『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 9』






土曜日の昼過ぎ。
ここ、さざなみ寮の庭では、恭也と薫が手合わせを終え、丁度、一息吐いていた。

「相変わらず、恭也くんの動きは速いね」

「ありがとうございます。でも、薫さんの一撃はやっぱり凄いですよ。まだ、手が痺れてます」

そう言って、左手を上げて軽く振って見せる。

「しっかし、よく飽きないな、二人とも」

「仁村さん、鍛練は飽きる、飽きないじゃなかとですよ。
 毎日の積み重ねが、いざという時にものを言いますから」

「へいへい。っと、誰か来たみたいだな」

突然鳴ったチャイムの音に、真雪が動くよりも先に、耕介は声を上げると、エプロンで手を拭いながら玄関へと向う。
暫らくしてから、耕介と一緒に現われたのは、知佳の友人の佐伯理恵だった。

「お土産にケーキを頂いたから、今、お茶を淹れてくるよ」

そう言い置いて、耕介は再びキッチンへと姿を消す。
それを見送ってから、理恵はソファーへと座る。

「ああー、悪いけど、知佳の奴はまだ病院だぞ」

「はい、知ってます。今日は知佳ちゃんにではなく、恭也くんにお願いがあって来たんです」

「恭也に?」

はい、と笑みを見せる理恵を前にし、真雪が庭にいるであろう恭也を呼ぶ。

「おい、恭也〜。お嬢ちゃんが、お前に話があるんだと」

真雪の言葉に、庭で手合わせを再開させようとしてた恭也と薫はそれを中断して、リビングへと入る。
理恵の前の席に座りながら、恭也が用件を聞こうとした時、耕介が人数分のお茶とケーキを持ってくる。

「で、その話は俺たちも聞いても大丈夫なのかな?」

席を外すかどうか確かめる耕介に、理恵は首を振って大丈夫であると示す。

「別に大した事ではないんですよ。ですから、耕介さんたちが一緒でも構いません」

その言葉に、耕介たちも適当に座ると、ティータイムへと入る。

「それで、俺に用事というのは」

「はい。実はですね、明日、私の祖父の誕生日なんです」

「そうなんですか。それはおめでとうございます」

「ありがとうございます。それでですね、パーティーをするんですけれど、それに私も参加しないといけなくなってしまって」

理恵の祖父というと、SAEKIレコード会長になる。
そのような人物のパーティーともなると、さぞかし盛大なものだろうと恭也はぼんやりと考える。

「それで、それと俺との関係は?」

「はい。ですから、急で大変申し訳ないんですけれど、明日一日、私のボディーガードさんになってください」

「はい?」

理恵の言葉に、思わず恭也は変な声を上げる。

「ですから…」

「いえ、ちゃんと聞いてましたから」

再度、言い直そうとする理恵を制し、恭也はとりあえず落ち着こうと一口紅茶を口にする。

「どうして、俺なんですか。会長の孫娘ともなれば、ちゃんとしたガードが付くと思うんですが」

「それはそうなんですけど、ああいった方たちって、言い寄ってくる男の人からは、ガードしてくれないんですよ。
 ですから、恭也くんに個人的に依頼に来たんです」

「しかし、俺みたいな子供じゃ…」

「ちゃんと、お爺様の許可は頂きましたわ。後は、恭也くんのお返事だけなんです」

まだ躊躇する恭也に、理恵が笑みを見せつつ続ける。

「いい経験になると思うんですけど」

実の所、恭也は護衛の仕事が今回が初めてという訳でもなかったりするんだが。
士郎からは色々と教わっていたし、実際に、士郎の仕事にも数回とは言え付いて行ったりもしていた。
しかし、完全に一人というのは初めての事で、理恵の言葉に少し興味を惹かれたのも事実だった。
そんな恭也の感情を感じ取ったのか、後一押しと見て、理恵は顔を俯かせて、先程とは一転して、悲しい声を出す。

「どうしても駄目だと仰るのなら、残念ですけれど、諦めますわ。
 お爺様に言って、今から代わりの護衛を頼みます。でも、その方もきっと、言い寄ってくる男性は追い払ってくれないんでしょうね。
 お爺様に取り入る為に、私に寄って来る人たちの相手を、私が我慢さえすれば良いだけですから。
 例え、その方たちが私個人を見てくれていないとしても、パーティーの間ぐらいは耐えて見せますわ」

「や、やります。やりますから」

理恵の言葉に、恭也が慌てた声でそう言うと、理恵は伏せていた顔を上げ、満面の笑みを刻む。

「それでは、明日お昼頃に迎えに来ますので。
 どちらまで迎えに行けば宜しいですか?」

理恵の変わり身の早さに、恭也はやられたと思いつつ、せめてご近所の迷惑にならないようにと、
待ち合わせ場所をさざなみ寮にしてもらう。
今までのやり取りを、面白そうに眺めていた真雪は、気楽そうに恭也の肩を叩く。

「まあ、そんなに難しく考える事もないだろう。
 美味しいもんがいっぱいあるだろうから、楽しんできたらどうだ」

「良いですね。きっと、美味い酒なんかもあるんでしょうね」

「だろうな。でも、パーティーみたいな格式ばったのは、あたしはどうも苦手だからね」

「俺も同感ですよ。やっぱり、酒は楽しんで飲まないと、ですね」

「そういうこった。そうだ、恭也。隙を見て、一、二本、持って帰って来い」

「仁村さん! 恭也くんに何を吹き込んでるんですか!」

「何、言ってやがる。あたしはただ、何十本とあるうちの、一、二本土産にしろって言っただけだろう」

「そんな事、出来るはずがないでしょうが」

「やってみなくちゃ、分からないぞ」

「そういう問題ではありません」

「大丈夫だって。わかりゃーしないって」

激昂する薫に対し、真雪はあくまでも涼しい顔で受け流すと、耕介へと視線を向ける。
それを追うように、薫も耕介を見る。

「耕介さんからも、何か言って下さい」

「あ、いや…」

「けけけけけ。耕介だって、少しは期待してるよな」

「もち…、じゃなくて、いえ、そんな事は」

「耕介さん」

「いやいや、俺はそんな事…」

「全然、考えてなかったと言い切れるか」

「う、そう言われると……」

薫の視線がきつくなる中、理恵は小さく呟く。

「別に、私は構わないんですけど、せめて、関係者のいない所で話して欲しいですわね」

「理恵さんも、ここの一員として思われているという事ですよ、きっと」

良いように解釈をする恭也に、理恵は笑みを見せて、「そうですね」と頷くのだった。





  つづく




<あとがき>

久し振りの更新〜。
美姫 「なのに、短いわね」
うっ!
美姫 「おまけに、前後編に分かれてるし」
うっ!
美姫 「全く、一体、何を考えてるのかしら」
うぅぅ。
美姫 「ほら、唸っている暇があるんだったら、さっさと続きを書きなさいよ!」
分かってるよ〜。
美姫 「ほらほらほら」
うぅぅぅぅ。それでは、また次回で〜。
美姫 「まったね〜」





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