『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 18』






恭也が大きくなってしまった日の翌日。
昨夜は高町家へと戻っていないという事もあり、鍛錬を終えた恭也は時間を確認して電話をする。
桃子は電話の相手が恭也だと分かると、どうかしたのかを尋ねてくる。

「実は、色々あって今はさざなみ寮にいるから。
 後でこっちに来た時に、その辺りの説明もちゃんとするから」

なのはを預けるためにさざなみへと来た時に説明すると告げると電話を切る。
それと代わるようにして、今度は薫が実家へと電話を掛ける。
昨夜の妖怪の外見と恭也の身に起こった事柄を伝え、その解決策を聞くために。
その後は特に何事もなく普通に食事を終えると、真雪は自室へと眠るために引っ込み、
他の面々はいつもより早かった事もあり、ゆっくりと食後の時間を過ごす。

「それで、恭也くん」

食後のお茶を飲む恭也へと、薫が話し掛ける。
朝の電話の件だと悟り、恭也は湯飲みを置くと佇まいを正す。

「ばーちゃんに恭也くんの話をした所、軽い呪いが掛かったような状態だって事が分かったんよ。
 つまり、その呪詛を払えば元に戻る事ができる」

「そうなんですか。それで、それはいつ」

「それなんじゃが、ばーちゃんがその為に必要な物を送ってくれると言うとったから、数日中には」

「そうですか。なら、それまではこのままですね」

そんな話をしていると、なのはを抱いた桃子と美由希がやって来る。

「おはようございます〜」

元気に挨拶しながらリビングへと入ってくる桃子に、それぞれが挨拶を返す。
と、見慣れない顔があるのを見て桃子が挨拶しようとするも、動きを止める。
その顔に亡き夫の面影を見たためだ。

「えっと、こちらの方は?」

「かーさん、俺だ」

「えっと、まさかとは思うけれど恭也?」

半信半疑で尋ねる桃子に頷き返す恭也の対面から、薫が頭を下げる。

「桃子さん、本当にすいません。これはうちの所為で」

言って事情を説明する薫に、話を聞き終えた桃子は笑ってみせる。

「まあ、命に別状は無かったんですから良いじゃないですか」

「ですが…。まあまあ。その妖怪の所為であって、薫ちゃんの所為って訳じゃないんだから。
 まあ、どうしても気が済まないって言うのなら、
 このまま恭也が元に戻れなかった時に、責任を取ってくれれば良いから」

「それは勿論です。その時は、煮るなり焼くなり」

覚悟を決めて神妙な顔付きになる薫に、桃子は嬉しそうに手を合わせる。

「良かったわね、恭也。薫ちゃんが責任取ってくれるって。
 それじゃあ、まずはうちの味を憶えてもらわないとね。
 それと、シュークリームの作り方も当然として。あ、でも退魔士をしながらお店をするのはしんどいかな。
 まあ、その辺りはおいおい考えれば良いかしら」

「あ、あの、桃子さん。責任って…」

ご機嫌な様子で好き勝手に想像する桃子に呆れる一同の中、耕介が何とか尋ねる。
その耕介へとにっこりと微笑む。

「勿論、恭也を貰ってもらうんですよ〜」

「ちょっとかーさん。話が飛びすぎだ。
 それに、それは幾らなんでも薫さんに悪いだろう」

「だって、責任取ってくれるって言ったじゃない」

恭也の言葉に不満そうな顔になる桃子に、恭也は溜め息を吐く。

(俺が子供らしくないと言われる理由の大半は、親に問題があるからなのでは…)

士郎の顔を思い浮かべながら桃子の顔を見て、恭也は真剣にそう考える。
一方、桃子の言葉に顔を真っ赤にする薫と、殺気めいたものを噴出させる数人の少女たち。
それに気付いているのかいないのか、桃子は楽しそうに恭也へと笑いかける。

「それとも、恭也は嫌なの?」

「嫌とかじゃなくて」

「なら、良いのね」

「だから」

二人が何か言う度に、二つの反応が起こる。
そんな背後の様子に気付かず、疲れたような顔をする恭也に桃子は明るく笑って告げる。

「冗談よ、冗談。流石に、こんな事で責任云々は言わないわよ」

「まったく、性質が悪いよ」

「良いじゃない。桃子さんだって、これでも結構驚いたんだから。
 これは、それを誤魔化すためよ」

途中から純粋に楽しんでいただろうという突っ込みは飲み込み、恭也は当面の問題を口にする。

「それで、学校の方なんだが」

「あ、そう言えばそうよね。流石にそれじゃあね。
 成長期って言っても限度があるしね」

「うん。流石に一晩でここまでは無理がありすぎるよ」

「仕方ないわね。当分は休むしかないでしょう」

「だね」

あっさりと結論を出すと、恭也は次に服装の問題をあげる。
だが、これもあっさりと解決する事になる。

「なければ、買えば良いのよ」

桃子のこの言葉によって。
こうして、当面の問題は解決したと安堵する二人に、さざなみの面々はここもそうだけれど、
高町家も大概、耐性があるというか、大らかというか、といった感じで何とも言えない顔をするのだった。

「おかーさん、お兄ちゃんなの?」

と、今まで黙ってジュースを飲んでいた美由希がストローから口を離し、
今までの会話から自分なりに考えを纏めた事を尋ねる。
だが、その顔は初めて会う人に対する警戒のようなものが浮かんでいた。
そんな美由希の頭に手を置き、恭也は時たましてやるように頭を撫でる。

「ああ、そうだ。ちょっと色々あって大きくなったけれど、俺はお前のお兄ちゃんだよ」

じっと恭也を見詰める美由希は、その瞳の優しさが自分がよく知る恭也と重なる。
そうなると、全体の雰囲気や言葉遣いなどからも、目の前の人物が恭也だと認める事ができた。

「お兄ちゃん、大きくなったの?」

「ああ。まあ、暫くはこのままだから」

「ふーん。でも、良いなー。私も大きくなりたい」

そう言った美由希に恭也は小さく笑うと、桃子へと顔を向ける。

「かーさん、時間は良いの」

「あ、そうだった。それじゃあ、今日もなのはを宜しくお願いしますね」

「はい」

耕介の返事を聞くと、桃子は恭也へと顔を向ける。

「恭也も、なのはを頼むわね」

「ああ。当分、学校へは行かないから、問題ないよ」

恭也の返事を聞きながら、桃子はリビングを出て行く。

「それじゃあ、いってきま〜す」

元気に挨拶して出て行く桃子を見送ると、他の者たちも出かける準備を始めるのだった。



  ◆ ◆ ◆



全員が出て行き、寮には自室で寝ている真雪の他、耕介、恭也、
学校へは来年の四月から通う事になっているリスティが残る。

「それじゃあ、俺は洗濯が残ってるから。恭也くんはゆっくりしてて良いよ」

「あ、俺も何か手伝いますよ」

「うーん、それじゃあ、掃除を手伝ってもらおうかな。
 とりあえず、先に洗濯を済ませちゃうから、暫くはゆっくりしてて」

「分かりました」

耕介の言葉に頷くと、ソファーへと腰を降ろす。
そんな恭也へとリスティが背後から首に手を回して抱き付く。

「恭也〜、それまで僕と遊ぼう」

「リ、リスティさん。遊ぶのは構わないんですが、離れてもらえませんか」

「むー。薫とは一緒の布団で寝たくせに、僕には触れられるのも嫌だっての?」

「そんな事は言ってないじゃないですか」

「だったら、良いよね」

言って恭也の隣に腰を降ろすと、じっと恭也の顔を見る。

「何かついてますか?」

「うん。目と鼻と口」

「……」

「そこで何か言ってくれないと、逆に困るんだけど」

「あ、すいません」

「まあ、別に良いけれどね。にしても、恭也が成長するとこうなるんだね」

じっと見詰めてくるリスティに照れつつ、恭也は目を逸らせる。
故に恭也は気付かなかった。
リスティもまた、若干頬を染めていた事に。

「背も高いし。うんうん」

なにやら一人で納得すると、リスティはそのままぽふっと恭也の腿へと頭を置き、身体を寝かせる。
所謂膝枕と言われる態勢になったリスティは、驚いてこちらを見てくる恭也へと笑い掛ける。

「一度やってみたかったんだ。後は…」

言ってリスティが手を差し出すと、そこに耳掻きが現れる。

「確か、これであっているんだよね」

言って恭也にそれを渡すと、身体を横へと倒す。
仕方なしに恭也はリスティの耳掃除をしながら言葉を交わす。

「別に膝枕をしたら絶対に耳掃除をしなければいけないって事はないんですけれどね」

「そうなの?」

「ええ」

「うーん、まあ良いや。別にやっても良いんだろう?」

「ええ、それは別に」

「だったら、やって」

「人にするのは初めてだから、上手く出来るか分かりませんよ」

「良いよー。僕もやってもらうのは初めてだから、出来る限り優しくして」

「それは勿論。それじゃあ、まずは入れますよ」

「んっ。ちょっとくすぐったいかな」

「そうですか。それじゃあ、ちょっと強くしますね」

「うん。……っ。恭也、ちょっと痛い」

「あ、すいません。じゃあ、もうちょっと優しく」

「あ、そこ、そこが気持ちいい」

「ここですね」

「はぁぁっ。恭也、上手♪」

「あありがとうございます。それじゃあ、もうちょっと奥にいきますね」

「うん。……ふぁぁっ、恭也そこ」

「ここですね」

「ああ、そこそこ」

「あ、奥に。リスティさん、入れますよ」

「え、ちょっと待って」

「待てません」

「あっ。酷いよ、待ってって言ったのに。
 しかも、行き成りそんな奥まで」

「すいません。でも、そこにあるのが見えてましたから…」

言って耳の奥の方をこりこりと掻いて掃除する恭也。
と、二人の目の前には洗濯籠を抱えた耕介が立っており、二人をじっと見下ろしていた。

「いや、まあ、そうだよね。耳掃除の話だよね。
 あ、あはははは〜」

そう笑うと、少しぎこちなく庭へと出て行くのだった。
その後、耕介の掃除の手伝いをした後、昼食までをリスティとゆっくりと遊びながら過ごし、
午後から買出しへと出る。
耕介は夕飯のために、恭也は服を購入するために。
当然、リスティも一緒に付いて来ていた。

「それじゃあ、俺は地下の食料品売り場で夕飯の材料を買ってるから」

「うん。僕たちは服を見てくる。それで〜、耕介〜」

ねだるように擦り寄ってくるリスティに耕介は苦笑すると、財布から札を抜き出す。

「分かった、分かった。でも、知佳たちには内緒だからな」

「うん、Thanks♪」

耕介へと礼を言うと、リスティは恭也の腕を取って歩き出す。
その後ろ姿を苦笑しながら見ていた耕介だったが、すぐに地下へと向かうのだった。



「うーん、これなんか良いと思うけれど」

言って差し出された服を恭也は受け取る。

「これですか」

「そう。恭也の好きな黒だしね。となると、下はこれで」

リスティは実に楽しそうに恭也の服を選んでいく。
そんな仲睦まじい二人の様子を、店員も微笑ましそうに見詰める。

「うん♪ それじゃあ、試着してみよう」

「着るんですか」

「そうだよ。実際に着てみないと分からないだろう」

「ですが…」

「良いから、良いから」

渋る恭也の背中を押し、半ば無理矢理に試着室へと押し込むと仕切りとなっているカーテンを閉める。
中で尚も渋っている恭也へと、外からリスティが声を掛ける。

「どうしてもって言うのなら、僕が着替えるのを手伝ってあげるよ」

「じ、自分で出来ますから」

慌てる恭也にリスティは笑みを零し、恭也が着替え終わるのを待つ。

「ねえ、まだ〜?」

「もうちょっと待ってください。……と、良いですよ」

恭也の言葉を聞くなり、リスティはカーテンを開け放つ。

「へー。うん、いいんじゃないかな」

「そうですか?」

「うんうん。後の服も僕が選んで良い」

「構いませんよ。自分はこういうのは苦手ですから」

恭也の了承を得ると、リスティは他の服を選び始める。
それを見て、服を着替えようとした恭也をリスティが止める。

「そのままで良いじゃない。耕介の服は大きすぎるんだから。
 お姉さん、これこのまま着て行きますから」

恭也の返事もまたずに近くの店員にそう告げる。
それを聞き、店員がはさみを手に近づく。
仕方なく恭也は大人しくする。
その間にもリスティは恭也の服を選んでいく。
十近い服を選び出したリスティへと、恭也が慌てたように止める。

「あの、2、3着で充分ですから」

「分かってるよ。この中から選ぶだけだって」

それから十分ほど悩み、リスティは恭也の服を選び終える。
代金を払い、次はリスティの服を買うために、エスカレーターを昇る。

「それじゃあ、俺はここで待ってますから」

休憩所となっている所でそう言った恭也の腕を問答無用で引っ掴むと、リスティは売り場へと引っ張っていく。

「恭也のを選んであげたんだから、僕のも選んでね」

「いや、でもこういうのは苦手で…」

「それでも」

恭也の言葉を遮って、リスティは売り場へと連れて行く。
リスティに連れられて着いた先は、色鮮やかな薄い布キレがやたらと展示された場所で、
その中の一つを手に取ると、リスティは自分の胸に当ててみせる。

「どう、恭也。こういうのは好き?」

「っ! リ、リスティさん、ここは下着売り場じゃないですか」

「そうだよ。ほら、早く選んで」

からかわれていると分かっていても、顔を真っ赤にして俯くしか出来ない恭也だった。
リスティも散々からかって満足したのか、次は普通に服売り場へと恭也を連れて行く。

「本当にさっきみたいのは勘弁してください」

「ごめん。それより、今度はちゃんと服売り場なんだから、選んでよ」

恭也は数度呼吸を繰り返して落ち着かせると、真剣に服を選び始める。
何着かを選び、リスティへと見せる。
リスティも気に入ったようで、その中から二人で一着選ぶと、リスティは試着室へと入って行く。

「じゃ〜ん、どう?」

「よく似合ってますよ」

やや頬を紅くしつつ褒める恭也に、リスティも機嫌よく頷くとそれを購入する。
こうして、買い物を済ませた二人は待ち合わせ場所として決めたデパート近くの喫茶店へと入る。
先に着ていた耕介と合流した二人は、それぞれに注文をすると暫し休憩を取るのだった。
こうして、大きくなった恭也の初日は特に何事も無く普通に過ぎていった……訳でもなかった。
耕介がトイレへと行き、二人きりになった所を買い出しに出ていた風校の護身道部の一人に見られ、
その少女から親友の剣道部員へと話が伝わり、寮生に伝わる事となるのである。
リスティとデートしていたという誤った認識が。
これにより、その夜恭也とリスティは薫に知佳、美緒から迫られる事となるのだった。
恭也が彼女たちの誤解を解くのに、かなり苦労した事は言うまでもない。





  つづく




<あとがき>

見た目は大人、中身は小学生。
でもかもし出す雰囲気は落ち着いている。
美姫 「それって、傍から見たら年相応にしか見えないわよね」
……だな。
まあ、それが今の恭也の状態だし。
美姫 「それにしても、久しぶりの更新ね」
だな。……本当にすいません。
美姫 「で、恭也はまだ元には戻らないのね」
ああ。さて、いつ戻るのか。
美姫 「それはきっとこのバカにも分かっていないはず」
まさか〜。それはないない。
美姫 「本当に?」
……そ、それじゃあ、また次回で!
美姫 「って、思いっきり誤魔化してるし!」







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