『七夕』






高町家の庭から夜空へと手を伸ばすように青々とした笹が伸びている。
家の娘さんたちによって色とりどりに飾られた笹を縁側で眺めながら、
恭也はつい先ほどまでの賑やかさとは打って変わった、静寂が降りる庭を何とはなしに見つめる。
冗談なのか本気なのかは分からないが、
新しい本が欲しいと書いたメモを挟んだ靴下を飾ろうとした弟子も今頃は眠っているだろうか。
家内安全と書かれた如何にも桃子らしい短冊が目に入り、知らず笑みを浮かべる。
そんな恭也の元へと近付く気配が一つあった。

「美由希か」

「ありゃ、やっぱりばれちゃったか」

「もう少し気配を消す鍛錬を増やした方が良いかもな」

「うーん、恭ちゃん相手じゃ幾らやっても無駄のような気もするけれどね」

「何を言っている。美沙斗さんなんかはとても上手いぞ」

「そう言えばそうだったね。今度教えてもらおうかな」

言いながら恭也の横に腰を下ろす。

「まだ寝てなかったんだな」

「うん、何となく恭ちゃんがまだ起きているような気がしたから」

月明かりに照らされる中、淡い笑みを見せる美由希に恭也は不覚にも見惚れてしまう。
だが美由希はその事に気付いていないようで、恭也は慌てずに少しだけ美由希から視線を逸らす。
逸らすが、やはり美由希の横顔を見つめてしまう。
その視線に気付いたのか、美由希が恭也の方へと顔を向ける。

「どうかしたの?」

「いや、大した事じゃない。
 ただ、七夕とクリスマスをごっちゃにした何処かのバカな妹の事を思い出して呆れていただけだ」

「うぅぅ、ただの冗談だったのに」

「その割には目がかなり本気だったがな」

「あははは。あわよくばとか思ってなかったよ、うん」

嘘が下手なのか、それとも根が正直すぎるのか、焦って美由希は言わなくても良い事を言ってしまう。
だが本人はその失言に気付いておらず、恭也もまた今回はそれを聞き流してやる。
誤魔化せたと本気で思っているのか、安堵する美由希に内心で苦笑しつつも視線を再び庭へと戻す。
今度は美由希が恭也の様子を窺うように何度か視線を向け、
恭也がこちらを向いていないのを確認するとちょっとだけ恭也の方に近付く。
そんな事を何度か繰り返し、徐々にゆっくりと恭也との距離を縮める美由希の肩を恭也が引き寄せ、
ぴったりとくっ付くほど隣に近づける。

「あっ、えっと、あの……えへへ」

最初こそ驚いたように恭也を見るが、すぐに嬉しそうな顔で恭也に寄り添うように頭を倒す。
そんな美由希の髪を優しく撫で付けながら、恭也は星を見上げる。
同じように美由希も星を見上げ、一つの星を指差す。

「あれがこと座のベガ。俗に言う織姫星だよ。それで、天の川を挟んでわし座のアルタイル、彦星」

美由希の指がすっと動き、今度は違う星を指差す。
その先を目で追いかけながらも、恭也の視線は時折、美由希の横顔へと注がれる。
寝る前だからだろう、髪を解いただけで少し大人っぽく見えるその横顔にまたしても見惚れてしまう。
その視線に気付いたのか、手を下ろして美由希は少し恥ずかしそうに恭也を見上げる。

「えっと、何かついてたりする?」

「いや、そうじゃない。それよりも七夕の話は確か……」

誤魔化すように話を振ると、美由希はすぐに七夕の物語を話し出す。
それを聞きながら、やはり恭也は美由希の横顔を眺める。
やがて、話も最後へと差し掛かる。

「という訳で、二人は一年に一度しか会えなくなってしまうの。
 ちょっと可哀想だよね」

言って話を締め括る美由希に恭也はただ短く返事を返す。
そんな恭也へと擦り寄るように甘えながら、

「私が恭ちゃんに一年に一度しか会えなくなったら、きっと絶望しちゃうよ」

「お前なら天の川ぐらい泳いで渡って来れるだろう」

「むー、そういうのは恭ちゃんがしてよ。私に会うために天の川を越えて来てよね」

「いや、俺はそんな事はしない」

「なんで?」

恭也の言葉に少しだけ不満そうな顔をするも、やはり信頼しているのかそこに不安や避難するような響きはない。
見上げながら尋ねられた恭也は、自然とそれを口にしていた。

「一年に一度しか会えないと言われて離される前に連れて逃げる。
 一年一度じゃなくて、一生一緒にいるつもりだからな」

言ってから流石に恥ずかしかったのか、恭也は誤魔化すように再び星を見上げる。
恭也の言葉に嬉しそうに相好を崩しつつも、美由希は照れている恭也の顔を自分の方へと向けさせる。

「もしかしなくても照れてるよね」

「うるさい」

「あうっ! 幾ら恥ずかしいからって、照れ隠しに額を弾かないでよ、もう」

そう文句を言いつつも、やはりその顔に笑顔を浮かべたまま美由希は恭也に寄り添う。
恭也も静かに美由希の肩に手を回すと、二人で今しばらく年に一度の星空を眺めるのだった。







おわり




<あとがき>

いつも扱いがちょっと可哀想な美由希のために!
美姫 「時事ネタと絡めたのね」
おう! 何度も言っているように、美由希が嫌いじゃないとこれで証明できれば!
美姫 「はいはい。短編は久しぶりになるのかしら」
うーん、どうだろう。既に忘れた。
美姫 「という事は久しぶりね」
かもな。
美姫 「所で、七夕だけれど短冊に何を書いたの?」
勿論、俺のお願いはこれだ!
『美姫がもう少し優しくなりますように』
美姫 「私はこれよ。『一日二本のSS更新』」
……鬼ですか。
美姫 「本当は十といきたい所を、五分の一にまでまけてあげたのに!」
まあまあ。とりあえず、今回はこの辺で。
美姫 「逃げたわね。まあ、良いわ。それじゃあ、またね〜」







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