『とらハ学園』






第63話






「とりあえず、真雪さんたちは何処か安全な場所に」

恭也の言葉に手伝いをかって出る瞳だったが、やんわりと断られる。

「物理的な攻撃が通じる奴らだけじゃないから。
 それよりも、瞳や那美は他の護衛手段を持たない人が居たら避難させてくれ。
 アンティークステーションの中にある骨董品屋に行けば、知佳たちがいるから」

そこに避難させるようにと店の名前を教える。
それでも何か手伝いたそうにする瞳に、真雪がやたらと真剣な声で言う。

「ほら、さっさと行くぞ。はっきり言ってこれ以上はあたしたちの領分じゃないんだよ。
 寧ろ、邪魔になるだけだ。自分でも分かっているんだろう。
 それに、護身術の基本は危険を回避するって事だろうが」

真雪に窘められ、瞳はようやく納得したのか耕介を気にしつつもその場を去る。
当然、悪霊たちがそれを見逃すはずもなく襲い掛かろうとするのだが、
恭也たちを前にして他へと襲い掛かる事の危険を感じたのか動きを止める。
特に相談した様子もなく、悪霊たちは揃って一斉に恭也たち三人へと襲い掛かる。
それを恭也と薫が打ち払い、耕介は椅子の足を振る。
三人へと殺到するも、悪霊たちの攻撃は恭也たちに届かない。
しかし、やはり得物が不利な耕介は少し押され気味になる。
椅子の強度がそう持たないのか、既にボロボロの状態となっている。
それでも耕介はソレを振り続けるしかなく、とうとう椅子の足が中ほどから折れる。
それを見計らったかのように悪霊が三体、正面と両横から耕介に襲い掛かる。
恭也と薫も自分へと向かってくる悪霊を相手しており、耕介を庇う暇がなかった。
耕介は折れた椅子の足で一体を倒すが、残る二体が迫る。
その二体が耕介に触れるよりも早く、横より飛来した何かがその二対を消し去る。
見ると、それは矢と札のようで、その飛んできた先を見れば、
葉弓と楓の二人がそれぞれに弓と札を手にして構えていた。
耕介が礼を言うよりも先に、悪霊が頭上より耕介へと迫る。
慌てて葉弓が御架月を耕介へと投げ、耕介は手を伸ばしてそれを受け取ると、
地面へと転がりながら御架月を抜き放ち斬りつける。
得物を手にした耕介を手強いと見たのか、悪霊は新たに現れた葉弓と楓へと襲い掛かる。
が、当然の如く二人はその悪霊共を滅ぼす。
遠巻きに恭也たちを囲むように様子を見る悪霊たち。
そんな中、恭也の元に一人の少女が駆け寄る。

「お兄ちゃん」

なのはは恭也の腰にしがみ付くように抱き付き、反対側にはアリサがしがみ付いてくる。
状況が状況だけに引き離そうとするが、不安そうな目で見上げられて恭也は引き離すのに躊躇いを見せる。
運良くというか、悪霊たちは恭也たち囲んだまま攻撃をしてくる様子を見せない。

「なのは、アリサ、もう大丈夫だから」

「うん」

「はい」

頭を撫でてやると安心したように二人は笑う。
それを見て恭也はそっとなのはとアリサを引き離し、それから改めて他の面々を見る。

「恭也さん、これは一体」

葉弓は目が合うと真っ先に今起こっている事を尋ねる。
恭也が知っているかどうかは分からないが、とりあえずといったところか。
しかし、恭也の口からはこの件に関する真相が語られる。

「つまり、相川先輩次第って事やね。それで、後どのぐらい掛かるん?」

楓の言葉に、しかしはっきりとした時間は分からないと告げる。
見れば、悪霊たちはまだまだ増えてきているようである。

≪やはり、こやつらは力がある者を先に倒そうとしておるの≫

≪恐らく、既に理性が残っていないのでしょう。
 ただ、昔の戦の記憶が僅かとも残っており、その時に取った戦術か…≫

≪その戦で力ある者を先に倒した方が楽だと学んだか。
 まあ、そんな所じゃろうな。恭也、この周囲におる奴らは余たちの方へとやってくるぞ≫

「つまり、逆に言えばここから離れた方が安全という事か」

≪そうじゃ≫

アルシェラと沙夜の意見を聞き、恭也はすぐさま行動に移る。
この中で戦う力を待たない者と持つ者に分けると、リスティへと視線を向ける。
それを受けてリスティは大体の所を察する。

「OK。言いたい事は分かったよ」

「それじゃあ頼むぞ、リスティさん。
 真雪さんたちが先にその店に向かっているはずだから」

なのはたちをリスティと久遠に任せると、真雪たちにも行ってもらった店を告げる。
葉弓と楓を残して立ち去るリスティたちにはやはり目もくれず、悪霊たちは恭也たちの動きに合わせるように、
一斉に襲い掛かってくる。
それを円を作るように並んだ恭也たちは迎え撃つのだった。





  ◇ ◇ ◇





日も傾き始めた頃、真一郎とサキの姿はステージステーションにある大きな噴水の前にあった。
噴水の傍に設置されたベンチに並んで座る二人の顔を夕日が赤く染める。
少し休憩なのか、二人は前方をぼーっと眺めている。
やがて、サキが何かを決意したように大きく息を吸い込み、真一郎へと顔を向ける。
そんな様子を離れた所から美影が見ていたのは当然ながら、
別の位置からその様子を見る複数の視線があった。

「むー、幾らなんでも近づき過ぎよ」

「な、七瀬さん、あまり暴れないでください。
 狭いんですから」

「そんな事言ってさくらは良いの!?」

「で、でも、仕方ないですし…」

ぼそぼそと自分を納得させるように言うさくらを一瞥すると、視線をまた二人へと移そうとして動きを止める。

「あー、雪?」

「なんですか」

「い、いや、何でもないんだけれどね…」

じっと前方を見据えたまま瞬きさえもしない雪に、さしもの七瀬も言葉を無くす。
さくらも同様で、僅かばかり雪から離れる。
と、ふいに雪が小さく声を上げる。

「あっ!」

「な、何!?」

思わずどもった声で尋ね返す七瀬に、雪は静かに前方を指差す。そちらを見れば…。



サキは真一郎へと顔を向けるとやや顔を赤くして礼を言う。

「今日はありがとうございます」

「いや、大した事じゃないよ」

「そんな事はありません。これで何の迷いもなくとは言えませんが、成仏できます」

「そう、それなら良かった」

言って笑う真一郎へ、サキは顔を真っ赤にして言う。

「そ、それで、ですね」

「うん、何かな?」

「最後にもう一つだけお願いしても良いですか」

「うん、良いよ。ここまで来たんだから、後一つぐらい。
 なに?」

真一郎の優しい眼差しに見詰められ、優しい声に勇気付けられるように雪は真一郎をじっと見詰める。

「あっ…」

小さく呟いたかと思うと、それ以上は言葉に出来ないぐらい恥ずかしいのか、目を閉じる。

(え、え、えぇぇぇっ! こ、これって、もしかして……)

目の前で瞼を閉じたサキの態度から、真一郎はサキのお願いが何であるのか理解し、かなり動揺を見せる。

(さ、流石にこれは…。で、でも、最後の願いだって言ってたし…)

迷いつつも真一郎がサキの方へと一歩踏み出した時、丁度二人の横にある茂みから三つの影が飛び出てくる。

「「「駄目ー!!」」」

いきなり現れたさくらたちに驚きつつも、真一郎は何でここに居るのか尋ねる。

「たまたまよ! たまたまさくらと雪が悪霊を倒して休んでいたら、真一郎が通りかかったよ!」

「だからって、覗き見までしなくても…」

真一郎の言葉に流石にばつが悪そうな顔を見せるさくらの横で、雪が静かに真一郎へと声を投げる。

「そんな事よりも、真一郎さんは何をなさろうとしてたんですか」

その底冷えするような冷たい声に、真一郎だけでなく七瀬も思わず寒気を感じる。
しかし、七瀬はすぐに気を取り直すと雪と一緒に真一郎を問い詰める。

「こ、これは、そのサキさんが最後のお願いと…」

「だからって、これはやりすぎです真一郎さん」

さっきまでは反省している様子を見せていたさくらも、
自分たちが飛び出すこととなった事態を思い出して真一郎を責める。
するつもりがなかった、いや、まだするかどうか悩んでいる最中だったというやや疚しい所もあって、
真一郎は強く言い返せずに困ったようにサキを見る。
中々何もしない事を不思議に思ったのか、サキはゆっくりと目を開けて目の前に雪たちが居ると知る。
と、その目に僅かながら涙が浮かぶ。
流石に悪い事をしたと一瞬だけ思ったものの、事態が事態だけに引く気はないのか三人はサキを真正面から見詰める。
そんな三人を不思議そうに見た後、サキは真一郎へと顔を向ける。
かと思ったら、急にその頭を下げる。
その行為に全員が呆然とする中、サキは口を開く。

「どうも申し訳ございません。最後のお願いをしている最中だというのに、私ったらお話を中断してしまって。
 でも、急に目に埃が入ったみたいでしたので」

「へっ!? ほ、埃?」

「はい。えっと、それで最後のお願いなんですが…」

さっきのが自分たちの勘違いと知って居た堪れなくなる四人に気付かず、サキはモジモジと照れて口元を隠す。
その仕草に再び三人の少女たちは身構えるが、サキは恥ずかしそうに何とか切り出す。

「最後に、手を繋いでいただけませんか」

「手? それで良いの?」

「は、はい」

尋ね返す真一郎に、サキは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
それから慌てて言う。

「あ、でも、どうしても嫌だと仰られるのでしたら…。
 その、無理はして頂かなくても構いませんので…」

「いや、手を繋ぐぐらいなら」

言って真一郎はサキの手をそっと握る。
小さく呟きを発した後、サキはその手をじっと見詰めて赤くなったまま嬉しそうにはにかむ。
時間にして一分も経っていないが、やがてゆっくりと手を離す。

「これでもう満足です」

言って笑うサキの後ろから、美影が現れる。

「もう良いのね」

「はい。皆さん、ありがとうございます。特に真一郎さん、ありがとうとございました。
 とっても楽しかったです」

「それで、成仏はできそう?」

「はい。本当に皆さんにはお世話になりました」

言って頭を下げるサキの身体が徐々に薄くなっていき、最後には完全に消える。
それを声を掛けることも出来ずに眺めていた真一郎は、サキの立っていた場所へと小さな声を投げる。

「俺も楽しかったよ」

何となく寂しさを感じる真一郎へ、七瀬がニヤニヤとした顔を見せる。

「真一郎は残念だったんじゃない?」

「何が?」

「だって、あの子とキスできなかったもんね〜。
 あのまま勘違いしたままで、私たちが邪魔しなかったらどうなってたのかしらね〜」

「なっ!? お、俺は別に何も…」

「ふーん、怪しいな〜」

「そういう七瀬たちだって勘違いしたんじゃないのか!?」

そう言って反論する真一郎だったが、やはり今回は立場が悪かった。
七瀬たちは無言でジト〜とした視線で真一郎を見詰める。
それだけで真一郎は何も言い返すことが出来なくなり、がっくりと肩を落とす。
落としながら、七瀬に少しだけ感謝する。
きっと自分は寂しそうな顔をしていたのだろうと。
それを励まそうとわざとああいう風に声を掛けてくれた七瀬へと。
そして、それを察して同じようにしてくれた雪たちにも。

「でも、真一郎ってスケベよね〜。
 あそこで私たちが止めに入らなかったら、サキちゃんは傷付いてたわよね」

「ええ。もしそうなっていたら、成仏してくれなかったかもしれませんね」

「そうなったら、真一郎さんは取り憑かれていたかもしれませんね」

心の中で感謝する真一郎へと、七瀬にさくら、雪は容赦なく言葉を突き刺す。

(訂正。こいつら、俺をからかって楽しんでいるだけだ)

さっきの感謝を取り下げつつ、真一郎は何とか反論を試みる。
しかし、それは上手くいかず、それどころか店に戻るまでの間中ずっとその事でチクチクと言われる事になった、
とだけ言っておこう。






つづく




<あとがき>

まず最初にごめんなさい!
かなり、もう本当にかなり久しぶりの更新です。
美姫 「本当に遅いわよ!」
ぶべらぇっ!
ぐっ。返す言葉もない。
美姫 「にしても、あっさりと成仏したわね」
ま、まあ、優しい性格の人だしな。
あまり長いこと言ったら迷惑だと分かっているし。
美姫 「これで悪霊たちは消えたのよね」
ふふ。可能性があるとしか言ってなかったはずだぞ。
現にまだ悪霊がどうなったのかは書いてない。
美姫 「まさか…」
なぁ〜〜んてね。
美姫 「……死ね!」
ぶべろげっがぁぁぁゅっ!!
美姫 「実際のところ、どうなるのかは次回でね〜」
…………。







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