『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 3』






すっかり秋も深まったある日の休日。
とあるテーマパークに一つのグループがあった。

「早く来るのだー!恭也も薫も知佳ぼーも遅いのだー!」

「陣内、そんなに慌てんでも」

「そうだよ美緒ちゃん」

二人の言葉にも美緒は耳を傾けず、勢いはそのままにその場で地団駄を踏む。

「そんなにのんびりしていたら、あっという間に日が暮れてしまうのだ!」

美緒はその場で更に声を上げると、片腕を元気良く振り回す。
その反動で、美緒のもう一方の手と繋いでいた女の子が振り回される形になり、声を上げる。

「わっわわ。み、美緒ちゃん、落ち着いて」

「っと、にははは。ごめんごめんなのだ、みゆきち」

美緒と手を繋ぎながら息を整える女の子、──美由希に謝るが、その身体はすぐにでも駆け出しそうにうずうずとしている。
そんな美緒を見ながら、薫は横を歩く一人の少年に謝る。

「すまんね、恭也くん。陣内が美由希ちゃんに迷惑を」

「いえ、そんな事はないですよ。ああして、美由希も喜んでいますし。本当に美緒さんには感謝してます」

「恭也くんも今日は楽しまないとね」

そう言うと知佳は恭也と手を繋ぐ。

「ち、知佳さん」

「良いから、良いから。美由希ちゃんは美緒ちゃんと繋いでいるんだから、恭也くんは私と繋ごう。
 それとも嫌?」

「そ、そんな事はないんですが…」

顔を赤くしながらも否定しない恭也に知佳は笑みを浮かべ、手を大きく振りながら美緒たちの元へと向う。
すると、逆の手を薫が握る。

「う、うちも良いかな」

「は、はい」

お互いに赤くなりながら手を繋ぐ二人。
知佳は少し面白くないような顔をするが、すぐに笑顔に戻ると、三人揃って美緒たちの所へと行く。

「むむむ。薫たちばかりずるいのだ。わたしも恭也と手を繋ぐのだ!」

「そんな事言ったって、もう恭也くんの手は塞がってるし、それに美緒ちゃんは美由希ちゃんと手を繋いでいるじゃない」

「ぬぬぬ」

「そ、それよりも次は何に乗りましょうか」

微妙に変化しつつある空気を読み取った恭也が全員を見渡し尋ねる。

「そう、そうじゃね、次は…」

「あ、アレが良いのだ!」

美緒の指差さした物を見て、横で美由希は首を横に振る。

「ジェットコースターか」

「そうなのだ。はやく行くのだ!」

美緒は薫と知佳から恭也を奪う様にその手を取ると、美由希と一緒に駆けて行く。

「じ、陣内!」

「美緒ちゃん!」

そんな美緒に何か言おうとして、お互いに目が合う二人。

「は、ははは。それじゃあ、薫さん私たちも行きましょうか」

「そ、そうじゃね。一応、保護者みたいなもんだしね」

何となく言い訳じみた事を言いながら美緒たちの後を追う。
その胸中では、何でこんな事になったのかと思いながら……。



  ◆ ◆ ◆



「はぁー、やっと落ち着いてきたわね」

奥の厨房からフロアへと出て来ながら桃子はそう呟く。

「ええ、今日もかなりの人が来てましたから」

「でも、暇よりは良いけどね」

「確かにね」

そう言って笑い合う三人の元に、恭也が来る。

「お疲れ様です、薫さん、知佳さん」

「恭也くんもお疲れ」

「お疲れ様」

「恭也、私、私には?」

「…かーさん、またサボっているのか」

「ひ、酷いわ、恭也」

「はぁー、分かった、分かった。お疲れ様かーさん」

「うん、お疲れ様、恭也」

そんな二人のやり取りを微笑ましく見ていた薫と知佳に、桃子が思い出したように話し掛ける。

「そう言えば、二人とも特別ボーナスは決まった?」

「い、いえ、まだ」

「わ、私も」

「まあ、それは別に後でも構わないけど。それはそうと、二人に頼みがあるんだけど」

「頼み?」

「ですか?」

「ええ。
 実は、今度の休日に美由希を遊園地に連れて行ってあげる約束をしたんだけど、その日どうしても外せない用が出来ちゃって。
 できれば、代わりにお願いできないかと」

「かーさん、それは幾ら何でも甘えすぎだと思うぞ。それにそれぐらいだったら、俺が」

「確かにね。でもね、私もたまーに、忘れそうになるんだけど、アンタもまだ子供なのよね。
 だから、ね。当然、アンタにも行ってもらうけど、一応保護者が必要なのよ。
 そういう事だから、悪いんだけどお願いできないかな?桃子さんのお願い!」

そう言って手を合わせてお願いする桃子。
桃子の願いを無下に断わる事も出来ず、更には恭也も一緒という事もあり、二人は殆ど同時に、

「「分かりました!」」

承諾の返事を出していた。

「本当、助かるわ。本当は一人で良いんだけど、折角だから二人一緒にお願いしちゃおうかしら」

「かーさん、そしたら店は?」

「大丈夫よ。他の子たちもいるし、私もいるから」

「でも、用事があるんじゃ…」

「そうなの。それが店の用事なのよ。そういう訳だから、お願いね」

「「分かりました」」

その日一日、二人は始終ご機嫌だったとか。
その日の夜、さざなみのリビングにて薫と知佳以外に、もう一人機嫌の良い子がいた。

「お前ら揃ってにやにやしやがって、気味が悪いぞ」

「え、え、別ににやにやなんかしてないよ」

「そ、そうですよ仁村さん」

「真雪の言う通り、薫と知佳ぼーはニヤニヤしていたのだ」

「そう言うお前もだよ、美緒」

「にははは。わたしは別にニヤニヤしていた訳ではないのだ。ただ、今度の休みが楽しみなだけなのだ」

「今度の休み、何かあるのかい?」

耕介の質問に美緒は楽しそうに答える。

「うむ。今度の休みにみゆきちと一緒に遊園地に行くのだ!」

「そうか。桃子さんに迷惑を掛けないようにな」

「任せるのだ!」

「うん?どうした、二人揃って惚けたような顔をして」

驚いたような表情をしている薫と知佳に真雪がそう尋ねるが、二人は真雪の言葉が耳に届いていないのか、茫然としたままだった。

「おーい」

再度の呼びかけに、我に返ると二人は美緒に尋ねる。

「み、美緒ちゃん、本当に美由希ちゃんとその日出掛けるの?」

「そ、そうそう。桃子さんには言ってあると?」

「言ってないのだ。でも、今日美由希が話をしてくれるって。後、恭也も来るのだ!」

「ほ〜う」

美緒の言葉に真雪は面白そうな笑みを浮かべる。

「そうか、そうか。恭也も一緒か。うけけけけ、薫、知佳、残念だな〜。その日は恭也もバイトは休みだな」

からかうように言う真雪に対し、薫たちは、

「うちらもその日は休みです」

「おいおい、そんなんでその日、大丈夫なのか?」

流石にこれには真雪も驚いた様子でそう言うが、

「うん。桃子さんが大丈夫って。それにね…」

知佳が説明をしようとした所で電話が鳴り、耕介がそれに出る。
微かに聞こえてくるやり取りから、電話の主が桃子と分かると美緒はソワソワしだす。
やがて耕介が戻ってくるなり、

「耕介、桃子は何て言ってた。わたしも行っても良いって?」

「うん?ああ、良いってよ。後、薫と知佳に当日は宜しくだって」

「あん?どういう事だ、それは」

「何でもその日、店の方で急用が入ったらしくて、代わりを薫と知佳に頼んだらしいんですよ」

「じゃあ、桃子の代わりに薫と知佳ぼーが来るのか?」

「ああ、そういう事じゃね」

「そ、そういう訳だから」

そう答える二人を見て、真雪は何か思いついたのか、

「なるほどね〜、そう言う訳か。帰って来てからやけに嬉しそうだったのは……。全員、恭也絡みか」

「そ、それは関係なか」

「そ、そそそうだよ、お姉ちゃん」

「はいはい。そういう事にしといてやるよ」

「仁村さん!」
「お姉ちゃん!」

二人の叫び声を無視し、真雪は仕事があるからと部屋へと戻る。
耕介はそんな二人の反応を楽しそうに眺めながら、心の中では弟みたいな恭也にエールを送る。

(恭也くん、頑張れ!俺は応援しか出来ないけどね)

それから日は流れ、休日を迎えることとなった。



  ◆ ◆ ◆



二人は数日前のやり取りを思い出し、どちらともなく溜め息を吐く。

「知佳ちゃん、どうかしたと?」

「か、薫さんこそ」

「う、うちは何でんなか」

「私も何でもないよ」

どこかぎこちなく笑い合うと、二人は美緒たちと合流する。
そこで、美緒は係りの人らしき男性に向って何か言っていた。

「何でなのだ!」

「で、ですから、そういう決まりなので…」

「どうかしたんですか?」

知佳が二人の間に入るように、男性に話し掛ける。

「あ、関係者の方ですか?」

「あ、はい」

「実は、この乗り物は身長制限がありまして、規程の身長がないとお乗せ出来ない決まりとなっているんです」

その言葉の通り、入り口付近にある看板にその旨が書いてある。

「陣内、仕方がなかね。今回は諦めるしか」

「うぅぅぅ〜〜。悔しいのだ。次に来るまでには絶対に大きくなってみせるのだ!」

新たな決意を燃やす美緒の横で、美由希はほっと胸を撫で下ろしていた。

「仕方がないから、次はあそこに入るのだ」

「え、えええーー。み、美緒ちゃん、やめようよー」

「それ、レッツゴー!なのだ」

美緒は嫌がる美由希を連れて、次の建物へと向って行く。
そこには、ホラーハウスと書かれていた。

「早く!早く!」

急かす美緒に苦笑しながらも、恭也たちも後に続き中へと入って行く。

「うぅぅぅ。暗いよー」

「まあ、明るいお化け屋敷なんて聞かないな」

怖がる美由希の手を引きながら、恭也は答える。

「何で、こんなに怖い所に入りたいのー」

「俺に聞かれてもな」

夜目の利く恭也と美緒は何ともなく歩いて行く。
また暗い所になれている薫の足取りにも危ない所はなかった。
が、美由希は怖がりちゃんと目を開けていないため、その足取りはかなり危なく、美緒を巻き込んで転ぶ可能性があったため、
恭也が代わりに手を引く事になったのである。
美由希は仕掛けが作動するたびに悲鳴を上げ、その所為で疲れ始める。

「うぅぅ〜、お化け、お化けぇぇ」

「大丈夫だよ美由希ちゃん。ここには本物はいないから」

「うぅぅぅ、で、でも……」

暗闇と突然何かが飛び出してくることに驚いている美由希には、薫の言葉も何の慰めにもならない。

「美緒ちゃんは兎も角、何で薫さんたちは平気なんですか〜〜」

殆ど半泣き状態で尋ねる美由希に、薫たちは揃って苦笑する。

「うちは本職だし。幽霊そのものには慣れとるから」

「私は幾つか仕掛けが分かるのがあるから…」

美由希は手を繋いでいる自分の兄を見る。
その瞳には、はっきりとこの二人とは違って、
退魔士でもなければ、機械関係に強い訳でもない自分と変わらない普通人間のくせにというのが浮かんでいた。
そんな美由希に溜め息を吐きながら、

「隠れている所が分かるからな。気配があるんだ。予め人がいるのが分かっていれば、驚く事もない。
 仕掛けも、微かにだが作動する前に音がするだろう」

「そんなのよく分からないよ」

美由希はこの時、改めて自分の兄が一番人間離れしているのではと認識する。

「美由希、お前今、何気に酷い事考えなかったか?」

恭也の問い掛けに、首を力一杯横に振って否定する。

「まあ、良い。それよりも、そろそろ…」

恭也の言葉が終る前に美由希の前に新たな仕掛けが現われ、美由希は大きな悲鳴を上げた。
その後も色々と美緒に振り回される形であちこち連れて行かれ、流石に疲れたため休憩を取る事にする。

「じゃあ、何か買ってくるから」

「ここで、待っててね」

知佳と薫の二人は売店へと飲み物を買いに行く。
三人は椅子に座り、帰りを待つ。
美由希は完全にへばっており、肩で息をしていた。

「つ、疲れたよー」

「みゆきちは体力がないのだ」

「そんな事ないもん」

「にはははは。まあ、わたしも流石に少し疲れたのだ」

そう言って笑い会う二人を微笑ましそうに見詰めていた恭也に気付いた美緒は、恭也にも話し掛ける。

「恭也は疲れてないのか?」

「俺ですか?俺は体力的には疲れてないですけど、別の意味では疲れたかもしれませんね」

「よく分からないのだ?」

「気にしなくても良いですよ、美緒さん」

「むーーー」

美緒は何か拗ねたように頬を膨らませると、

「前から気になっていたのだが、恭也はどうしてわたしにまでそんな喋り方をするのだ?」

「どんな喋り方ですか?」

「それ、それなのだ!恭也とわたしとでは、恭也の方が年上なのだ。
 だったら、もっと普通に話して欲しいのだ」

「そう言われましても…」

「良いから!わたしとみゆきちは親友なのだ。で、恭也はみゆきちの兄だから、わたしとも親友なのだ。
 それとも、嫌?」

「そんな事はないですよ」

「だったら、もっとみゆきちとかと話すみたいに話すのだ」

「分かりま……分かった。これで良いか、美緒」

「うん!それで良いのだ!」

途端に上機嫌になった美緒は、美由希と話し出す。
しばらくして、薫たちが戻ってくる。
少しの間、休憩をしながら談笑をしていると、美緒が席を立つ。

「休憩終わり!では、次の乗り物に行くのだ」

「美緒は元気だな」

「でも、美緒ちゃんらしいかも」

恭也と美由希は顔を見合わせ笑う。
そんな様子を見ながら、知佳は恭也の話し方に気付く。

「あれ、恭也くん」

「どうかしましたか?」

「う、うん。今、美緒ちゃんの事…」

「ああ。美緒がどうしてもこっちの方が良いと言うので」

「そうなのだ!それよりも、早く行くのだ!」

「分かったから、腕を引っ張るな」

「み、美緒ちゃん、ちょっと待ってよ」

美緒に引っ張られていく恭也と美由希を見ながら、薫と知佳は羨ましそうに美緒を見ていた。



  ◆ ◆ ◆



夕方、日ももうすぐ暮れようかという頃、アスファルトに三つの影が落ちる。
正確には五つの影が、三つに重なっている。
美由希を恭也が、美緒を薫が背負っていた。

「二人共ぐっすり寝てるね」

「かなりはしゃいでましたから」

「何か美由希ちゃんを引っ張り回していたような気もするけど」

「美由希も喜んでましたし」

「まあ、二人とも楽しんでくれたみたいだから、良いんじゃないかな」

「ですね」

「それよりも、恭也くん大丈夫?私、代わろうか?」

「いえ、大丈夫ですから。それよりも、薫さんの方は」

「うちも大丈夫じゃよ。知佳ちゃんもそんなに気にしなくても」

「だって、私だけ何か楽なんだもん」

「そんな事ありませんよ。知佳さんはその分、荷物を持ってもらってますし」

「そうじゃ。それに、今代わったら、二人とも目を覚ますかも」

「そうですね。もう少しだけ寝かせておいてあげましょう」

「うん、そうだね」

吹く風は何となく寒さを感じさせたが、胸の奥に温かな物を感じながら三人は歩き続けた。
家族達の待つ家路へと。





  つづく




<あとがき>

くろるかさんの23万Hitリクエストで、天に星3をお届けします!
美姫 「遅い!遅すぎるわ!」
反省しまくり……。
美姫 「で、この三話で美緒は恭也に、『呼び捨て&タメ口』を装備させましたね」
そうですねー。まだ、自分の気持ちには気付いていないけど、現状では結構良い位置に来ましたね。
美姫 「前々回から考えると、薫が一歩下がった感じ?」
いや、天星の前では薫がメインだったから、ほぼ横並びとか。
美姫 「今後の展開では誰がリードするの?」
ふふふ。それはお楽しみに!
美姫 「ではでは……」
また次回で!







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