『忍の努力』






安次郎による月村邸襲撃からはや一ヶ月。
ようやく修繕も終わった月村邸の一室から話し声が聞こえてくる。

「あー、もう! やめた、やめた〜。
 どうせ、私には無理なのよ」

投げやりな調子でそう言うのは、この屋敷の主月村忍その人だった。
そんな忍へ、落ち着いた口調で応えるのは彼女に仕えるメイド、ノエルだった。
あの事件の後、何とか修復され一週間前に復活したばかりである。

「忍お嬢さま、本当にお止めになるのですね。
 私はそれでも一向に構いませんが」

「うっ」

冷静に返されて小さく呻くと、忍はおずおずと今までやっていた作業を再開する。

「…やる」

短く返す忍にノエルは小さく笑みを零すと、その作業の手伝いを開始するのだった。



翌日の風芽丘学園、昼休みに入ったばかりの教室で忍は恭也の傍へと近づいていく。

「恭也〜♪」

教室にいた何人かの男子が思わず見惚れる程の嬉しそうなその笑みに、恭也も微笑で応じる。

「何だ、忍」

「うん。これからお昼でしょう」

「ああ、そうだが。何かいるか?」

「ううん、そうじゃなくて。えっと、ちょっとこっち」

言って忍は恭也の腕を掴むと教室を出て行く。
忍に引っ張られながらその後に続きながら、恭也はそっと忍の手を振り解いて手を握る。
突然の出来事に思わず足を止めて振り返った忍だったが、やや照れている恭也の顔を、
次いで手を見て笑うと、その横に並ぶ。
さっきとは違い、ゆっくりと並んで歩きながら階段を上っていく。

「上に用があるのか」

「うん。上というか、屋上にね」

揃って屋上へと出た恭也は、そのまま忍に先導されるように給水塔の物陰へと連れて行かれる。

「ひょっとして、吸うのか?」

「ううん。それは後で」

いらないではなくて後でという言葉に苦笑を見せつつ、恭也はそのまま忍の横へと座る。
物陰となっていて他の人が来てもすぐには見付からない事を確認すると、
忍はずっと持っていた小包みを恭也へと差し出す。

「これは?」

「お弁当。私が作ったんだけど…。
 あ、いやなら別に良いんだけれど」

言って取り返そうと伸ばしてくる忍の手から恭也はその包みを遠ざける。

「忍が俺のために作って来てくれたんだろう。
 ありがたく頂くよ」

「そ、そう。あ、でもあまり期待しないでね。
 その、晶やレンみたいに上手く出来てないし…」

「そんな事、気にしなくても良い。初めてなんだから、少しぐらい変でも頂く。
 忍が作ってくれたという事が嬉しいんだから」

恭也の言葉に照れて俯く忍の横で、恭也は弁当を取り出して蓋を開ける。
それを横目でチラチラと見詰める忍。
中身は至ってシンプルなものばかりで、所々黒い焦げが見えたりする。
改めてそれを見て、忍は蓋を被せようとする。

「あー、やっぱり駄目駄目! もう少し練習してからに…」

その手をそっと押さえると、恭也は忍を見詰める。

「今更お預けされる方が辛い。それに、そんなに悪くないって」

半信半疑の忍が見る前で、恭也は箸を手にすると卵焼きを摘んで口に放り込む。

「…………」

「…ど、どう?」

「うん、そんなに悪くない。まあ、少し焦げているけれど、それは次に気を付ければ。
 味付け自体はこれで良いと思う」

「そ、そう。良かった」

ほっと胸に手を当てて胸をを撫で下ろす忍の手、その指に巻かれた絆創膏に気付く。
白くて綺麗な指に巻かれたソレは、決して機械弄りの所為ではない事ぐらい恭也にも分かる。
恭也の視線に気付いたのか、忍は笑いながら絆創膏だらけになった指を後ろへと隠す。

「あははは。ちょっと慣れなくて、包丁で切ったり火傷したりでね。
 でも、ちゃんとノエルが手当てしてくれたから、問題ないよ」

「ありがとうな、忍」

「う、うん」

忍の言葉を聞き、恭也は礼だけを心を込めて告げる。
忍ははにかみながらそれを受け取ると、再び箸を動かし始める恭也をじっと見詰めるのだった。

「ご馳走様」

「お粗末様です。やっぱり、最初から上手くはいなかいわね」

「まあ、何事もそうだろう。だが、初めてにしては本当に美味かったよ」

「本当?」

「ああ。この分ならすぐに美味しいものが作れるようになるさ」

「そっか。うん、恭也にそう言ってもらえると、嬉しいな。
 じゃあ、また作ってきても良い?」

「ああ。大歓迎だよ。でも、あまり無茶はしないで」

「うん。ありがとう」

「でも、作ってきてもらうばかりじゃ何か悪いな。
 何かお礼した方が良いかな」

「そんなの別に良いよ。私がしたくてした事なんだし」

「だが…」

「うーん、それじゃあ一つだけお願い」

「何だ。俺にできる事か?」

尋ねてくる恭也に忍は笑いながら頷く。

「うん。恭也にしか、ううん、恭也だからお願いしたいの。
 ちょっとごめんね」

忍は立ち上がると恭也の前にしゃがみ込み、恭也の両足を開かせる。
と、そこへ自身の身体を入れ、くるりと背中を恭也へと向けるとそのまま座り込む。

「で、恭也は腕をこうして…」

恭也の腕を肩から前へと出してもらい、恭也に包み込まれるような姿勢で恭也の胸に凭れかかる。

「暫くこうして欲しいんだけれど、駄目かな?」

「本当にこれで良いのか」

「うん」

恭也としてもこの姿勢は別に嫌でもなく、ここなら、誰かに見られる心配もない事だし、
寧ろ喜ばしい事で否定する事ではなかった。
なので、恭也はそのまま忍の髪に顔を埋める。

「恭也って髪の毛好きだよね」

「あー、それはちょっと違う。忍のだから好きなのであって…」

ちょっと頬を紅くさせて言う恭也の言葉に、忍は嬉しそうな笑みを見せてそっと恭也の手に自分の手を重ねる。
恭也も掌を広げて忍の指に指を絡ませる。
絆創膏の張られた個所をそっと愛しげに撫でつつ、忍の首筋に鼻先を付ける。
忍はそっと目を閉じて、背中に感じる恭也の鼓動に心地よく身を委ねる。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響くその時まで、二人は暫しの時間を楽しむのだった。






おわり




<あとがき>

久しぶりの短編は。
美姫 「320万ヒットで、貴之助さんからのリクエストでした〜」
パフパフドンドンドン。
美姫 「忍とのお話ね」
おうともさ。甘々とまではいかないけれど。
美姫 「ほの甘って事ね」
おうともさ。こんな感じですが、如何でしたでしょうか。
美姫 「それじゃあ、この辺で」
ではでは。







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