『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 16』






病院での検査を終えたリスティと、その送り迎えをしていた耕介を矢沢医師が呼び止める。

「実は、開発局が閉鎖してしまってね」

「開発局が? どうしてですか?」

「それが分からないんだよ。
 米国のセンターに問い合わせてみたら、こっちに支局を作る話はあったそうなんだけれど、結局はうやむやになったとか…」

矢沢も要領を得ないとばかりに首を振る。
そんな矢沢へと、リスティは少し不安そうな様子で尋ねる。

「佐波田に関しては、ステイツのセンターは何て言ってるんだ?」

「ああ、まだ分からない。センターには、今連絡を取っている所だから」

「大丈夫だって、リスティ。例え何があっても、リスティはうちの子だから。
 皆、リスティの味方だ」

耕介の言葉に、リスティは薄っすらと笑みを浮かべ、静かに頷く。
病院から寮へと帰る道すがら、耕介の運転するバイクの後ろに乗ったリスティが口を開く。

「さっき矢沢の中層意識を読んだ。
 僕の開発と検査のデータが全て、綺麗さっぱり持ち去られていて、開発局の研究施設には、
 明らかに“あるもの”と思われる設備があったって」

「あるもの?」

リスティの言葉に不思議そうに尋ね返す耕介に、リスティはその言葉が聞こえていないのか、それには答えず、
自分でも整理するように言葉を続けていく。

「少しおかしいとは思ってたんだ…。
 能力者に対する防御手段が秀逸過ぎた。
 僕をステイツのセンターから買い取ったのは、僕が一番安定して、出力が大きかったから…。
 でも、何のために。それに、あれは……。
 今、この時期に撤去したって事は、恐らく何か計画をしていて、それの目処が立ったって事…。
 もし、その計画の為の、僕のデータとあれだとしたら。
 …連中が欲しているのは、恐らく知佳……?
 っ! 耕介、早く寮に戻ろう! もしかしたら、知佳が危ないかもしれない!」

リスティの言葉に驚きつつも、疑問を口にする事なく耕介はバイクの速度を上げる。
ぐんぐんと速度を上げるバイクを操りつつ、耕介は後ろに跨るリスティへと疑問を投げる。

「知佳が危ないって、どういう事?」

「詳しくは僕も分からないけれど、佐波田たちは僕の検査と称した実験で、僕のデータを取り、
 それを元に僕のクローンを作ったんだと思う。
 そして、連中が次に欲しがったのは、知佳だ!」

「だとしたら、急がないとな」

耕介はリスティの言葉を聞き、更に速度を上げるのだった。



  ◆ ◆ ◆



「あれ、リスティ、もう検査終わったの?
 お兄ちゃんは?」

玄関から黙ったまま入って来たリスティを見て、知佳がそう声を掛ける。
しかし、それに対してリスティはただ無言のまま、何かを確認するかのように知佳を頭から足まで値踏みするように見遣る。
そこへ、リビングから恭也がやって来て、返って来たリスティへと挨拶する。

「お帰りなさい、リスティさ……」

恭也は言葉を途中で切ると、そのまま知佳の腕を取って自分の方へと抱き寄せる。
突然の事に驚きつつも、照れて僅かに頬が赤くなるのを誤魔化すように、知佳が文句の声を上げる。

「もう、恭也くん、いきなり引っ張ったら危ない…」

が、自分を引き寄せた恭也の目が、薫と打ち合っている時のように鋭くなっており、
その雰囲気も鍛練の時とは比べ物にならないものを醸し出していた為、その言葉も途中で途切れる。
恭也は知佳を庇うように後ろへとやると、静かに目の前に立つリスティへと声を掛ける。

「お前は誰だ?」

恭也の言葉に改めてリスティと思しき人物へと目をやった知佳は、よく見ればリスティとは髪の色が少し違う上に、
瞳の色が異なっている事に遅まきながらも気付く。
目の前の人物は、リスティの偽物と気付かれても何の変化も見せず、ただ淡々と確認事項を読み上げるように告げる。

「サンプルTE−1を確認。…捕獲する」

そう言って知佳を捉えようと近づいて来る少女の前に恭也が立ち塞がる。

「何だ、お前は? 邪魔をするのなら、消す」

そう言った少女の背中にフィンが現われる。

「恭也くん、危ないから下がって」

「知佳さんこそ、ここから逃げてください」

二人が言い合っている間に、少女は見えない力を叩き付ける。
それを咄嗟に張ったシールドで知佳が防ぐと、恭也は既にその場を駆け出して少女へと向っていた。
いつもの練習用の刀ではなく、亡き父が愛用していた真剣をその手に握り。
少女はこの場での戦闘を放棄し、外へと飛び出す。
それを追う恭也の眼前に、石礫が飛んで来る。
その方向には少女が宙に浮き、手をこちらへと向けていた。
恭也は迫り来る石礫を小太刀で弾くと、少女へと一気に迫り、その手の小太刀を振り下ろす。
しかし、それは少女の前に現われた薄い膜のようなものの前に弾かれる。
少し驚く恭也だったが、背筋に冷たいものを感じて、すぐにその場を跳び退く。
数瞬遅れ、さっきまで恭也が居た位置に上空から石礫が降り注ぐ。
その元を見れば、またしてもリスティとよく似た顔立ちの少女が宙に浮いていた。

「…二人か」

恭也が呟くと同時に、二人の少女の付近にある地面が盛り上がり、小さな塊となる。
念動力で地面の一部分を抉り、それを投げ付ける。
恭也はそれを喰らうのを承知で、そこへと飛び込もうとして、背後からの声にその動きを止める。

「恭也くん、動かないで」

動きを止めた恭也の元に知佳が現われ、その背中にフィンが出現する。
同時、知佳と恭也を中心に、先程少女が恭也の小太刀を弾いたのと同じような膜、フィールドが出来あがる。
知佳のフィールドが二人の少女の攻撃を弾くのを眺めながら、恭也はこんな時だというのに、知佳のフィンに思わず見惚れる。
が、すぐさま現状を思い出して首を横へと振ると、最も近くに居る少女を見据える。
攻撃が止んだ瞬間を狙う恭也だったが、不意に少女の横から何かが飛来する。
少女はそれに気付いてそれを躱す。
その先を見れば、そこには銀髪の少女が居た。
それを見て知佳は、やや半信半疑で尋ねる。

「今度こそ、本物のリスティよね」

「…ええ、リスティさんですよ」

「あったりまえだろう、知佳! こんな美人が他に居るのか?」

「だって、同じ顔…」

「でも、恭也は流石だよね。ちゃんと僕だって気付いてくれた。
 うんうん。前に読んだ漫画であったけれど、これは愛だね」

「何でそうなるのよ! 単に恭也くんが鋭いだけです!」

「むっ。本物の僕と偽物を見分けられなかった知佳、ここで割り込んでくるのは無粋だよ」

「リスティがしょうもない事を言うからでしょう」

二人して言い合いを始める所へ、耕介がリスティの後ろから遠慮がちに声を掛ける。

「あのー、二人共、今はそれどころじゃ……」

「っと、そうだった。今は知佳よりも、その劣悪なコピーをどうにかしないとね」

「そうだった。って、コピーって何?」

「あれは、僕のクローンなのさ。さて、掛かっておいで、娘たち」

「……LCオリジナル」

挑発するように声を掛けたリスティに、少女たちは小さく呟くと、標的をリスティへと変える。
衝撃波をリスティへと放つが、フィンを展開したリスティの張ったフィールドに全て阻まれる。

「この程度のフィールドも破れないなんてね。
 フィールドは、こう破る」

言うなりリスティは両手に光る光弾を作り出し、それを少女たちへと投げる。
リスティから打ち出された光弾は、クローンの少女たちが張ったフィールドをまるで紙のように突き破り、
少女に触れるかどうかの所で爆発する。
二人の少女は地面へと落ちる寸前に止まると、フィールドを解いてリスティへと襲い掛かる。
少女たちは先程よりも大きな衝撃波を放ち、その影響でか辺りの空気が震え、砂や岩が巻き上がる。
それらを伴って襲い来る衝撃波に対し、リスティは金色に輝く光弾を放つ。
光弾は衝撃波を吹き飛ばし、その先にいた少女の一人の胸を打つ。
光弾を喰らった少女の羽根が砕け、数メートル後ろへと吹き飛ぶ。
その先にはもう一人の少女がおり、その少女にぶつかって、二人して地面へと倒れる。

「凄い」

リスティの戦いぶりを見て、恭也は思わずそう零す。
そんな恭也へとリスティは寂しげに笑い掛けると、

「ね、僕は化け物だろう。前にも言ったけれど、こんな力を持っているんだ。
 どう? やっぱり怖いだろう」

リスティの言葉に恭也は首を横へと振って否定する。

「いえ、そんな事はないですよ。それに、リスティさんは今、その力を俺や知佳さんを助けるために使いましたよね。
 力は、それだけでは良くも悪くもないんですよ、きっと。
 ただ、それを使う人の心掛け一つでどうにでもなる。
 俺はリスティさんが、俺たちを傷付けるために力を使わないって信じていますから。だから、やっぱり怖くありません」

「やっぱり、恭也は変わっているね。
 でも、悪くない」

そう呟くリスティに笑みを見せる恭也だったが、すぐに真剣な顔に鋭い眼差しで背後へと振り返る。
いや、走り出す。
怪訝な顔で耕介達がそちらへと視線を移せば、そこには起き上がる一人の少女がいた。
リスティの攻撃を喰らったのではなく、飛んで来た少女にぶつかって少しの間だけ意識を失っていただけで、
こちらの少女はそんなにダメージを喰らっていなかったようだ。
少女は起き上がりながら、未だ驚愕の表情を浮かべている耕介達へと衝撃波を放とうと手を上げた瞬間、
少女の懐へと恭也が突然、現われる。
これには少女も驚きに目を見開き、咄嗟の動きが取れずにいた。
たった数秒にも満たない時間に過ぎないが、懐へと潜り込んでいた恭也に取っては、それは充分な時間だった。
恭也の鞘から抜き放たれた小太刀が四つの斬撃を刻み、峰部分とはいえ、その全てを少女へとぶつける。
吹き飛んで地面へと倒れた少女を見遣りつつ、恭也は静かに刀を納めると、恭也の元へとやって来たリスティへと微かな笑みを見せる。

「似たような事は俺も出来ますから」

その恭也の言葉に対し、リスティも微かな笑みを見せる。

「成る程ね。でも、さっきのは何? 瞬間移動ではないよね」

「ええ。あれは、俺の振るう流派の技の一つですから」

その言葉に頷くと、リスティは地面に倒れた少女たちを見下ろす。
一人は未だに意識を失っているが、恭也が倒した方は意識はまだあるようで、リスティを見上げなら、その口を動かす。

「どうして……?」

「何が?」

「私たちは同じLCシリーズ。更に、私たちはオリジナルのデータに改良を加えたクローン。
 なのに、何で負けた」

「さあね。それよりも、私たちって、君たち以外にもクローンがいるのか」

「何を言っている? LC20……LCシリーズのオリジナル」

リスティは目の前の少女の心の内を読む。
読んでいくうちに、リスティは身体を震わせ、その口から力ない言葉が零れる。

「そんな……。じゃあ、僕は。……でも、僕には両親の記憶がある。
 フィンランドに居る両親の…。でも、それは本当に?
 はっきりと分かるのは、ステイツのセンター…」

「おい、リスティどうしたんだ?」

突然、身体を振るわせるリスティを不安そうに耕介達が眺める先で、リスティは捨てられた子犬のように不安そうな瞳を見せる。
と、今で少女の心の内を除いていた力を、そのまま目の前の耕介にも使ってしまう。
耕介の心の中、その記憶。少し前に矢沢医師と話していた内容が、リスティの中へと流れてくる。

「孤児? 人工授精……。そうか、そういう事か。
 こいつ等の言っている事は本当って訳だ。
 安定化した能力者を作るための実験。
 機械やメンテナンスに頼らなくても生きられる、安定させた種を作り、それを固定して量産するための」

ブツブツと呟くように話すリスティの言葉に恭也たちも驚くが、それよりも今はリスティの方が心配だと、
三人はリスティをとりあえず寮へと運ぼうとする。
それにも気付かないのか、リスティは尚も言葉を続ける。

「何代か繰り返す事により、完璧なハイブリッドが出来上がる。
 その三代目こそが僕。つまり、僕も人工的に作られたって訳か。
 それも、強い能力を顕現させるように操作された、いわば、最終試作機。
 エルシー・トゥエンティは名前じゃなく、LC20というただの開発コード
 当然、フィンランドに居ると言う、お父さんもお母さんも偽の記憶。
 は、はははは……。とんだ茶番だよ。
 僕はいらない子なんだ。知佳の捕縛はそういう事なんだ。
 知佳がいるから…、知佳をコピーしきれないから、だから、僕はもういらない…。
 う……うわぁぁぁぁぁぁ」

リスティは突然叫び声を上げたかと思うと念動を全開にして宙へと飛ぶ。
その念動の余波に曝され、恭也と耕介は倒れそうになるが、二人を包むように知佳が咄嗟にフィールドを張る。
それに礼を言いつつ、三人は空を見上げる。
そこではリスティが無秩序に力を溜め、辺りに雷撃が落ちる。

「どうしたんだ、リスティは」

叫ぶ耕介に、知佳は冷静に答える。

「リスティ、泣いている。自分の生まれた理由を知って、それで、もういらないって言われたと思って、それで泣いている」

「いらないって…。誰もそんな事は言ってないじゃないか」

「耕介さん、多分、俺たちの事じゃないと思います」

「さっき言っていた事か」

「多分、それに関係しているかと。それよりも、今は」

「ああ。リスティを落ち着かせるのが先だな。しかし、どうしたもんか」

フィールドに守られながら二人はリスティを見上げる。
そんな二人に、知佳が笑みを見せながら言う。

「私がリスティの元へと行って、何とかする」

「駄目だ、危ないよ!」

耕介はリスティを守るかのように力が渦巻き、所々から放電している様を見て止めるが、知佳は変わらない笑みを浮かべたまま。

「大丈夫! それに、はっきりとは分からないけれど、私じゃないと駄目だと思うから」

「でも…」

「耕介さん、ここは知佳さんに任せましょう。どちらにせよ、俺たちではあそこまで行けません。
 それに、多分、知佳さんの言葉ならリスティさんの心にも届くと思いますから」

「恭也くん。……分かった、知佳に任せるよ」

「うん、ありがとう二人共。それじゃあ、フィールドを解くから、二人は少し離れてね」

知佳の言葉に頷くと、耕介と恭也は知佳から離れる。
二人が充分に離れたのを見た知佳は、力を抑え込んでいるピアスのコントローラーを投げ捨てる。

「きっと、私ならリスティを助けられるから…。
 あまり好きじゃなかったこの翼も、力も、恭也くんやお姉ちゃんたちは受け入れてくれたから。
 それに、この力のお陰で、リスティを助けられるから。だから、今は能力者でも良かったって思えるよ!」

一対のはずの知佳の翼が増え、二対四枚の翼がその背に現われる。
翼は知佳の意思を映し出すように、光を受けて輝き出す。
知佳は上空、リスティのいる場所を見据えると、そっと地面を蹴り飛び上がる。

「リスティ! 今、行くから!」

白い翼を広げ、一人の少女が空へと舞う。



「エルシーが暴走しました!」

「鎮圧して! 証拠を隠滅!」

「しかし、寮内には他の人物が…」

「殺しても良い! 事故で済ませる!」

寮から少し離れた場所でそんな会話を繰り広げる男たち。
そんな男たちの元へ、男たちから離れた場所、けれど、同じく寮の状況を見る事の出来る場所にいる佐波田から無線が入る。

「良い、何としても、エルシーとTE−1を手に入れるのよ。
 まさか、クローンを撃破するとはね」

最後の方は男たちへではなく、単に驚きを口にする。
それを聞いていた一人の男が、佐波田へと話し掛ける」

「素晴らしいじゃないか。クローンは幾らでも生み出せる。
 だが、より良いものを生み出すために、あの二人の力は必要だ」

「そうですね。その為にも、ここはTE−1に、無傷でLCを捉えて貰わなければ…」

佐波田の声に男はただ無言で応えると、その視線を前へと映すのだった。



「…耕介さん」

「うん? どうかしたのかい、恭也くん」

「ええ、ちょっと急用です。
 念のため、これを」

そう言って恭也は、近くに置いてあった木刀を耕介へと渡し、そのまま背後へと声を掛ける。

「すいませんが、薫さんには…」

「勿論、うちも手伝うよ。知佳ちゃんもリスティも、うちの大事な家族だからね。
 家族を傷つけるって言うんなら、うちも容赦はせん。
 十六夜は、斬ろうと思えば、人も斬れる」

「では…」

いつの間に帰ってきていたのか尋ねる耕介に、恭也と薫は微かに笑う。

「それじゃあ、耕介さんはここに居てくださいね。
 ここも安全とは言えませんから、危なくなったら、すぐに逃げてください」

「そんな訳には…」

「いえ、耕介さんや愛さんたちが無事でいる事。それは一番なんですよ。
 耕介さんや愛さんが、笑顔でおかえりって言ってくれる。
 そんな日常があるから、俺も薫さんも、そして知佳さんも今、頑張っているんですから。
 だから、耕介さんはまず、無事である事を第一に考えてください」

「……分かったよ。でも、皆無事で帰ってくる事。良いね。そしたら、今日の夕飯はご馳走だ!」

「「はい」」

耕介の言葉に、恭也と薫は顔を見合わせて笑みを浮かべると、力強く頷くのだった。



「わあああああああ!!」

泣きながら念動力を全開にするリスティへと近付くにつれ、その気持ちが伝わる。

「リスティ! しっかりして! 私だよ、知佳だよ!」

「僕は……。僕はもう、いらない子なんだ」

「誰も、寮の皆は誰もリスティをいらない子なんて言ってないよ!」

「でも、佐波田は、痛いこともたくさんするけれど、それでも、時々は優しかった佐波田は、もう僕の事を…」

「違うよ、リスティ! そんなのは違う! 本当に優しい人だったら、心を隠したりしない!
 もうやめようよ」

「知佳は皆に優しくされているから…。僕はいつだって、誰にも優しくなんてしてくれなかった!」

リスティの叫び声と共に、激しい衝撃が振る。
知佳はその力が迫るのを感じながら、翼に光を集める。
風から、光から力を貰い、知佳も全力の力を振り絞るように解き放つ。
恭也に前に言われた、人を助ける事が出来る力を、今、大事な何かを守るために。

「嫌いだ…。皆、皆、大嫌いだーー!」

「いい加減に……っ、しなさぁぁぁい!!」

二人の言葉と力、そして想いがぶつかる。
大きな音が辺りに響き、知佳とリスティは抱き合うように地面へと倒れていた。
そんな二人の傍に、耕介が慌てて駆け寄る。

「知佳、リスティ、大丈夫か!」

耕介は二人の状態を確認し、大きな怪我を負っていない事を確認するとほっと胸を撫で下ろす。
それからそっと二人の頭を優しく撫でると、気を失っている二人をリビングへと運ぶ為に抱え上げるのだった。



「…TE−1がエルシーを撃破。二名とも酷く消耗しています。
 隙を見て、住人を倒した後、身柄を確保します」

「誰を倒すって?」

男がそう報告を終えて動き出そうとした時、その喉元に鋭い刃先が触れるかどうかの所で添えられる。

「い、いつの間に……。そ、それに他の者は一体……」

「そんな事にも気付かなかったのに、うちらを倒すと?
 他の人たちなら、疲れていたのか、そこで寝てるよ」

そう言って薫が視線を向ける先に、男は目だけを動かして見る。
と、そこにはさっきまで一緒に行動していたはずの男たちが全て倒されていた。

「…さて、うちの家族に手を出そうとした……、いや、既に手を出した後ね。
 ただで済むとは思っておらんよね」

静かな殺気に押されつつ、男は自分の方が優位だと示そうと口を開く。

「ま、待て! ここに居る者が全てではないぞ!
 他にも仲間がいるんだ! もし、ここで俺に何かしてみろ。ただでは済まんぞ。
 それに、俺に構っている暇があるのか? 既に、他の連中は動き出しているはずだぞ」

そんな男の言葉に、薫はただ呆れたような視線を飛ばす。

「自分が助かる為には、仲間さえも利用するとね。
 ただ、その心配は無用じゃと思うよ。
 寧ろ、そっちの心配をした方が良いかもね。そっちには、うちよりも怖い子が向っているから」

そう言いながら、薫は先程分かれるまで一緒に動いていた恭也を思い出し、微かに身震いを一つする。

(あれが本当に本気になった恭也くんか。何かを守る時に、その力を発揮するという御神流の剣士としての……。
 本当に、末恐ろしい子じゃ…)

そう考え込む薫を見て、隙が出来たと勘違いした男は動くが、それよりも早く薫が十六夜を振るう。
男の意識はそこで途切れる。



「これより、二人の捕縛に向うそうです」

「そうか。本当に楽しみだな。二人のデータを揃えて、新たに生まれ変わるLCシリーズか…」

「はい。クライアントも喜ばれるでしょう」

と、そこへ恭也が現われる。

「やっと見つけたぞ。残るは、あんたら二人だけだ」

「なっ! 貴様は誰だ! どうしてここに!」

「わ、私は何も知らないわ」

「佐波田! 貴様、裏切る気か。こんな小僧の一人や二人程度で」

「会長もさっきのLCシリーズとの戦闘を見たでしょう」

喚く二人をつまらないものでも見るように見た後、恭也は既に動き始めていた。
まず佐波田へと近づくと、その拗ねを強く打ち、逃げられないようにすると、そのまま腕を掴んで地面へと叩き付ける。
その衝撃で咳き込む佐波田の腕をそのまま後ろに捻り、鋼糸で拘束すると、すぐに男へと向き合う。

「くっ」

男は恭也に背を向けて逃げ出そうとする。
と、その前に新たな人物が現われ、その行く手を阻む。

「っと、残念でしたね、劉会長」

「な、き、貴様は……」

「各国の警察の目は誤魔化せても、俺たちの目は誤魔化せませんよ」

新たに現われた人物を見て、恭也はかなり手強いと感じる。
恐らく、自分よりも強いであろうその人物を前にしつつも、敵か味方か分からずに恭也はその場を動かずに様子を見る。
そんな恭也の前で、劉と呼ばれた男が恐怖をその声の乗せて呟く。

「香港警防隊副隊長、樺一号……」

「こっちでの名は、不動産の取り扱い業者、陣内啓吾だけどね。
 あー、そうそう。下手に動かない方が良いですよ。動くと、蜂の巣になりますから」

啓吾の言葉に、劉は力なく地面へとへたり込む。
それを見下ろしながら、啓吾は凄みのある笑みを見せる。

「あんたらが何を作ろうと、知ったこっちゃない。
 だけどな、子供を食い物にする奴は許せねぇ。おい、連れて行け」

啓吾の言葉に応えるかのように、その背後から男が数人現われ、劉を拘束して連れて行く。
啓吾と残る数人は恭也の前に立つ。

「どうもありがとう。そちらの人をこちらに渡して貰えるかな」

「……」

啓吾の言葉に、恭也は警戒を解かぬまま、ただ無言で見詰め返す。
そんな恭也へとさっき劉へと見せたのとは違う、心からの笑みを見せる。

「そんなに警戒しないでくれ。僕はあの寮に住んでいる陣内美緒の父親で陣内啓吾っていう者なんだけれど。
 これで信用はしてくれないかな?」

恭也は啓吾の目を見て、嘘ではないと判断すると佐波田を引き渡す。
それを部下へと連れて行かせるのを見遣りながら、啓吾は恭也へと視線を戻す。

「しかし、まだ小さいのに中々良い動きだった。あれは、もしかして、御神流かな?」

「御神流を知っているんですか? それに、さっき警防隊って」

「ほう、その年で警防隊を知っているのか」

「ええ。と言っても、詳しくは知りませんが。非合法の元に力によってテロなどを防ぐ組織と父からは聞きました」

「まあ、正解かな。しかし、彼以外に御神の使い手が居たとはね」

「彼?」

「ああ、不破士郎といって、古い知人さ」

「父さんを知っているんですか?」

「父さん……。成る程、君は士郎の息子か。どうりで、強いはずだ。
 士郎とは昔、お互いに勘違いをしてやり合った事があってね」

「それで、その時の結果は」

啓吾の言葉に、恭也はその結果が知りたいと尋ねる。
そんな恭也へと、啓吾は苦笑いにも似た笑みを浮かべると、

「引き分けだったよ。しかし、そうか、士郎の息子がうちの娘の知り合いとはね。
 でも、高町というのは…」

「父さんが再婚したんですよ」

「成る程ね。士郎の事は、とても残念だったね」

「はい。でも、父さんは最後まで守りたいものを守りました」

「そうか。では、それからは独学で御神流を」

「はい。今となっては、俺が最後の使い手ですから」

恭也の言葉に目を細め、優しさの篭もった眼差しで恭也を見詰める。
先程の恭也の動きを思い出し、まだ動きに無駄があるが、それ以上にまだまだ成長を感じ取り、
その折に見せた意思や想い、その力強い眼差しに好ましいものを感じながら。

「君はきっと、まだまだ強くなるだろう。士郎の想いを、君はしっかりと受け継いでいるみたいだからね。
 これから先の成長が楽しみだよ。大して力になれないけれど、何かあればいつでも力になろう。
 士郎の忘れ形見だし、僕個人としても君が何を目指し、何処まで行けるのかが見てみたいからね。
 そして、何よりも美緒の大事な友人だからね」

最後だけは、父親の顔になり、優しく微笑みながら言うと、啓吾はポケットから手帳を取り出し、
何やら書き込むとそのページを千切り取って恭也に渡す。
それを受け取りながら、恭也は今更ながら、どうして自分の高町という姓を知っていたのか納得する。
そんな恭也の様子を眺めながら、啓吾はやや楽しそうな笑みを浮かべる。

「偶に美緒がくれる手紙に、最近は君や美由希ちゃんの事がよく書かれていて、一度会ってみたいと思ってたんだよ。
 こうして会えるとはね。うん、あの美緒が初めて男の子の事を書いてくるから、どんな子かと思ったけれど、納得かな。
 まあ、父親としては少し寂しいけれど…。うんうん。まあ、ライバルは多そうだけど」

一人納得し、頷く啓吾の言った最後の方の言葉を聞き取れず、恭也は怪訝そうな顔を見せて尋ね返そうかどうか悩むが、
そこへ先程の部下の一人が戻ってくる。

「副隊長! 全ての作業が完了しました」

「そうか。それじゃあ、これより帰還する。
 それじゃあ、恭也くん、また今度休みでも取って戻ってきた時にでも、ゆっくりと話でもしよう」

「美緒には会っていかないんですか?」

美緒がどれだけ父親の事を好きなのか知っている恭也は、一目でも会っていけないかと思って尋ねるが、
啓吾はそれに寂しそうに首を振る。

「僕も美緒に会って行きたいのは山々なんだけどね。
 この後も色々と事後処理があるんだよ。それに、連中が何処の誰を相手に、こんなのを売りつけようとしたのかも調べないとね」

「そうですか。では、ここで会った事は黙っています」

「悪いけれど、そうしてくれると助かるよ」

「いえ。それでは、今度、近いうちにゆっくりと会える事を楽しみにしてます」

「ああ。美緒にも会いたいしね。近いうちに、一度戻ってくる事にしよう」

「ええ、是非。それと、今度、こちらへと来られた時に、鍛練を付けてもらえませんか」

「ああ、別に構わないよ」

「ありがとうございます。それでは、その日が来ることを楽しみにしてます」

「ああ、僕も楽しみにしてるよ」

啓吾はそう言うと、呼びに来た部下を連れてこの場を立ち去る。
その背中が見えなくなるまで見送った後、恭也はさざなみ寮へと足を向けるのだった。



リビングで目を覚ましたリスティは、すぐ横で先に目を覚ましてこちらを見ている知佳に気付くと、そのまま抱き付く。
知佳の肩に顔を伏せ、涙声でポツリポツリと話し始める。

「世界は優しくない。僕にも…、きっと誰にも。
 でも、だからと言って、みっともなく泣く必要もないんだ。
 泣くのは悲しい時じゃなくて嬉しい時だって、知佳たちが教えてくれたから。
 ここに居る大切な、大好きな人たちが教えてくれたから。
 世界は優しくなくても、ここに居る人たちは、皆、優しいから。
 だから、僕はここに居たい。居ても良いのかな?」

「当たり前でしょう。リスティはもう、ここの家の子なんだから。
 今更、何処に行くって言うのよ。私だけじゃなく、皆が同じ事を言うよ。
 それに、まだリスティには借りを返してもらってないんだからね。勝手に出て行くなんて許さない」

リスティの背中を優しく撫でながら、知佳はただ優しくそう声を掛ける。
そんな二人を耕介はただ黙って、少し離れた所から見ている。
知佳の言葉に、リスティは小さく礼の言葉を口にする。

「Thanks。…でも、借りって何だい? 僕は知佳に借りを作った覚えはないぞ」

「何を言ってるのよ。たった今、暴走したリスティを止めてあげたじゃない」

「あれは関係ないね。僕が頼んだ訳じゃない!」

「わー、可愛くない!」

「別に知佳に可愛いと思われなくても構わないさ」

「そんなんだったら、きっと恭也くんも可愛くないって思うわよ!」

「どうして、そこで恭也が出て来るんだよ!」

「ふふ〜ん、どうしてかしらね〜。私はただ、ここに居る男の子としての意見を聞こうと思って名前を出しただけなのにね〜」

「だったら、耕介だって居るのに、何で恭也なんだよ!
 それに、恭也だったら、そんな事は言わないさ!
 それよりも、今の知佳を見た方が、何て言うかな」

「それどういう意味よ!」

「ほら、その顔だよ。おお〜、怖い、怖い」

「リスティ〜!」

そんな二人の騒がしいやり取りを、耕介はただ優しく見守っていた。
と、背後に薫がやって来て、耕介に小さく頷いて見せる。
それだけで、全てが終わったと分かった耕介は、ご苦労様とだけ声を掛け、いつもと変わらぬ日常を過ごす為、
夕飯の支度へと取り掛かる。それが、恭也や薫だけでなく、ここに居る人たちが望む事だから。



寮の庭から戻ってきた恭也は、リビングの騒ぎを耳にし、今は入らないでおこうと決意し、庭に倒れたままの二人の少女を見る。

(考えてみれば、彼女たちも被害者なんだな)

恭也は少女たちを抱き上げると、楽な姿勢になるように横たえる。
ようやく目を覚ましたのか、二人はそんな恭也を見詰めながら、まだ力が入らない手を持ち上げようとする。
それをそっと包み込むように握ると、出来る限り優しく声を掛ける。

「もう、君たちを縛るものは何もないよ。これからは、自分のやりたい事をすれば良いんだ。
 誰に命令される事もないし、誰かを無理に傷付ける必要もないんだよ」

「……それでは、私たちの存在する意味がなくなる」

恭也の言葉を聞き、少女の一人がそう発する。
それに恭也はゆっくりと頭を振ると、

「存在するのに理由なんていらないんだよ。
 ただ、君たちは現実としてここに居るんだから。
 もし、どうして理由が必要だと言うのなら、それはこれからゆっくりと探していけば良いんだよ。
 誰かに与えられたものじゃなく、自分でやりたい、したいと思った事をすれば良いんだ」

「…そんな事、誰も教えてくれなかった。
 だから、分からない」

「今は無理に分かろうとしなくても良いよ。とりあえず、ゆっくりと休むと良い。
 目が覚めてから、それから考えよう。一人で分からないと言うのなら、及ばずながら、俺も力を貸すから。
 だから、安心して、ゆっくりとお休み」

そう言って、恭也は少女の手をそっと降ろすと、そのまま二人の少女の頭を優しく撫でる。
それに初めて感じる心地良さや温もりを感じつつ、少女たちはぎこちなく、だがしっかりと頷く。
やがて疲れが再び襲ってきたのか、少女たちの瞳がゆっくりと閉じられて行く中、少女たちは声を揃える。

「「あなたの名前……」」

「俺は恭也。高町恭也って言うんだ。大丈夫、目が覚めたら、ちゃんと話ができるから」

「「……ありがとう」」

恭也の言葉に、少女たちは生まれて初めての礼を自然と口にし、こちらもまた始めての笑顔を見せると、静かな寝息を立て始める。
最後にもう一度、そんな少女たちの髪を優しく撫でると、恭也はそっと立ち上がる。
その背中へと、

「ふーん、恭也ってばそんなのが趣味なんだ。
 僕と容姿に関して言えば、あまり変わらないと思うんだけれど」

「恭也くん、一体、何をしてたのかな?」

二人の天使と妖精が素敵な笑顔で恭也を出迎える。

「べ、別に何もしてませんよ。ただ、あのまま放置しておくのは可哀想ですから」

「ふーん、恭也は優しいね」

「本当に。自分の命を狙って来た子たちにまで、そこまでしちゃうんだ」

「で、ですけど、この子たちも言わば被害者のような…」

「「この子たち?」」

知佳とリスティは声を揃えると、恭也が親しそうに呼んだ事に眉を顰めて見せる。

「いつの間に、そんなに仲良くなったんだい?」

「うんうん。お姉さんもちょっと聞きたいかな〜」

恭也は得も知れぬものを感じ取り、恐らくこちらの様子を窺っているであろう耕介へと助けを求める。

「こ、耕介さん」

恭也の声に反応し、知佳とリスティはリビングに居る耕介を睨むように見る。
後に耕介が語る所によると、その目は、どっちの味方? とか、邪魔したら…、といった意志を感じさせたとか。
ともあれ、耕介はやや引き攣った笑みを浮かべると、助けを求める恭也へとさわやかに返事をする。

「ごめんね、恭也くん、ほら、俺は無事である事を第一に考えないといけないから。
 恭也くん、一人で頑張ってね。もし、戻って来れたなら、その時は笑顔でおかえりって言うから。
 それじゃあ、夕飯の支度を再開しようかな」

そう言って耕介はキッチンへと姿を消すのだった。



その後、何とか二人を落ち着かせた恭也は、二人の少女を布団で寝かせ、戻ってきた愛と真雪に簡単な説明をする。
その時、愛が二人をうちで預かると言い出したが、まだ生まれたばかりの状態のため、基礎学習を必要としており、
矢沢医師へと連絡した結果、矢沢医師の友人で、信頼の出来る管理センターへと送られる事となった。
しかし、矢沢医師が迎えに来て、さざなみ寮を去る際に二人が言った言葉から、
そう遠くない未来、二人はここへと戻ってくるだろうと思わせた。
そのうち、リスティたち姉妹が揃って、一緒に暮らす日も来るだろう…。
その時には、また更なる騒動が起こるかもしれないと、耕介は少女たちの言葉を思い出しながら、そう考えていた。

「「恭也、私たちはまた貴方に会いに戻ってきます。
 その時まで、待っていてくださいね」」

満面の笑みを見せながら告げた二人の言葉に、面白くなさそうな顔をする数人を眺め、次いで耕介の考えを読み取った真雪は、
面白くなりそうだと呟きながらも、目の前の恭也たちへと視線を移す。

「耕介、そう近い先の心配よりも、まずは目の前の騒動じゃないか?」

「…ですね。でも、まあ、子供たちが元気に笑って過ごせるなら、多少の騒動も良いんじゃないっすか」

「まあな。まあ、恭也には多少ではないかもしれないが、それはまあ、自業自得って事で納得してもらうか」

「皆、幸せなのは良い事ですよ」

何処か的外れな、しかし、間違ってはいない愛の言葉に、耕介と真雪はふっと頬を緩めると同意する。
寮のメンバーが騒々しく見送る中、二人の少女を乗せた車がゆっくりと動き出すのを、冬の柔らかな陽射しが照らし出していた。
闇から生まれた少女二人に、これから先、光の当たる場所を歩む為の道を照らし出すように、優しく、優しく。





  つづく




<あとがき>

遂に、リスティ編もお終い〜。
美姫 「やっとね」
だね〜。天星、基本的に一話読みきりの形だったんだけれど、これは結構、続いたね〜。
美姫 「何を人事みたいに」
あははは。とりあえず、これでさざなみにリスティも加わり、次回からはまた一話完結で。
美姫 「本当に?」
…さあ、どうだろう。やっぱり、分からないや。
とりあえず、次の話は大体決まってるしね。
美姫 「あ、そうなんだ」
おう。という訳で、また次回で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」





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