『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 15』






リスティが皆と打ち解けた始め、徐々に女の子っぽくなってきたリスティに、耕介たちもほっと胸を撫で下ろす。

「良かったですね、リスティが元気になって」

「愛さん、元気になったって……」

愛の表現に耕介は苦笑を見せるが、真雪は肩を竦めて、今更だろうとばかりに笑みを浮かべる。

「まあ、愛のお惚けは置いておくとして、実際、あれが本来のぼーずだったのかもな。
 あまり詳しくは知らないが、矢沢のおっさんが言うには、あまり良い環境じゃなかったみたいだし」

「ですね。でも、今は時々ですが笑顔を見せるようになりましたし」

「まあな。やっぱり、桃子さんや恭也のお陰というのが大きいだろうな。
 まあ、お前もその中に入れといてやろう、耕介」

「はいはい、ありがとうございます」

真雪の言葉に、耕介は苦笑しながら答え、愛は嬉しそうに口を開く。

「でも、本当に元気になって良かったですね」

愛の言葉に耕介と真雪は顔を見合わせて、愛に見えないように肩を竦めると、ベランダから愛が微笑ましそうに眺めている先、
庭先へと視線を落とす。そこには…。

「恭也、昨日、僕と図書館に行く約束をしたじゃないか」

「えー、恭也くんは私と映画館に行く約束したよね」

「恭也は、みゆきちとわたしと一緒にゲームをする約束なのだ〜」

リスティ、知佳、美緒がそれぞれ恭也を中心に、何やら揉めていた。

「えっと、約束?」

恭也は必死にリスティたちが言う約束を思い出すが、せいぜい思い当たるのは昨日の会話ぐらいだった。
リスティと動物の話をしていた折、ペットを飼う話になり、動物の生態へと話が移った。
その時、今度図書館で調べてみようとリスティが言った言葉に、頷いた記憶はある。
確かに約束ではある。が、しかし、その今度が今日とは思ってもいなかった。
一方、知佳の言う約束を考えると、やはり、昨日の会話だろうか。
何かの情報誌らしきものを読んでいた知佳が、隣りに座っていた恭也に自分が読んでいたページを見せると、

「恭也くん、これ面白そうじゃない?」

そう聞いてきたので、恭也はその記事を読み、面白そうですねと答えた。
それを聞いた知佳が少し恥ずかしそうにしながらも、それじゃあ、今度一緒に観に行こうよと誘ってきてくれたので、
恭也もそれに頷いたのだった。が、しかし、こちらも何と言うか、まさか、それが今日とは思ってもいなかった訳で。
残る美緒だが、これは単に昨日、夕食前に美緒と美由希と望と一緒に人数合わせと、
強すぎる望へのハンデとして恭也も付き合わされてゲームをしていた時の話で、
もうすぐ夕食という事でゲームを止めた四人だったが、その際に美緒がまたしよう、と言ってきたので、それに頷いたのだった。
が、しかし、これもまた、今日とは思っていなかった恭也だった。
結果、今のような状況が出来上がり、恭也は下手に口を出す事も出来ず、ただ三人のやり取りを眺めていた。
と、そこへ、木刀を手にした薫が現われる。

「恭也くん、良かったらこれから少し打ち合わん?
 って、何で、皆して睨んでくると?」

庭先へとやって来た薫に、リスティたち三人から鋭い視線が飛んで来て、薫は思わず後退るのだった。



  ◆ ◆ ◆



何処かの薄暗い部屋の中、二人の人物が向かい合って座っている。

「ええ、データ収拾は完了しました」

一人の人物が、そっと机の上に書類の束らしきものを置き、もう一方へと押し遣る。
その人物はその書類の束を受け取ると、パラパラと中を見ていく。

「ふむ。……おお、素晴らしい内容だな。これなら、充分に使える」

「では、作業の方に入りますね。
 ……ふふふ、あの子がどんな顔をするのか、今からとても楽しみだわ」

何処か暗いものを感じさせる笑い声が、部屋の中に響き渡っていた。



  ◆ ◆ ◆



それからの数日間、今までの様子が嘘だったように更に明るくなっていくリスティに、全員喜んでいた。

「もう、本当に可愛い〜♪」

「だから、かーさん…」

リスティへと抱き付く桃子に、恭也が呆れたように呟くが、リスティが嬉しそうにしているのを見て、黙る。

「桃子は何か温かいね」

「そう? リスティちゃんは可愛いわよ〜」

桃子の言葉に照れるリスティを見て、桃子は益々抱き付く。
そこへ美由希も加わる。

「おかーさん、私も〜」

「はいはい、美由希も可愛い〜。勿論、リスティちゃんも、可愛い〜」

「あははは〜。美由希もやる〜。リスティお姉ちゃん、可愛い〜」

そう言って抱き付く美由希に、リスティもおずおずと抱き返すと、美由希は嬉しそうに笑う。
そんな美由希を見て、リスティも笑みを浮かべると、少しだけ強く抱き付く。

「あははは〜。ねえ、リスティお姉ちゃん、美由希も可愛い?」

「ああ、勿論、可愛いよ」

「えへへへ〜」

リスティの言葉を聞き嬉しそうに笑う美由希に、桃子が羨ましそうな目を向ける。

「良いな、良いな〜。二人だけ〜。桃子さんもやって欲しい〜」

それを聞いた美由希とリスティは顔を見合わせて笑い合うと、二人して桃子へと抱き付く。

「「桃子(おかーさん)も可愛い〜」」

「あ〜ん、ありがとう〜。桃子さん、感激よ〜♪」

そんな桃子を冷ややかに見遣りつつ、恭也が乾いた笑みを見せる。

「ふっ……」

「ちょっと、恭也、何よ、それ、どういう意味! 士郎さんだって、可愛いって言ってくれたんだからね」

「俺は別に何も言ってないだろう」

「くっ、本当に可愛げのない」

「悪かったな」

「……はっはぁ〜ん、ひょっとして拗ねてるの」

「んな訳あるか」

「遠慮しなくてもいいのよ〜」

「してないし、いらん。と言うか、近づくな!」

「む〜。そこまで嫌がらなくても良いじゃない。
 こうなったら、リスティちゃん、ゴー」

桃子の合図に、リスティはフィンを展開すると、すまなさそうな顔を向ける。

「ごめんね、恭也」

「言いつつ、念動力を使わないで下さい!」

桃子は引き寄せる力に必死で抵抗している恭也の隙を付いて抱き付くと、そのまま美由希とリスティにも抱き付く。
思いもしないぐらい近くに恭也の顔を見て、リスティは何故か自分の顔が赤くなり、少し動悸が速くなったのを不思議に思っていた。



リスティの検査を待つ傍ら、耕介は矢沢と話をしていた。

「リスティの情操面の進歩には、目を見張りますね。
 何年かけてもほとんど育たなかった感情が、たったこれだけの期間で…」

「ええ、明るくなりましたね。それに、時々ですが、笑顔も見せるようになりましたし。
 やっぱり、同じ年頃の女の子たちが居ると、ああなるんですかね」

「まあ、それもないとは言いませんけれど、何よりも、あの寮が少し特殊な環境なのと、桃子さんでしたっけ?
 彼女の存在が大きかったようですね」

「ええ、それは直に見ていた俺たちも思ってますよ」

あの時の事を思い出しながら、耕介は改めて桃子の凄さを実感する。
そんな耕介に、矢沢が付け足すように告げる。

「それと、何と言っても、恭也くんのおかげな部分も大きいですよ」

「はは、確かにね。最初の頃は、本当にあまり周りの物事には感心がないって感じだったんですが、
 今じゃ、知佳や薫、美緒たちと恭也くんに関する事では、かなり感情を出してますからね」

「でしょうね。僕は知佳ちゃんの主治医で、治療の方が主ですから、あの子とは検査の時ぐらいしか会わないですが、
 あの子がしている話で、よく聞きますよ」

「そうですか。でも、それは良いことですよね」

「ええ、勿論ですよ」

その後、少しだけ世間話をした後、矢沢と別れた耕介は、検査の終わったリスティと落ち合う。

「よ、お疲れ。ちょっと買える前に夕飯の買出しに行くから、付き合ってくれ」

「うん、良いよ」

リスティを乗せ、耕介はデパートで買い物を済ませると、リスティと一緒にアイスを食べていた。
知佳が言うには、海鳴の開発局は感じが悪い所らしく、検査の後は辛かったり、痛かったりする事が多いらしい。
だから、病院帰りは優しくしてあげてくれと言われた事を思い出しつつ、
そう言えば病院に行く時は憂鬱そうな顔をしているな、とぼんやり考えていた耕介に、リスティが話し掛けてくる。

「ねえ、耕介は恋したことある?」

純粋に尋ねてくるリスティの言葉に、耕介は思わず吹き出すが、真面目に聞いて来ていると分かり、耕介も真面目に返す。

「まあ、それはな」

「どんな感じなの? 真雪の漫画は全部読んだけれど、良く分からなかったんだ」

「まあ、あれはな〜。うーん、こういうのは説明するのが難しいからな…。
 そうだな…。その人の事が何よりも大事で、ずっと傍に居たい、居て欲しい、って思う事かな。
 他にも色々とあるんだけれど、やっぱり口で言うのは難しいかな」

「ふーん、そうなんだ」

「まあ、リスティもその内、分かるようになるさ」

「そうなのかな?」

「ああ。ひょっとしたら、もう感じているのかもな…」

「ん? 何?」

「いんや、何でもない。あ、今、俺の考えを読むのはなしだぞ。
 こういう事は、自分で気付かないとな」

「…ん、そう言うのなら、分かった」

耕介の言葉にリスティは頷くと、アイスを口に含み、幸せそうな笑みを浮かべる。
そんなリスティを見て、耕介もまた笑みを浮かべるのだった。



  ◆ ◆ ◆



「LCシリーズは、珠玉の商品になるだろうな……」

「ええ、そうですわね。そろそろ、実戦試験も兼ねて、サンプルの採集もしますわ」

何処ともしれない場所で、またしてもあの時の二人が謎の会話を交わしていた。
ただし、今度は直接会ってではなく、電話越しにだったが。

「……ええ、勿論、それらも問題なく。はい、では、これで失礼します」

最後に恭しく頭を下げると、その人物は静かに受話器を置く。

「ふふふ。本当に楽しみだわ」

暗い笑みを湛え、その人物──佐波田は部屋を後にするのだった。





  つづく




<あとがき>

今回、久し振りに知佳や薫にも出番が〜。
美姫 「ほんのちょっとだけどね」
ま、まあな。
美姫 「でも、何やら影で怪しい動きが…」
いよいよ、リスティ編も終局へと向けて動き出す。
美姫 「一体、どうなるのかしら」
次回もお待ち下さい。
美姫 「それじゃ〜ね〜」





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