『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 13』






リスティが検査を受けた翌日の朝。
耕介はリスティの部屋の前で少し考えていたが、やがて意を決したかのように、扉をノックする。

「リスティ…じゃないや、エルシー」

佐波田に言われた事を思い出し、言い直した耕介だったが、中からは何の返事もなかった。
それにもめげず、耕介は再度呼び掛けてみる。

「エルシー?」

「…用件は」

二度目の呼び掛けで、ようやくリスティから返答が返るが、それは耳へと届く事無く、直接頭へと響いてくる。
それに少し驚きつつも、耕介は極めて平静に話し掛ける。

「話でもしないかと思ってさ。一人でずっと部屋に篭もっているのも退屈だろ…」

「断わる」

とりつくシマもない程あっさりと断わってくるリスティに、しかし耕介は一瞬だけ怯むもの、再度名前を呼ぶ。

「エルシー、話をしよう〜。おーい、エルシー」

何度目かの呼び掛けを耕介がした瞬間、物凄い頭痛が耕介を襲う。
あまりの痛みに、耕介は頭を押さえつつ、口からは呻き声をあげる。
ほんの数秒でようやく頭痛が納まった頃、部屋の中からリスティの声が聞こえてくる。

「…ボクの邪魔をするな」

そのリスティの言葉を聞きつつ、耕介はフラフラとした足取りでその場を離れる。
ほんの数秒間の頭痛だったはずなのに、耕介の身体中はびっしょりと脂汗をかいていた。
しかし、部屋の前を離れながらも、耕介の顔には諦めるといったものは浮んでおらず、リビングへと顔を出すと、
そこにいた知佳とゆうひへと声を掛ける。

「二人共、少し協力してくれないかな」

耕介の言葉に二人がそちらへと顔を向けると、耕介はいきなり用件を切り出す。

「ゆうひ、貴様には情報収集係を命ずる」

「イエッサー。……って、何の?」

勢いで返事した後、ゆうひは当然のようにそう聞き返す。
それに対し、耕介は少しだけ苦笑しつつ自分の考えを口にする。

「子供にかまってもらうには、お菓子を用意するのが一番だ」

「うちは、耕介くんや桃子さんの作るお菓子やったら、いつでも大歓迎やで〜」

「いや、ゆうひの分じゃないって。今回は、エルシーの分だよ。
 という訳で、ゆうひにはエルシーがどんなお菓子が好きなのかを聞いて来てもらう」

「ちょ、ちょっとおっかないけれど……。おし、引き受けた!」

「で、知佳はその情報をもとに、俺と一緒にお菓子を作る……、って学校があるから無理だな」

「…うん、ごめんね」

「いや、仕方がないよ。それは、俺一人で頑張るから。そうだな、知佳にはまた今度、手伝ってもらうよ。
 よし、それじゃあ、さあ、行ってくるのだ、ゆうひ!」

「イエッサー!」

ゆうひが姿を消したのを見てから、耕介は気遣わしげに知佳へと視線を合わせると、

「こないだ、エルシーと何かあったのか?」

「え! ど、どうして?」

「…勘かな」

「……別に何でもないよ。うん、大丈夫だから」

「それなら良いけれど。あんまり溜め込むなよ」

「うん。ありがとう、お兄ちゃん」

何でもないということはないだろうが、耕介もそれ以上は聞かず、最後にそう言うと、ゆうひの帰りを待つ。
そんな耕介を横目で見ながら、知佳もゆうひが帰ってくるのを待つ。
それから暫らくして、一体、何があったのか、静電気だろうか、髪の毛をぱちぱち言わせながらゆうひが戻ってくる。

「分かったでー。ミルクマフィンや」

「でかした」

そんなゆうひへと一声掛けると、耕介はすぐさまキッチンへと向かう。

「……所で、ミルクマフィンって?」

首を傾げる耕介に苦笑を浮かべながら、知佳がゆうひの髪の毛にそっと触れる。
すると、ばちばち言っていたゆうひの髪の毛が、一瞬でふわりといった感じで元に戻る。

「おっ! おーきに、知佳ちゃん」

「どう致しまして」

そこへタイミング良く、桃子が勝手知ったるとばかりにリビングへと顔を出す。

「おはよーございまーす」

「あ、おはよ〜、桃子さん」

「おはようございます」

「今日も、なのはをお願いしますね」

腕に抱いたなのはをゆうひへと渡す桃子へ、耕介が天の助けとばかりにキッチンから顔を見せる。

「桃子さん、お願いがあるんです」

「何ですか? 私に出来ることでしたら。いつも、なのはだけじゃなく、美由希や恭也までお世話になってますから」

「そんなお世話だなんて、誰も思ってませんよ。美由希ちゃんも恭也くんも、既に家族みたいなもんですし。
 それに、うちの人間も結構、お世話になってますから」

「そう言って頂けると…。で、お願いと言うのは?」

「ああ、そうでした。ミルクマフィンって、どうやって作るんですか?」

耕介がそう尋ねると、桃子は説明を始める。
それを少し待ってもらい、改めてメモを手にして桃子の説明を受ける。

「と、まあ、こんな感じですね」

「ありがとうございます。お陰で助かりました」

「いえいえ。お役に立てて光栄です。しかし、今日のおやつはミルクマフィンですか」

「いえ、何と言いますか」

「どうかしたんですか?」

本当にどう言えば良いのか分からないといった感じの耕介に、桃子がそう尋ねる。
それを受け、耕介は簡単な説明だけをする。

「ええ。実は新しい寮生が来たんですけれど、中々打ち解けられなくて」

「ははー、それでその子の好物がミルクマフィンなんですね」

「ええ」

「うーん、私もその子に挨拶したいけれど、これから仕事だから、それはまた今度の機会に取っておきますね」

「ええ、また改めて紹介しますよ。それよりも、時間取らせてしまいましたけれど、大丈夫ですか」

「松っちゃんが居るから、大丈夫だとは思いますけど、そろそろ行きますね。
 それじゃあ、行ってきま〜す」

「「「いってらっしゃい」」」

そう元気良く言うと出かける桃子を、耕介たちも笑顔で送り出すのだった。



桃子が出掛けてから、なのはを寝かし付けた耕介は、先に朝食を並べ始める。
寮生たちが朝食を食べて学校へと出掛けてから、耕介は早速、ミルクマフィンの製作に取り掛かる。
メモを片手に作る事数時間。綺麗なミルクマフィンが出来上がる。
耕介はママレードディップと紅茶も用意すると部屋の前でエルシーを呼ぶ。

「エルシー、おやつだよー。ミルクマフィンと紅茶だよー」

リスティは、目の前に立つ耕介が持つトレーに乗せられたマフィンをじっと見詰め、次に不思議そうに耕介を見上げる。
そんなリスティに、耕介は笑みを見せながら、話し掛ける。

「マフィン、好きなんでしょう。おやつに食べなよ」

そう言うと、やや強引にトレーをリスティへと渡す。
と、不意に目の奥にちりちりするような感触が生まれ、次いでリスティが声を掛けてくる。

「こんな事をしても、懐かないよ。猫やリボンのようにはいかない」

その言葉に、耕介は心を読まれたかとリスティへと視線を向ける。
それさえも読んだのか、リスティは表情を変える事無く、淡々と告げる。

「読むよ。ボクやTE−1は、元々そういう生き物だ」

「TE−1? ……知佳の事か?」

耕介の言葉に返答する事も無く、リスティはそっと手を上げて耕介を軽く指差す。
途端、耕介は全身を硬直させて、がくんと膝から床に落ちる。
その顔、いや、身体中からは汗が吹き出ている。
言葉を出す事も出来ずに床に膝着く耕介を見下ろしながら、リスティがパチンと指を鳴らすと、
今までの様子が嘘だったみたいに、表情が和らぎ、何とか体を起こすと、そのまま床に座り込む。

「TE−1も、全く同じ事が出来る。つまり、君たちはこんな力を持った化け物と毎日、ヘラヘラと笑いながら暮らしているんだ。
 Do you understand?」

床に座り込んだまま、ぼーっとした感じで見上げる耕介にリスティはそう言い放つと、受け取ったトレーから手を離す。
重力に引かれ、トレーに乗っていたマフィンや紅茶が音を立てて床に落ちる。
それを何の感慨もなく見遣りながら、リスティはもう一度、言い聞かせるように告げる。

「分かったら、もうボクにはかまわないでくれ」

そう言うと、リスティは耕介に背中を向けて部屋に入ると、耕介が茫然と見守る中、ドアを勢い良く閉めて鍵を掛けた。
リスティは耕介を拒否したが、これが返って耕介の何かに火を付けたのか、それから耕介は暇が出来ればリスティに声を掛ける。
昼を過ぎる頃には、既に相手にするのにも疲れたのか、耕介が声を掛けても完全に無視するようになった。
それでもめげずに耕介が声を掛け続けていると、夕方頃には、耕介が近づいただけで、瞬間移動して逃げるか、
一定以上の距離に近寄ろうとすると、雷撃を一発放つ。
それでも諦めずに声を掛けつづける耕介に対し、リスティはずっと表情ひとつ動かさずに凍りついたような目を向ける。
そこまでされても、耕介はリスティの本心が別にあると思い、ただひたすらに声を掛け続けるのだった。



  ◆ ◆ ◆



夕方頃、さざなみ寮に恭也が現われる。

「こんにちは」

「ああ、お帰り恭也くん」

「ただいま……って、どうかしましたか、耕介さん。
 何か、疲れているみたいですが」

「あ、ああ、ちょっとね」

恭也の言葉に曖昧に笑って答えつつ、耕介は恭也をリビングへと通す。

「美由希はまだですか?」

「ああ、美由希ちゃんなら、美緒ちゃんと一緒にまだ遊びに行ったままですよ」

「そうですか」

耕介ではなく、リビングでお茶を飲んでいた愛からそう返って来る。
それに頷き返しつつ、恭也もソファーへと腰掛ける。
そんな恭也に、耕介が持って来た恭也専用の湯呑みに愛が急須からお茶を注いで渡すと、礼を言ってから受け取る。

「さて、それじゃあ夕飯の支度に取り掛かるか。恭也くんに愛さん、今日の夕飯は楽しみにしててください」

「ええ。耕介さんの料理は毎日、楽しみですよ。美味しいですから」

「ええ、本当に美味しいですから。ついつい食べ過ぎちゃうんですよね〜」

「あはは、それは嬉しいねー」

本当に嬉しそうに笑いながら答える耕介の目に、リスティの姿が映る。
どうやら、喉が渇いたらしく何か飲み物を取りに来たらしい。
これ幸いと話し掛けようとした耕介だったが、その前に恭也へとリスティを紹介する事にした。

「エルシー、こちら…」

耕介がリスティを紹介するよりも先に、恭也は少し驚いたような顔をしつつ頭を下げる。

「こんにちは、リスティさん」

「ああ」

恭也がここに居る事に戸惑ったのか、リスティは珍しく驚いたような顔を一瞬だけ浮かべると、そう洩らす。
これには、愛と耕介も驚いたような顔で二人を見比べ、

「恭也くん、エルシーを知っているのか?」

と尋ねる。
四人の中、ただ一人、いつもの様に表情に変化が見られない恭也は、湯呑みを両手に持ったまま、微かに首を傾げる。

「エルシー? 誰ですか、それは?」

「いや、だから…」

そう言ってリスティを見る耕介の視線で、その名前がリスティの事だと理解した恭也は、
同時に、エルシーと呼ばれた時のリスティの微かな表情を読んでいた。

「それで、どうしてリスティさんがここに居るんですか?」

「ああ、新しい寮生なんだよ」

恭也の問い掛けに、耕介がそう答える。
それに対して、リスティは何も言わずにキッチンへと向かうと、冷蔵庫を開ける。
その様子を見送りつつ、恭也は耕介に尋ねる。

「所で、さっき言っていた名前は?」

「ああ。俺もよくは分からないんだが、あの子を預けた人が言うには、エルシーというのが本当の名前らしいんだ。
 戸籍とかもそうなっていると言ってたから、俺はそう呼んでたんだけど」

「そうですか。……でも、俺にはリスティと名乗ってましたから、きっとそっちが本当の名前なんじゃないですか。
 もしくは、事情があるのかもしれませんけど…。
 どちらにしろ、本人がリスティと名乗ったんですから、俺はそう呼ぼうと思います」

「…そうだな。俺たちにも、最初はそう名乗ってたんだ。
 だったら、その名前で呼んであげないとな」

恭也の言葉に、耕介はそう頷くと、丁度、キッチンから出てきたリスティに声を掛ける。

「リスティ」

耕介のその呼びかけに、リスティは今まで無視していたのを忘れ、不思議そうに耕介の顔を見る。
そんなリスティの反応に僅かに嬉しくなりつつ、耕介は続ける。

「こちらは高町恭也くん。既に知り合いみたいだけど、一応、紹介しておくよ。
 彼は時折、ここで夕飯を食べたりするんだ。彼の母親や妹も一緒にね」

「しょっちゅうお世話になってて、申し訳ないですけどね」

「そんな事はないよ。うちは賑やかなのは好きだからね。ねえ、愛さん」

「ええ、そうですね。それに、翠屋さんには色々とおまけしてもらっているから、おあいこですよ。
 あ、リスティ。恭也くんの妹さんの一人はまだ小さいんだけど、昼間はうちで預かってるの。
 もし、暇があったら、見てあげてね」

愛の言葉に、リスティは何も返さず、ただ無言のままだった。
そんなリスティに、今度は恭也が話し掛ける。

「リスティさん、そんな所に立ってないで、座りませんか」

「……」

恭也の言葉に耕介と愛を交互に見遣った後、一つ頷くと、恭也の隣に腰を降ろし、コップに口をつけると少しだけ傾ける。
無言のまま、二人はただコップを傾ける。
と、突然、その静寂を破るような鳴き声が響く。

「どうやら、なのはが起きたみたいですね。
 ちょっと見てきます」

恭也がそう言って立ち上がると、リスティも同時に立ち上がる。

「僕も行っても良い?」

「ええ、勿論ですよ」

リスティにそう答えあると、恭也はそのまま空き部屋の一つに入って行く。
恭也の後ろに続いて部屋に入ったリスティは、ベッドの上で泣きつづける小さな女の子をまるで初めて見るような感じで見詰める。
リスティがじっと見詰める中、恭也はなのはを抱き上げると、そっとその背中を何度か叩く。
すると、暫らくすると、さっきまで火がついたように泣いていたなのはがピタリと泣き止む。
そんな様子をじっと眺めつつ、リスティの目は恭也の腕に抱かれた小さななのはにじっと合わさっていた。

「それが恭也の妹?」

「ええ、そうですよ。まだ小さいですけど、とっても元気ですよ」

そう言って笑う恭也に対し、リスティはただ無言でなのはを見詰める。
その視線に気付いたのか、恭也がリスティへと問い掛ける。

「抱いてみますか?」

「え、でも」

「大丈夫ですから。そっと…」

そう言うと、恭也はリスティの返事も待たず、なのはをリスティに渡す。

「ここに手を置いて、こっちは、こう回す感じで……。はい、それじゃあ、離しますよ」

恭也の言う通りにリスティが手を添えたのを見ると、恭也はそっと手を離す。

「思ったよりも軽い」

「ですね。でも、それでも生きているという主張ははっきりとしますよ」

「…うん。それに、何か温かくて気持ち良い。それに、良い匂いだ」

リスティはなのはの首に鼻を埋めるようにして、そっと目を閉じる。
なのはも大人しくリスティの腕に抱かれたまま、いつしか寝息を立て始めていた。
そんなリスティの様子を、こっそりと扉の隙間から覗き見ていた耕介と愛は、どちらともなく目を合わせると、
そっと気付かれないように傍を離れる。
ここに来てから初めて見るリスティの穏やかな顔に、やっぱりこのまま放っておけないという気持ちを新たにしつつ。





  つづく




<あとがき>

そろそろリスティ編も中盤。
美姫 「やっとね。本当に、もっと早く更新していれば」
返す言葉もない…。
美姫 「とりあえず、これで寮内ではリスティという呼び名になったのね」
だな。さて、次は…。
美姫 「いつに書きあがるのかしらね」
グサグサ。
美姫 「ふふふ。早く次回で会えることを祈ってるわ」
グサグサ……。
美姫 「それでは、また次回で〜」
う、うぅぅぅ……で、ではでは。





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