『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 10』






理恵から頼み事をされた翌日。
昼過ぎにさざなみへとやって来た恭也は、既にその前に止まっている黒塗りの車を認め、早足で近づく。
運転手へと頭を下げ、さざなみへと入ると、理恵が玄関先で待っていた。

「すいません、遅くなりました」

「いえいえ。私も今さっき来た所ですから。
 それでは、早速で申し訳ないんですが、行きましょうか」

「はい」

恭也は一足先に外へと出て、理恵が来るのを待つ。
恭也の後から理恵が外へと出てくると、その後から耕介たちもやって来る。

「恭也くん。俺は護衛とかの事はよく分からないけれど、あまり無茶をしては駄目だからね」

「はい、分かってます」

わざわざ外まで足を運んでくれた耕介たちに感謝しつつ、恭也は理恵に続いて車へと入る。
と、その恭也の後から、薫と知佳も車の中へと入ってくる。

「…どうして、お二人まで車に」

「私は、理恵ちゃんの友達だから」

理恵本人の誕生パーティーなら兎も角と考えている恭也に、知佳が笑いながら答える。

「それに、ほら、万が一の場合に、シールドが張れた方が良いでしょう」

知佳の言葉に、恭也は黙って頷く。
知佳の力を最初からあてにするのはまずいが、もしもという場合は心強い。
かといって、人目に力を使う知佳を晒すというのもいい気分ではなく、恭也は悩む。
そんな恭也の考えに気付いたのか、

「大丈夫だよ、恭也くん。例え、周りの人に怖がられても、大事な人を守れるんなら。
 それに、私の周りにいる人は、こんな私でも受け入れてくれてるから。だから、私は大丈夫」

これ以上は言っても無駄だと悟り、また、理恵が何も言わずに同行を許している以上、恭也もこれ以上は口を噤む。
ただ、それでも一つだけ言っておく。

「分かりましたけれど、こんなというのは止めて下さいね」

「あ、うん。ありがとう」

そう言って本当に嬉しそうな顔を見せる知佳の顔に照れつつ、それを誤魔化すように薫へと視線を向ける。

「えっと、それで薫さんは」

「うちは、恭也くんの手伝いができるんじゃないかと思ってね。
 勿論、邪魔をする気はないよ。ただ、うちだけでなく、さざなみの皆が恭也くんの事を心配しててね。
 それで、万が一の時に備えて、うちも同行させてもらうことになったんじゃよ。
 尤も、霊が相手とは違うから、役に立てるかどうかは分からないけれどね」

「いえ、そんな事はないですよ。ありがとうございます」

正直、ここまで甘えて良いのかどうか分からなかったが、素直に好意を受け取る事にする。

「とりあえず、知佳ちゃんと薫さんには私から離れていてもらう事にしてますから。
 そうしておけば、お二人が狙われる事はないでしょうし」

理恵の言葉に頷きながら、恭也は外を流れる景色へと目を向けるのだった。



  ◆ ◆ ◆



パーティー会場となる場所へと着いた一行は、理恵に案内されて一室へと通される。

「ここで、今日のパーティーに出席する為のドレスに着替えるんですよ。
 恭也くんのも用意してますから、隣の部屋で着替えてきてくださいね」

理恵の言葉に頷き、恭也は隣の部屋へと移り、そこに用意されていた服へと着替える。
その服に袖を通し、恭也はまず驚く。
伸縮性が高いのか、かなり動きやすい上に、服の内側には、飛針などを収めておけるように複数のポケットや、
ホルスター止めがちゃんと用意されている。
それらに装備を収めながら、恭也は最後に小太刀を身に着けると廊下へと出る。
外見を見ただけでは、恭也が武器を持っているとは誰も分からないだろう。
恭也は部屋の前でノックをすると、中から少し待ってという声が聞こえてくる。
その言葉に従い、恭也は扉から少し離れて、理恵たちの支度が整うまで待つ。
それから少しして、ようやく準備を終えたのか、扉が開いて中へと通される。
綺麗にドレスアップされた女性陣を前に、恭也は思わず見惚れて言葉を失う。

「どうですか、恭也くん」

「あ、皆さん、とてもお似合いです。その、とても綺麗ですよ。
 えっと、すいません。気の利いた言葉が浮んでこなくて」

「そんな事ないよ。本心から言ってくれてるって分かってるし、充分に嬉しいよ。
 ありがとうね、恭也くん」

笑顔で礼を言う知佳に、恭也は照れつつも頷き、先程から黙ったまま俯いている薫へと視線を向ける。

「薫さん、どうかしたんですか」

「いや、別に大した事じゃ。ただ、あんまりこういう格好はした事がないから、何か落ち着かないというか…。
 それに、知佳ちゃんたちみたいに可愛い子が着る分には良いんじゃろうが、うちのようなのが着ても」

「そんな事はないですよ。その、薫さんもとても綺麗ですよ。本当ですから」

「そ、そう。あ、ありがとう」

恭也の言葉に照れる薫を見て、恭也もまた照れたように頬を掻く。
そこへ、理恵が楽しそうな声を上げる。

「恭也くんも、その服、よく似合ってますよ」

「あ、ありがとうございます」

「折角ですから、頭もセットしちゃいましょう」

「い、いえ、結構です……。知佳さん、何で後ろに周るんですか。
 か、薫さんまで、どうして手を掴むんですか」

知佳と薫によって拘束された恭也は、強く振り払う事も出来ず、
理恵が笑みを浮かべながら近づいてくるのを、ただ大人しく観念して待つしかなかった。
数分後……。

「さあ、出来ましたよ〜」

「はー」

「……」

三者三様に、恭也に見惚れる。

「あの、何処か変なんでしょうか」

「そんな事はないですよ。とっても格好良いですわよ。ねえ、知佳ちゃん、薫さん」

「うん、とても似合ってるよ恭也くん」

「知佳ちゃんの言う通りだよ、恭也くん」

「そうですか」

照れたような顔で答える恭也に、理恵が声を掛ける。

「それでは、そろそろ時間ですから、行きましょうか。
 知佳ちゃんと薫さんは先に入って下さいね。これが、招待券になってますから」

そう言って、招待券を二人に渡すと、今度は恭也へと手を差し出す。

「それでは、恭也くん。しっかりとエスコートお願いしますね」

その手を何処かぎこちなく取り、恭也と理恵は部屋を出る。
その後ろ姿を、薫と知佳の二人は少し羨ましそうに眺めつつ、自分たちも会場へと向うのだった。

会場には、既に出席者たちが揃い始めており、あちらこちらで談話する声が飛び交う。
その雰囲気に、薫と知佳の二人は少し怯みつつ、部屋の隅へと移動する。

「あ、あははは。こうして見ると、理恵ちゃんって、お嬢さまなんだねー」

「確かにね。周りにいる人たちも、凄い人たちばかりなんじゃろうね」

「うーん、何か私達の存在って、ここでは浮いているような。
 でも、こんなパーティーとかに出ないといけないなんて、お嬢さまはお嬢さまで大変だね」

「知佳ちゃんの言う通りじゃね。とてもじゃないけれど、うちはこの雰囲気には慣れんじゃろうね」

「私も激しく同感。つくづく普通で良かったと実感するよ」

二人が顔を見合わせて苦笑する中、突然、騒がしかった会場が静かになったかと思うと、すぐにざわつき始める。
その原因となった人物が、この会場内へと入ってくる。

「やっぱり、会長の孫娘ともなると、凄いんだね」

改めて感心したような声を上げる知佳の視線の先には、会場中の視線を受けてなお、堂々とした振る舞いをしている親友の姿が。
その横には、幾分疲れたような、緊張したような面持ちの恭也が付き添っている。
二人をなんとなしに眺めていると、理恵へと近づく者がいた。

「お久し振りです、理恵さん」

「本当にお久し振りですね、米倉さん」

「お元気そうで、何よりですよ」

恭也は害はないと判断したのか、理恵の横で大人しくしている。
そんな恭也は眼中にないのか、米倉と呼ばれたまだ二十代後半と思われる青年は理恵の肩へと手を伸ばして行く。
それをゆっくりと躱すと、理恵は笑顔を見せたまま米倉へと軽く頭を下げる。

「それでは、私はこれで。連れがいますので。
 本日は、どうかごゆるりとお楽しみくださいませ」

そう言うと、恭也へと手を差し出し、恭也も心得たもので、その手を取ると、その場から立ち去る。
宙へと伸ばした腕を虚しく置いたまま、米倉はその背中をただ黙って見詰める。
周囲の視線もあり、居心地の悪さを堪えつつ、取り繕うようにスーツの襟元を直す振りをして見せる。
その頃には、周りの殆どの者がそこから関心を移しており、
米倉は悔しそうに歯を食いしばると、忌々しそうに二人の背中を一瞥するのだった。
それを蚊帳の外から眺めていた薫と知佳は、明らかに理恵本人ではなく、
その後ろにいる会長へと取り入ろうとしているであろう米倉に呆れたような視線を投げていた。

「理恵ちゃんが言ってた事って、ああいう人たちの事なんだろうね」

「正直、あまり好きにはなれん」

「私も…」

少し暗くなる知佳に、薫は少し笑みを浮かべて見せる。

「でも、今日は恭也くんが傍にいるから、大丈夫じゃよ」

「そうだよね」

薫の言葉に少しだけ笑みを取り戻し、知佳は理恵の方をもう一度見る。
見れば、挨拶をしてくる者や軽い会話をしてくる者は後を絶たないものの、
先程のやり取りを見ていたのか、誰も理恵へとアプローチをする者はいなかった。
最初は、理恵の身を心配していた知佳と薫だったが、恭也が常に横におり、先程の米倉の一件以来、
アプローチを掛けてくる者が誰もいないと分かると、次第に面白くないという感情が出てくる。
それを口には出さないものの、二人の視線は常にしっかりと組まれた恭也と理恵の腕へと集中している辺り、
その理由も推して知るべしだろう。
一方の恭也も、ずっと腕を組まれていて流石に恥ずかしいのだが、先程の米倉の件もあり、ただ黙ってされるがままになっている。
時折、理恵から漂ってくる甘い良い香りや、腕に押し付けられる形を変える柔らかな感触に顔を赤くしつつ。
理恵は理恵で、そんな恭也の反応が楽しくてしょうがないのか、時折、わざとらしく力を込めたりして、恭也の反応を伺う。
その度に、必要以上に反応してみせる恭也に、理恵はすっかりご満悦だった。
最早、当初の目的すら忘れ、理恵は恭也の反応を楽しんでいた。
当然、それを見ている二人は益々不機嫌になっていき、二人に声を掛けようとしていた男が、
そんな二人の空気を感じ取り、すごすごと引き下がったのを、二人が知る由もなかった。
そのうち、今日の主役が場に現われると、会場中の注目がそちらへと向く。
佐伯会長が姿を見せると、それまで談話をしていたのが嘘のように、場を静寂が包みこむ。
そんな中、会長がゆっくりと口を開き、ご来場くださった方々に礼を述べる。
簡単な挨拶が済むと、乾杯の音頭が取られ、再びあちらこちらで会話が飛び交い始める。
すると、今まで理恵の周りにいたものの何人かが、会長の方へと行く。
ようやく解放されたとほっと胸を撫で下ろす恭也と理恵だったが、恭也は訝しげに自分の腕を見る。

「あの、理恵さん。もう宜しいんでは」

「駄目ですよ。だって、まだまだパーティーは終ってませんから。
 何処で誰が見ているのか分かりませんもの」

そこで一旦言葉を区切ると、理恵は潤んだ瞳で恭也をじっと見詰める。
それはもう、悲しそうな表情を浮かべて。

「それとも、私とこうしているのは嫌ですか」

「い、いえ、嫌ではないんですが。
 そ、その、嫌とかいうのではなくてですね」

慌てて言い募る恭也に対し、理恵はぱぁぁっと花が咲いたような笑みを見せる。

「嫌でないのでしたら、もう少しこのままでお願いしますね」

「は、はい」

完全に理恵の策に嵌まる恭也だった。
そんな恭也の様子を横目で眺めつつ、理恵はこっそりと舌を出して心の内でそっと謝る。
尤も、だからといって、止める気は毛頭ないのだが。
と、不意に何かが割れる音が響き、会長の周りにいたSPたちが会長を庇うように移動する。
殆ど同じタイミングで、恭也は理恵を引き寄せると、辺りを注意深く窺う。
しかし、それ以上の動きは見せず、すぐに元に戻る。
どうやら、単にグラスが落ちて割れた音だったようで、恭也もほっと胸を撫で下ろす。
そこへ、遠慮がちな声が聞こえてくる。

「えっと、恭也くん」

「ああ、すいません。もう大丈夫ですから」

抱き寄せる形となっていた理恵を離すと、恭也は安心させるよう笑みを見せながら、理恵の頭に手を置いてそっと撫でる。
恭也のその仕草に、理恵はただその場に立ち尽くす。
特に意味はなく、ただ昔、父士郎がやっていたのを無意識にしただけだったが、それに気付いた恭也は慌てて手を離す。
自分のした事を謝ろうとした恭也だったが、肝心の理恵は何処かぼーっとした顔で、焦点が合っていないようだった。
それに慌てた恭也は、理恵の肩を掴むと、軽く揺さぶる。
我に返った理恵は、目の前の恭也を見て、思わず頬を赤らめる。

「すいませんでした」

「別に、謝られる事はないですよ。恭也くんは私を安心させようとしてくれたんでしょう。
 だったら、私がお礼を言わないといけないぐらいですから」

そう言って微笑む理恵は、いつもと同じ様子で、恭也はほっと胸を撫で下ろすのだった。

「とりあえず、パーティーはまだ終ってませんから、しっかりとエスコート兼、護衛をお願いしますね、恭也くん」

「はい」

そう言って再び腕を組んでくる理恵に、恭也は神妙に頷くのだった。
しかし、危惧する事もなく、この後も何事もなくパーティーは進み、無事に終わりを迎える事が出来たのであった。
会場を引き上げ、着替えを追えた一行を乗せ、車はさざなみへと向う。
その車中で、恭也は先程、護衛に当たっていた時よりも、更に緊張を強いられていた。
その最たる理由である二人へとそっと気付かれないように視線を飛ばすが、恭也の動きに気付いたのか、
二人は同時に恭也へと視線を向けてくる。
それを慌てて逸らし、恭也は外を見る振りをして、窓ガラスに映る二人の顔を眺める。

(やっぱり怒っているような気がするんだけど…)

何故か不機嫌な薫と知佳から突き刺さるような視線を感じつつ、恭也はじっと外を眺める。
やがて、車がさざなみに着くと、理恵は車の窓を開け、恭也へと礼を述べる。

「今日は本当にありがとうございました。
 また、今度お願いするかもしれませんけれど、その時もまたお願いしますね」

「はい、俺でお役に立てるのでしたら」

恭也の返答に、理恵は嬉しそうな笑みを見せ、その普段とは少し違うように見える笑みに、知佳は言い知れぬ嫌な予感を覚える。
それを追い払うように、首を横へと振ると、恭也の腕を掴む。

「それじゃあ、理恵ちゃん、また明日ね」

「くすくす。それじゃあ、また明日、学校で。薫さんも、本日はありがとうございました」

「いや、うちらは結局、何もしとらんし」

「あら、それが一番良い事ではありませんか」

「確かにね。それじゃあ、気を付けて」

「はい、ありがとうございます」

そう言って、窓を閉めると、車はゆっくりと走り出す。
それを見送りつつ、薫と知佳は何となしに顔を見合わせ、意味ありげな笑みを浮かべた後、肩を竦めて見せるのだった。
果たして、それはどういう意味だったのか。
恐らく、薫と知佳本人にも分かっていなかったのかもしれない。





  つづく




<あとがき>

という訳で、前回の続き〜。
美姫 「特に大事にもならずに済んだみたいで、良かったわね」
うんうん。
美姫 「所で、もしかして、理恵も参戦とか?」
ふっふっふ。それはどうかな〜。
現時点では、まだ不明。
この後、どうなるのかだな。
美姫 「基本的には、ヒロインはあの三人なんでしょう」
そういう事だ。
まあ、今後どうなるのかは、その時次第だな。
美姫 「行き当たりばったりね」
そうとも言う。
美姫 「さて、次回はどうなるのかしら」
うん。次回は、あの人が。
美姫 「誰々?」
まだ秘密〜。
そんな訳で、また次回〜。
美姫 「まったね〜」





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