『恭也と守護霊さま 4』
遠くを見るような瞳で晴れ渡る青空を眺めたかと思えば、一人思考に耽るように目を閉じてお茶を一口。
次いで零れるのは疲れたような吐息一つ。
縁側にてそのような様を見せているのは高町恭也その人であった。
その隣に腰掛け、同じようにお茶を飲みながらも楽しげな笑みを浮かべているのは彼の守護霊、織葉。
こちらはをお茶を口にすると、笑顔を苦笑めいたものへと変える。
「いい若者がこんなに天気の良い休日に縁側で疲れた溜め息を吐かない。
私まで憂鬱になるでしょう。折角の日向ぼっこが台無しじゃない」
そう頬を膨らませる織葉へと恨めしげな視線を向け、恭也はこれ見よがしにもう一度溜め息を吐く。
「誰の所為でこんなに疲れていると思っているんだ?」
「うーん、数日前に行われた忍ちゃんの実験の所為かしら?」
「ああ、確かにあれは酷い目にあった。久しぶりに、そう本当に久しぶりに本物の冷や汗を掻いた。
昔、父さんと雪山で遭難し……」
「全ての食料も水も尽きて、周辺には食べるものもないという状況下、空腹と寒さで少々ハイになった士郎が突然、
雪山という足場の悪い場所での鍛錬も必要だ、とテントから飛び出した時以来かしらね?」
「ああ、あれは本当に酷かった。寝たら死ぬと言いながら、吹雪の中斬り合うなんて、今思えば……」
「良い思い出ね」
「何故、そうなる」
織葉の言葉に半眼になりつつ反論するも、ニコニコとまるで全てを見通しているかのような笑顔で見られ、
完全にそれを否定も出来ずに恭也は不機嫌そうに押し黙る。
が、それも暫しのこと。すぐに最初の話題へと話を戻し、
「確かに忍の実験もそうだったか、今感じている疲労感とは関係ないな」
「そう。だったら、あれかしら。その後の忍ちゃん家の浴室で那美ちゃんとばったり遭遇した事とか」
「……思い出させるな」
「わぁ、女の子の半裸姿を見ておきながら、そんな事を言うんだ。
那美ちゃん、可哀相。思い出したくもないだなんて」
「そういう意味で言ったんじゃない」
「そう? じゃあ、那美ちゃんの裸は思い出したいんだ。恭也も色を知るお年頃か〜。
まあ、普通よりもちょっと遅い気もするけれど」
「……」
つらつらと楽しげに語る織葉へとやはり無言のまま視線を飛ばすも、それを意にも掛けないと分かると三度、溜め息を吐く。
流石にからかい過ぎたかと反省しつつ、今度は織葉が話を戻してやる。
「冗談よ。本当は二日前の美由希ちゃん創作料理の事でしょう。
いやー、あれは見事だったわね。途中まではちゃんとした物が作られていたのに、目を離した隙にアレンジしちゃって。
それにしても、どうアレンジしたらああなるのかしらね。あのカレーはとても食べれる辛さじゃないわ」
「確かにあれも疲れた事は疲れた。
まあ、今回はとてつもなく辛くなっただけだったんで、晶とレンが量を増量して作り直して事なきを得たが」
「まあ、その量がちょっと問題だったけれどね。まあ、それで疲れているんなら仕方ないわね」
「分かってて言っているだろう」
「これも違うの?」
不思議そうに首を傾げ、織葉はお茶請けの大福を手に取る。
それに噛り付き、ああと思い出したように頷く。
「昨日の桃子さんとの買い物が原因ね。でも、酷い息子ね。
偶の半日休日を取れた母親との買い物で疲れただなんて。あの程度の荷物で根を上げられたら困るわ」
「荷物は兎も角、人を着せ替え人形にするのには確かに少々困ったが、それも違うな」
恭也の方も既に呆れ半分、諦め半分といった感じでまたしても否定の言葉を口にする。
織葉の方はそんな様子を気にも止めずに続ける。
「じゃあ、一緒に行ったなのはちゃんにおねだりされて疲れたのかしら?」
「それこそ疲れる要素はなかったと思うが? あの程度のおねだりなら、他の事と比べても可愛いものだ」
「……う〜ん、美由希ちゃんたちが言うようになのはちゃんには甘いわね」
織葉の言葉に憮然とした表情を見せつつも、すぐに本当に理由が分からないのかと無言で問いかける。
その意味をしっかりと受け止めながら、織葉は検討も付かないと人差し指を口元に立て首を傾げて見せる。
最早、四度目にしてこれまでで一番大きな溜め息を吐き、恭也は顔を俯かせると半目で織葉の顔を下からねめつける。
が、それさえも飄々と受け止め、織葉は分かりませんという表情を崩そうともしない。
先に根負けしたのは恭也らしく、姿勢を戻すと大人しくお茶を飲む。
それを横目に眺めながら、織葉もまたお茶を口にする。そこへ恭也が声を掛ける。
「分からないのならはっきりと言うが、今日疲れているのは織葉の所為だ」
諦めるのではなく、とぼけるのも無理なぐらいにはっきりと理由を口にする。
その言葉を聞き、織葉は大げさなぐらいに驚いて見せると何故と口にする。
それを聞いた途端、恭也はいつもの鉄面皮を僅かに震わせ、ゆっくりと言い聞かせるように織葉と向かい合う。
「本当に分からないのなら、今日の朝から思い出しましょうか」
「朝? えっと確か恭也の布団から起き出して……」
「何度も言ったが、織葉様の布団をちゃんと用意しているだろう」
「人肌が恋しくなる夜もあるじゃない」
「百歩譲ってそれを許したとしても、何故、それを朝食の席で言う必要がある?
しかも、俺の方から頼んで、仕方なく一緒に寝てあげたかのように」
「ほら、母親の愛情に飢えているという感じを出せば、年上のお姉さんに受けるって雑誌で見たから試してみたのよ。
恭也のためを思ってやったのよ」
「飢えてないし、一体誰がそんな雑誌を見せたんだ。
更に言うなら、今この家に居る者たちは母さんを除けば俺よりも全員が年下だ。
そもそも俺のためと言うのなら、何もしないでくれ、と色々と突っ込みたいですが、とりあえず置いておきます」
「いや、律儀に全部突っ込んでるわよ」
「置いておきます。今、一番重要なのは、その所為で朝から母さんに恨めしげな目で見られたという事だ」
「普段、桃子さんに甘えない恭也が悪いのよ。でも、良いじゃない。
そのお蔭で今度桃子さんの膝枕でお昼寝出来るんだよ」
「その所為で、しないといけない、が正確な表現だがな」
「もう、この程度の悪戯で疲れるなんてだらしないわよ」
「それだけ? それだけとどんな顔をして言いますか。それ以前に悪戯と認識しているんですね」
「こんな顔よ。どう、可愛い? 勿論、悪戯と認識してるわよ」
正面あって向かい合い、恭也の言葉に逐一返す中、恭也へとずいと近付き下から見上げる。
思わず見惚れそうな程の笑顔を見せるも、恭也は軽く織葉の肩を押して距離を戻すとまだあるとばかりに続ける。
それに不満そうな顔を見せる織葉を無視して。
「その後、人のコーヒーに大量の砂糖を入れたりするのも?」
「可愛い悪戯よね」
「…………」
「何よ、その後午前中いっぱい鍛錬してあげたでしょう」
「それは感謝しているが……」
もう良いとばかりに恭也は肩を落とし顔を俯かせる。
その肩に背後から乗りかかりながら、織葉は恭也の顔を少し不安そうに見遣る。
「もしかして本気で怒ってる?」
声に若干不安そうな色を含ませておずおずと尋ねてくる織葉に恭也は小さく苦笑を浮かべて首を横に振る。
恭也の前に守護霊を名乗る織葉が姿を見せてはや一ヶ月少々。
最近になって身に染みて分かってきた事なのだが、織葉は元々の性格なのか、
それとも今までの鬱憤を晴らそうとしているのか、どちらにせよ思ったよりも悪戯好きだったらしい。
尤もそれも恭也限定の所を見るに、忍や桃子の真似みたいな事をしているのかもしれない。
早い話が今の状況が嬉しくて仕方なく、恭也に構って欲しい、構いたいといった所だろうか。
自分からやっておきながら、こういう風に恭也の機嫌を窺う事からしてもそう外れてはいないだろうと恭也は考えていた。
だとすれば、そろそろ織葉の悪戯も落ち着くんじゃないだろうかと若干の期待を込めつつ思っていたりもする。
と、ぐだぐだと考えていた所為か、暫く無言になっていたらしく、織葉が先程よりも不安そうな顔をしているのに気付くと、
恭也は顔を上げて手を伸ばし、背後から圧し掛かってくる織葉の頭に手を置く。
「本気で怒ってなんかいないさ。まあ、だけど程々にな」
「……うん」
恭也の言葉に織葉は笑顔を見せて恭也に抱きつくも、少しして不満そうな顔を見せる。
「む〜、ご先祖様の頭を撫でるなんて。私の方がお姉さんなんだから、逆でしょう」
お姉さんという言葉に思う所がない訳ではなかったが、恭也はそれを口にせず肩を竦める。
が、その肩を織葉が掴み、気が付くと恭也は後ろへと倒れていた。
「……何の真似だ」
「見たとおり、膝枕よ。そして……これ」
ニコニコと笑いながら何処に隠し持っていたのか、その手に耳かきを握り恭也を見下ろす。
「断る」
「だ〜め」
言うや抵抗を見せるが、さしもの恭也も相手が悪かった。
抵抗など全く感じないとばかりに軽く押さえられているだけなのに、恭也は身体を起こすことが出来ない。
せめてもの抵抗とばかりに無言で織葉を見上げるのだが、織葉はそれさえもニコニコと気にした様子もなく受け止め、
無言のまま恭也の視界に映る耳かきを左右に振っている。
暫し睨み合いが続くも、無駄だと悟り恭也はごろりと横になる。
それに満足そうな顔で頷くと、織葉は鼻歌を歌いながら恭也の耳掃除を始める。
「痒い所はない?」
「特には」
かりこりと耳の奥で鳴る音を聞きながら、恭也は小さく欠伸を漏らす。
「眠いのなら寝ても良いわよ」
「……ん」
最早返事を返すのも億劫なのか、半分まどろみの中にいた恭也はそのまま抵抗せずに眠りへと落ちていく。
そんな薄ぼんやりとした意識の中、優しい手付きを頭部に感じながら、恭也は織葉が何か言ったような気がしたが、
聞き返す気力もなく、恭也はそのまま眠りに付いたのだった。
ゆっくりと眠っていく恭也の髪を手で梳かしながら、織葉は優しげな微笑みを見せ、起こさないように小さく囁く。
「今はゆっくりと眠りなさい。起きたらまた鍛錬してあげるから。
貴方が望む剣士の高みへと私が導いてあげる」
優しい手付きで恭也の頭を撫でながら、耳かきを離した手で恭也の頬をつんつんと突っ付く。
起こさないように気を付けながら、恭也の反応を楽しむ織葉の顔は本当に幸せそうだった。
その後、補充品を取りに来た桃子がそれを目撃し、夕飯の席で拗ねて恭也に迫っていたのはまた別の話である。
おわり
<あとがき>
1400万ヒットリクエスト〜。
美姫 「五月雨さんからのリクエスト〜」
いや、本当に久しぶりに織葉を書いたが。
美姫 「短編だったのに、何故か四話目に突入ね」
確かにな。まあ、良いじゃないか。という訳で、こんな形でお送りしました〜。
美姫 「リクエストありがとうございます」
ありがとうございました〜。
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