『とらハ学園』






第66話






気絶する振りをして目を閉じていた耕介だったが、霊力を消費して思ったよりも疲れていたのか、
いつの間にか本当に眠ってしまっていたようである。
薫たちも同様に疲れているはずなのに、そこは休みを入れずに動き出したお蔭か、はたまた恋する乙女の力なのか。
ともあれ、うとうととしていた耕介であったが、それを邪魔するかの如く頭を小突かれて目を開ける。

「で、お前はこんな所で何をしているんだ?」

心底不思議そうに、足で耕介を蹴るという、小突くなんて表現が可愛らしく思えるぐらいの起こし方をするのは真雪である。
その隣では瞳が遠慮がちに真雪を止めるようとしており、逆に面白そうに見ているのはゆうひである。
愛は真雪の行動に何も言わず、この一連の騒動が幕を閉じ、誰も怪我をしなかった事に笑みを浮かべていた。

「ちょっと真雪さん、やめてくださいよ。疲れたから少し休んでいただけですって。
 一応、これでも頑張ったんですからもう少し労わってくださいよ」

苦笑しながら身体を起こして不平を漏らす耕介に、愛がにこにこと微笑みを浮かべたまま、真雪が止めるのも聞かず口を開く。

「真雪さんは照れているんですよ。耕介さんがここで倒れていたように見えて、
 どこか怪我でもしたんじゃないかって慌てて駆け出したから、それを誤魔化しているんですよね」

「違うぞ、愛。あたしは便利な家事マシーンが壊れてないかと思っただけで、別に心配とかはしてねぇよ」

「それはすみませんでしたね。この通り、特に大きな怪我とかはしてませんよ」

「だから、心配なんてしてねぇっての」

拗ねたようにそっぽを向く珍しい真雪に知らず笑みがこぼれる中、耕介は他の人がどうしたのか尋ねる。

「他の連中なら事件が片付いたと分かるなり、好き勝手にまた散らばったよ。
 全くあれだけの騒ぎがあったというのに、一部以外ではその事すら気付いていないっていうんだから、
 ここも普通とはちょっと違うのかもな。まあ、お蔭で子供たちはまだまだ遊べると喜んでいたがな」

「本当に元気な連中だよ」

真雪の言葉にリスティが肩を竦めてそんな事を口にする。
だが、言っている本人自身もまだ遊ぶ気だと周りは分かっているが、敢えて誰も何も言わない。
ともあれ、いつまでも座っているわけにもいかず、耕介は立ち上がると自分たちも何処かに行こうと提案し、
次いで困ったような顔で手にした御架月を軽く持ち上げる。

「えっと、これはどうしましょう」

「知るか。あれだ、美由希たちみたいに背中とかに隠せば良いだろう」

「いやいや、長さが違いますから真雪さん」

「お前の図体なら大丈夫だ」

「絶対に無理ですって」

「二人とも、どうでも良いけれど早く行こうよ」

真雪と耕介の漫才に飽きたのか、リスティがつまらなさそうな声でそう告げるのだが、
耕介にしてみればそう簡単に頷けるような問題でもない。
今は周りに人が居ないから良いようなものの、人が居る場所でこんなものを持っていてはどんな騒ぎになるか。
それはそれで面白そうだと他人事に言う真雪を無視し、耕介は他の面々を見遣る。
まず最初に目に入ったゆうひは満面の笑みを浮かべ、私に任せろとばかりに何か口にしようとするのだが、
耕介は何か言うよりも先に視線をゆうひから外し、愛へと助けを求めるような目を向ける。
向けられた愛はいつものように笑みを称えたまま両手を合わせ、自信満々に言い切る。

「大丈夫ですよ、耕介さん。御架月ちゃんは良い子ですから心配いりませんよ」

「いや、そうじゃなくてですね」

御架月が良い子なのは分かっており、問題は鞘に入っているとはいえ刀を所持している事なのだが、
困ったように見詰めてくる耕介の言いたい事がよく分からないとばかりに愛は首を傾げる
一方、無視されたゆうひは拗ねたように唇を尖らせ、のの字を描いて典型的ないじけた様を全身で表している。

「ゆうひ、拗ねているのか落ち込んでいるのかは兎も角、俺の背中でのの字を書くのは止めてくれ。
 くすぐったい」

「うぅぅ、耕介くんがとっても冷たい。うちを無視したばかりか、そんな事を言うやなんて。
 もううちはどうしたら……よよよ。あ、因みにのの字じゃなくて、渦巻きを書いているんやで」

「いや、どっちでも良いから止めてくれ」

「ああ、またしても冷たいお言葉。本当にうち、悲しいわ」

言って愛に泣き付くゆうひの背を愛はよしよしと撫でてあげ、耕介に注意するべく人差し指を一本立てる。

「耕介さん、あまりゆうひちゃんを虐めたらめっ、ですよ」

全く怖くもなんともないのだが、愛の手前、耕介はとりあえず謝っておく。
これで一件落着とばかりに嬉しそうに笑う愛だが、リスティが疲れたようにぼやく。

「根本的に御架月をどうするかっていう問題は未解決のままだよね。
 いい大人が揃って、まだ何も進んでいないってどうなんだろうと僕は思うんだけれど」

「まあ、仕方ねぇだろう。愛を相手にしてたらな」

聞こえないようにリスティのぼやきに応え、真雪はさっさとパンフレットを開いてリスティと共に眺める。

「とりあえず、割れた酒はここのオーナーが寮に送ってくれる事になったから問題ないとして何処か行きたい所でもあるか、ぼーず」

真雪の台詞にリスティはパンフレットを受け取り、ざっと目を走らせながら真雪へと尋ねる。

「お酒が悲惨な目にあったのは聞いたけれど、いつの間にそんな話になっていたんだ?
 素早いというか何というか。それ以前に、ここのオーナーとどうやって知り合って、いつの間に話をつけたんだか」

「ああ、美影さんから無事に片付いたという連絡があった時にな。どうも向こうから今回の件でお礼と口止めをお願いしに来たらしい。
 今頃、美影さんと今回の件で話でもしているんじゃないか。
 で、被疑者としてそのオーナーさんに被害届けを出したら以外にもあっさりと承諾してくれたという訳だ」

「抜け目がないというか……。あ、このアトラクション面白そう」

「あたしはアトラクションよりもこの世界の地ビールとつまみ百選というのが気になるな」

「まだ飲む気なの」

呆れたようにこちらを見てくるリスティに、真雪は悪びれもせず何か問題あるかと胸を張る。
そんな二人とも絡まず、それまで黙っていた瞳がこのままでは埒が明かないとばかりに耕介の腕を掴み、

「とりあえず、その辺の売店で袋を買って仕舞えば問題解決でしょう。もう、どうしてそういう普通の発想が出てこないのよ。
 大体、昔から耕ちゃんは……」

「いてて。瞳、そんなに急に引っ張らないでくれ。
 それに売店でこの長さの物が入る袋なんて売ってるのか」

「色んなお店があるんだから、中にはあるかもしれないでしょう。
 なくても二つもあれば何とかなるでしょう。別に袋じゃなくて布とか、他にも何でも良いんだから。
 ほら、そういう訳だから行くわよ」

耕介の反論をあっさりと切り捨て、そう言い放つと耕介の腕を引っ張って歩き出す。
瞳に引かれて歩く耕介の後を、他のメンバーも追うのであった。



  ◇ ◇ ◇



ファーストステーションの一角、西洋風の建物の中でのこと。

「あ、みなみちゃん、それちょっと頂戴」

「はい、どうぞ。代わりにそのハンバーグを少し貰っても」

「いいよ〜♪」

レストランの中で繰り広げられる女の子同士の可愛いやり取り。
ただ、そのテーブルに皿が何皿も積み重なっていなければ、の話だが。
今尚、絶賛お食事中の唯子とみなみの対面に座り、見ているだけでお腹いっぱいという感じで水のみを口にするのはいづみと弓華である。
当初、レストランへとやって来て水しか頼まなかった二人にウェイトレスも怪訝そうな顔を向けていたものだが、
今となっては事情を嫌というほど理解したのか、寧ろその視線には同情さえ込めて水のお代わりを尋ねてくる。
まだ午前中に食べたケーキが残っており、何も食べる気の起きない二人は水のお代わりのみを受け取る。
だが、そのコップには口はつけない。既にそれほどまでにお腹はいっぱいという事だろう。
そんな二人を見て、小食だなと言い切ると唯子とみなみは何度目になるか、ウェイトレスを呼んで皿に追加注文をする。
最早、まだ食べるつもりなのかという突っ込みすらする気力もなく、いづみはテーブルに伏せる。
と、そんないづみの胸ポケットで携帯電話が震える。
表示を見れば真一郎からで、いづみは席を立つと店の外に向かいながら電話に出る。

「あ、御剣か。今どこ?」

「今はファーストステーションにあるレストランだけど。
 どうかしたのか?」

「いや、無事だったら良いよ。悪い、邪魔したな。それじゃあ」

そう言って切ろうとしたのを感じ取ったのか、いづみは真一郎を呼びとめ、今の発言の真意を尋ねる。
始めは言いよどんでいた真一郎であったが、しつこく尋ねるいづみに根を上げたのか、
さっきまで起こっていた事件について簡単に説明してやる。
まさかそんな事が起こっていたとは気付きもしなかったいづみは労いの言葉を投げつつ、どこか楽しそうな口調で真一郎へと言い放つ。

「それにしても、本当によくトラブルに巻き込まれるな。
 やっぱり日頃の行いか?」

「だとしたら、俺よりも御剣の方に何かあるべきだろう」

「いやいや、神様はよく見てるって事だよ」

「絶対に違う! それに今回のもどちらかというと恭也に巻き込まれたような……」

「いや、話を聞く限り、今回は相川が原因だと思うけれど」

いづみの言葉に流石に真一郎は言い返すことが出来ずに言葉を詰まらせる。
それに気を良くしたのか、いづみは真一郎の苦労を労うような言葉を口にしつつ、チクチクとあ、原因は相川だったかと繰り返す。
普段の仕返しとばかりに散々真一郎をからかういづみ。
だが、流石にこれ以上からかうのはまずいという所を見極めており、一区切り付いた所で電話を切ろうとする。
が、いづみが長い付き合いからぎりぎりの部分を見極める事が出来るように、当然ながら同じ長さの付き合いをしている真一郎である。
いづみが電話を切る事を察したのか、切る直前に御剣と名を呼び、それに思わず返事を返した瞬間、

「ずっと食べっ放しだと太るぞ。唯子やみなみちゃんは普段通りだろうから大丈夫だろうけれど、お前はそうじゃないだろう。
 二人につられていつも以上に食べてるだろう。精々、この後身体を動かすんだな」

「なっ! って、切るな相川! あ、こら! もしもし!」

既に切れている電話に向かって怒鳴るも、当然ながら無駄でコールバックで真一郎へと掛けようとするもその指を止める。
掛けても絶対に出ないだろうと分かったからだ。
やり込めるつもりで最後に思わぬ反撃を喰らい、いづみは顔を顰めて地面を蹴る。
だが、すぐにまあ良いと思い直す。

「ふふふ、相川の言うように食べた後は身体を動かさないとね。
 唯子たちが満足したら兎狩りに誘う事にしよう。女の子にとって太るは禁句だって教えてあげるよ。
 普段は温厚な唯子や岡本がどんな反応をするのか楽しみだ」

真一郎は当然ながらいづみに対してのみ言ったはずなのだが、それが他の三人に正しく伝わるとは限らない。
その事を考えていなかった故の大きな過ちである。
とはいえ、そんな所まで咄嗟に考え付くものでもないだろうが。
いづみは電話を仕舞うと席へと戻り、まだ食べている二人を横目に電話の内容を尋ねてくる弓華に教えてやる。

「そうですか。そんな大変な事に」

「ああ、全く気付かなかった。まあ、こっちの方まで被害は出ていないから仕方ないと言えばそうなんだろうけれど。
 私たちが最後で、全員と連絡取れたみたいだから本当にもう終わったみたいだ」

少し残念そうにそう告げるいづみであったが、すぐに笑みを浮かべる。
それを不思議そうに見遣る弓華であったが、後で教えると言われ素直に頷く。
こうして、追加注文した料理も食べ終えて腹八分とのたまう二人も話を聞く余裕が出来ると、いづみは先ほどの電話の話を切り出す。
事件云々は伝えず、ただ朝からずっと食べ続けていた自分たちに真一郎から伝言を預かったという前置きを述べてから。
直後、レストランからさっさと会計を済ませた一団が放たれた矢の如く飛び出して行く。

「真一郎、酷いよ。唯子、豚さんじゃないもん!」

「相川くんがそんな事を言うなんて」

「真一郎にはきついお灸が必要です」

「あ、あははは。ちょっと誇張しすぎたか。相川、今のうちに謝っておく、すまない」

明らかに怒りを身に纏い殺伐とした空気を振りまく三人の後を追いかけながら、いづみは少しだけ後悔したとか。






つづく




<あとがき>

いや、もう本当に久しぶりの更新で申し訳――ぶべらっ!
美姫 「遅すぎるわよ」
いや、ご尤もです。
あまりにも久しぶり過ぎて、誰が何処にいるのか思い出すのに時間が――ぶべらっ!
美姫 「バカにも程があるわよ!」
うぅぅ、すみません。とりあえず、当初の予定通りに耕介サイドと唯子サイドのお話を。
事件発生から形成されていたグループが入れ替わり、なんだかんだとしたけれど、
多分、間違った人物が出てきて、なんて事はないはず。
美姫 「本当に曖昧ね」
うぅぅ、もうしきりに反省だよ。
でも、久しぶりに大人数。
美姫 「と言うほどでもないけれどね」
まあ、今回は別行動している途中だからな。
美姫 「私としては、ただ今度の更新が早いことを祈るのみよ」
俺も祈るのみだよ。
美姫 「アンタがちゃんと書けば問題ないのよ!」
ぶべらっ! そ、その通り……。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
……で、ではでは。



<没ネタ>

「抜け目がないというか……。あ、このアトラクション面白そう」

「あたしはアトラクションよりもこっちのヒーローショーというのが気になるな」

「……真雪が単純に子供向けのこういうショーに興味を持つ訳ないよね。
 一体、何を企んでいたりするんだい?」

「失礼な奴だな。あたしはただ、こういう時に何故か大人なのに人質役として攫われたりする愛を見てみたいだけだというのに」

「で、ショーを滅茶苦茶にすると」

「益々失礼な。あたしはただネタになるかと思っただけだよ」

「いや、それだけでも充分だと思うけれど。でも、希望通りになるには愛が攫われないといけないだろう。
 そうそう、ましてや子供だらけの中で人質役として選ばれるかな」

「お前はまだ愛を分かってないな。あの愛だぞ」

「あ、何故か妙に納得しそうに……」

「だろう」







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