『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 8』






すっかり寒くなった冬のある日。
日もすっかり短くなり、薄暗くなっていく空を見上げつつ、恭也はお茶を啜る。
その様子を横に座りながら、苦笑しつつ見ていた耕介が声を掛ける。

「恭也くん、今日は鍋だから」

「そうですか。それは楽しみにですね」

耕介の言葉に恭也が答える。
ここさざなみで殆ど暮らしているといっても言い程、恭也はこの生活に馴染んでいた。
それは勿論、住人たちも同じで、寧ろ愛などは今の状況を大いに歓迎していた。

「じゃあ、そろそろ俺は準備をするから」

耕介はそう言って立ち上がると、キッチンへと消えていく。
それを見送りつつ、恭也もリビングへと戻る。
恭也がソファーに腰を降ろすのと同じぐらいに、リビングに知佳が入ってくる。

「恭也くん、大福買ってきたんだけど食べる?」

知佳は手に持った袋を恭也へと見せる。
それを見ながら、恭也は頂きますと答える。
その返答を受け、知佳はキッチンでお茶を淹れると恭也の隣に座る。
暫らく無言で時が流れる。
時折、知佳は恭也の方をちらほらと見ては、視線を逸らすといったことを数度繰り返す。
流石に恭也も気付き、何度目かの後、恭也は知佳へと問い掛ける。

「知佳さん、どうかしたんですか?」

「え、あ、な、何でもないよ」

慌てて言う知佳をじっと見詰める。

「本当にですか?それとも、何か言い辛い事なんですか」

こういう時ばかり鋭い恭也の勘に、知佳はぎこちなく頷く。

「うん。実はね…」

そう言って、知佳はゆっくりと話し始める。

「今日、学校の帰り道の事なんだけどね。
 珍しく理恵ちゃんと一緒に歩いてたら、全然知らない男の子から、こんなの貰って」

そう言って知佳は一枚の手紙を恭也に見せる。

「えっと、……ラブレターですか」

「うん」

恭也の問い掛けに知佳は短く答える。
恭也はどことなく面白くない感じを受けつつも、それと知佳が自分を見ていた事の関連が分からずに首を傾げる。
そんな恭也に気付いたのか、知佳は続ける。

「それでね、どうやって断わろうかって困っていたら、
 理恵ちゃんが、咄嗟に私にはもう付き合ってる男の子がいるからって、代わりに断わってくれたの」

だったら、それで話は終わりではないのだろうか。
恭也がそう思っている事が分かったのか、知佳は小さく首を横に振る。

「それがね、その男の子、理恵ちゃんが何で答えるんだって怒って。
 それで、嘘だろうって言い出したの。だから、私が嘘じゃないよって言ったんだけど…。
 そしたら、その子を連れて来いって」

「会ったこともない人を悪く言うのは良くないですが、随分と勝手な事を言う人ですね」

恭也の言葉に知佳も頷く。

「うん。それに、ちょっと怖かったかな。
 私は兎も角、理恵ちゃんを危険な目に遭わせたくなかったから、その条件を飲んだの。
 そうしておけば、当分は大丈夫かと思ったんだけど…」

「すぐに会わせろと言ってきたんですね」

「うん。明日、日曜日で休みじゃない。
 そんな人がいるんだったら、明日会わせろって」

恭也も知佳の言わんとする事に気付き、一つ頷く。

「分かりました。それで、俺が明日、知佳さんと一緒にその男に会いに行けば良いんですね」

「う、うん。本当は頼むかどうか悩んだんだけど…。お願いしてもいい」

「勿論ですよ。俺で力になれることでしたら。
 それに、知佳さんには俺も日頃からお世話になてますから」

「ありがとう」

恭也の言葉に、先程まで暗かった知佳の顔に笑みが浮ぶ。
それに恭也も笑顔で答えるのだった。



  ◆ ◆ ◆



翌日の朝、恭也はさざなみまで知佳を迎えに来ていた。
玄関で知佳が来るのを待っていると、事情を知った真雪がやって来る。

「恭也か。知佳はもうすぐ来ると思うから、ちょっと待ってな」

「はい」

返事を返す恭也に、真雪は笑みを浮かべると囁く。

「恭也、姉であるあたしが許すから、押し倒せ」

「なっ!」

恭也が顔を赤くして何か言うよりも早く、真雪がその場にしゃがみ込む。
その頭上を、物凄い音を立てて木刀が通過して行く。
その音を聞き、真雪は立ち上がるや否や、振り返る。

「このバ神咲!殺す気か!」

「恭也くんに変な事を教えないで下さい!」

「変な事って、何だ?」

真雪の切替しに、薫は顔を赤くして押し黙る。

「ほ〜れ、ほれ。変な事って何だ〜」

「そ、その、だから…。お、押し倒すとか……」(*****小)

「あー、聞こえないぞ〜」

「くっ!」

薫は短く呻き声を洩らすと、問答無用とばかりに真雪に斬り掛かる。
それを全て紙一重で避けつつ、真雪は恭也の後ろへと周り込む。

「仁村さん、恭也くんの後ろから出て来て下さい」

「断わる!出て行ったら、お前容赦なく飛び掛ってくるだろうが!」

「当たり前です!」

「そこまで断言されて、誰が安全な所から出て行くってんだ」

恭也を間に挟み、睨み合う二人の元に知佳がやって来る。

「……何やってるの?」

「あ、知佳ちゃん。これは…」

薫が何と説明しようか困っているうちに、知佳は大よその事を理解したのか、とりあえず薫に頭を下げる。

「すいません、薫さん。また、お姉ちゃんが何かしたんですよね」

「い、いや。知佳ちゃんが謝る事では」

そんな二人を眺めつつ、よせば良いのに真雪が口を挟む。

「薫、知佳もこう言ってる事だし、この辺で許してやれ」

「許すも何も、知佳ちゃんは関係ないでしょうが!」

「お姉ちゃんも馬鹿なことばっかりやってないで」

二人から責められ、真雪は肩を竦める。

「はいはい。あたしが悪かったですよ。大変だな、恭也も。
 こんなに口うるさい女たちに付き纏われて」

「いえ、俺は別に…」

「仁村さん!」

「お姉ちゃん!」

真雪の言葉に、二人揃って声を上げる。
そんな事に構わず、真雪は恭也に抱き付く。

「おお〜、怖いね〜。恭也もそう思うだろう」

そう口で言いつつ、恭也の耳に口を近づけ、恭也にだけ聞こえるように話す。

「とりあえず、その男の子の件が済んだ後、今日一日知佳を何処かに連れて行ってやってくれ。
 ほれ、軍資金だ」

そう言って真雪は恭也のズボンの後ろポケットに何かを滑り込ませる。

「頼んだぞ」

これまた恭也だけに聞こえるように言うと、真雪は恭也から離れる。
恭也も真雪にだけ分かるように頷く。
それを満足そうに見遣りつつ、真雪は笑みを浮かべる。

「薫、何をそんなに怒っているんだ?」

「べ、別に。ただ、恭也くんが困っているので、そういった事は」

「困ってたか」

尚も薫をからかいつつ、真雪は知佳と恭也にさっさと行くように言う。
その言葉に従い、恭也と知佳は出掛ける。

「じゃあ、いってきま〜す」

「いってきます」

「お、行って来い、行って来い」

薫の木刀を躱しつつ、真雪は二人に手を振る。
そんな余裕を見せる真雪を更に睨みつつ、攻める手は休めずに薫も二人を送り出す。
薫と真雪のいつもと言えば、いつものやり取りに顔を見合わせて笑い合うと、恭也と知佳は出掛けるのだった。







約束の場所に着くと、既に相手は来ていたようで、知佳が小声で恭也に告げる。

「ほら、あの男の子」

知佳が指し示す先に、一人の少年がいた。
向こうもこちらに気付いたようで、知佳の横に立つ恭也に鋭い視線を向ける。
このままここにいても仕方がないので、恭也は知佳を促がしてその少年の元へと赴く。

「こ、こんにちは」


知佳は少しおっかなびっくり挨拶をする。
そんな知佳に少年は普通に挨拶をした後、まるで品定めをするように恭也を上から下まで見渡した後、小さく鼻を鳴らす。

「で、そいつがアンタの言ってた付き合っている彼か」

「う、うん」

少年の視線に怯えつつ、知佳は答える。
恭也は睨むように自分を見詰めてくる少年を、平然と見返す。
それが気に喰わないのか、少年はまたも鼻を鳴らす。
そんな少年に対し、知佳が話し掛ける。

「そういう訳だから、ごめんなさい。これはお返しします」

知佳はそう言って、昨日受け取った手紙をそのまま返す。
少年はそれを受け取ると、手の中でクシャクシャに握り潰す。

「本当に彼氏なのか。どう見ても中学生ぐらいにしか見えないんだが」

「ほ、本当です」

少年は恭也と知佳を交互に眺め、口元を歪ませると、

「だったら、証拠を見せてもらおうか」

「証拠って?」

知佳の言葉に少年は考える素振りを見せた後、その内容を口にする。

「そうだな。今、ここでキスの一つでもしてくれたら、素直に諦めるぜ」

「え、えーー」

「何だよ、出来ないのかよ」

少年の言葉に思わず上げた知佳の声を聞き、少年はしてやったりとばかりに笑みを浮かべる。
知佳は困ったように恭也へと視線を向ける。
すると、今まで黙っていた恭也が初めて口を開く。

「キスをすれば、信用して頂けるんですか」

「ああ」

少年をじっと見詰めた後、恭也は知佳の顔を見る。
恭也に見詰められ、知佳は逸る鼓動を押さえる。
恭也は知佳の頬へと手を伸ばし、そっと顔を近づけて行く。
雰囲気に呑まれてか、知佳はゆっくりと目を閉じる。
後少しで唇が触れるという所で、恭也は動きを止めると、少年へと言う。

「人に見せる趣味はないので、あちらを向くなり、目を瞑ってて頂けませんか」

恭也の言葉に、少年は鼻を鳴らして笑い飛ばす。

「やっぱり出来ないか。つまり、お前は偽者という訳だな」

鬼の首を取ったかのように胸を逸らして笑みを浮かべる少年を、くだらないとばかりに見た後、
恭也は知佳の身体を後ろに倒すように逸らし、その上に覆い被さるように自身の身体を近づける。
知佳の体を頭と腰で支えつつ、恭也は知佳に顔を近づけ、小声で話し掛ける。

「知佳さん、少しの間大人しくしてて下さい」

その言葉に、知佳は素直に頷き、言われた通りに身動きせずに大人しくしている。
二人の姿は、傍から見れば口付けをしているようにも見えなくもないが、顔の位置までは恭也の体で窺う事は出来ない。
数秒の後、恭也は体を起こし知佳の体を元に戻すと、少年へと向き直る。

「これで満足しましたか」

平然と言う恭也に、少年は掴みかからんばかりの勢いで噛み付く。

「する訳ないだろう!今のじゃ、本当にしたのか分からないだろう!」

あまりにもしつこい少年の態度に、恭也はやれやれとばかりに肩を竦める。
それを見た少年は顔を真っ赤にして、怒りも顕わに恭也へと掴みかかろうとする。
そんな少年の動きよりも早く。恭也は少年を睨みつけると殺気を向ける。
充分に押さえられているとはいえ、日常の喧嘩などとは違う本物の殺気を向けられた少年は身を竦ませ、一歩も動けなくなる。
全身から震えが起こり、すぐにこの場を立ち去りたい思いに駆られるが足が思うように動かないでいた。
そんな少年を一瞥すると、恭也は知佳の手を引いて歩き出す。
恭也の姿が完全に見えなくなった頃、ようやく少年は強張っていた体から力を抜き、その場に膝を着き、悔しげに唇を噛み締める。
そして、目だけは恭也の去った方をじっと見詰めていた。







少年との待ち合わせ場所から少しでも離れようと、恭也は知佳の手を引いて歩く。
恭也に手を引かれながら、知佳は繋いだ手を見詰め、知らず笑みを浮かべる。
それから少しだけ歩き、ようやく恭也は立ち止まる。
それにつられ、知佳も足を止め、離れた手を名残惜しそうに見る。

「これで良かったですかね」

「うん。ありがとうね恭也くん」

「いえ。それじゃあ…」

「そうだね。そろそろ帰……」

少し寂しそうに知佳が言おうとした言葉を遮って、恭也が話す。

「どこかに行きましょうか」

「えっ!…あ、うん!」

一瞬だけ驚いた顔を見せた後、知佳は嬉しそうに笑う。

「恭也くんから、デートに誘ってくれるなんて思わなかったよ」

冗談っぽく言う知佳に、恭也は顔を赤くしつつ答える。

「そ、そうですか」

「うん。それじゃあ、何処に行こうか」

知佳は恭也の手を取ると歩き出す。
一方の恭也は更に顔を赤くしつつ、知佳を見る。
恭也の視線に気付いたのか、知佳も照れ臭そうにしつつ、はにかんだ笑顔を覗かせる。

「デートなんだから、これぐらいはね」

「は、はい」

知佳の言葉に照れつつ、恭也は大人しく従う。
それを微笑ましく見遣りつつ、知佳は話し掛ける。

「でも、何処に行こうか。もうすぐお昼だし、遠くには行けないね」

「そうですね。とりあえず、少し早いですけど昼にでもしますか」

恭也の言葉に頷き、知佳は歩き出す。
昼を取りつつ、この後の予定を話し合う。
昼食を終えた二人は、冷かし混じりに商店街の店を周る。
それだけの事だったが、知佳は嬉しそうにはしゃぎ、それを見て恭也も嬉しそうな表情をする。
手を繋ぎながら、並んで歩いていると、知佳が話し掛けてくる。

「そういえば恭也くん。どうしてあの時、本当にキスしなかったの?」

本人としてはさり気なく切り出したつもりだったが、何処となくぎこちない態度だった。
しかし、それに気付かず恭也は答える。

「それは、幾ら芝居とはいえ、そこまでするのは知佳さんに悪いですから」

「じゃあ、もし私がしても良いって言ったら、恭也くんはその…、してくれる?」

知佳の言葉に、恭也は顔を真っ赤にして俯くと小さな声で言う。

「ち、知佳さん、からかわないでくださいよ」

そんな恭也を見て、知佳は冗談のように言う。

「別にからかってないよ〜。恭也くんにされたら、嬉しいんだけどな〜」

そう言いながら、恭也に抱きつき、恭也の反応を楽しむ。

(別に嘘ではないんだけどね。恭也くんにだったら…)

そこまで考え、自分の考えに照れる。
それを誤魔化すように抱き付く腕に力を込める。
知佳の腕の中でもがいていた恭也が、突然動きを止める。
不思議そうに思う知佳を取り囲むように、数人の男が現われる。
その男たちの中心、丁度恭也の正面に立つリーダー格の男の隣には、先程の少年がいた。

「あ、兄貴、あのがきが…」

少年の言葉に、男は恭也を見た後ため息を吐く。

「お前、あんながきに……」

心底呆れたように言った後、男は周りを取り囲む男たちに指示する。
それを受け、男たちは恭也たちを人気のない路地裏へと連れて行く。
路地裏に着くなり、男は恭也に話し掛ける。

「悪く思うなよ。弟が、お前を痛めつけて欲しいと頼んできたんでな。
 情けない弟だが、これでも一応弟だからな。
 尤も、その女を置いて行くなら、見逃してやらない事もないが」

リーダー格の男が言い終わる前に、恭也は最も近くにいた男の懐に飛び込み、肘鉄を鳩尾に喰らわしていた。
驚く男たちを無視し、恭也は知佳に話し掛ける。

「知佳さん、少し離れていてください」

知佳は恭也の言葉に従い、壁を背に離れる。
それを確認した後、恭也はリーダー格の男へと向き直る。

「このまま立ち去ってくれるとありがたいんだが……」

恭也の言葉に男たちは色めき立ち、それぞれが恭也へと殴りかかる。
その動きは全く統率が取れておらず、恭也は男たちの攻撃を悉く躱し、その度に男たちに一撃を入れる。
気が付くと、既に残っているのは、リーダー格の男とその弟である少年の二人だけとなっていた。
弟の手前か、逃げる事も出来ず男は恭也に殴りかかる。
男の動きをじっと見詰める恭也の背後で倒れていた一人の男が立ち上がると、ポケットに手を突っ込む。
その男はナイフを取り出すと、恭也へと向わず、知佳へと向う。
それに気付いた恭也だったが、すぐ目の前にリーダー格の男が来ており、すぐに男へと向う事が出来なかった。
その時、知佳を人質にしようとした男だったが、恐怖から足がもつれ転び、その拍子に手にしたナイフを手放す。
背中越しにその気配を感じ、恭也は目の前の男に集中する。
殴りつけてくるリーダー格の男の攻撃を簡単に躱し、恭也は男の顎先を掠めるように殴りつける。
その一撃で脳震盪でも起こしたのか、男はそのままフラフラと倒れ込むとそのまま意識を手放した。
しかし、運悪く勢い良く男の手を離れたナイフが恭也の背中へと向う。
それを察知した恭也は、それを躱すべく行動に移るが、それよりも早く行動した者がいた。
知佳は咄嗟に羽を展開すると、恭也へと向うそのナイフを止める。
恭也は知佳に礼を言おうと口を開きかけるが、それよりも早く悲鳴にも似た声が背後から響く。

「ば、化け物!」

そちらを見ると、少年が怖いモノでも見るような眼つきで知佳を見詰め、後退っていた。
少年の言葉に知佳は顔を伏せる。
その瞬間、恭也はあっという間に少年との距離を詰めると、その胸倉を掴み持ち上げる。
知佳が止める間も無く、恭也は少年の顔を殴りつけていた。
鼻血を出し、何本かの歯も折れ、数メートル飛ばされ、倒れる少年に近づき、
さらに殴ろうとする恭也を知佳が後ろから抱き締めて止める。

「恭也くん、落ち着いて。私なら大丈夫だから」

知佳の言葉に、恭也は自らを落ち着かせるように何度も深呼吸を繰り返す。
やがて、落ち着いた声で知佳に大丈夫ですと告げる。
それを聞き、知佳はゆっくりと恭也を放す。
自由になった恭也は、未だに倒れている少年へと近づく。
それだけの事でも少年には恐怖に感じたらしく、恭也から少しでも遠ざかろうと地面を這うように動く。
恭也は少年の胸倉をもう一度掴み上げ、何か言おうとする知佳を目で制すると低い声で言葉を出す。
それが怒りを押し殺している事を理解したのか、少年は震えつつ失禁する。
そんな少年を気にも止めず、恭也はゆっくりと話す。

「今後一切、俺達の前に姿を見せるな。いいな」

恭也の言葉に少年は何度も頷く。
それを確認すると、恭也は少年を突き飛ばすように放す。
開放された少年はしかし、言葉と共に向けられた恭也の殺気に完全に腰を抜かし、その場に座り込む。
そんな少年に目もくれず、恭也は知佳の手を取るとその場を後にする。
知佳の手を引いたまま、恭也は臨海公園まで来ていた。
ベンチを見つけ、そこに知佳と一緒に座る。
しかし、知佳は傷付いた顔をして、悲しみに瞳をそめたまま俯く。
そんな知佳を慰めるように、恭也は言葉を紡ぐ

「知佳さん、皆が皆、あんな奴ばかりではないですよ」

「うん、分かってるよ。でも、あの子の言う通りだから。
 私は普通の人とは違うから」

「そんな事はないですよ。前にも言ったと思いますけど、知佳さんの羽は綺麗ですよ、本当に。
 それに、知佳さんは知佳さんです。それは何があったって変わりませんから」

「ありがとう」

先程よりも随分ましになったように見えるが、それでもまだ悲しそうな目をする知佳を何とか元気付けたいと思いながらも、
何も出来ない自分にもどかしさを感じる。
必死に何かないか考えていた恭也の脳裏に、知佳の言葉が甦る。
一瞬躊躇った後、恭也は意を決して知佳へと近づく。
そして、その頬にそっとキスをする。
突然の出来事に驚く知佳に、恭也は精一杯の笑みを浮かべる。

「こ、これで元気でましたか。その、さっき知佳さんがこうされると嬉しいと仰ったので…」

最後の方はしどろもどろになりつつ言う恭也に、知佳は笑みを浮かべる。

「もう一回してくれたら元気になるかも」

知佳の言葉に恭也は顔を赤くしつつ、困ったような表情になる。
それを見て、知佳はこのぐらいで許してあげようと口を開きかけるが、その前に恭也が再び頬にキスをする。
恭也は耳まで真っ赤になりつつ、知佳の顔を覗き込むように見る。

「元気になりましたか」

「……うん、勿論!」

知佳は心配そうにこちらを見てくる恭也に、満面の笑みで答える。
それを見て、恭也も嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。

(大丈夫。この羽を怖がる人は確かにいるかもしれないけど、それでもこうして受け入れてくれる人たちがいるから。
 だから、うん、私は大丈夫だよ、恭也くん)

口には出さず、恭也に感謝を述べると、そっとその手を取る。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

「はい」

冬の空の下、繋いだ手の温もりと恭也の優しさに胸を熱くして知佳は帰路に着く。
自分を受け入れてくれた、優しい家族たちの待つ家へと向って。





  つづく




<あとがき>

御琴さんの64万Hitキリリクでした〜。
美姫 「おお、ついに8話目。『桜舞う日の〜』の後日談として数えれば、12話めね」
おおー、確かに。
短編だったはずがいつの間にかこんなにも。
美姫 「季節も春から夏、秋と来て遂に冬ね」
本当だな〜。もうすぐ作中では一年が経つんだな。
美姫 「ん?って事は、あの子ももうすぐ登場?」
どうなるだろうね。さて、ではまた次回で!
美姫 「まったね〜」







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