『とらハ学園』






第65話






アルシェラと沙夜に両腕を引かれ、恭也は自らの意志とは関係なく、一つの場所へと引っ張られていく。
だが、珍しい事も無いが、こういった事でのアルシェラと沙夜の願いというのは珍しく、
恭也も特に嫌がる素振りも見せずに歩いて行く。
その後ろから、離れず神咲の三人、薫に楓、葉弓もぴったりと付いて歩く。
観覧車はそんなに人気の高いアトラクションだったのかと一人違う、
何処かのほほんとした感想を抱く恭也とは違い、五人の女性たちは互いを牽制するように時折視線を交し合う。
明らかにどう出し抜こうかと考えているのが分かる沙夜に対し、
アルシェラは恭也の腕を離さないとばかりに強く抱き、このまま強引に乗り込むつもりである。
後ろを歩く薫は、どのタイミングで恭也へと話し掛けるかを悩み、
楓は恭也の手を掴んで、いかに他の者たちを置き去りにするかを考えていた。
そんな中、微笑を常に湛えて考えを読ませない葉弓。
恭也を中心にかなり複雑な事になっているのだが、それに気付かずに恭也はただ目的地に向けて歩く。
目的地へと着いた六人は、列へと並ぶ。
思ったよりも人が多く待たされる事に恭也は軽く驚くも、事情を知る五人は大した驚きもなかった。
逆に、列に並んでいた他の客たちの方が軽く驚いていたぐらいである。
何しろ、両腕を美女二人に掴まれ、その後ろにも付き従うように美しい女性が三人。
ここに並んでいる人全員が、観覧車の伝説について知っているのである。
そこへ、五人もの女性を連れてやって来た恭也がどんな目で見られるか、言うまでもない事である。
その視線に僅かに居心地の悪さを感じつつも、それが自分のような無愛想なものがという意味に取り、
いつもの事だと受け流す。
周りでアルシェラたちが苦笑を零すも、恭也は気付かなかった。

「それにしても、思った以上に人が多いな。やはり、巨大と言うだけあって、他の観覧車とは違うのか」

「さあな。余は他の所のものなんぞ知らぬからな」

「沙夜も同じでございます」

言って二人は後ろを振り返り、薫たちを見る。
その目が明らかに何とか上手く誤魔化せと語っており、何で自分たちがと思うものの、
ここで恭也に気付かれる訳にいかないのは三人も同じで、真っ先に薫が応える。

「うちもそんなに詳しくは無いけれど、そうなんじゃないかな。
 大抵は四人ぐらいしか乗れんが、この観覧車は最大で一度に六人乗れるみたいじゃし」

「それぐらいなら、大して違わないような気がするがな」

「も、勿論、それだけじゃないんよ。その高さも非常に高くて、それ故に円周も大きくなってるから」

「一周するのに掛かる時間から考えても、巨大と言うのも嘘ではありませんね」

恭也の疑問を打ち消すように、楓が、そして葉弓がそう付け加える。
必死になって説明する楓の態度に首を傾げるも、それだけ楽しみなのかと納得すると、
恭也は大人しく順番が来るのを待つ事にする。
その様子を見て、五人は揃って胸を撫で下ろすのだった。



それから十数分ほど待った頃、ようやく恭也たちの出番がやって来る。
丁度、六人だったのでそのまま一緒に乗り込む。
恭也が中へと入る際、係員から感心したような呆れたような口調でやるなと言われたが、
恭也には当然の事ながら何の事かはさっぱりであった。
観覧車に乗って上へと登るにつれ、皆の口数が減っていく。
恭也は単純に外の景色を眺めて楽しんでいたが、沙夜たちは互いを警戒するように中ばかりを窺う。
緊迫した空気がゆっくりと漂い始めた頃、恭也が薫たちへと話し掛ける。

「ひょっとして、皆高い所は苦手だったのか?
 そんな話は聞いた事はなかったが」

見当違いな恭也の言葉に、薫たちは否定をするが、
恭也の隣に座り未だに腕を掴んでいるアルシェラだけは、実はと真剣な顔で切り出す。
その事に驚く面々を余所に、アルシェラはここぞとばかりに恭也に抱きつき、自分の方へと引き寄せる。

「余は高い所が苦手なのじゃ。恭也、もっと近くに寄る事を許してやろう」

言って恭也の腕を引っ張ると、そのまま胸の中に恭也の頭を抱くようにして抱える。
慌てふためく恭也の頭を見下ろしながら、アルシェラはにやりと笑みを見せる。
見れば、もうすぐ頂上という所まで来ていたのである。
ことここに至り、アルシェラの嘘に気付いた面々が恭也を引き離そうと、
それぞれ恭也の身体を掴んで引っ張り出す。
狭いゴンドラの中、恭也を取り合う面々。
当然、ゴンドラが激しく揺れる事となる。

「ま、待て。暴れるな」

状況に気付いた恭也が注意するも、恋する乙女は耳を貸さず、力の限りに恭也を奪うために奮闘する。
更に激しくなる揺れの中、不意にゴンドラ内へと係員の声が届く。

「お客様、どうかされましたか!」

下から見てもかなり揺れていたらしく、何か異変かと思って内線をかけてきたらしい。
第三者の声にようやく楓たちも大人しくなり、恭也は何とか係員に何でもないことを伝えると、
疲れたように座り込む。

「はぁ、まったく。アルシェラも悪ふざけが過ぎるぞ。
 お前があんな事をするから、薫たちが風紀を気にして暴れ出すんだ」

自分を取り合ってなどとは全く思わない恭也の言葉に、しかし薫たちは否定する事無くただ苦笑いを見せる。
流石にやり過ぎたと全員が反省するのを見て、恭也は自分の言葉がきつ過ぎたのかとこれまた勘違いし、
できるだけ優しく語る。

「まあ、反省しているみたいだから、これ以上は何も言わないけれど。
 これからは気を付けるんだぞ」

恭也の言葉に頷くと、今回は喧嘩両成敗という結果で誰も抜け駆けなしと目だけで互いに決め合うのだった。
そうと決めれば、楽しまなければ損だとばかりに、葉弓たちも外の風景を眺め出す。
何処かのんびりとした空気が流れ始め、恭也も肩の力を抜いて景色を楽しむのだった。
こうして、観覧車が一周を終えて地上へと戻ると、薫たちは地面へと降り立つ。
最後に降りようとした恭也を先に行かせたアルシェラは、恭也が足を踏み出した瞬間に呼び止め、
振り返った恭也の頬へと軽く口付ける。
驚く恭也の横をすり抜け、アルシェラは何事も無かったかのように外へと出、恭也も慌てて外へと出る。
僅かに赤くなっている恭也を見て、沙夜たちがアルシェラに何かしたのかというもの問いたげな顔をするも、
アルシェラは何もないと口にし、恭也も恭也で言えるはずも無く口を噤むのだった。
何かを誤魔化すようにその場から離れて行く恭也に、それ以上の追求を諦めた面々も続く。
が、薫だけはアルシェラが何をしたのか見ており、皆が階段を降りていく後ろから、恭也の腕をそっと引っ張り、
段差を利用して上からアルシェラの口付けた方とは逆の位置へと同じように唇を付けるのだった。
真っ赤になって駆け下りていく薫の後ろ姿を見送り、呆然と恭也はその頬を手で押さえる。
何が何だかさっぱり分からないまま、多分赤くなっているであろうこの状態で降りていくのはまずいと、
頬の熱が冷めるまではと、殊更ゆっくりと階段を降りていくのだった。






つづく




<あとがき>

今回の役得はアルシェラと薫〜。
美姫 「恭也にとっては役得なのかどうかって所ね」
いや、恭也にとっても充分に役得だと思うけどな。
美姫 「まあ、あれだけを見ればそうかもね」
うーん、しかし、またしても久しぶりになってしまった。
美姫 「反省が活かせてないという良い例題ね」
あは、あははは。えっと、次回こそは。
美姫 「まあ、無理でしょうけれどね」
……うぅ。ではでは。
美姫 「また次回でね〜」







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