『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 14』






「私はこの子たちの母親で、桃子って言うの。宜しくね〜」

さざなみ寮へとやって来て、リスティを紹介されるなり、桃子はそう切り出す。
朗らかに微笑みかけながらずっと話し掛けてくる桃子に、リスティは驚いたような困惑したような表情を見せる。
それを察した恭也が、桃子へと注意するように言う。

「かーさん、あんまりそんなに話し掛けても、リスティさんが困惑してるから」

「えー、そんな事ないわよね〜、リスティちゃん」

「…ちゃん?」

「あれ、嫌だった? でも、私としては、可愛いし、リスティちゃんと呼ぶ方が良いんだけどな〜。
 駄目?」

そう言ってリスティの顔を覗き込むようにしながら、少し悲しそうに目を細めて尋ねる。
そんな桃子の様子に困惑しながらも、リスティは頷く。
それを見た途端、すぐさま満面の笑みを浮かべると、桃子は本当に嬉しそうに言う。

「良かった〜。もし嫌だと言われたら、何て呼ぼうか迷っちゃうところだったわ。
 でも、本当に可愛いわね〜」

桃子はそう言うなり、まだどこか茫然としている感のあるリスティに抱き付き、その頬に自分の頬を当ててその感触を楽しむ。

「う〜ん、可愛い〜♪」

「かーさん、リスティさんが迷惑してるから」

「え〜、だって、可愛いだもの」

「理由になってないから、それ」

「ほら、やっぱり、アンタ可愛くない。ああ、どうして、こんな子に育ってしまったのかしら。よよよよよ…。
 という訳で、アンタの代わりに可愛いリスティちゃんで…」

「それこそ、理由になってないぞ」

「え〜」

拗ねたように頬を膨らませる桃子に、恭也は呆れてものも言えないとばかりに肩を竦めて見せ、
リスティは訳が分からずに目を白黒させている。
そこへ、美由希がやって来て、不安そうに桃子を見詰める。

「おかーさん、私も可愛くないの」

「そんな訳ないじゃない。勿論、美由希も可愛いわよ〜。ん〜〜♪」

そんな美由希を嬉しそうに抱き寄せると、桃子は美由希とリスティを腕に抱き、二人に頬擦りをする。

「あはは、おかーさん、くすぐったいよ」

「ん〜、可愛い、可愛い〜♪ リスティちゃんも可愛い〜♪
 勿論、なのはも可愛いけど、今は寝てるから、その分も二人に〜♪」

「……かーさん」

桃子の暴走気味な行動に、恭也はただただ呆れるしかできないでいた。
そんな恭也を見て、桃子が楽しそうに言う。

「何? 恭也もやって欲しいの?
 仕方ないわね〜。ほら、こっちに来なさい」

「激しく遠慮しておく」

「む〜、可愛くないわね。でも、良いもんね〜。
 美由希とリスティちゃんがいるもん」

「……とりあえず、リスティさんがかなり驚いているみたいだから、そろそろ解放してあげた方が良くないか?」

「そう? まあ、充分堪能したから、今日はこれぐらいで良いか」

そう呟いて桃子が二人を解放すると、リスティはやっと我に返ったのか何とも言えない表情を見せる。
そんなリスティへと、恭也が頭を下げる。

「どうもすいません、うちの母が迷惑をお掛けしまして…」

「いや…」

恭也の謝罪に何とかそれだけを返すと、ようやく正常な思考が戻ってきたのか、リスティがゆっくりと桃子へと尋ねる。

「可愛いって、僕が?」

「そうよ」

「本当に?」

「当たり前じゃない。もう、本当に可愛いわよ」

「…これでも?」

言うが早いか、リスティは背中のフィンを展開させる。
最初は驚いたように目を見開いた桃子だったが、それも一瞬の事で、すぐにさっきまでと変わらない笑みを見せると、
そっとその手をリスティの頭へと持っていき、優しく撫でると、そのまま抱き寄せる。
先程とは違い、胸の中へとしっかりと抱きしめた桃子は、ただ静かに笑みさえ湛えてリスティの髪を梳くように撫でる。

「そんなものは関係ないわよ。そんなのは、単に背が高い低いや、髪が長い短いといったのと同じようなものでしかないわ。
 そんなのがあっても無くても、リスティちゃんはリスティちゃんでしょう。
 それは間違いないんだし、それで充分よ」

「…………Thanks」

桃子の言葉にリスティは本当に細く小さな声で言い、それが聞こえたのかいないのか、桃子はただ黙って暫らくはそうしていた。
何となく打ち解けた感じのする二人を眺めながら、感心する一同に対し、

「やっぱり、母親は違うって事だろうな」

真雪がボソリと呟いた言葉に、全員が思わず頷く中、恭也一人は首を横へと振る。

「母親だからとかではなく、かーさんだからだと思いますよ」

「桃子さんだから、か。でも、妙に説得力がありますね」

恭也の言葉に薫が頷きつつ言った言葉に、これまた全員が納得するのだった。
恭也たちがそんな話をしている中、美由希はリスティの後ろで不思議そうにリスティの羽を見詰めていた。

「……きれー」

触りたそうな目で見詰めながら、勝手に触って怒られないかと不安そうな目付きでリスティの羽を間近で見ている美由希に、
リスティは僅かな笑みを見せると、そっと美由希の手を取って、羽に触らせる。
最初は怒られるのかと思ってビクリと身を震わせた美由希だったが、すぐにリスティの行動を理解し、その顔に笑みを浮かべる。
最初は恐る恐るといった感じでリスティの様子を伺いながら触っていた美由希だったが、リスティが何も言わないでいると、
その動きが段々と大胆になってくる。

「はぁ〜。本当に綺麗。向こうが見えるの。
 知佳お姉ちゃんのも綺麗だけど、リスティお姉ちゃんのも綺麗」

「お姉ちゃん?」

美由希の羽が綺麗という言葉に照れていたリスティだったが、それ以上に美由希の呼ばれ方に気恥ずかしそうにする。
それに対し、美由希は何かいけない事を言ったのかと不安そうに見上げ、リスティはそれを誤魔化すように尋ねる。

「じゃあ、TE……知佳とどっちの方が綺麗?」

リスティの言葉に、美由希は真剣に悩み始める。

「え、ええっと、知佳お姉ちゃんの羽は白くてフワフワで……。
 リスティお姉ちゃんのは透き通っててキラキラで……。えっと、うんと…」

そんな美由希の様子を、リスティは楽しそうに見詰める。
と、美由希が顔を上げ、言い事を思いついたとばかりに笑顔ではっきりと言う。

「どっちも綺麗!」

顔を輝かせて言い放った美由希の言葉に、リスティは一瞬だけきょとんとなるが、すぐに笑い出す。

「ははは、そうか、どっちもか。その答えは考えてなかったよ」

「……駄目?」

「いいや、それで良いよ。……うん、別に無理に比べなくても良いんだよな」

美由希へと笑いかけつつ、リスティは最後は小さく呟く。
と、寮生たちが驚いた顔でこっちを見ているのに気付き、リスティはまたしてもきょとんとした顔になる。
そんなリスティに、愛がいつもと変わらない笑みを浮かべて声を掛ける。

「初めて、リスティが笑った顔を見ました。
 本当に、可愛いですね」

「でしょう、でしょう。桃子さんの目に狂いはないのよ」

そんな周囲の反応とは別に、リスティはどこか茫然といった感じで自分の顔を撫でる。

「笑ってた……?」

自分で自分の反応に驚いているのか、そのまま茫然となるリスティを、そっと後ろから桃子が抱きしめる。

「そうよ、笑ってたわよ。それはもう、いい顔でね。
 別に、そんなに驚くような事じゃないわよ」

「でも、僕は感情が…」

「感情がないって言いたいの? そんな事はないわよ。
 誰にだって感情はあるのよ。もし、ないと思ってたんなら、それは単に出し方が分からなかっただけよ。
 でも、今、こうして笑えたんだから、これからゆっくりと少しずつでも出していけば良いのよ」

桃子の言葉に、リスティは少しだけ肩を震わせると、その瞳から涙を零す。
桃子はそれを優しく指で拭い去ると、落ち着くまでそっとリスティを抱いていた。



その日を境に、少しずつだがリスティも寮生たちと打ち解け始める。
ただし、一つの例外を除いてだが…。

「リスティ〜、一緒に遊ぼ〜」

そう言うと耕介は、庭に面したリビングの扉に座っているリスティの元へとネコを二匹抱いて近づく。

「ほらほら、にゃんこたちも一緒だぞ〜」

そう言って近づく耕介だったが、その顔面へと衝撃波がぶつかる。
その痛みで猫たちから手が離れ、猫たちはそのまま空中を浮んでリスティの腕の中へと納まるのだった。



「リスティ、俺も仕事を済ませているし、このまま帰りに何処か寄ってかない?
 ふっふっふ、車の中なら、流石に衝撃波や電撃を出せないだろう。
 大人しく……って、いたたたた! うおおおおおぉぉぉ、あ、頭が割れるように痛いぃぃぃぃ!」



「リスティ〜、髪の毛を梳かしてあげようか。
 こう見えても、俺、上手なんだぞ〜」

櫛を手に近づく耕介の身体から、ばちばちという音と共に、小さな静電気のようなものが出る。

「うぎゃぁぁぁぁ! ぬおぉぉぉ、し、死ぬ、死ぬぅぅぅぅ!!
 痺れるぅぅぅぅぅ!」

微弱の電気を流されて床の上で身悶える耕介が、偶々近くに居た真雪へと助けを求めるが、返ってきたのは、にやりとした笑みと、

「癖になるなよ」

「な、なりません! って言うか、誰かた、助けぇぇぇ!」



「リスティ〜、リスティの大好きなミルクマフィンだぞ〜」

また何かをしてこようとするリスティの機先を制するように、耕介は胸を張って言う。

「おっと、良いのか? 今、俺に何かすれば、ミルクマフィンも無事では……って、あれ!?
 ミルクマフィンは?」

耕介が手にしていたミルクマフィンが、それを乗せた盆ごと姿を消していた。
と、いつの間にかリスティが両手でそれを持っており、耕介をじっと見詰める。
耕介は背中に冷たい汗を流しながら、引き攣った笑みを向ける。

「えっと、これってひょっとしなくても?」

耕介の問い掛けに答える代わりに、リスティから微弱な電撃が放たれる。

「ぬおぉぉぉぉぉ! や、やっぱりぃぃぃ。……って、真雪さん! た、助け…」

悶えながらも耕介は何かを飲むために降りてきた真雪と目が合い、助けを求める。
そんな耕介を冷ややかに見下ろしつつ、真雪は哀れむように告げる。

「とうとう、目覚めてしまったか。あれ程、注意したのにな」

「な、何を言ってるんですか! そんな訳ないでしょうが!
 って、いたたたたたたっ!」

「まあ、程ほどにしとけよ」

「って、助けてくださいよ!」



夕方、赤く染まる庭をぼんやりと眺めながら、耕介は一人落ち込んだように肩を落としていた。
その横へと恭也は腰を降ろすと、どうかしたのか尋ねる。

「いや、次はどうやってリスティに声を掛けようかと考えてた所なんだ」

どうやら、落ち込んでいたのではなく、考え込んでいたらしい。
耕介らしいと言えばらしい答えに、後ろで様子を伺っていた薫たちも笑みを見せる。
そんな耕介へと、みなみが少し苦笑しながら言う。

「でも、耕介さん。最近、ちょっとセクハラぎりぎりっていうか…」

「確かに、リスティ様も近頃はご自分の時間が取れないご様子ですし…」

「うっ。でも、何で俺だけ……。うぅぅ」

他の皆とも、まだそれ程仲が良くなっているという訳ではないが、かなり打ち解けてきている中、
耕介に対してだけ、最初の頃とあまり変わらず、耕介はいじけたように俯く。
そんな耕介に、全員が苦笑めいたものを浮かべる中、恭也が話し掛ける。

「耕介さん。そんなに落ち込まないでください」

「いや、別に本当に落ち込んでいる訳じゃないんだけどね」

「あ、やっぱり気付いてたんですね」

「へっ!? 何が?」

「だから、リスティさんにからかわれている事をですよ」

「はい?」

……案外、耕介との仲も悪くないのかもしれない。
と、不思議そうな顔を見せた耕介に、

「もしかして、気付いてなかったんですか?」

薫がそう尋ねると、耕介はただ黙って頷く。
それを見て、全員があきれたような顔をするのを見て、耕介が慌てたように口を開く。

「って、皆は気付いてたの?」

それに全員が揃って頷くのを見て、耕介は少し遠くを見る。

「だったら、教えてくれても良かったのに……」

「まあ、ぼーずとお前のコミュニケーションだしな。
 あたしらが下手に口出さないほうが良いだろうを思ったんだよ。
 それに、ぼーずも何処か楽しそうだったしな。良いじゃないか、お前が少し苦痛を我慢するだけで良いんだから」

「う、それにはあまり素直には頷けませんけどね」

「まあまあ。そのお陰で新しい境地を開拓できたんだから」

「だから、してませんって!」

耕介と真雪以外が首を傾けるのを見て、真雪が説明しようとするのを、耕介が口を塞いで止める。
新たな住人が徐々に馴染んでいく中でも、相も変わらず、ここさざなみ寮から騒動は無くならないようである。





  つづく




<あとがき>

久し振りです。
天星〜。
美姫 「やっとリスティが住人たちと打ち解け始めたわね」
おう。いよいよ、リスティ編も終盤へ。
美姫 「果たして、どんな結末が待っているのかしら?」
それでは、また次回で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」





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