『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 21』






「う〜、つまらないのだ、退屈なのだ」

平日の昼間、さざなみ寮のリビングにそんな声が木霊する。
声の主はソファーにだらしなく寝そべり、浮いた足を落ち着きなくブラブラと揺する。
その言葉の発するように、瞳は半分閉じられ、腕も力なく放り出されている。
何気なくつけたままになっているテレビを見ていながらも、その内容は入っていない事は丸分かりだ。
この主、美緒は大きくなった為に学校に行く事ができず、こうして日中の時間を持て余していた。
猫たちは寝ているのか、近くに姿は見えず、当然他の寮生たちは学校。
耕介も寮の仕事で午前中は忙しく構ってもらえない。
恭也は恭也で店の手伝いへと行っており、相手をしてくれる者が誰もいないのだ。
大きくなって最初の内はそれこそ喜び、駆け回っていた美緒であったが、流石にこの頃は時間を持て余していた。

「望やみゆきちとも学校が終わるまで遊べないし」

ソファーで寝返りを打ち、そのまま転げ落ちても美緒はそのまま床をごろごろと転げ回る。

「う〜、これなら大きくなんてならない方が良かったのだ」

手足をじたばたと動かし、それにもすぐに飽きてそのまま目を閉じる。
が、それも束の間、身体を起こすとソファーに身を投げ出し、またしてもだらだらとソファーの上で暴れる。

「このままだと、退屈すぎて死んでしまうのだ」

「美緒、そんなに暇なら少し手伝ってくれよ」

リビングに顔を出した耕介が寝転がる美緒にそう声を掛けた途端、弾かれた様にソファーから飛び降り、

「耕介の仕事を取るわけにはいかないのだ。
 わたしも用事を思い出したので行って来るのだ!」

そう叫ぶなりそのまま中庭へと飛び出していく。

「って、美緒、靴、靴! 裸足は駄目だって!」

耕介がそう言うも、既に美緒の背中は裏山へと消えていく。
溜め息を吐いてその背中を見送り、無駄かもしれないと思いつつも雑巾をリビングの入り口へと置いておくのだった。



  ◆ ◆ ◆



「それじゃあ、いくよ恭也くん」

「はい、お願いします。けれど、こういうのは初めてでどうすれば良いのか」

「そんなに緊張しないで力を抜いて。
 うちもこういうのは初めてだけど、やり方はちゃんと分かっているから」

「ではお願いします」

「…………」

リビングの入り口で呆然と立ち尽くす耕介に恭也と薫は気付いて顔を向ける。

「耕介さん、どげんしましたか」

「い、いや、何でもないよ、うん、何でも。
 あははは」

最初からリビングでのやり取りを見ていた耕介は、何故か分からないが乾いた笑みを見せ、
二人の前にある一つの箱、先ほど薫の実家から届いた荷物を覗き込む。

「それで恭也くんを元に戻せるのかい?」

「ええ。恭也くんがこうなった理由はあの霊の霊力によるものですから。
 この札でその霊力のみを外へと放出させます。そうすれば元に戻るだろうとばーちゃんも言ってました」

「美緒にも効果があるかもしれないというのは?」

「それはこちらの札ですね。
 陣内の場合、原因は自身の力だと思うのですが、それを封じるこの札さえ着けていれば元の姿に戻れるかと。
 尤もこれは根本的な解決にはなっていませんけれど」

もう一枚別の札を出しつつ耕介に説明すると、薫は再び恭也と向かい合う。

「それじゃあ、改めて始めようか恭也くん」

「はい、お願いします」

札と十六夜を手にし、薫は恭也の前に膝を着くとまず札を恭也の胸元へと貼り付ける。
続いて十六夜を鞘から抜き、札に触れさせると目を閉じて祝詞を呟く。
その様子を固唾を呑んで見守る耕介の目の前で、札が光を発し、
徐々にその光が強まると目に見えて恭也の体に変化が見えてくる。
耕介が思わず驚嘆の声をあげる中、恭也の姿が元の姿へと戻る。

「ふぅ、これで元通りになったけれど、どこかおかしい所とかはない?」

薫の言葉に礼を言いつつ肩を回し、腕を動かしと体の各部に異常がないか確かめる。
やがて一通り身体を動かした恭也は改めてお礼の言葉を口にする。

「ありがとうございます。何処もおかしな所はないみたいです」

「そう、なら良かった。今回の件はうちの所為だから、お礼を言われるのはちょっと心苦しいけれど、
 それだと恭也くんが納得しないだろうから、素直に受け取っておく事にするよ」

無事に元に戻せた事に安堵の息を零した所へ、庭から美緒が顔を出す。

「耕介、お腹が空いたのだー! ……おお、恭也が元に戻っているのだ」

開口一番に空腹を訴えるも、リビングに居る恭也の姿を見て関心がそちらへと移る。
そんな美緒に苦笑を零しつつ、耕介は美緒のおやつを用意するためにキッチンへと姿を消し、
薫は丁度良かったと美緒に近くに来るように促す。

「陣内の場合、根本的な解決手段はまだ分かっとらんが、応急処置としてこれを着ければ……」

言って美緒の胸元に恭也に使ったのとは別の札を貼る。
こちらはそれ以外に特に何もする事無く、ただそれだけで効果を発揮し、美緒の姿が元に戻る。

「おおう! 凄いのだ薫! 元に戻ったのだ。
 これでまた学校に行けるのだ! 薫、サンキューなのだ」

純粋に嬉しそうに礼を言う美緒に薫は照れているのを隠すようにややぶっきらぼうに答えるのだった。



  ◆ ◆ ◆



翌日の夕方。
自室のベッドに寝転がり、クッションに顔を埋めて美緒は項垂れていた。
帰ってくるなり部屋に篭った美緒を心配するも、原因が分からずに困惑する恭也に望が事情を話し出す。
それによれば、今日の体育の授業中に札が破れてしまったらしく、
偶々先生が席を外していたのでその場は望の助けもあって美緒はその場を離れ、
事態も何とか収集したらしいのだが、そのまま寮に戻ってきて以降、何か悩んでいるみたいだという。
それを聞いた恭也はとりあえず少しでも気が晴れれば良いのだがと美緒の部屋の前までやって来ていた。
ノックをし、中に居る美緒へと声を掛ける。

「美緒、入っても良いか」

小さいながらも入室を許可する声を聞き、恭也は部屋へと踏み入る。
いつもの美緒らしくなく、耳まで項垂れさせ億劫そうに顔を上げるもすぐに突っ伏す。
その脇に座りながら、恭也は美緒へと話しかける。

「美緒、どうかしたのか。
 体育の授業での話は聞いたが、別に怪しまれたり気味悪がられたりしなかったんだろう」

「あうー、そこは問題なかったのだ。だけど、大きいままだと皆と遊べないのだ。
 今は薫のくれたお札の予備があったお蔭で元の姿になれているけれど、実際は大きいままなのだ。
 今日みたいにお札が破れたり、なくなったりしたらわたしはずっと大きいままなのかな。
 そうしたら、望たちとも遊べなくなるのだ」

美緒の頭に手を乗せ、ポンポンと撫でながら恭也はぽつりぽつりと語りだす。

「大きくてもそうじゃなくても美緒は美緒だよ。
 俺やこの寮の人たちはそんな事は気にしないさ」

「でも、他の人は違うのだ。それにまた破れるかもしれないし、大きなままだと学校にも行けない。
 恭也が大きくなったから、私も大きくなりたいと思って折角その通りになったのに。
 それに恭也よりも大きかったら意味がないのだ」

何故か分からないが、大きくなった恭也と薫や知佳が話しているのを見て気持ち悪かったと続ける。
自分も大きくなれば、それがなくなると思ったのにと。

「……急いで大きくなる必要はない。
 俺に合わせて大きくなってくれたのは嬉しいけれど、美緒はいつもの美緒のままで良いんだ。
 ゆっくりと本来の時間を掛けて大きくなれば。
 俺が元に戻れたんだから、美緒だってきっと元に戻れるさ。だから、元気を出して」

そう言って美緒の頭をもう一度撫で、最後に冗談のように口にする。

「案外、美緒が望めば元に戻るのかもしれないな」

「そうなのか」

「その姿になったのも美緒が望んだからなんだろう。だったら、その可能性もあると思うぞ。
 どちらにせよ、薫さんも色々と探してくれているみたいだから、もう少しの我慢だよ」

「うん、分かったのだ。薫は少し頼りないが、十六夜なら信用できるのだ。
 だから、もう少しだけ我慢する。そして、元に戻ったら今度はちゃんと恭也と一緒に大きくなるのだ」

すぐにとはいかないが、それでも幾分元気を取り戻した笑顔を見せる美緒に頷き返し、
恭也は望が心配していると告げてリビングへと向かう。
その後ろを尻尾を振りながら美緒も続く。
美緒はいつものように望を引っ張り、元気に遊ぶ事を宣言するとテレビの前に陣取りゲームを始める。
そんな二人の背中を眺め、恭也は知らず頬を緩めるのだった。



その翌朝、

「知佳、そろそろ美緒を起こしてくれるか。
 あ、真雪さんはまた遅くまで仕事していたみたいだから、昼間では起こさなくても良いってさ」

「はーい」

朝食を並べる耕介の言葉に知佳が答えると同時、

「うにゃぁぁーー!」

寮内に騒がしくも元気な声が響く。
声の主はまだ寝ている住人が居るのも気にせず、ドタバタと走り回りリビングに顔を出すなり、

「耕介、みんなー! 見るのだ!
 ほら、お札を取っても大きくならないのだ! 何故だか知らないけれど、元に戻ったのだ!」

朝の挨拶もなしに、やたらとはしゃいだ声を上げる。
既に起きて朝食を取ろうとしていた学生組たちも、美緒の嬉しそうな声に応えるように口々に良かったねと祝福する中、
爽やかな朝にはあまり似つかわしくない、低く重い声がリビングの入り口から聞こえ、
その声の主は騒ぎの張本人である美緒を羽交い絞めにし、その耳元に恨めがましい声で囁く。

「ね〜こ〜、これは何の嫌がらせだ、ああ!?
 折角、天気の良い気持ちの良い朝だってのに起こしやがって」

「お姉ちゃん、世間一般ではそれは起きるのに相応しい状況……」

「黙ってろ、知佳。世間一般なんて知るか。
 ここは人外魔境のさざなみ寮だぞ。ここではあたしがルールだ」

「仁村さん、睡眠不足なのは分かりますが、流石にそれは……」

「だぁー! とにかく、静かにしろ! あたしは疲れているんだ、眠りたいんだ。
 分かったな、分かったら静かにしろ」

「にゃぁ、分かった、分かったから話すのだ、真雪〜」

「くっ、言っているそばから大声出しやがって」

「わわ、お姉ちゃん落ち着いて! と言うか、もしかしなくても寝ぼけている!?」

「ちょっ、仁村さん起きて下さい! そのままだと陣内が落ちます!」

「く、苦しいのだ……、うぅぅ、折角元に戻ったのに、真雪に殺される……」

「って、耕介さんたちもぼうっと見てないで手伝ってください!」

「あ、ああ。真雪さん、落ち着いてください! リスティ、そっちの腕を頼む」

「OK。真雪、流石に寝ぼけて首を絞めるのはしゃれにならないって」

「お姉ちゃん、ちゃんと起きて! って、みなみちゃんもご飯を食べてないで手伝って!」

「んぐっ。ごほごほっ、ご、ごめん」

「あははは、いやー、朝から皆元気やね〜。うんうん、元気なんが一番や」

「本当にそうですよね。あ、ゆうひちゃん、紅茶のお代わりいります?」

「あ、お願いします愛さん」

若干、二名ほど暢気に現状を眺めている中、いつものような一日が騒々しくも始まるのだった。





  つづく




<あとがき>

うーん、何か駆け足気味だったけれど、美緒と恭也の大きくなっちゃった編はお終い。
美姫 「なら、次辺りはのんびりとした話になるのかしら」
それはどうでしょう。
ともあれ、ちょっとは更新ペースを本気であげたい。
美姫 「それは全てアンタ次第なんだけれどね」
うぅぅ、確かに。が、頑張ります。
美姫 「それじゃあ、また次回で」
ではでは。







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