『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 12』






恭也とリスティが出会った夜の翌日。
朝から寮ではリスティとのコミュニケーションを確立しようと、寮生たちが様々な事を行なっていた。
しかし、どれも上手くはいっていなかった。
そのうち、学生たちは学校へと行く時間となり、出て行く。
知佳とリスティは検査があるため、ゆっくりとしていたが。
昼前になると、耕介は二人を連れて病院へと行く。
二人が検査を受けている間、耕介は矢沢と会って話をしていた。

「昨日の今日ですが、どうですか」

「ははは、中々手強いですね」

「そうですか」

苦笑しながら答える耕介に、矢沢は頷いて答える。
そんな矢沢へと、耕介は気になることを聞いてみる。

「そういえば、リスティの名前なんですけど…」

「ああ。あの子は、孤児のようなものなんです。
 それで、センターが付けたエルシーって名前が気に入らないみたいで…」

「そうだったんですか」

矢沢の言葉に神妙な顔付きを見せる耕介に、矢沢はそのまま続ける。

「HGS患者は、心を閉ざす傾向にあるんですよ。
 なにせ、戦闘能力や生命力にIQなどが高い場合が多いですから。
 特に、それがPケースとなればね」

難しい顔をする耕介へと、矢沢は少し言い方を変えて言う。

「我々が犬や猫を尊敬できないのと同じような感覚なんですよ」

「なるほど。あ、でも、それじゃあ、知佳は?
 知佳もリスティと同じですよね」

「…彼女はかなり特別ですよ。
 環境や本人の性格、その他色々が良い方向で味方して、ああいった明るく良い子に育っているんでしょうね」

「……つまり、リスティの環境はよくなかったって事ですか」

耕介の問い掛けに、矢沢は顔を顰めると、重たくその口を開く。

「あの子は、人工授精なんだよ」

「……人工授精って」

「…あの子は、遺伝子治療研究の名目を借りた、体のいい人体実験なんだ。
 Pケースの患者の遺伝子を受け継ぐように掛け合わされて…。
 多分、毎日の時間をずっと研究と開発にのみ費やして…」

矢沢は心底、嫌そうな顔を見せながら、まるで非難するように話す。
そこへ、佐波田が姿を見せる。

「矢沢先生、お邪魔しますね。あら、エルシーはこちらじゃないんですか?」

「いえ。検査が早く終ったんなら、多分、知佳ちゃんと一緒にこの周辺でも歩いているんじゃないんですか」

「ああ、ちーちゃんと一緒なのね。それで…」

納得したような佐波田へと、耕介は遠慮がちに話し掛ける。

「あの、佐波田さん。あの子、リスティって名前じゃないんですか?」

「あら、違いますよ。あの子の名前は、エルシー・トゥエンティですよ。戸籍上もそうなっています」

「でも…」

尚も食い下がる耕介に、佐波田は笑みを湛えたまま返す。

「また嘘を吐いたのね。いけない子ね。嘘を吐いた事に関しては、上の人に注意してもらいますから」

「いえ、そこまでは…」

「あの子の名前は、エルシーですよ」

何かを言おうとする耕介を遮って、佐波田は優しげな微笑を浮かべながらそう告げるのだった。



時間は少し遡り、少し予定よりも早く検査を終えた二人は、病院の周りを歩いていた。

「えへへ、この病院、結構、緑が豊富でしょう。
 ちょっと時間が出来た時は、歩いているだけでも結構、時間が潰せるんだよ」

そう言って明るく笑う知佳へと、リスティは表情を変えないまま言葉を投げ掛ける。

「質問がある」

「なに?」

「君は何で、そんなにヘラヘラとしていられるんだ?」

「な、何でって言われても……。こういう性格だから、かな?」

困ったように答える知佳へと、リスティは更に続ける。

「僕らは、簡単に人の心へと入り込めるし、簡単に傷つけることも出来る。
 それこそ、文字通り手を使わずに」

「……私は、この能力、あんまり好きじゃなかったかな。
 人の心を覗いても、あんまり気持ちの良いものじゃないし、人を簡単に傷つける力なんて欲しくなかったし。
 この能力があって嬉しいと思った事はなかった」

「なかった? 過去形という事は、嬉しい事もあったという事?」

「うん。嬉しい事と言えるのかな…。ただ、ちょっと前に、この力で溺れている子を助けた事があったの。
 その時、周りにいた人たちは怖いものを見るような目で私を見てたの。
 私も、それは仕方がないなって思ってたんだけど、その時に一人の男の子が私の手を引いて、その場から連れ去ってくれたの。
 その後、その子が言ってくれたんだ。私のこの力は怖くないって。
 今まで、私はこの念動っていう力は、凶器なんだってずっと思っていたのに、
 その子は、色んな人を助ける事が出来る素敵な力だって言ってくれて。
 まあ、それ以外にも色々とお話したんだけど、これは秘密ね。
 ただ、あの言葉は凄く嬉しかった。
 それに、私の周りに居る人たち、さざなみの人たちは皆、その子と同じように私の事を思ってくれているから。
 ずっと前から、そんな事は分かっていたつもりだったんだけど、あの時にまた、改めてそれを感じたからね。
 皆が皆、分かってくれる訳じゃないけれど、それでも分かってくれる人はちゃんと居るって。
 だから、今は前ほど嫌いじゃない」

知佳の言葉に、リスティは微かに顔色を変化させつつ、吐き捨てるように言う。

「それでも、必要のないときは能力を封じて平和に暮らしている訳だ」

「…うん、そうだよ」

「普通の人間として、周りの人たちに愛されているから、それで良いって事?」

「うん!」

リスティの言葉を、知佳は嬉しそうに幸せそうな笑みを見せて力一杯に肯定する。
そんな知佳を見るリスティの顔に、殺意と呼べるような感覚にも近い怒気が浮ぶ。
しかし、それを声に出す事無く、あくまでも平坦な口調でリスティは知佳へと言葉を放つ。

「一つだけ言っておこう、TE−1」

そのリスティの口調から何か感じたが、それが何かまでは分からず、知佳はただそのまま見詰め返す。
そんな知佳へと向かって、

「僕と同じ化け物のくせに、のうのうと愛されて、ヘラヘラと生きている君みたいな生物は大嫌いだ」

リスティは、はっきりと言い放つのだった。



それから知佳を見つけた耕介は、傍にリスティが居ないことについて尋ねる。

「検査がまだ残っているからって、知らない先生が連れて行っちゃった」

「そうか。所で知佳、何か顔色が悪いみたいだけど…」

いつもと少し違う感じの知佳へと、耕介は心配してそう問い掛けるが、知佳はすぐさま笑顔を見せると、

「な、なんでもないよ。ちょっと検査が長かったから、疲れたのかな…」

「そうか」

尚も気遣わしげに見てくる耕介だったが、そこへ若い医師が現われて声を掛けて来る。

「槙原さんですか?」

「ええ、そうですが」

「エルシーの事なんですが、検査が夜まで掛かるので先にお帰りくださいという事です。
 我々で送って行きますので」

「あ、はい、分かりました。わざわざ、すいません。じゃあ、知佳、先に帰ろうか」

「…うん」

「帰りに何処か寄って行く?」

「今日は、いいや」

まだ何処か元気のない知佳を心配しつつも、耕介は知佳と一足先に寮へと帰るのだった。



病院内での検査を受けていたリスティは、次の検査まで時間が出来てしまった事もあり、何となく病院内をうろつく。
特に意味があった訳ではなく、ただじっとしていられなかったのだった。
病院の廊下を歩きながら、リスティの頭の中には幸せそうな笑みを見せる知佳の顔が何度も思い出される。
その度に、リスティは言葉では言い表せない気持ちが湧き出てくるのを無理矢理、押さえ込むと、平静を装う。
宛てもなくさ迷っていたリスティの目に、屋上へと通じる階段が飛び込んできた。
リスティはそのまま階段を登ると、屋上へと出る。
一人静かにここで時間を潰そうと考えていたリスティだったが、そこには先客が居た。
その先客である少年は、屋上を囲むフェンスを背に座り込み、ただ空を見ていた。
しかし、リスティが来たのを扉が開く音で分かったのか、顔をリスティへと向けてくる。
リスティはその顔に見覚えがあり、そう考えるまでもなく、目の前の少年の事を思い出す。
すると、目の前の少年も同様に、小さく声を洩らす。
リスティは、このままこの場を立ち去り、何処か違う所で時間を潰そうと踵を返そうとしたが、
それよりも先に少年の方が声を掛けて来た。

「一人の方が良いと言うのなら、自分がどきますよ」

少年はそう言うと、立ち上がる。
それに対し、リスティは短く返す。

「いや、別に良い」

自分でも何故、こんな事を言ったのか不思議に思いつつ、何となく少年の近くに腰を降ろす。
それを見ながら、少年もまた腰を降ろすと、顔をこちらへと向けて話し掛ける。

「確か、リスティさんでしたよね」

「Yes.確か、恭也だった…」

「はい」

それっきり、お互いの名前を確認すると、二人は口を閉ざし、そのまま時間が流れるに任せる。
どれぐらいそうしていたのかは分からないが、不意にリスティから話し掛ける。

「君はこんな所で何を」

「検査ですよ。ただ、少し早く来てしまったので、時間を潰していたところです」

「ふーん」

ここでまた口を閉ざし、また少し時間が流れる。
またしても、沈黙を破ったのはリスティの方だった。

「検査って、何処か悪いの」

「いえ、もう完治しているんですが、母がしつこく言うもんで。
 まあ、本来なら治る見込みもなかったから、仕方がないんですけどね。
 なので、こうして定期的に診てもらってるんです。それも、今年一杯の約束ですから、あと少しの辛抱ですけど」

「ふーん」

またも気のない返事を返すリスティに、今度は恭也から尋ねる。

「リスティさんはどうして?」

「君も見ただろう。羽根の件でさ」

「そうですか」

またしても降りる沈黙に、三度、リスティから口を開く。
自分でも意外だと思いながら、それでも口からは言葉が出る。

「治る見込みもなかったって、何か病気だったの?」

「いえ、そうじゃなくて、右膝を砕きまして…」

「で、今は完治したんだ」

「はい。ただ、無茶をしていないか確認するためにも、医者に診てもらえって母がうるさくて」

「母、ね。……なあ、恭也。親っていうのはどんな感じなんだい。
 しつこいとか、うるさいとか言っている割に、恭也は何処か嬉しそうに話をしてるけど」

言ってから、リスティは何を言っているのかと思ったが、既に口から出た言葉を引っ込める事も出来ず、ただ恭也の返答を待つ。
お互いに、さっきから顔は正面を向いており、お互いを見ていなかったが、
気配だけで恭也が少しだけ座りなおしたのを感じつつ、リスティはただ沈黙を守る。
やがて、ゆっくりと恭也が口を開く。

「難しいですね。まあ、確かにしつこいとか言いましたけど、これは、照れ隠しと言うか…。
 実際は、かなり感謝してますし、その大事な家族ですから嫌いじゃないですよ。
 …うーん、どう言えば良いんでしょうね」

言葉に詰まりつつも、それはどう説明すればいいのか分からないといった感じで、恭也がとても大切に思っていると事は分かる。
そして、恐らく幸せなのだろう。
そんな事を考え、リスティは知佳にも感じたような思いが湧き起こりそうになるのを感じる。
それをぶつけるかのように、リスティが口を開きかけた時、恭也の口から意外な言葉が洩れる。

「実際には血は繋がっていないので、他の人たちとは感じ方が違うのかもしれませんけど、
 それでも、やっぱり良い母親だと思います。それに、嫌いではないですよ。
 そんな事に関係なく、ちゃんと息子として接してくれますし。
 本当の親子だと思ってます」

「…血が繋がってないっていうのは、父親とも」

「いえ、父は既にいませんから」

その言葉の意味を悟り、リスティはただ小さくそう、とだけ呟く。
そんなリスティに気を使ったのか、恭也は少し早口に捲くし立てるように喋る。

「今のかーさんは、父さんの再婚相手なんですよ。
 えっと、さっきのリスティさんの質問なんですけど、父さんとは血が繋がってますから、
 父さんに付いてお話ししても良かったんですけど、父さんとの関係の方が、他の人たちとは違う関係だったんで…」

「他の人たちとは違うっていうのは」

「うーん、一言で言うと、師弟関係ですね」

「師弟? 何かやってたのかい?」

「ええ、まあ」

それっきり、二人は何度目かになる沈黙を挟む。
今までで最も長い沈黙が続く中、

「時間はまだ大丈夫なのかい?」

「…あ、そろそろ時間ですね」

時計で時間を確認した恭也は、そう言って立ち上がる。

「それじゃあ、これで失礼します」

立ち去る恭也の背中へと、リスティは言葉を投げる。

「本当に君は可笑しな奴だね」

恭也は足を止めると、肩越しに振り返り、不思議そうな顔をする。
それに対し、リスティは微笑を浮かべると、

「昨夜も言ったけれど、僕みたいな羽持ちにも普通に接してくる」

「昨夜も言ったと思いますけど、知り合いに居ますし、俺だけという訳じゃないですよ。
 意外と、受け入れる人は居るもんですよ。自分から壁を作らなければ。
 尤も、これは俺が最近になって教わったというか、学んだ事ですけどね」

「…知り合いに羽根持ちがいるんなら分かっているだろう、僕たちの力だって。
 君ぐらいなら、手を動かさずに簡単に傷つけることだって出来るんだよ。
 なのに、よく平然と話ができるね」

「…手を動かさずに、というのは無理ですが、似たような事は俺も出来ますからね。
 同じですよ」

「嘘でもそんな事は言わない方が良いと思うけど…。
 もし、それが本当か試そうとしたら、どうするつもりだい」

そのリスティの言葉から何かを感じ取ったのか、恭也は体ごとリスティへと向き直る。
そして、そのまま静かにリスティを見据える。
ただそれだけの事なのに、リスティは知らず体に力が入っている事に気付き、それを自分がむきになっているからだと思い、
苦笑した後に体から力を抜く。
そうして恭也へと視線を向けると、恭也は既に背を向けて、扉の近くまで歩いていた。
ノブに手を掛けながら、恭也は振り返ると、

「それに、俺にはリスティさんが悪い人には思えませんでしたから」

この言葉には意表を突かれたのか、少しだけ言葉が出なかったリスティだったが、すぐに皮肉めいた笑みを見せる。

「そんなに簡単に信用してもいいのかい?」

「…そうですね。もし、そうじゃなかったとしたら、それは俺自身の責任ですからね。
 一方的に信用したのはあくまでも俺ですから。他の誰の責任でもありませんよ」

恭也の言葉に、リスティはただ無言でいた。
それに対し、恭也は頭を下げると、扉の向こうへと体を入れる。
ゆっくりと閉まっていく扉を見ながら、リスティは思わずといった感じで声を上げていた。

「本当に、僕の羽は綺麗だった?」

殆ど閉まりつつある扉の隙間から、恭也の照れたような顔が微かに覗き、その声が聞こえてくる。

「ええ。昨夜、初めて見た時、思わず見惚れてしまうほど綺麗でした」

言い終えるとほぼ同時に、扉は音を立てて閉まる。
リスティは暫らくの間、その扉をただ見詰めていた。





  つづく




<あとがき>

さて、恭也とリスティのお話がまだ続く。
美姫 「この天星シリーズのメインとなるはずの薫や知佳、美緒の出番が…」
ま、まあ、リスティ編という事で。
美姫 「まあ、別に良いんだけどね。早く更新してくれれば」
あ、あはははは〜。
……痛い、痛いッス。その言葉は耳に痛いッス。
美姫 「馬鹿言ってないで、キリキリ書け〜い」
へへ〜、分かってますだ〜。
美姫 「さて、馬鹿はこの辺にして…」
だな。それじゃあ、また次回で。
美姫 「まったね〜」





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