『忍の困った発明品』






「綺麗なお嬢さん。ちょっとお茶でもご一緒しませんか」

そんなありきたりで陳腐な台詞が耳に聞こえてきて、打ち合わせを終えて帰ろうとしていた真雪は、
思わず足を止めて、その声の主を一目見てやろうと声の聞こえてきた方へと目を向ける。

「今時、そんな事を言う奴はどんな奴なのかなっと。お、あそこか」

好奇心を隠そうともせず、真雪はそちらへと近づき、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になる。
何故なら、そう誘われたほうの女性が、あんな台詞にも関わらずに頬を染めて男に付いて行ったからではなく、
その男の顔が知っている人物だったからであった。
暫くは驚きで立ち止まっていた真雪だったが、すぐににやりと笑うと、楽しそうにポケットへと手を伸ばすのだった。



真雪が駅前でそんな出来事を目撃した頃から時間を少し遡り、ここ月村低に恭也が訪問していた。

「いらっしゃいませ、恭也さま」

その言葉と共に玄関まで恭也を迎えに出てきたのは、この家のメイド、ノエルだった。

「ああ。所で、忍は何処に?」

「忍お嬢様でしたら部屋におられます。
 恭也さまが来られましたら、お部屋へとお通しするように申し付かっています」

「そうか、部屋か。一人で行けるから大丈夫だよ」

「そうですか。では、私は飲み物をご用意しますので」

「ああ、ありがとう」

そう言って頭を下げるノエルに礼を言うと、恭也は忍の部屋へと向かう。
部屋の扉の前に立ち、恭也がノックをすると、中から「は〜い、どうぞ〜」という声が聞こえ、恭也は中へと入る。
忍は部屋の中央に置かれてあるテーブルに着き、笑顔で恭也を出迎える。

「いらっしゃい、恭也」

「ああ。で、電話で言っていた急用というのは何だ?」

「うふふふ〜、それはね〜」

やけにもったいぶって中々話し始めない忍に対し、恭也は特に急かす訳でもなくただじっと待つ。
そんな恭也の反応の無さに少しつまらなさそうに唇を尖らせつつも、説明を始めようとする。
と、そこへノエルが飲み物を持って現れる。
それぞれの前へとカップを置き終えたノエルへ、忍が声を掛ける。

「丁度、良かったわノエル。実はね、恭也。
 ノエルに新しい装備を付けたのよ」

嬉しそうに語る忍に対し、恭也はうんざりした顔を見せる。

「まさかとは思うが、それを俺で試すつもりか」

「うふふふふ。そんな事を言っても良いのかな〜。
 今回のは凄いのよ。絶対に恭也も見たがるわよ。
 ずばり、オッ○イミ○イルよ!」

楽しそうに語る忍の言葉に、恭也は何を想像したのか顔を少しだけ赤くした後、頭を振り、ノエルを見る。
ノエルも顔を赤くしつつ、忍の言葉を否定するように慌てて口を開く。

「ち、違います。確かに新しい装備を付けて頂きましたが、忍お嬢様が今言ったようなものではなく、
 以前使っていたブレードを小型化して、小回りが効くようにしたのと、左右の腕に付けれるようにしたんです。
 後は、右手首から細くて頑丈なワイヤーを、左手首からは長いニードルを打ち出せるように」

「俺の鋼糸と飛針のようなものか」

「はい」

自分を除け者にして話を進める二人に膨れっ面をしつつ、忍はからかうようにノエルへと話し掛ける。

「ノエル〜、私が言ったようなものって何〜。
 ちゃんと名称を言ってくれないと、分からないわよ〜」

「別段、忍お嬢様が分からなくても問題ないかと思われますが」

「駄目よ〜、ちゃんと口にしないと〜。ほらほら〜」

楽しそうにノエルへと言葉を投げる忍に呆れたような溜め息を吐きつつ、恭也はノエルへと同情するような目を見せる。

「苦労するな、ノエル」

「……………………いえ」

「今の間は何? 凄く気になるんだけれど」

「それよりも、早くお飲みにならないとお茶が冷めてしまいますが」

「上手く誤魔化したわね」

小さく呟いた忍の言葉を聞こえない振りをするノエルに肩を竦めると、忍はカップを口へと運ぶ。

「まあ、そういう訳だから、後でちょっとデータを取らせて欲しいのよ」

「まあ、そういう事なら構わないが」

忍の言葉に頷き、恭也もカップに口を付ける。
カップへと僅かに視線を落としたため、その時に忍が浮かべた怪しい笑みを見逃す事となり、
それがこれから起こる惨劇の一つの原因となろうとは、神なる身ではない恭也に知るよしもなかった。
カップの中にあった紅茶を半分程飲んだ所で、恭也は胸の置くが熱くなるのを感じ、手を胸へと当てる。
そんな仕草を見た忍は、今度は恭也にもはっきりと認識出来るほどに、にやりとした笑みを貼り付ける。

「忍、何だその怪しい笑みは」

「ふっふっふっふ〜。飲んだわね、飲んだわね〜」

恭也の問いかけには全く答えず、忍はただ怪しい笑みを深める。
その笑みに何かを感じたのか、恭也はカップへと視線を落とし、次いで忍へと視線を転じる。

「まさか、何か入れたのか!?」

「うん♪ 今日、恭也を呼んだのは、ノエルの相手をしてもらうためじゃないの。
 ごめんね。あ、ノエルもごめんね。
 本当は、ある薬を作ったから、それを恭也に飲んでもらうためだったのよ♪」

楽しそうに語る忍を、恭也とノエルは呆然と眺める。
その間にも胸が熱くなり、恭也は胸を掴むように手に力を込める。
そんな恭也の様子にノエルは心配そうに忍へと尋ねる。

「忍お嬢様、その薬は害はないのですか?
 恭也さまが先ほどから苦しそうにしておられますが」

「うん、大丈夫……のはずよ。だって、単なる惚れ薬だし」

「「惚れ薬!?」」

忍の言葉に、恭也とノエルは声を揃える。
そんな二人の言葉に、忍は胸を逸らせてまるで自慢するかのように大仰に頷く。

「そういう事。もう少ししたら、その薬が効いてきて、最初に見た人を好きになるという素晴らしい発明品よ。
 という訳で、恭也〜」

そう言って恭也の前へと自分の体を移動させようとした忍の前に、ノエルが立ち塞がる。

「ノエル、どういうつもりかしら?」

「忍お嬢さま、流石にこれは」

「とか何とか言いながら、本当は自分が先に恭也に見てもらう気ね」

「そ、そのような事は…」

「顔を赤くしながら言っても、説得力はないわよ。ほら、そこを退きなさい」

「拒否します」

二人の間に見えない火花が飛び交い、まさに掴み合いへと発展しようかという時、恭也が音もなく倒れる。

「恭也!」

「恭也さま!」

二人は慌てて恭也へと駆け寄り、ベッドへとその体を横たえて、恭也の体を調べる。

「どう、ノエル」

「別段、何処にも異常は見られません。
 恐らく予測になりますが、これは忍お嬢様が作られた惚れ薬の作用かもしれません」

「成る程。つまり、ここで意識を取り戻した恭也が最初に見た人物を好きになるって事ね」

言った瞬間、忍はその場を転がるように飛び離れる。
と、そのすぐ後、先ほどまで忍の頭があった位置をノエルの腕が通過する。

「どういうつもり、ノエル」

「いえ、虫が…」

「そう」

ノエルの言葉に忍は瞳を真紅に染め上げると、ゆらりと静かに立ち上がる。

「あくまでも、邪魔をするのね」

「何の事かは分かりかねますが、どうしてもやると仰られるのでしたら、例え忍お嬢様が相手でも容赦はしません」

「良いわ! ここでだと恭也が起きるかもしれないから、庭で勝負よ」

忍の言葉に頷くと、ノエルは忍と連れ立って部屋を出て行くのだった。
それから少しして、庭からは物騒な物音が聞こえてくる。
そんな中、恭也は小さく呻き声を漏らすと、意識を取り戻して目を開ける。
辺りを見渡し、ここが忍の部屋であることを確認すると、恭也はベッドから立ち上がる。

「はて、どうして俺は寝ていたんだ。
 忍に呼ばれて来たまでは覚えているんだが、肝心の忍の姿は見えないし。
 仕方が無い、家に戻るか」

恭也はそう呟くと、月村低を立ち去るのだった。
庭で激戦を繰り広げていた忍とノエルは、その事に当分の間、気が付く事はなかった。



寮へと戻って来た真雪は、すぐさまリビングへと駆け込むと話し出す。

「ん? 今、ここに居るのはこれだけか。まあ、丁度良い面子が居るみたいだし、良いか。
 実はな、今さっき、駅前で凄いものを見てしまったんだが、何だか知りたくないか?」

そう告げた真雪の言葉に、リビングにいた寮生たちは興味なさそうな態度を見せる。
そんな様子に腹立だし気な様子も見せず、真雪は余裕の笑みを浮かべて耕介へと視線を向ける。

「耕介は聞きたいよな〜」

「え、ええ。一体、何があったんですか」

耕介は義理のように答えつつ、真雪が話し出すのを待つが、真雪はにやりと笑みを零すと、

「じゃあ、あたしの部屋で教えてやるよ」

「真雪さんの部屋で、ですか?」

「ああ。とっておきの酒の肴としてな」

その言葉に耕介は反応を見せると、すぐにでもリビングを出て行こうとする。

「真雪さんのとっておきのお酒ですか。それは楽しみですね」

「ああ。勿論、肴の方も期待してくれよ。
 何せ、あの青年、恭也に関するとっておきの話だからな」

「恭也くんの?」

「ああ。本当にとっておきのネタだよ。くけけけけ」

そう言って笑う真雪へと、その場にいた者たちの視線が飛ぶ。
それに気付かない振りをしつつ、真雪は耕介の背中を押すようにリビングを出て行こうとする。

「ここには聞きたい奴はお前以外には居ないみたいだから、部屋に着いたらゆっくりとしてやるよ。
 それじゃあ、行こうか」

そう言って一歩を踏み出した真雪の背中へと、那美が慌てて声を掛ける。

「ま、真雪さん、私も聞かせてください」

「あ〜、さっきは聞きたくないって顔してなかったか」

「そ、そんな事はありません!」

必死になって言う那美の後ろでは、リスティも興味ないという態度を見せながらも、
こちらを気にするかのようにチラチラと見てきている。
シェリーなどは、久しぶりの休日だからとさっきまでごろごろしていたはずなのに、
いつの間にやら起き上がっているし、その横では美緒が落ち着きなく佇んでいる。
そんな様子に真雪は頬が緩みそうになるのを懸命に堪えつつ、面倒くさそうに言う。

「んな事言ってもなー。さっき、人が話してやろうとした時には興味ないって態度だったのは、何処の誰だっけ?」

「あ、謝りますから〜」

「ん〜、まあ、そこまで言うのなら、教えてやろう。
 じゃあ、那美もあたしの部屋に来い」

「はい!」

そう言って那美も連れてリビングを出ようと踵を返す真雪に、リスティが降参となかりに手を広げて声を掛ける。

「僕たちが悪かったよ。だから、もったいぶらずに、ここで教えてくれないか」

「おう、ぼうずは良く分かってるじゃないか。で、お前らはどうするんだ?」

真雪に見られ、シェリーも美緒も素直に頷く。
それを見て機嫌良さそうな顔になると、真雪はリビングのソファーへと腰掛ける。
その背中へ、耕介の情けない声が掛けられる。

「あ、あのー、真雪さん。とっておきのお酒は……」

「んなもん、中止に決まってるだろう」

「そ、そんなー」

「まあ、そんなにがっかりすんな。夜になったら」

「…はい!」

真雪の言葉に途端に元気を取り戻すと、耕介も話を聞くために空いている席へと座る。
全員が聞く体勢になったのを見て、真雪はゆっくりと自分が見てきた事を語り出す。
その話を簡単に纏めると、打ち合わせを終えた真雪が駅前で女性をナンパしている恭也を見たというものだった。
当然、この場にいる誰もがそれを信用しなかったのだが、真雪は証拠を見せてやると言って、
自分の携帯電話を取り出すと、先程撮った恭也と見知らぬ女性が歩く姿を写した写真を見せる。
呆然とそれを眺めていた面々の中で、那美が疑わしそうに真雪を見る。

「本当に恭也さんですか」

「本当にも何も、この写真を見れば分かるだろう」

真雪の言う通り、そこに映っている写真の顔ははっきりと誰か分かるほどに鮮明だった。
と、不意に真雪の背後に立った人物がその携帯電話を取り上げ、件の画像をじっと見詰める。

「あ、こら、知佳。いきなり何をする」

抗議の声を上げる真雪を無視して、昨日から休日でこちらへと戻ってきていた知佳はじっと画像を見詰める。

「うーん、どうやら合成でもないみたい」

「当たり前だ。たった今、あたしがこの目で見てきた光景だぞ」

知佳の手から携帯電話を取り返しつつ言った真雪に、知佳は真剣な顔付きを向ける。

「それって、駅前なんだよね」

「ああ」

「で、さっきの出来事なんだよね」

「まあな。といっても、一時間ぐらい前になるがな」

真雪の言葉を最後まで聞かず、知佳は玄関へと走り出す。
と、同時に那美たちも同じように玄関へと走り出していた。
それを呆然と見遣りながら、軽く頭を掻きつつ、耕介へと声を掛ける。

「とりあえず、皆出掛けたようだし、今から軽くやるか?」

「良いですね。じゃあ、何か作りますよ」

走り去って行った女の子たちに心の中で声援を送りつつ、耕介は酒のあてを作るために腰を上げる。
そんな耕介をぼんやりと眺めつつ、真雪は内心で面白くなってきたとほくそ笑むのだった。



真雪が恭也を目撃してから暫く経った駅前から商店街へと向かう道すがら。
ここに恭也の姿があった。
恭也は先程分かれた女性の電話番号をメモした手帳をポケットへと仕舞い込むと、次なる人物へと声を掛ける。
それを少し離れた所から目撃している人がいたとも知らず、
恭也は新たにナンパした女性と商店街の方へと歩いて行った。



さくらは今さっき見た光景を見間違いと思いつつも、気にしながら商店街を歩いていた。
と、その目の前から見知った顔が早足で歩いてくるのを見て、声を掛けようとするが、
その人物の形相を見て、このまま声を掛けるかどうか戸惑う。
と、向こうもこちらへと気付いたようで、その人物、高町美由希はさくらの元へと一直線へと向かって来る。

「こんにちは、さくらさん」

「こんにちは、美由希ちゃん。えっと、どうかした?」

「そう! まさにそれなんですよ! さくらさん、この辺で恭ちゃんを見なかったですか?!」

「恭也くん?」

美由希の剣幕に押されつつ呟いたさくらに、美由希は詰め寄りながら頷く。
それを何とか両手で止めつつ、事情を尋ねる。

「さっき、お店の手伝いをしていたら、恭ちゃんが全く知らない女性の人と楽しそうに歩いているのを見たんです!」

「あ、ほら、でも、見間違いとか…」

「絶対に見間違いなんかじゃありません!」

「えっと、そっくりな人とか」

「…確かに、雰囲気は少し違ったような気もしますけれど、あれは間違いなく恭ちゃんでした!」

「そ、そう。それじゃあ、あれはやっぱり…」

「あ、あれって何ですか!? ううん、それよりも、何処に行ったのか知っているんですか!?」

「で、でも、私が見たのは見間違いかもしれないわよ」

「それでも良いですから、教えてください!」

「多分、見間違いだと思うんだけれど…」

さくらは美由希の雰囲気に押され、そう前置きしてから口を開く。

「さっき、ここよりも駅前の方で、恭也くんのような人が女性に声を掛けていて…」

『ナンパですか!?』

「きゃっ。…って、あなたたち、いつの間に?」

急に背後から聞こえた声に小さく悲鳴を上げて振り返ったさくらの視界に、
さざなみから急いで来たと思しき那美たちの姿があった。
知らず、那美たちに囲まれるような形となったさくらは、恭也が立ち去った方へと指を向ける。

「あっちですね。店で見た時に歩いていた方向と一致する」

さくらの指差した方向と、自分が見た方向の一致に頷く美由希に、那美が話し掛ける。

「美由希さんも、女性と歩いている恭也さんも見たんですね」

「私も、って事は那美さんたちもですか?」

「私たちの場合は、お姉ちゃんがナンパしている恭也くんを見てね…」

知佳の言葉に大体の事情を察した美由希へと、知佳の言葉を引き継ぐようにリスティが語る。

「で、始めは信じていなかったんだけれど、真雪が証拠となる写真を撮っていてね。
 こうして真相を確かめに来たって訳さ」

「でも、本当のようですね」

シェリーが少し落ち込んだ口調で告げる中、美緒はいらいらしたように足のつま先で何度もアスファルトを叩く。

「そんな事よりも、今は恭也を見つけるのが先だと思うけれど!」

美緒の言葉に全員が頷くと、恭也の去った方向へと走り出そうとする。
そこへ、さくらが冷静に呼び掛ける。

「でも、今日は恭也くん、忍の所に居るんじゃなかったの?
 私は昨日、忍がそんな話を聞いていたんだけれど…」

さくらの言葉に、全員の視線が知っていそうな美由希へと向かう。
多数の視線を受けつつ、美由希はゆっくりと頷く。

「確かに、忍さんの家へと出掛けてました」

「それじゃあ、真雪さんやさくらさん、それに美由希さんが見たという恭也さんは?」

那美の言葉に、さくらがやっぱり見間違いだったのよと笑うが、美由希たちは首を横へと振ってそれを否定する。

「多分、忍の家からはもう戻ったんじゃないかな。
 で、その帰り道って所なんじゃ。さくら、悪いけれどちょっと確認してくれる?」

リスティの言葉に、さくらは頷くと携帯電話を取り出して忍の番号へと掛ける。
と、すぐ近くで忍の携帯電話の着信音が聞こえ、そちらへとさくらが顔を向ければ、
丁度、携帯電話を取り出そうとしている忍と目が合った。
忍はそのまま携帯電話を取り出し、さくらからだと分かると何とも言えないような顔をして近づいてくる。

「さくら、こんな所でどうしたの?」

「それはこっちの台詞なんだけれど…。まあ、良いわ。
 ちょっと聞きたい事があるんだけれど…。恭也くんは一緒じゃないのね」

忍の横に居るのがノエルだけだったが、念のために尋ねるさくらに忍はばつが悪そうな顔をしつつも頷く。
長年の付き合いからか、その忍の顔を見て、何かあると感じたさくらは問い詰める。

「あ、あはははは〜。ちょ〜〜〜っと、発明品の実験を…」

「忍お嬢さま、嘘は良くありませんよ」

「ノ、ノエル!」

自分が発した言葉に意味深な発言をするノエルに焦る忍を黙らせ、さくらはノエルへと事情の説明を求める。

「どういうことなの?」

「忍お嬢さまは、恭也さまのお飲み物に惚れ薬を混入されました。
 目を開けて最初に見た異性を好きになるそうで、それをお飲みになった恭也さまは気を失われまして…。
 恭也さまをベッドへと移したまでは良かったのですが、そこで色々とありまして、
 少し目を離した隙に、目覚めた恭也さまは、そのままお屋敷を出られたようで」

「…じゃ、じゃあ、恭ちゃんが最初に見た人が、あの長い髪の女性だったんだ」

「長い髪? お姉ちゃんの写真では、ショートカットの女性だったけれど」

「そもそも、少しおかしくないですか?
 幾ら何でも、忍の家から駅前に来るまでに、一人の異性とも出会わなかったなんて事が」

さくらの言葉に全員がその事に考え込み、いつしか忍とノエルを加えて数が少し増えたメンバーは、
ここが往来である事も忘れて、車座になって考え込む。
そんな中、シェリーが一つの可能性を上げてみる。

「目が覚めてすぐには効果が出てなくて、ここに来た頃に効果が出てきたんだとしたら?」

この意見には、作った本人が否定を入れる。

「それはないと思うけれど…。あの薬は、ちゃんと目が覚めた後に効果を発揮するようにしたから。
 まあ、初めて作ったものだから、何とも言えないってのもあるけれど…」

「じゃあ、仮にシェリーの言う通りだとして、みゆきちが見た女性と真雪の写真に写っていた女性が違うのは?」

「どっちにしろ、ここで考えていても仕方がないだろう。
 分かる範囲で少し話を纏めてみよう」

リスティは、自分の言葉に全員が頷いたのを見てから、ゆっくりと指を立てて話を進めていく。

「まず、恭也が僕たちの全く知らない女性、この場合、僕たちと美由希が見た人物が違うって言うのは置いておいて、
 とにかく、僕たちが知らない女性と一緒に居るというのは間違いない。
 で、この原因は忍が作った惚れ薬の原因が高い。つまり、恭也自身の意志ではないって事だね。
 って、殆ど何も分かってないな。とりあえず、問題なのは相手の女性が何処まで本気になるかだ。
 それと、元に戻った恭也の記憶が何処まであるのか。
 下手をしたら、恭也の事だから、責任を取って、なんて可能性も出てくる」

リスティの言葉に、全員が事は急を要すると顔を引き締める。
リスティは真剣な表情で忍を見ると、

「で、この薬の効果時間は? まさか、一生って事はないよな?」

「た、多分。一応、一週間ぐらいで切れるように作ったんだけれど…」

「よし、当分の動きは決まった。
 忍はすぐに屋敷に戻って、自分が作った薬が何なのか、詳しく調べる事。
 その上で解毒剤を作ること。以上だけれど、良いね」

「勿論よ。そうと決まれば、ノエルすぐに戻るわよ」

「はい、忍お嬢さま」

「待って、忍。私も一緒に行くわ」

さくらはそう言ってリスティを見る。
リスティはさくらの言葉に頷く。

「そうだな、その方が良いな。こっちで何か分かったら、さくらへと連絡するよ」

「ええ、お願いね。こっちも、事態が進展したら連絡するわ」

「ああ、頼む。で、残った者で恭也の探索だな。
 僕と知佳とシェリーは羽の力で、美緒は猫に聞いてくれ。
 那美は、その辺に霊が居たら、尋ねてくれ。
 恐らく、海鳴からは出ていないだろうから、どれかに絶対に引っ掛かるはずだ。
 で、見つけたら、問答無用で捕縛する。
 多少、強硬手段に出ても良いから、何としても恭也を捕まえること。
 この役目は勿論…」

「任せてください! 絶対に恭ちゃんを捕まえてみせます」

リスティの視線に力強く頷く美由希へと、那美が心配そうに声を掛ける。

「大丈夫ですか、美由希さん。恭也さんを捕まえるなんて…」

「大丈夫ですよ、那美さん。何かを守るとき、御神は絶対に負けません。
 絶対に、恭ちゃんの貞操は守ってみせます!」

「期待しているよ、美由希。
 それじゃあ、各自散会して、探索にあたってくれ。
 見つけ次第、全員に連絡するように!」

リスティの言葉に頷くと、全員がそれぞれに散っていくのだった。



あれから何人かの霊に話を聞き、普通に通行人などからも恭也に関して尋ねて回っていた那美は、
中々手掛かりが見つからない事に少し焦っていた。
そんな那美の背中に、声が掛けられる。

「一緒にお茶でもいかがですか?」

「すいませんが、今ちょっと急いでいるので」

那美にしては珍しく、少しきつい口調できっぱりと断りの言葉を口にするが、振り返った状態で動きを止める。

「そうですか。それは残念ですが、仕方ないですね」

「あ〜、嘘、嘘です! 恭也さん、丁度、私も喉が渇いたな〜って思ってて。
 もう、お茶でも何でもOKです!」

「そうですか? それじゃあ行きましょうか、那美さん」

「は、はい!」

当初の目的を忘れたのか、那美は恭也の言葉に嬉しそうに頷くと付いて行く。

(も、問題ないよね。お茶を飲むだけだし。それが終わる頃に、皆へと連絡を入れれば良いんだし。
 そ、それに、これも恭也さんを一箇所に捕まえていると言えなくもないし…)

那美は自分自身へと必死に言い訳を終えると、その足取りも軽やかに恭也へと微笑み掛ける。
恭也もそんな那美へと微笑返し、珍しいものを見た那美はますます浮かれる。
しかし、運悪く、普通に人に尋ねるしか探索方法を持たない美由希と出くわしてしまう。
二人はお互いに数秒見詰め合ったまま、動きを止める。

「な、那美さん、どういう事でしょうか?」

「あ、あはは、こ、これはですね、そ、その、成り行きと言いましょうか。
 そ、そう! い、今、連絡を入れようとしていたんですよ」

「ほうほう。その割には、向こうから並んで歩いてきたようにも見えますけれど…」

目を細めて近づいてくる美由希に、那美は思わず後退るが、すぐに踏み止まる。
お互いの距離がどんどんと縮まっていく中、美由希が声を出す。

「納得のいく答えを期待してますよ……」

「え、えっと、えっと…」

微笑みかけながら近づく美由希に、だらだらと汗を流す那美。
同じ微笑でも、先程とは雲泥の居心地を味わう那美の半歩前に恭也が出る。

「恭ちゃん、邪魔しないで!」

そう言って睨むように見詰めてくる美由希へと手を伸ばし、眼鏡をそっと外すと、

「美由希、何をそんなに起こっているのかは知らないが、
 そんなに目を吊り上げていたら、折角の可愛い顔が台無しだぞ。
 ほら、そんな顔をしてないで、笑顔を見せてくれ」

恭也はそのまま美由希の頬を包むように優しく撫でると、美由希へと微笑む。

「え、あ、うん」

恭也の滅多に見られない笑顔を間近で見ながら、美由希は何処かぽ〜としたような呆けた顔を見せる。

「折角だから、美由希も一緒に行くか」

「え、でも」

「何か用事でもあるのか?」

「う、ううん、何もないよ! 一緒に行く」

そう言って、那美とは逆位置の恭也の隣へと並ぶ。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、那美は恭也の背中側から美由希へと囁く。

「つまりですね、美由希さん。私たちは、こうして恭也さんを捕まえている訳ですよ。
 ただ、皆さんが来るまで、お茶しているだけで。これも、恭也さんを逃がさないためなんです!
 まあ、少し連絡が遅れるかもしれませんけれど、それはほら、その…」

「そ、そうですよね。私たちが正面から行って捕まえる事なんて出来ませんもんね。
 ただ、皆が来るまで、退屈だからその辺のお店で待っているだけで、これは立派な捕縛ですよね。
 連絡が遅れるのは仕方ないですよ。何故か、圏外になってるですもんね」

「そ、そうなんですよ! 本当は連絡したいんですけれどね。
 仕方がないですから、電話が繋がる所までは我慢するしかないですよね」

うんうんと頷き合う二人を両脇に置きつつ、恭也は上機嫌な声を出す。

「それにしても、こんなに綺麗な女の子二人と一緒だなんて。
 まさに、両手に花ってやつか」

恭也の言葉に照れつつも、嬉しそうな顔を見せると、二人は恭也の手を取る。
普段なら、恥ずかしがって振りほどかれるソレも、今の恭也は黙って受け入れ、それどころか少しだけ握り返してくる。
そんな恭也の反応に益々頬を緩めつつ、二人は歩いて行く。

「二人は何処か行きたい所あるか?」

「私は恭ちゃんと一緒なら、何処でも良いよ」

「わ、私も。恭也さんにお任せします」

「そうか。じゃあ…」

恭也が何処へ行くか考えていると、後ろから大きな声が届く。

「あーー!! みゆきちに那美! 一体、何をしている!」

「美緒ちゃん!」

「美緒さん!」

美緒は美由希たち三人の元へと駆け寄ってくると、二人が恭也の手を握っているのを見て、その眦を上げる。

「那美とみゆきちらしき人が、恭也らしき人と歩いているという情報を聞いて来てみれば…。
 二人ともずるい!」

「こ、これは、ですね、ね、ねえ、那美さん」

「そ、そう、ほ、ほら、こうしておけば、恭也さんも逃げれないでしょう」

「だったら、どうしてすぐに連絡しないのだ?」

「えっと、圏外で」

「圏内なのだ!」

怒りのためか、昔の口癖が出てくるがそれにも気付かず、美緒は二人をじと目で見詰める。

「い、今、圏内になったんだよ美緒ちゃん。
 だ、だから、今から皆に連絡しようかな〜って」

焦ったように言い訳を始める美由希の横で、恭也はまたしても笑みを浮かべて美緒へと近づくのだった。



辺りに人の姿が見えない見晴らしの良い小高い丘の草原。
藤見台と呼ばれるここで、風に長い髪をなびかせ、その背中に陽光を受けて白く輝く羽を持つ一人の少女が、
ただ静かに瞳を閉じて佇んでいる。と、その少女の体が小さく震え、閉じていた瞼をゆっくりと開く。

「ん? 恭也くんの反応! やっと見つけたよ。早速、皆に連絡を…」

携帯電話を取り出しつつも、知佳はふとした違和感を覚える。

「あれ? 恭也くん一人じゃない?
 三人? ……って、これってまさか!」

叫ぶと同時、知佳の姿はこの場所から消えていた。



少し時間が進み、知佳が姿を消してから少した頃。
海にほど近いここ、海鳴臨海公園の少し奥まった林の中。
辺りは薄暗く、滅多に人の訪れないような場所で、美しい銀髪を持つ少女が、その背にフィンを展開させていた。

「恭くん、何処に居るの…」

まるで何かに祈るかのように必死になって探索をするシェリーを見て、哀れに思ったのか、神様が手を差し伸べる。

「あっ! 居た! って、何で知佳ちゃんの反応まで!?
 って、他にも誰か居るよ! 一体、どうなってんの!」

神の気紛れな悪戯へと抗議するように天に向かって吠えると、その数瞬後にはシェリーの姿も掻き消えていた。



いつの間にやら大所帯といえなくもないほどに人数を増やした一行は、たまたま近くにあった喫茶店へと入り、
奥のテーブル二つを繋ぎ合わせて一角を占拠していた。
恭也の隣に誰が座るかで多少揉めたが、それも何とか収まった今、
恭也たち六人はそれぞれに頼んだ品に口を付けていた。

「恭也くん、これ美味しいよ。ほら、あーん」

じゃんけんに勝ち、見事に恭也の隣の席を奪い取った知佳が、恭也へとスプーンで掬い取ったクリームを差し出す。
それを素直に口に入れた恭也に、今度はそのスプーンを持たせると、

「今度は、恭也くんが食べさせて♪」

それに答え、恭也はクリームを掬うと、知佳の口元へと運ぶ。

「うん、美味しい♪」

当然、これを見て黙っている他のメンバーではなく、次々に同じ事を始める。
そうして、全員に同じ事をやり終えると、今度は最初の知佳がまたやり、こうして順繰りに同じ事を繰り返す。
と、そこへ顔一面に怒りの表情を浮かべたリスティが静かに恭也たちの席へと近付いて来る。

「……で、どういう事かな、これは?
 僕だけ、完全に除け者って訳かい?」

リスティの言葉に、全員が引き攣った笑みを見せる中、リスティは全員を見渡す。

「やっと見つけたと思ったら、皆も居るし。
 急いで近くの場所までテレポートしてここへと来てみれば、随分と楽しそうな事をしているじゃないか」

『あ、あはははは〜』

最早、全員が何も言えずにただただ乾いた笑みを浮かべる中、リスティは怒気を孕んだ声で続ける。

「せめて、連絡の一つぐらいくれても良いと思うんだけれど?
 それとも、さっきも言ったけれど、僕だけ除け者?」

「そんな事はないですよ、リスティさん。
 何を起こってらっしゃるのかは分かりませんが、俺がリスティさんだけを除け者にする訳ないでしょう」

「…本当に?」

「勿論ですよ。そんな所に立っていないで、こっちに来て一緒しましょう」

「……まあ、恭也がそこまで言うのなら、今回は大目に見てやるか。
 ただし……」

リスティの言葉にほっと胸を撫で下ろす美由希たちを眺めた後、リスティはニヤリと笑うと、その姿を消す。
そして、次にリスティが現れた時には、恭也の膝の上で体を横向けにして座り、腕は恭也の首へと回っていた。

『あーー!!』

全員から上がる悲鳴を平然と受け流し、

「これぐらい当然だろう。お前らは今までずっと恭也と一緒だったんだからな。
 それとも、さっきの話の続きを再開するかい?」

この言葉に、全員が渋々といった感じで押し黙るのを心地よく見渡しながら、
リスティは注文をするために、手を上げて近くの店員を呼ぶのだった。



「で、忍、何か分かったの?」

すっかり日も暮れ始めた頃、ぐったりと机に突っ伏す忍へとさくらが声を掛ける。
そのさくらに机に突っ伏した姿勢のまま、忍は軽くピースサインを見せる。

「な、何とか、出来上がったものに関しては分かったわ……」

「そう。じゃあ、とりあえず、皆に連絡するわよ」

そう言ってさくらはリスティの携帯電話へと掛けると、スピーカーモードにして忍にも聞こえるようにする。

「リスティさん、とりあえず恭也くんが飲んだ物が何なのか分かったわ」

「そ、そうか…」

「? 何か疲れてません?」

「あ、ああ。あれから何とか恭也を見つけたんだけれど、その後が大変だった」

そうリスティが言った後、ピッと小さく電子音がなり、次いで美由希の声が聞こえてくる。
どうやら、向こうもスピーカーモードにしたらしい。

「忍さん〜。これって惚れ薬じゃないでしょう。
 だって、恭ちゃん、女性を見る度に声を掛けようとするんですよ〜」

「その度に、私たちが必死になって止めて…」

那美の声にも何処か疲れたものが混じっている。

「恭くんったら、本当に手当たり次第だし。
 私たちが傍に居ても、誘いに乗る女性も居るし…って」

『あー! また声を掛けてる!』

「くっ、もっと奥へ行こう。そうすれば、誰も来ないはずだ」

リスティの言葉と共に、茂みを掻き分けて移動する音が聞こえる。
先程の揃っての大声に、耳を抑えたさくらとノエル、顔を顰めていた忍へと、リスティから声が掛かる。

「で、解毒剤の方は出来るのか?」

「うん。一応、解毒剤は作れそうだけれど、一週間ぐらい掛かるかも…」

「……この薬の効果期限は? あれから詳しく調べたんだろう」

「あ、そっちは最初の計算通り、一週間よ」

「忍お嬢さま、そんな事で威張らないでください」

すかさず突っ込みを入れるノエルの声にも、何処か疲れを感じさせる。
それは電話の向こうでも同じで、全員が疲れたように地面へと座り込む感じが受けられた。

「それって、解毒剤が完成する頃には、薬の効果が切れてるって事ですよね…」

那美の呟きに続き、美由希がうんざりしたように言う。

「それまで、こんな苦労を毎日するの〜」

「忍〜。徹夜してでももっと早く作れ!」

「そんな〜」

「自分で蒔いた種なのだ!」

「それはそうと、忍ちゃん、結局、一体何を飲ませたの?」

美緒に続き、知佳も心底疲れた声で忍へと尋ねる。
よっぽど大変だったんだろうなと向こうを労ってから、さくらは忍へと目を向ける。
それを受け、忍は体を起こすと、椅子の上で胡座をかき、背凭れに背中を預けながら、ゆっくりと口を開く。

「とりあえず、恭也が飲んだのは惚れ薬なのは間違いないわよ」

「それは嘘だ! こっちの現状を見てないから、そんな事を」

「いえ、忍お嬢さまの仰っているのは、あながち間違いではありません」

美緒の言葉をやんわりと否定したノエルの後に続けるように、忍は頭の後ろで両手を組むと、

「本当に惚れ薬なのよ。ただ、その惚れる対象に問題があってね〜。
 目が覚めて最初に見た相手じゃなかったってだけで」

そこで言葉を区切ると、忍は片足だけを下へと降ろし、右手で頭を軽く掻いて照れたように続ける。

「いや〜、惚れさせる対象が特定の人物じゃなくて、全ての女性になるなんて思わなくてさ…。
 あははは〜、忍ちゃん大失敗♪ てへっ」

可愛らしく笑って誤魔化すが、それに対する皆の答えは……。

『笑って誤魔化さない!!』

その場に居たさくらとノエルまでもが、全く同じ事を口にするのだった。






おわり




<あとがき>

……ふぅあ〜、つ、疲れた。
美姫 「お疲れ〜。いつもの二倍の労力だったわね」
ぐぐぐ。
美姫 「久しぶりの短編ね」
久しぶりだったか?
美姫 「うーん、一週間以上は久しぶりよ♪」
さいでっか。
美姫 「もう、ノリが悪いわね」
んな事言っても、今のでどうコメントを返せと?
美姫 「そんな事ばっかり言ってると……うふふ♪」
な、何だよ、言えよ! 言わないと、余計に気になるだろう!
美姫 「うふふふ♪ それじゃあ、またね〜」
う、うわぁぁぁぁ! お、お前という奴はぁぁぁ!







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