に聳え立つキングスセンチュリーを見る。
その横でサキの手を握りながら、真一郎は苦笑を浮かべる。

「まあ、サキさんの時代と比べると相当、科学も進歩しているからね。
 それよりも、これから何処に行く?」

「真一郎さんにお任せします」

「それじゃあ、いきなりスリリングなのは止めておいた方が良いかな。
 じゃあ、あれに乗ろうか」

「はい」

真一郎が指差した先には、ゆっくりと回るコーヒーカップがあった。
そちらへと向かう二人の後方、離れた所をゆっくりと一人の女性が歩いている。

「まあまあ、仲良きことは美しきかな、ね。
 後で他の子がどう出るかは知らないけれど」

言いつつも楽しそうに二人の様子を眺め歩く美影だった。
その後も幾つかのアトラクションを体験しては驚きと楽しそうな声を上げるサキ。
どうやら、この一帯は悪霊たちが来る前に結界が発動したらしく、そういったモノの姿は見えなかった。
それに安心しつつ、真一郎は両手にソフトクリームを持って、ベンチで待つサキの下へと戻る。

「はい」

「これは?」

「ソフトクリームって言うんだよ。良いから、食べてみな」

言って自分の分を食べる真一郎の見よう見真似でソフトクリームを舐めた途端、またしても驚きの声を上げる。

「冷たい! それに、甘い。美味しいです、真一郎さん」

「そう。気に入って貰えたのなら良かった」

二人はゆっくりと食べながら、ぽつりぽつりと話をする。
その様子は初々しい恋人同士のようで、遠く離れて見守る美影も頬を緩める。
そこだけは、他の者たちとは違いゆっくりと時間が流れているような錯覚さえ感じるほど、
真一郎は穏やかな時を感じるのだった。






つづく




<あとがき>

もう、本当に久しぶりの更新です。
美姫 「はぁ〜」
だ、だって、前に書いていたのが消えたし……。
美姫 「にしてもね〜。遅すぎるわよね〜」
う、うぅぅ。
美姫 「もう、誰も覚えてないんじゃないの?」
……実は、俺も前回どこまで書いたか忘れてたり。
美姫 「こんのぉぉぉ、ど阿保ぉぉぉ〜〜!!」
にょぎょりょぴょぉぉぉっーー!
美姫 「とりあえず、久しぶりに更新させました」
…ま、また次回で……。
美姫 「それじゃ、また次回でね〜」







ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ