『とらハ学園』






第67話






電話の向こうで話を打ち切り、今にも切りそうだと感じ取るなり真一郎はいづみを呼び止める。
用件を口にするのではなく、名を呼んで向こうに返答させて通話状態を維持させると、次いで口早に言いたい事だけを言い放つ。

「ずっと食べっ放しだと太るぞ。唯子やみなみちゃんは普段通りだろうから大丈夫だろうけれど、お前はそうじゃないだろう。
 二人につられていつも以上に食べてるだろう。精々、この後身体を動かすんだな」

向こうで何やら反論の声が上がったような気もしないでもないが、それを聞く間もなく、
話している間に既に準備していた通話ボタンを押して一方的に電話を切ると、やり遂げた表情で振り返る。

「お待たせ。どうやら、唯子たちは無事みたいだったよ。
 どうも、唯子やみなみちゃんに繋がらなかったのは、食べるのに夢中なのか電源を切っていたからみたいで、
 巻き込まれたとかじゃないみたい」

安心させるように告げた真一郎であったが、それを聞いて安堵する者よりも、
直前の電話を聞いていて大よその事情を察したのか、それとも別の理由からか、複雑そうな顔を見せる者の方が多い。
小鳥はほっと胸を撫で下ろしているのだが、七瀬やななかは何故か自分の腹を見下ろしいる。
さくらと雪は互いに顔を見合わせ、自身のやや痩せ気味の身体に何とも言えない複雑な顔をする。
もう少し肉が欲しいが当然ながら太るのは嫌で、更にそれを口にすればいづみ辺りを敵に回しそうといった所か。
そんな面々を見渡し、とりあえず二人に関しては触れないほうが賢明と判断して真一郎はとりあえずは小鳥と一緒に唯子の無事を喜び、
続けてさくらと雪に向かって話しかける。

「二人の場合はもう少し食べた方が良いと思うよ」

心配しなくても、さっきの電話の内容は二人には心配ないと笑って見せる真一郎であったが、それを口にするには少し声が大き過ぎた。

「それはつまり、私は控えろと暗に言っているって事かしら?」

「相川先輩、私もなんですね、そうなんですね! うぅぅ、顔だけじゃなく体型までたぬきだと仰りたいと!」

「いや、そこまで言ってない……」

助けを求めるようにこの中で唯一、この話に純粋に安堵だけしていた小鳥へと視線を向けるも、
何がいけなかったのか、さっきまでとは違い、やや暗い表情で小鳥は自分の胸辺りを両手でペタペタと触り溜め息を吐いていた。

「うぅぅ、身長ももう少し欲しい……」

明らかに今の話とは関係ないと突っ込みたい真一郎であったが、これ以上何かを言って更に事態を混乱させる事は避けるべく、
口を噤む事を選ぶ、尤も、そんな事をしなくとも、七瀬とななか二人がかりで首を締められていては何も言えない所か、
呼吸さえも危うく、顔がやや青ざめてきている。
が、二人ともそんな真一郎に気付く様子もなく、未だに首を絞め続ける。

「……綺麗なお花畑」

少々危ない事を力なく口にする真一郎に、さくらや雪がようやく気付いて二人の間に割って入る。
が、七瀬とななかは二人も真一郎を責めていると勘違いし、更に真一郎に文句を言い続ける。
そこから七瀬たちを引き離すのにさくらたちはかなり苦労を強いられ、解放された時には真一郎はフラフラであった。

「うー、酷い目にあった」

「だからごめんってば」

「すみません、相川先輩」

流石にベンチに力なく座り、青白い顔で真っ赤になった喉を押さえて言われては、七瀬たちも反省して謝るしかない。
が、それでも七瀬は真一郎へと釘を刺すように指を突きつける。

「でも、真一郎も悪いんだからね」

「悪いって、別に俺は七瀬たちに言った訳じゃ……あ、はい、ごめんなさい」

反論しようとするも、物凄い形相で睨んでくる七瀬を前に素直に頭を下げる。
同時に、直接言われたいづみの反応を考えて頭を抱え込んでしまう。

「……いや、相手は御剣だし、きっと大丈夫……なはず」

僅かな光明を見出すも、やや自信無げに再び俯く。
煩悶する真一郎であったが、それを慰めるように遠慮がちに雪の手が伸ばされえ頭に触れる。

「大丈夫ですか、真一郎さん」

「あー、うん。まあ、今から悩んでも仕方ないしね。とりあえず、時間もまだあるからどこかに行こうか」

悪い考えを脇へと追いやり、無理から笑顔で立ち上がるとそう告げる。
そんな言葉にさくらや小鳥は本当に大丈夫なのかと心配そうな顔を向けるも、七瀬とななかは既に問題なしとパンフレットを開く。
対照的な行動に知らず笑みを零しつつ、真一郎は心配そうに見てくる三人に、

「まあ、多分大丈夫だと思うよ。御剣だし、冗談だと分かってくれるはず、……だと嬉しいな。
 だから、三人もそんな心配そうな顔をしなくて大丈夫だって。それより、どこか行きたい所とかはないの」

言いつつ小鳥の頭に手を置き、心配してくれた事に対する感謝に撫でつつ、やはり照れからか途中で髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。

「わわっ、ちょっと真くん、やめて、やめてってば」

涙目で睨むように見てくる小鳥であったが、上目遣いでは大した迫力もなく、寧ろ逆に可愛らしささえ窺える。
尤もそんな事を口にすれば本気で拗ねるので真一郎はいつものように軽く謝罪を口にし、小鳥もしょうがないなという顔で許す。
そんな幼馴染のやり取りをどこか羨ましそうにさくらと雪が眺めていたのだが、真一郎はそれには気付かず、
勝手に行き先を決めようとする七瀬とななかへと声を掛け、七瀬の持っているパンフレットを覗き込む。

「ほら、三人も希望があるのなら言わないと、勝手にこの二人に行き先を決められるぞ」

「酷い言い草ね。ちゃんとこれから皆の意見も聞く所だったわよ」

「ええっ! そうだったんですか。私はてっきり春原さんの事だから……いえ、何でもないですよ、はい」


七瀬の眼光の前に言葉を濁して目を逸らすななかに苦笑しつつ、真一郎は七瀬を宥めるように声を掛け、
こちらへとやって来た小鳥たちも加えて改めて目的地を決めるべくパンフレットを覗き込むのだった。



  ◇ ◇ ◇



「うわ〜ん、ここどこ!?」

他のステーションよりも比較的子供の姿をよく見かけるチャイルドステーション。
そこでそんな声が聞こえれば、迷子かという話になって近くに居る着ぐるみを着た係員がすぐさま駆け寄ってくるのだが、
それを口にした少女が多少涙目のように見えなくもなくても、見た目が高校生ぐらいなら単に目的地への行き方が分からないのかとなる。
そうなってくると、道案内は喋れない着ぐるみの係員では出来ず、他のスタッフに任せるしかない。
幸い、近くに道案内をする者が待機する場所もあるし問題ないかとその人物をもう一度見て、
その後ろからやって来た同年代の少女が声を掛けるのを見て、本当に問題ないと判断すると子供たちの相手に戻る。

「何で一番先頭を歩いていた美由希がはぐれた上に迷っているんだよ!」

「あ、月夜〜。もう皆して何処に行ったのかと思ったよ」

「いや、だから美由希が先頭だったよな」

「そうだよ。なのに、後ろを振り返ったら誰もいなくてびっくりしたんだよ」

「その時点で立ち止まれ! 必死で後ろから呼んでいるのに気付かず、一人でどんどん進むな!
 と言うか、はぐれたのはステージステーションだぞ。何でその隣の隣、チャイルドステーションまで来ているんだよ。
 途中にこのテーマパークの出入り口もあったんだから、ちょっとは可笑しいと思って立ち止まってくれよ」

疲れたように呟き、月夜は美由希の肩に手を置く。
まるで幼い子に言い聞かせるようなやり方に不満そうな顔をするも、強く反論も出来ずに押し黙る。

「美由希がよく道に迷う原因は、多分それだと思う。普通なら見慣れない場所とかなら引き返すなり立ち止まるだろうに。
 どうして、そう先へ先へと進むかな」

「あ、あははは、それはほら、やっぱり背中を向けるわけには……」

「いや、意味分からないから」

頬を引き攣りつらせつつ答えようとする美由希の言葉をあっさりと遮り、月夜は改めて呆れたように美由希を見遣り、
とりあえずは後ろから来ているはずの瑠璃華たちへと振り返る。
先を行く美由希に追いつくため、月夜だけが先行するように早足で来た為、瑠璃華たちとは少し距離が出来ていた。

「まあ、無事に合流できて良かった……って、美由希、何処に行った!?」

安心したとばかりに隣にいるはずの美由希へと視線を戻せば、何故かそこには美由希の姿はなく、
少し焦る月夜へと近付きつつある瑠璃華が一箇所を指差す。
その意味に気付いた月夜が瑠璃華の視線の先を追えば、

「大丈夫かな? ほら、泣かない、泣かない。お母さんとはぐれちゃった?」

どうやら迷子になったらしい小さな男の子をあやしていた。
流石にこれには怒鳴る訳にもいかず、月夜は仕方ないなとばかりに肩を竦め、美由希の傍へと駆け寄る。

「どうした、迷子か?」

「うん、そうみたい。この辺りで迷子センターとかあったかな」

言って持っていたパンフレットを開いて覗き込むと、すぐにばつが悪そうな顔を上げて月夜へと助けを求める。

「ところで、ここはどこ?」

さっきまで自分も迷子だった事を忘れていたらしい美由希に今度こそはっきりと分かるぐらいに呆れた顔を向け、
代わりにパンフレットを覗き込む。その間に瑠璃華たちも合流し、

「ふごー、ふごー」

そんな美由希たちへと近付いた一体の着ぐるみが任せろとばかりに胸を叩く。

「えっと……もしかして、迷子を届けてくれるの?」

美由希の言葉にその通りだとばかりに胸を叩き、両手を広げてジャンプする着ぐるみ。
仕草事態は本来なら可愛らしいのかもしれないが、着ぐるみの姿に美由希たちは微妙そうな顔を見せる。
そんな中、瑠璃華だけはポンと手を打ち、

「ああ、お母様が気に入ったというこのテーマパークの今月のマスコットキャラですね。本当に可愛らしいですね。
 確か、お名前はスーピィーくん。そう言えば、パンフレットに迷子を見かけた場合は迷子センターかスーピィーくんにと」

何故か嬉しそうに呟く瑠璃華。この辺り、やはり母親の血を継いだと言うべきか。
ともあれ、そのスーピィーくんは瑠璃華の言葉にまたしても正解とばかりに飛び跳ね、
それを見て完全に泣き止んでいた子供の手を取ると、美由希たちに頭を下げて迷子センターへと向かう。
その背中を子猫でも見るかのような眼差しで見送る瑠璃華を見て、
美由希たちはこの事には触れないでおこうと互いに暗黙の内に決め合うのだった。

「そんな事より、恭也くんがどこに居るかだよ」

少し強引だが、知佳がさっきまでの行動の理由を思い出させるべく口にすれば、

「なのに美由希が一人で先に行ってはぐれるしね」

忍が呆れたように呟く。それに同意するかのように、那美も遠慮がちに頷くの見て、美由希は身体を小さくする。

「この辺りにも居ないみたいですね」

ノエルが周囲を見渡し、今まで歩いてきた中でも恭也を見かけなかった事を付け加える。
事件が片付き、急ぎ飛び出したまでは良かったが、という所か。

「うぅぅ、大体、何で携帯電話が繋がらないのよ!」

全ては、そう自分がはぐれた事までも恭也が悪いとばかりに怒鳴る美由希を落ち着かせ、瑠璃華はこれからどうするかと全員を見渡す。

「どうするも何も、このまま闇雲に探しても果たして見つかるかどうか」

「まあ、ぐるりと一周するのも手ではあるけれどね」

月夜が疲れたとばかりに言えば、忍は逆に歩く案もあると言う。
それぞれが意見を述べている間、携帯電話を弄っていた知佳がそれを仕舞いながら言う。

「うーん、やっぱり駄目だね。まだ恭也くんの携帯に繋がらない。
 多分、電源を切っているんじゃないかな」

さてどうしたものかと再び顔を見合わせ、

「このエリアは主に子供向けのアトラクションやショーがメインとなっています。
 ですから、恭也様がここに居る確立は他のステーションよりも低いかと思います。
 なので、とりあえずはこのステーションから出ると言う方向でどうでしょう」

「ノエルの言う通りね。行くとすれば、来た方向とは逆、つまりはサイエンスステーションね」

「その間に時々、恭也さんの携帯に電話すれば良いですね」

最終的に出した忍の言葉に頷きつつ、那美がそう補足するように告げる。
こうして、美由希たち恭也探索隊のとりあえずの方針が決まり、サイエンスステーションへ向けて出発するのであった。



  ◇ ◇ ◇



美由希が迷うよりも前、アリサとなのは、久遠の三人は子供たちだけで行動していた。
当然ながら反対した士郎であったが、久遠が付いている事と迷子に対する対処がかなりしっかりしている事を理由にされ、
終いには付いて来たら口をきかないとまで言われ、泣く泣く子供たちだけの行動を容認した。
恭也を探すためにすぐに駆け出した美由希たちとは違い、説得に時間の掛かったアリサたちは出遅れた感じになったが、
アリサには焦った様子は見られなかった。寧ろ、わざと子供たちだけで行動すると宣言して、士郎たちに引き止められていた感すらある。

「アリサちゃん、お兄ちゃんたちが何処に居るのか知っているの?」

だからこそ、そう思って尋ねてみるもアリサは首を横に振る。

「知らないわ。さっき電話したけれど繋がらなかったし、電源を切っているのかもね」

それなのにどうやって恭也を探すつもりなのか尋ねるなのはに、アリサは自信満々といった笑みを浮かべ、
背中の中ほどまである綺麗な髪を掻き揚げる。

「少なくともあの騒動があって、まあ、なくてもだけれど恭也さんの傍にはあの二人が居るでしょう」

「アルシェラさんと沙夜さんの事だよね」

「そうよ。なら、間違いなく恭也さんはあそこに引き摺っていかれるはず」

「あそこって?」

まだ分からないと首を傾げるなのはへ、アリサはポケットから一枚のチラシを取り出して見せる。
それはアルシェラたちも午前中に貰っていた巨大観覧車の伝説について書かれたものである。
その記事を読んで顔を赤くするなのはに構わず、アリサは自説を力説するように握り拳を作ると、

「絶対にあの二人ならこのチャンスを逃すはずがないもの。
 本来ならもっと慌てないといけないけれど、那美さんの話から察すれば、恭也さんの傍には薫さんも居るはず。
 ううん、状況から見て一緒に行動していたと見るべきね。だとすれば、二人の悪巧みは成功しないわ。
 という訳で、その時間に恭也さんたちが観覧車に乗ると想定しても、今からゆっくり行っても充分って訳」

そう語り終えるアリサに、なのはと久遠は感心したような声を漏らして拍手を送る。
それを気持ち良さそうに受け取り、アリサは意気揚々と巨大観覧車へと向かうのだった。
まさか、その薫こそが一番の役得をアルシェラと共に分け合っているなど、それこそ考えもせずに。






つづく




<あとがき>

前回に引き続き、他の面々の事件後の動きを。
美姫 「真一郎が……」
ちょっと彼には可哀相な事を。いや、まあ今回の事件ではそれなりに美味しい目にあって……たかな?
まあ、戦闘せずにデートだったんだからこれぐらいはね。
美姫 「で、これで残すメンバーは後少しね」
だな。そんな訳で、今回はこの辺で。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」







ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ


▲Home          ▲戻る