『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 2』






海に近く、また周囲を山に囲まれているここ海鳴市。
その海鳴市にある海鳴南商店街の一角にある翠屋という洋菓子屋兼喫茶店。
ここ最近では、女の子を中心とした洋菓子の美味しい店として噂が広がり、客足を確実に増やしていた。
曰く、ここのシュークリームは特に最高で、食べるたびに味を増していくと。
この事に嬉しい悲鳴を上げながらも、忙しい日々を過ごしているのは、ここの店長にして菓子職人の桃子だった。
桃子は恭也にも手伝ってもらいながら、忙しくなる午後を何とか乗り切っていた。
しかし、そんな日々を続けているうちに、嬉しい誤算が生まれた。
それは、翠屋には可愛い男の子のウェイターがいるという噂であった。
この噂を聞きつけ、恭也を見た女性たちが日々、やって来るようになったのである。
この人手不足を補う為、桃子はバイトを雇う事にしたのだった。

「はぁー、バイトを雇うと言ってもね〜。まあ、厨房は私と松っちゃんがいるから良いとして、やっぱりフロアよね。
 でも、フロアの人を増やしても、客の回転が遅いと意味がないし……。
 後、日曜日なんかも都合がつく人の方が良いんだけど。う〜ん、人数は二人って所かな」

夜、リビングで桃子は一人ブツブツと呟く。
なのはを腕に抱きながら、寝かしつけていた恭也はその呟きを聞きとめる。

「誰か雇うの?」

「ええ、それを検討中なのよね。誰かいい人いないかしらね〜」

「まあ、人を雇えば美由希が手伝う回数も少なくなって良いことだが。
 そう簡単に見つかるかな?」

「そうなのよね。とりあえず、張り紙でもしようかしら」

「耕介さんたちに誰かいないか聞いてみれば?」

「そうねー。明日なのはを預ける時にでも聞いてみようかしら」

なのはや学校が終った美由希はさざなみ寮に預けられている。
これは真雪と愛の意見で、耕介も賛成した事だったが、耕介には一日中なのはの世話をしてもらっている上に、
さらに頼ると言うのも少し気が引ける気のする桃子だった。
ちなみに、美由希は美緒とよく一緒に遊んでいる。
そんな胸中を知ってか、恭也はそっと呟く。

「世話になりっぱなしだな」

「ええ。ちゃんとお礼しないとね」

「そうだな。何か菓子でも持っていけば?それだったら、皆も喜ぶだろうし」

「そうね。そうしましょう♪」

とりあえず、この話はここで終わり、恭也は鍛練の準備を始めるため、なのはを桃子に渡すと自室へと戻っていった。
それから三日後の放課後。
恭也はいつもの様に翠屋の裏口から中へと入る。

「かーさん、手伝いに来た」

「あ、ありがとう。じゃあ、いつものようにフロアをお願いね」

「分かった」

「うふふふふ」

「どうしたんだ?」

「べっつにー。何でもないわよ」

楽しそうに笑う桃子に首を傾げながらも、恭也はフロアへと向う。
しばらく仕事に専念し、何人目かのお客さんを席へと案内した所で、ドアが開き新たな来客を告げる。
恭也は急ぎ、ドアへと向おうとするが、それを一人のウェイトレスが制する。

「うちが行くから、恭也くんはさっきの御客さんにお水を」

「あ、はい、って薫さん!何で、ここに」

「それは後で説明するから、とりあえず恭也くんも仕事に戻って」

背後から聞こえた声に振り向き、再び驚きの表情を浮かべる。

「分かり……って、知佳さんもですか」

「驚くのはあとあと。それよりも、今は他にする事があるでしょ」

そう言って知佳はウィンク一つすると、水を持って客席へと向う。
薫の方を見ると、先程の客を席へと案内し終えた所のようだった。
恭也は気持ちを切り替えると、再び仕事に専念する事にした。
それからしばらくして、大分落ち付いてきた頃、恭也たちは店の奥の一角にいた。

「薫さんに知佳さん、どうしたんですか?」

恭也の問いかけに、二人は顔を見合わせて微笑むと、

「翠屋でバイトを募集しているって聞いたから」

「知佳ちゃんと二人でバイトする事にしたんよ」

「でも、薫さんは仕事の方が…」

「ああ、大丈夫だよ。どうしても緊急の場合は、桃子さんの許可も貰ってるしね」

「そうですか」

恭也は納得しながら、桃子のあの笑顔の意味を理解する。

「ご迷惑をお掛けします」

「迷惑なんて」

「そうだよ。それに、バイトなんだから、ちゃんと給金も貰うんだし」

「そうそう。それに、私はバイトを探している所だったから、都合が良かったんだよ。
 ここなら、お姉ちゃんも許してくれるしね」

「そういう事だから、恭也くんが気にする事はないよ」

「分かりました」

「そうそう、恭也は何事も気にしすぎるのよ〜♪本当に誰に似たんだか」

そう言って、恭也の後ろから現われた桃子は、そのまま恭也に背後から抱きつこうとする。
しかし、それよりも早く恭也はその場から逃れる。
そんな恭也に向って、悔しそうな顔をする桃子を冷ややかに見ながら、

「父さんやかーさんのせいだと思うが?それよりも、良いのか、こんな所にいて」

「うん、大丈夫よ。大分、落ち付いて来たみたいだしね。
 それにしても助かったわ薫ちゃんと知佳ちゃんがバイトに来てくれて」

桃子は嬉しそうに笑いながら言う。

「一層の事、どちらか一人、このままここに永久就職とかしない?」

桃子の言葉に顔を赤くする二人。
そんな二人には気付かず恭也は、

「何を馬鹿な事を言ってるだ。それよりも、さっさと仕事に戻った方が良いのでは」

「……恭也が冷たいわ。よよよよ」

「はぁー、嘘泣きは良いから。折角、薫さんと知佳さんが頑張ってくれているんだから」

「それもそうね」

恭也の言葉にあっさりと言うと、桃子は笑みを浮かべながら恭也に尋ねる。

「恭也〜。薫ちゃんも知佳ちゃんも頑張ってくれてるんだよね?」

「ああ。よく動いてくれていると思うが、それが?」

少し身構えながら、恭也はそう答える。

「ふふふ。だったら、二人に特別ボーナスをあげようかな、って思ってね」

「そ、そんな桃子さん。悪いですから」

「そ、そうですよ。それに、まだ初日なんだし」

「気にしなくても良いのよ二人とも。別にバイト料は変わらないから。ただ、何か商品をあげようかなってだけだし。
 どう?恭也」

「そうだな。それだったら別に構わないんじゃないか」

「ふふふふふ」

「…………高町母よ。一体、何を企んでいる?」

「べっつにー」

訝しげに桃子を眺める恭也を無視して、桃子は二人に話を進める。

「で、特別ボーナスとして、……これの一日レンタルなんてどう?」

桃子は恭也を指差しそんな事を言う。

「何を言ってるんだ。そんな商品がどこにある」

「翠屋の裏メニューとして、つい最近できたのよ♪」

「おい!そんな二人に迷惑の掛かる……」

恭也の言葉を無視して、桃子は二人に尋ねる。

「二人とも、いらない?」

「あ、えーと……その……」

「う、うちは、べ、別に迷惑では……」

「わ、私も、その……」

薫と知佳は言葉を濁しながらも、満更でもない様子でそう言う。

「ほら、二人はああ言ってるわよ。それとも、恭也は嫌なのかな?」

少し意地の悪い聞き方をする桃子に恭也は顔を顰め、薫と知佳は不安そうに恭也を見る。
それを見て恭也は、

「別に嫌ではないですが、俺なんかで良いんですか」

と、逆に尋ねる。
この言葉に薫と知佳は頷く。
そして、桃子は、

「じゃあ、休みの日にでも貸し出しますんで。順番は二人で話し合って決めてね。あ、別に三人一緒でも良いわよ」

そう言うと桃子は奥へと戻っていった。

「では、日時が決まれば教えて下さい」

「あ、うん」

「わ、分かった」

「じゃあ、客足も増えてきたみたいなので、そろそろ仕事に」

「そうだね♪」

「ちゃんと働かないとね」

三人もそれぞれの仕事に戻っていった。
その後の薫と知佳の働き様は特筆するほどのものだったとか。
また、奥では桃子が一人、

「ふふふふ。あの二人もボーナスがよっぽど嬉しいのか、かなり頑張ってくれてるし、
 これがきっかけで恭也の性格が少しでも変われば……。ふふふ、それにこの先の展開も楽しみだし♪」

やたらと上機嫌で喜ぶ桃子を見て松尾は、

「店長、仕事してください……」

松尾は忙しくなり始めた厨房で、忙しなく動きながら、そう一人ごちる。



それからしばらく経ち、再び客の波が落ち着いた頃、新たに来客を告げるドアベルが鳴る。

「いらっしゃいませー」

「うむ、いらっしゃったのだー」

「美緒さんか。それに美由希も」

「う、うん」

「一体、どうしたんだ?」

「薫と知佳ぼーの様子を見に来たのだ」

「わ、私は邪魔したら駄目だって言ったんだけど」

「はぁー、まあ、今は客も引いたから構わないか。とりあえず、こっちに」

恭也は美緒と美由希を連れて、奥の空いている席へと連れて行く。
それを見た薫たちが、

「陣内、なんでこげん所に」

「美緒ちゃん、駄目だよ」

「様子を見に来ただけなのだ」

美由希は申し訳なさそうな顔をし、美緒は平然と答える。

「全く、美由希ちゃんまで巻き込んで」

「まあまあ、薫さん落ち着いてください。とりあえず、大人しくするようには言っておきますから。
 それよりも、仕事の方を」

「まあ、恭也くんがそう言うなら。それに仕事中だしね」

薫と知佳は恭也の言葉に仕事に戻っていく。
恭也は美緒に大人しくしているように言い渡し、奥へと行く。
しばらくして、恭也はジュースとケーキを手に戻って来ると、美緒と美由希の前に置く。

「これを食べてたら、大人しく帰るんだぞ」

「合点承知なのだ!」

「うん」

元気良く頷く二人の頭を軽く撫で、恭也も仕事へと戻っていく。
後には、顔を赤らめた美緒と嬉しそうに笑っている美由希が残っていた。
美由希はジュースを一口飲むと、ケーキへとフォークを伸ばす。
そこで、隣に座る美緒がボーっとしている事に気付き、声を掛ける。

「美緒ちゃん、どうしたの?」

「な、何でもないのだ。では、いただきます!」

美緒は美由希にそう答えると、ケーキを食べ始める。
それを不思議そうに見ていた美由希だったが、やがて自分も食べ始めるのだった。
そんな美緒を奥から怪しい人影が見ていた事を誰も知らない……。
その人影、言わずとしれた桃子は、その口元に笑みを浮かべると、

「うふふふふふ。本当に面白い事になりそうだわ♪」

不気味な笑みを零していた。
それは、少し前に真雪が見せた笑みと非常に似ていたが、それを知る者はここにはいなかった。
ただ、松尾だけが、桃子を見ており、諦めたように溜め息を吐きながら、無駄だと分かりつつも、そっと呟くのだった。

「だから店長、仕事しましょうよ〜」

当然ながら、桃子の耳には聞こえていなかったが……。







数日経ったここ最近、翠屋の新たな噂が広まっていた。
今度の噂は男性を中心としたもので、曰く、ここのシュークリームは特に最高で、食べるたびに味を増していくと。
勿論、それも本当の事だったが、その噂の本当の所は、この店のウェイトレスに物凄く可愛い子がいる、だった。
これにより、翠屋はあらたに男子学生という客層を獲得し、再び忙しい日々を過ごしているとか、いないとか。





  つづく




<あとがき>

天に星第二弾をお届け!
美姫 「結構、間が空いたけど大丈夫なの?」
多分……。
美姫 「で、今回は知佳と薫が美緒を置いて一歩リードって所かな?」
だね。次回は、知佳と薫それぞれのデート編?
美姫 「私に聞かれても……」
そうですね。
まあ、いつも通り、予定は未定という事で。
美姫 「そればっかりね」
ほっとけ!
美姫 「はいはい。じゃあね♪」







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