『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 4』
私立風芽丘学園。
ここは、かなり歴史のある名門校で、護身道部や剣道部、バスケ部のレベルの強さで結構、有名である。
それ以外にも、女子の制服がたくさんあり、その中から自由に選べるというのも特徴である。
そんな風芽丘学園には、週休2日制というものがなく、土曜日も登校日となっている。
だが、日曜日は特に部活動などがなければ休みである。
休みのはずである。
しかし、今日の日曜日だけは事情が少し変わっていた。
学園内はいつも以上の盛り上がりを見せ、生徒だけでなく他校の者や一般の方たちの姿が見られた。
そういった訪問者を迎えるのは、いつも生徒たちが通る無機質な鉄の門ではなく、その頭上にアーチを描くカラフルな門だった。
そのアーチには、大きな文字で『風芽丘文化祭』と書かれていた。
その無意味にカラフルなアーチを潜り抜け、風芽丘の敷地へと入る集団があった。
「ここが薫さんの学校ですか」
「ああ、そうだよ。この学校は、結構運動部が強い事で有名でね。
剣道部はかなりの強さだから、恭也君もここに通ったらどうだい?」
耕介は恭也に簡単に説明をしながら、そんな事を言う。
それを聞き、恭也は首を横に振ると、
「いえ。俺がやっているのは剣道ではなく、剣術ですから。それに、まだ先の話ですよ」
「それもそうだった。まあ、今日はゆっくりと楽しむとしようか」
「はい」
恭也と耕介が話している間に、美緒は美由希の手を引き、何かの屋台の前に既に移動していた。
「耕介〜!早く来るのだ。これを食べたいとみゆきちが…」
「み、美緒ちゃん。私は何も言ってない…」
何かを言いかけた美由希の口を塞ぎ、美緒はたこ焼きの屋台の前で耕介の名前を再度呼ぶ。
それに苦笑を浮かべつつ、近づく耕介。
「美緒、自分が食べたいものを美由希ちゃんの所為にするなよ」
「そ、そんな事はしてないのだ!」
「そうか。じゃあ、美由希ちゃんの分だけで良いな」
「うっ!耕介、一人だけに上げるのは不公平なのだ。ここは、そう平等にわたしにも渡す事を勧める」
「はいはい、分かった、分かった」
耕介は苦笑しながらも、たこ焼きを二箱買い、一つを美緒と美由希にもう一つを自分と恭也で分ける。
美味しそうに食べる子供たちを見る耕介に、少し離れた所から声を掛けられる。
「良いな〜、美緒ちゃん。耕介くん、うちにも」
「ゆうひ、お前は俺と変わらん年だろうが。自分で買え」
「うち、五歳。だから、分からん」
そう言って口を開けるゆうひに、苦笑しつつも耕介はたこ焼きを一つ放り込む。
「あつ、あつ。はふはふ」
「落ち着いて食えよ」
「ほ、ほんふぁふぉろ…」
「良い。食べ終わってから喋ってくれ」
「ほふほふ。……んぐんぐ。………はぁ〜。
そんな事、言うたっていきなり放り込んだんは耕介くんやんか」
「その前に、口を開けたのはゆうひだろ」
「もう、ああ言うたら、こう言うんやから」
「それはお前だ」
そんなやり取りをしていると、再び耕介を呼ぶ声がする。
「耕介〜」
「何ですか、真雪さん」
「ああ、金はコイツから貰って」
耕介が近づくと、真雪は屋台をやっている生徒にそんな事を言い、耕介の肩を軽く叩いて自分はそこから少し離れる。
「じゃあ、耕介頼む」
「………既に俺が払う事が決定ですか」
ゆうひ以上の行為に、耕介は苦笑すら浮かばず、ただ目の前の生徒にお金を支払う。
それを見ながら、ゆうひたちが苦笑を浮かべていた。
一通りの騒ぎも収まった頃、知佳がパンフレットを片手に耕介へと問い掛ける。
「お兄ちゃん、薫さんのクラスはどこだっけ?」
「確か、2年A組だよ」
「そう言えば、瞳さんも同じクラスでしたよね」
「そう言えば、そうだったな」
愛の言葉に、真雪が答え、恭也が疑問を口に出す。
「瞳さん?」
「ああ、恭也君は会った事がなかったね。俺の昔からの知り合いにして薫の親友だよ。そして、護身道の達人」
「もしかして、秒殺の女王と呼ばれている?」
「ああ、そうそう。そう言えば、そんな風に言われてるらしいな」
恭也の言葉に、耕介は笑いながら答える。
「とりあえず、薫のクラスにお邪魔するか。知佳、薫の所は何をやってるんだ?」
「えっとね…」
真雪の言葉に、知佳はパンフレットを開く。
「あ、あった。えっと、喫茶店だって」
「まあ、定番といやー定番だな」
「まあ、文化祭の出し物なんて似たようなものでしょうから」
「甘い、甘いで耕介くん。笑いを取る為には、意表を付かんと」
「文化祭で笑いを取る必要はないだろ」
「何を言うてるんや!人生、常に笑いやで。そないな事で大阪で生きていけると思うてるんか」
「いや、ここは海鳴だし、それに大阪でもそこまで…」
「だから甘いゆーんや。良いか、耕介くん。大阪ではオギャーと言うて生まれへんねんで。
なんでやねん言いながら生まれるんやから!」
「なんでやねん!」
「そう、それや!ナイスやで耕介くん」
「はははは。伊達にお前と組んでないって」
「この調子で関西を制するんや!」
「おお!」
盛り上がる二人を余所に、真雪たちは校舎へと入って行く。
「お兄ちゃん、ゆうひちゃん、先に行ってるからね」
「耕介さん、ゆうひちゃんも程ほどにして、早く来て下さいね」
知佳と愛の言葉に虚しさを感じながら、二人は顔を見合わせる。
「……………」
「……………ゆうひ」
「なんや、耕介くん」
「俺らも行くか」
「そやね」
それを合図に、耕介とゆうひも歩き出す。
ただ、その背中はどこか寂しげだったとか。
2年A組へとやって来た一行は、中へと入る。
結構、早い時間の所為か、耕介たち以外に人も見当たらなかった。
薫は耕介たちに気付くと、近づいてくる。
「おう、薫、来てやったぞ」
「お姉ちゃん!」
真雪の横柄な態度を知佳が窘めるが、真雪は特に気にも止めず、薫の全身を見る。
「な、何ですか仁村さん」
「いや。喫茶店って話だったから、てっきりメイドの格好でもしてるのかと思ったんだが」
「なして、そげん格好をせんとならんとですか!」
「それぐらいサービスだろうが。でも、まあないなら仕方がないな。とりあえず、喫煙席へ」
「校舎内は何処も禁煙です」
「ちっ!なら、何処でも良いから案内してくれ。一応、あたしらは客なんだから、それなりの対応をしてくれよ」
「…分かりました。では、こちらへどうぞ」
そう言って背を向け、先に立って案内をしようとする薫のお尻を真雪が撫でる。
「きゃっ!な、なななな。仁村さん、なんばしよっとですか!」
「堅い事言うな。ちょっとしたサービスだろうが」
「そげなサービスありません!」
「あのな、さっきも言ったが、あたしらは客だぞ」
「客なら客らしくして下さい」
「だからしたじゃねーか」
「あ、あれの何処が客ですか!」
「何言ってやがる。目の前に無防備に尻があったら、触りたくなるのが男ってもんだろうが」
「仁村さんは女性ではないですか!」
「だから、耕介の代わりにやってやったんだよ」
「真雪さん、勝手に人の名前を使わないでくださいよ」
「あー、悪かった、悪かった。じゃあ、お前自身で触るか」
「そ、そんな事はしません!」
「だろ?だから、あたしが代わりに」
「ああー、お姉ちゃんもいい加減にして。ほら、皆がこっち見てるじゃない。お願いだから、大人しくしてて」
真雪の台詞を遮るように、知佳が声を上げ真雪を開いている席に座らせる。
「ゴメンね薫さん」
「いや、知佳ちゃんが謝ることじゃなかよ」
「おーい、早く注文を聞け」
「お姉ちゃん!」
薫は溜め息を吐くと、全員の注文を聞き奥へと戻る。
奥へと戻った薫に数人の生徒が近寄り、
「ねえねえ、あの人たち薫の知り合い?」
「そうだけど、それが?」
「あの男の子、神咲さんの弟?」
「男の子……、ああ、恭也くんの事。違うけど、なして?」
「だって、可愛いんだもん。お持ち帰りしたいぐらい」
「あの一緒にいる女の子も可愛いよね」
「美由希ちゃんの事ね?」
「美由希ちゃんって言うんだ。あー、もう二人してお持ち帰りしたい」
「神咲、それよりあの女性は誰だ」
「えっと、椎名さんの事?」
「椎名さんというのか。凄い美人だなー」
「俺は、あっちの女性の方が…」
「俺はあのロングヘアーの女の子の方が」
「愛さんと知佳ちゃん?」
異様な盛り上がりを見せるクラスメイトたちを見ながら、薫は改めて自分の知り合いを眺める。
(確かに皆さん、うちなんかと違って、綺麗で可愛い人たちばかり。
恭也くんもうちみたいななんかより、知佳ちゃんとかみたいな可愛い子の方が良いんじゃろうな…)
薫は自分の考えを頭を振って追いやると、未だ何やら言っているクラスメイトたちに声を掛ける。
「ほら、皆もこんな所で油を売ってないで、ぼちぼち他のお客さんも来たんだから、持ち場に戻って」
薫の一声に返事を返し、皆は元の持ち場へと戻って行く。
それから薫は、真雪たちの注文した物を持ってテーブルに向う。
「はい、お待たせしました」
「おお、ご苦労さん」
「所で、薫ちゃんはいつ頃に自由時間になるんですか?」
全ての品をテーブルに置き終えた薫に、愛が尋ねる。
「えっと、うちは午後から自由になりますけど」
「じゃあ、午後からは皆で周りましょう」
「そうだね。じゃあ、何処かで待ち合わせして…」
知佳の言葉で、待ち合わせの時間と場所を決める。
そして、その場から去ろうとする薫に耕介が声を掛ける。
「そう言えば、瞳は?確か同じクラスだったよな?」
「ああ、千堂は今、自由時間です」
「あ、そうなんだ。恭也くんと瞳がまだ会ったことないから、今のうちに顔見せでもと思ったんだけど。まあ、良いか」
「そうですね。千堂は午後からこっちの手伝いですし、その後3時からは護身道部の方に行くはずですから」
「ふーん。あ、薫は剣道部の方は?」
「そっちは、うちも3時からです」
「大変だね、部活をやってる子は」
しみじみといった感じで呟く耕介に、ゆうひは笑いながら、
「なんや、耕介くん年寄りみたいなことを」
「放っておけ」
そんなゆうひに、耕介は憮然とした顔をするのだった。
昼過ぎ、約束の場所で薫と合流した恭也たちは、とりあえずあちこち見て周った。
そして、3時前。
「そろそろ、うちは剣道部の方に行かんと」
「もうそんな時間か。所で、剣道部は何をするの?」
耕介の問い掛けに、薫が答える。
「護身道部と合同で試合をするとです」
「へー、じゃあ薫と瞳がやりあうのか」
耕介の呟きに、薫は首を振る。
「いえ、うちらとお客さんとで試合をするとです」
「あ、そうなんだ。でも、薫や瞳が相手だと、並みの男でも勝てないような気が」
「確かに、薫さん相手では、ちょっとやそっとでは勝てないですからね」
耕介の言葉に恭也も同意する。
その言葉に照れながら、薫は説明をする。
「勿論、ハンデはつけますし、それにうちら以外の相手もいますから。
お客さんには、相手を選んでもらうとです」
「なるほどね。で、それに勝てば何があるんだ?」
薫の説明に頷きながら、真雪が尋ねる。
「まさか、仁村さんも参加するんですか?」
「まあ、景品次第だな」
「風校の生徒なら学食の券を、そうじゃない方には、この文化祭の飲食店のチケットになってます。
それ以外にも、幾つか商品は用意してますけど、仁村さんが喜ぶようなものはないかと」
「そうか、面白くないな」
真雪はつまらなさそうに呟くが、美緒はその言葉に目を輝かせる。
「耕介!参加するのだ。そして、わたしにご馳走するのだ」
「おいおい、俺が薫に勝てる訳ないだろう」
「大丈夫なのだ。薫以外の相手をすれば」
「でも、面白そうやな。耕介くん、行こう」
「いや、だから俺は参加しない…」
「耕介さん、参加されるんですか。頑張って下さいね」
「だから、愛さん」
「ケケケケ。耕介が参加するなら、あたしも見に行くか」
真雪とゆうひはそれぞれ耕介の両脇を取ると、そのまま歩き出す。
「ほら、薫。さっさと案内しろ」
「あ、はい」
こうして、強制的に耕介は参加させられる事となるのだった。
道場内。
「耕介さん、誰とやりますか?」
着替えた薫が耕介にそう尋ねる。
「えっと、皆さんの強さは?」
その質問に、受付のような事をやっている女の子が答える。
「それは私から説明を。まず、神咲薫、千堂瞳はAクラスになります。彼女たちは全国レベルの選手です。
Aクラスの商品は、あそこにあるモノの中から好きなものを二つ選んでいただくか、五千円分の食券になります」
女の子の指す先には、色々な商品が並んでおり、ぬいぐるみから酒まであった。
「随分と無節操な商品だね」
「はははは。色々と揃えたと言って下さい。で、Bクラスがあのお二人になります。
剣道部からは赤井勇子、護身道部からは鷹城唯子です。彼女たちは今年入った期待のホープです。
実力は県内でもトップクラスです。Bクラスの商品はあそこの中から一つか、食券三千円ぶんです」
「で、Cクラスがあの四人です。彼女たちもそこそこ強いですよ。商品は、千円分の食券です。
ハンデを付けた場合は、商品が1ランク下がります。では、誰とやりますか?」
女の子の説明に頷いていた耕介は、Cクラスの相手を選ぶ。
「耕介、もっと上を目指すのだ」
「無茶言うな。ほら、大人しくしてろ」
耕介と相手の男の子が並ぶ。
「では、ルールの説明を。蹴り、投げあり。武器はそのウレタン製の棍を使用です。では、始め!」
開始そうそう耕介は体格を利用し、上から棍を打ち降ろす。
それを横目に、真雪は賞品の置かれた棚を見る。
「おーい。あの酒が欲しけりゃ、Bクラスで良いんだな」
「はい!挑戦しますか」
「ああ。しかし、やけに嬉しそうだな?」
「そりゃあ。だって、滅多にBクラス以上に挑戦してくれませんから。
特に、風校の生徒は絶対にAクラスに挑戦してくれませんし…」
「ふーん。まあ、あの二人の強さを知ってりゃあな。じゃあ、相手はあの赤井だっけ?その子で」
「はい!」
真雪がそんなやり取りをしている間に、耕介の試合は終了したらしく、耕介が戻ってくるところだった。
「で、どうだった?」
「何とか勝てました」
そう言って微笑む耕介に、受付の子から食券が渡される。
「はー。美緒、これで我慢してくれ」
「むむ、仕方がないから許してやるのだ」
美緒は踏ん反り返って答える。
その間に真雪が試合場へと立つ。
「ありゃ、真雪さんが出るなんて珍しい」
「ははは。ほら、お兄ちゃん。お姉ちゃんの目的はアレだよ」
そう言って知佳が指差した先にあるのは、酒だった。
「ははは。真雪さんらしいな」
「聞こえてるぞ、耕介。そんな事言う奴には、飲ませてやらんからな。よくその銘柄を見てみろ」
真雪に言われ、耕介はその酒の銘柄を見る。
「なっ!何で、こんな物がこんな所で景品に」
驚く耕介に、受付の女の子が手を上げる。
「はーい。私の家が酒屋なんで、秘蔵のお酒を持ってきました」
「は、ははは。すいません、真雪さん。この通り謝りますから、どうかどうか。一口でも良いんで…」
「うーん、仕方がない。ツマミで手をうってやろう」
「おお!流石、真雪さん。ああー、今夜が楽しみだ」
「辛めのツマミで頼むぞ」
「任せてください!」
既に勝った気でいる真雪に、赤井はむっとした表情をする。
「もう勝った気でいるんですか。喜ぶんなら、私に勝ってからにしてください!」
そう叫ぶ赤井に、薫が注意を促がす。
「赤井さん、気を付けて。仁村さんはうちよりも強かよ」
その言葉に、赤井は驚き薫を見ながら、
「そんなの、どうやって気をつけるんですか!」
と、泣き言を洩らす。
結果は、真雪のフェイントを使いまくった多彩な攻撃に翻弄された赤井の負けだった。
真雪は景品の酒を酒を手に、満面の笑みを浮かべる。
「いやー、高校の文化祭も捨てたモンじゃねーな」
「ああ、ありがたや、ありがたや」
真雪が大事そうに抱える酒瓶を耕介が拝むという、一種異様な光景が繰り広げられる中、美由希は賞品の一転をじっと見詰めている。
「どうした、美由希」
「あっ。ううん、何でもない」
そう言って目を逸らすが、美由希の見ていた先を見て、恭也は納得する。
「あのぬいぐるみが欲しいのか」
「う、うん」
「仕方がないな。すいません、俺も参加しても良いですか」
「ええ、良いわよ。えっと、Cクラスで良いのかな?」
恭也の言葉に、受付の女の子は笑いながら言う。
それに首を振って、恭也はBクラスの申請をする。
「恭也、私もあのぬいぐるみが欲しいのだ」
「いや、しかし」
何か言おうとする恭也をじっと見詰める美緒。
結局、恭也はAクラスの申請をする。
それに驚いたのは、受付の女の子だった。
「えっと、Aクラスは辞めておいたほうが良いよ。二人とも、相手が誰でも手加減をあまりしないし」
何とか止めようとする受付の女の子に、意外な所から声が上がる。
「木村さん、良いじゃない。本人がAクラスと言ってるんだから。それに、私もその子とやってみたいしね」
瞳は微笑みながら、そう言う。
瞳は、恭也の動きを見て何かをやっていると感じたようだ。
目で薫に、自分が相手する事を伝えると、準備運動をする。
他の部員たちは、
「あんなに可愛い子に怪我でもさせたら……」
「でも、今更止めれないし」
「多分、千堂先輩も手加減をするはずよ」
部員たちは、瞳が手加減すると信じ、そちらを見詰める。
それに気付いた瞳は、軽く棍を振りながら答える。
「勿論、全力でいくに決まってるじゃない。手加減なんて出来るわけないでしょ」
その言葉の本当の意味に気づいたの者は、ここではさざなみの関係者だけだった。
部員たちが見守る中、恭也と瞳が対峙する。
「準備は良い?」
「はい」
恭也は棍を数度振り、その重さなどを確かめると頷く。
開始の合図早々、瞳が恭也へと掴みかかる。
それを横に躱しながら、恭也は棍を横薙ぎに振るう。
それを同じく棍で受け止めると、瞳は恭也の襟を取りに行く。
取らせまいと恭也は、棍を握るのとは逆の手でその攻撃を捌くと、逆に瞳の襟を取りに行く。
しかし、瞳も簡単には取らせず、その手を躱しながら、棍を振るう。
それを躱し、両者共に距離を開ける。
今のやり取りに驚き、声を無くした部員たちの前で、激しい攻防が行われる。
喧騒も消え、静かになった空間に恭也と瞳の打撃音のみが響く。
「ふー。これはちょっと使い難い」
そう呟くと恭也は棍を手放し、2、3度軽く跳ねると、左半身を前にし、両手は体の横へと力なく降ろす。
(そう言えば、右膝が完全に治ってからは本気で動いてなかったな)
数日前、薫と十六夜によって完治した右膝を思い出し恭也は笑みを浮かべる。
今まで自分から攻めて来なかった恭也が、初めて自分から動く。
その踏み込みの速さに瞳は目を見張るが、体はしっかりと反応していた。
真っ直ぐに向かってくる恭也に対し、瞳は棍を上から打ち下ろす。
それに対し、恭也は瞳の懐へと潜り込むと、手首を掴むと引き寄せるように引く。
「くっ!(鷹城さんよりもパワーがある?!)」
恭也に腕を引かれながら、力で返せないと分かると、素直に引かれる方向へと体を流し、空いている手で恭也の手首を決めに掛かる。
それよりも早く、恭也は瞳に背を向けるとそのまま投げる。
瞳自身が引かれる方向へと体を流していた為、簡単に投げられてしまう。
「え?」
咄嗟に受身を取った瞳は一瞬何が起こったのか分からず、間の抜けた声を上げるが、すぐに現状を理解すると笑みを浮かべる。
「私の負けみたいね」
その瞳の言葉に、部員たちも驚きの声を上げる。
無敗を誇る女王が負けた瞬間であった。
恭也は瞳に手を差し出すと、その手を引き立ち上がらせる。
「君、強いわね」
「いえ、今回はたまたまですよ」
「たまたまねー。まあ、良いわ。そういう事にしといてあげる。
どうやら、耕ちゃんの知り合いみたいだから、また会えるでしょうし。
また、手合わせしてね」
「はい、俺で良ければ」
恭也の言葉に気を良くすると、瞳は立ち去ろうとしてその場に止まる。
「そうそう、私、結構負けず嫌いでしつこいからね」
瞳の言葉に、昔を知る耕介が苦笑いを浮かべる。
それに気付かず、恭也は瞳に頷くと、景品のぬいぐるみを貰い、美由希と美緒にそれぞれ渡す。
「あ、ありがとうお兄ちゃん」
「ありがとうなのだ」
はにかみながら礼をいう美由希の頭を照れ隠しに撫でながら、恭也は一つ頷く。
そんな恭也に、薫が話し掛ける。
「恭也くん、うちともやらんね?」
「薫さんとですか」
「ああ。右膝が完治してからの恭也くんとはやってないからね。どう?」
「………別に構いませんけど」
「そう。なら、獲物はこれで」
そう言って薫は二つに折った木刀を投げて渡す。
「ルールは蹴りあり、投げなし、獲物は木刀のみで」
「分かりました」
恭也と薫は道場の中央に立つと、それぞれの獲物を構える。
最も恭也は、一刀は腰のベルトに差し、一刀のみを構える。
開始の合図もなく、二人は同時に動くと木刀を打ち合わせる。
薫の上段からの切り下ろしを恭也は一刀で流しながら、もう一刀を抜くと胴目掛けて横薙ぎに振るう。
それを返す刀で防ぎ、そこから更に追撃を出す。
それを読んでいた恭也は、体を捻って躱すと、懐へと入って行く。
薫の間合いの中、恭也にとっての間合いに入ると恭也は左の木刀を逆袈裟に切上げる。
それを後ろに跳躍して躱すと、すぐさま反撃に出る。
恭也はその攻撃を右の木刀で受けつつ、左の木刀を薫の腕へと向ける。
薫は木刀を引きながら、不安定な状態で蹴りを放つ。
突然、伸びて来た足を屈んで躱し、薫の軸足に足払いをする。
しかし、足を払われた薫は咄嗟に手と片足を付き、それだけで後ろへと飛び退る。
完全に態勢を整える前に、恭也は薫へと迫るが、薫も簡単には近づけないように牽制で木刀を振る。
それを受け止めるが、その間に薫は態勢を整えていた。
そして、先程の牽制とは全く勢いの違う一撃が繰り出される。
それを跳んで躱し、両者は再び対峙する。
部員たちが、度肝を抜かれているのを余所に両者の顔には微かに笑みが浮かんでいた。
「私は剣の事はよく分かりませんが、恭也くんも薫さんも楽しそうですね」
「うん」
愛の言葉に、知佳が短く返事を返す。
それを聞きながら、真雪が嘆息する。
「恭也の奴も薫も剣士だからな。強い奴がいれば闘ってみたいと思うのは、性みたいなモンだからな」
「真雪さんもですか?」
耕介の問いに真雪は笑みを浮かべ、
「あたしは漫画家だから、その気持ちは分からないね。例えそうじゃなくても、あんな疲れることは遠慮したいけど」
「そうですか」
真雪らしい台詞に苦笑を浮かべる耕介だった。
打ち合いを続ける恭也と薫を見ながら、真雪は言葉を続ける。
「まあ、恭也の奴は右膝が治って、やっと全力が出せるんだ。ちょっとは笑みも浮かぶだろうさ。
最も、今まで右膝を庇ってきた癖みたいなモンは、まだ抜けてないみてーだがな。
アイツの事だから、それもすぐに治るだろうがな」
そんな話をしている間に、両者は再び距離を取って対峙する。
薫は肩で息をしながら、何とか呼吸を落ち着ける。
恭也の方は、既に呼吸を整えていつでも再開できる構えだった。
薫は呼吸を整えると、上半身を捻り上段に構える。
それを見て、恭也も二刀を構える。
「でりゃぁぁぁー」
裂帛の気合もろとも薫が渾身の一撃を叩き込む。
それを右半身を前にし、逆手に握った左の木刀で受け止める。
しかし、それだけで勢いは止まらず、恭也の左の木刀を折り薫の一撃が恭也へと迫る。
恭也はそれにも慌てず、折れる瞬間に薫の太刀筋を少し外側へとずらし、
左腰あたりまで下げていた右の木刀を、体を捻り、薫の木刀の下を滑らすようにして振る。
薫の木刀が地面を叩き、恭也の木刀が薫の胴ぎりぎりで止められる。
暫らくの間、両者は動かずそのままの態勢でいた。
やがて、薫が肩の力を抜きつつ、笑みを浮かべる。
「うちの負けやね」
「そうみたいですね」
恭也も笑みを浮かべて答える。
「やっぱり勝てなかったか」
「いえ、今回はかなり危なかったですよ。薫さんも充分に腕を上げてます。俺も負けてられませんね」
「また、やろうね」
「はい」
その頃になって、やっと他の部員たちも動き出し、口々に恭也に賞賛を送る。
恭也は照れながら、景品にぬいぐるみをまた二つ貰う。
その一つを知佳へと渡す。
「知佳さん、良ければどうぞ」
「え、え。良いの?」
「はい。俺はいりませんし」
「あ、ありがとう。大事にするね」
知佳は嬉しそうな笑みを浮かべる。
それを見ていた耕介が真雪に耳打ちする。
「知佳の奴、あんなに嬉しそうな顔をして。姉として、どういった心境ですか?」
「ふん。知佳と付き合うには、私に勝ってからと言いたいが……」
「まあ、確実に恭也くんが勝つでしょうね」
「だよな。それに、あいつなら良いんじゃないの?」
「意外な言葉ですね」
耕介は驚いたような顔をしてみせる。
「よく言う。全然、そう思ってないくせに」
「あははは。ばれましたか」
「ばれないでか。しかし、知佳だけじゃないからな」
「ええ、薫に美緒もですから。どうなる事やら」
「まあ、最後に決めるのは恭也自身だ。ひょっとしたら、その三人以外って事もありえるしな」
「ええ、確かに」
「兎に角、私は恭也だったら、寮生の誰が相手でも良いと思ってるよ。あいつなら、家族を任せても良いってね」
「そうですね。恭也くんなら」
二人の視線の先では、笑みを浮かべる知佳たちと少し照れている恭也の姿があった。
6時過ぎ、薄暗くなった校庭で、辺りを真っ赤に照らす炎。
その炎を囲み、様々な人が曲に合わせて踊っていた。
その輪から離れた人目の少ない所に薫はいた。
そして、そんな薫に近づく一つの影。
それに気付き、薫は後ろを振り返る。
「恭也くんか。耕介さんたちは?」
「耕介さんたちなら、あそこです」
恭也の指差す先では、耕介たちが何やら騒いでいる。
「何をしてると?」
「何でも、何件かの屋台から処分するはずだった食べ物を貰ったとかで」
「なるほど」
「まあ、食べ物を粗末にしないのは良い事です」
「確かにね。で、恭也くんはどげんしたと?」
「いえ、薫さんを見かけたので。それに、こっちの方が静かですから」
炎に照らされ、赤く映る顔に笑みを浮かべ恭也がそっと微笑む。
それにドキドキしながら、それを悟られないように薫は話しを続ける。
「そう。じゃあ、横座る?」
「お邪魔します」
そう言って恭也は薫の横に腰を降ろすと、そうだと呟き何かを薫に差し出す。
「良かったら、これを」
恭也の差し出すそれを受け取りつつ、首を傾げる。
「これは?景品のぬいぐるみ?」
「ええ。良かったら、薫さんどうぞ」
「う、うちにこげん物は似合わんと」
「そうですか?薫さんも女の子ですから、こういった物は嫌いではないかと思ったんですが」
「ま、まあ嫌いではないけど…」
「じゃあ、貰ってください」
「しかし、うちがこげなもんを持ってるのは変じゃなか?」
「そんな事はありませんよ。それに、俺が持っているほうが変ですから」
恭也の言葉に薫は可笑しそうに笑う。
「そんなに笑わないでください」
「ご、ごめん。でも、確かに恭也くんとぬいぐるみが想像できなくて」
恭也は薫の手からぬいぐるみを取り上げる。
「そんなに笑うのなら、これはあげません。そうですね、愛さんかゆうひさんにでも…」
「そ、それは…」
「では、受け取ってくれますか」
「あ、ああ。ありがたく貰うよ」
そう言って、薫は大事そうにそのぬいぐるみを抱きしめる。
「ありがとう」
「いえ」
暫らく無言で炎に照らされていた二人だったが、薫は何かを決意したように一つ頷くと、立ち上がり恭也の手を取る。
「恭也くん、うちらも踊ろう」
「え、でも、俺は踊った事が」
「大丈夫よ。うちもないから」
「それは大丈夫なんですか?」
「多分。一緒に失敗するなら、問題なか。それに、昔仁村さんにも言われた事があるから」
「真雪さんに?」
「ああ。何でも、楽しめる時に楽しまないと損だって」
「あの人らしいですね」
「そういう訳だから」
「ええ、お供します。でも、失敗しますよ」
「気にせんね」
薫は恭也の手を取ると、輪の中に入って行く。
それを見た知佳や美緒、美緒に手を引かれた美由希も加わり、恭也の周りがにわかに騒がしくなり始める。
それを眺めながら、耕介たちは、
「あれも一種の修羅場ですかね」
「恭也くん、モテモテやな」
「皆、仲良しさんですね」
「岡本くんは岡本くんで楽しんでるみたいだし」
そう言って真雪の見る先では、みなみと小さな男の子と女の子、それと少し背の高い女の子が楽しそうに笑っていた。
それから再び薫たちに視線を向ける。
「まあ、あたしはここでゆっくりしてる方が良いかな」
「そんなんつまらん。耕介くん、うちらも行こう」
「わっ、ちょっと待て。あ、愛さんも一緒に」
「そうですね。真雪さんもたまにはどうですか?」
「ちっ、しゃーない。たまには宴会以外で騒ぐのも悪かーないか」
真雪は呟きながら、恭也を中心に騒いでいる妹たちを優しげな瞳で見詰めていた。
つづく
<あとがき>
BPさんの37万Hitリクエストで、天星4をお送りしました。
美姫 「リクエストを受けてから完成までが、いつもながら遅かったわね」
はははは。さて、今回は恭也たちを見守る大人組みと3人を満遍なくって所かな?
美姫 「成る程ね。次回は、誰かが突出するのかしら?」
さあ、それはその時にならないと分からないからね。
美姫 「相変わらずね。まあ、そういった所で…」
またまた次回で〜。
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