『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 24』






耕介がゆうひにFOLXでの件を話した翌日、ゆうひは早速大学の帰りに寄る事にしたのだが。

「うーん、もしかして迷子かな?」

そう呟くも、ゆうひの今居る場所は人通りもなく、道幅も狭い通路。
左右に扉がちらほら見えるも、どれもが裏口といった感じでドアの付近に置かれたゴミ箱や、あまり掃除されていない路面が見える。
それを改めて確認し、ゆうひは確信を得て口を開く。

「あかん、迷うてしまった。やっぱり、あそこの角は真っ直ぐやったか」

ゆうひは見事に道に迷い、耕介に書いてもらった地図をくるくると上下左右を入れ替えては眺める。

「うーん、こっちが北やから……、って、現在地が分からん以上どうしようもないやんか!」

思わず自分で自分に突っ込みを入れるも現状の改善になるはずもなく、恨めしげに電源の切れた携帯電話を見遣る。

「何でこんな大事な時に切れるかな、君は。
 って一人でボケてても虚しいだけや。とりあえず、適当に歩けば見知った場所に出るやろう」

無理矢理そう納得させ、ゆうひは検討を付けて歩き出す。
唯一の救いは特に何時と約束していなかった事ではあるが、それとて遅すぎてはいらぬ心配をさせてしまうだろう。
それを承知しているからか、若干足早に歩くゆうひであったが、こんな時に限って声を掛けてくる者がいるのだ。
正直、ゆうひにとってこの手のナンパは初めてではない。
いつもなら取り付く島もないぐらいに即座に断るのだが、他に道を尋ねる人も見当たらず僅かだが逡巡してしまう。
それを脈ありとでも勘違いしたのか、男は強引に話を進めようとする。
内心でしまったなと思いつつ、ゆうひは男の言葉が途切れる瞬間を待ち、

「ゆうひさん?」

そんな折、不意に別の所から声が掛けられる。

「おお、恭也くん」

これ幸いとゆうひは恭也の傍へと向かい、男は訝しげに恭也を見るもすぐゆうひへと話し掛けようとする。
なかなかに根性のある人やと思いつつ、ゆうひは小声で恭也に話を合わせる様に頼むと、案の定、恭也を追い払おうとする男に、

「ちょい待ち。この子はうちの弟やで。待ち合わせしてたんや」

「いや、弟って。今、この子名前で呼んでたよね?」

「それには聞くも涙、語るも涙の理由があるんや。
 うちとこの子は腹違いの姉弟でな。小さい頃に生き別れ、この間ようやく再会できたんや。
 だから、未だにお姉ちゃんとは呼んでくれへんねん、うち悲しい、よよよ……」

「すみません、ゆうひさん。ですが、呼び方はどうあれ姉だと思ってますよ」

「嘘や! だったら、一度で良いからお姉ちゃんって呼んでぇな!」

「それは……」

「やっぱり呼ばれへんねやね。いいんよ、うちが、うちが我慢すれば……」

「だったら、すぐにあのロクデナシと別れてよ。ゆうひさん、あの男に貢ぐ為に必死に働いて……。
 あの男は他にも女を作って……」

「言わんといて! それは分かってるねん。それでも、それでもうちは耕介くんから離れられへんねん」

ゆうひの台詞に真顔で合わせる恭也にゆうひは一瞬だけ驚きつつも、男からは見えないように小さな笑みを零して続ける。
流石に耕介の名前を出してきたことに驚きつつも、恭也は顔には一切出さずに更にゆうひに話を合わせる。

「どうして!?」

「あの人が他にも女を作って、あまつさえ、同じ屋根の下に住まわしてるんは知ってる。
 うちも同じ家に住んでいるんやから。それでも、耕介くんの味を知ってしまったら……。
 うちの身体はもう耕介くんなしでは無理なんや!」

「だからって! どうせ僕と会った後、また耕介さんの為にバイトに行く途中だったんでしょう!」

「うぅぅ、言わんといて。耕介くんに頼まれたんや。断れる訳ないやろう。
 それがどんなバイトでも」

「えっと……」

明らかに付いていけずに戸惑っている男を無視し、ゆうひと恭也の二人は延々と言葉を連ねて行く。
逆にいつこの場から立ち去れば良いのかと迷い始めた男の後ろから、救いの神が舞い降りる。

「あのー、二人とも何をしているのかな?」

「ああ、耕介くん!」

「耕介さん、どうしてここに?」

「いや、国見さんからゆうひがまだ来ないって連絡があって様子を見に来たんだけれど」

状況がよく分からないながらもそう説明する耕介を前に、ようやく二人も言い合いを止め……。

「ああ、ごめん、ごめんやで耕介くん。遅れたんは謝るから、お願いやからぶたんといて!」

「やめろ、お姉ちゃんを殴るなら僕を殴れ!」

「えっ!? 恭也くん、ううん、恭也、今何て?」

「あ、えっと、お、お姉ちゃん」

「ああ、やっとそう呼んでくたんやね!」

「うん、だからもうこんな生活は……」

「それはできへんねんよ。さっきも言ったけれどな、うちの身体はもう耕介くんを忘れられへんね」

「そんな!」

「ごめんな、ごめんやで。こんなお姉ちゃんを許してや」

一向に止める様子も見せず、延々と語り芝居を続ける二人。
寧ろ、その動作が少々大仰になって来ていたりするのだが、初めから聞かされていた男は耕介を何とも言えない目で見る。
その視線の意味が分からずに狼狽える耕介を余所に、ゆうひは男へと言い放つ。

「あんたも逃げた方が良いで。うちにしようとした事を知れば、黙って帰すかどうかも怪しいから」

「それによく見れば結構、耕介さんの好みかも」

「えっ!?」

性別関係なしかよと思わず腰の引ける男にゆうひが止めの言葉を放つ。

「うちが恭也とこうしてこっそりと会っているんは、耕介くんの毒牙から守るためやったのに。
 ああ、ここで二人の純潔は……」

「あ、ああ、すみませんでしたー!」

ゆうひの言葉を聞いた男は顔を青くして走って去って行く。
その後姿を呆然と眺めながら、耕介の動き出した頭がようやく何故逃げたのかを理解し、文句を言おうとするのだが、

「恭也、早く逃げるんや」

「そんな、お姉ちゃんを置いて逃げるなんてできないよ」

未だに芝居を続ける二人にどうしたもんかと口を挟めずにいた。
が、何も言わないでいると二人が何かを期待するようにこちらを見てきて、それに気付くと二人はまた芝居を始める。

「……もしかして、突っ込まれるのを待っているのか?」

疑問を口にするも二人は答えずに未だに姉弟としてのやり取りを行っている。
一瞬、このまま放置しようかと思ったが、それをすれば今よりも自分に酷い設定が付きそうで仕方なく突っ込みを入れる。
その瞬間、二人は何事もなかったかのようにピタリと芝居を止め、

「こんにちは、耕介さん」

「あ、ああ、こんにちは」

「耕介くん、ありがとうな。正直、道に迷って困っててん。
 でも、連絡が行くぐらい迷ってたかな?」

「あ、ああ、それは真雪さんが昨夜のうちに学校帰りに寄る事を伝えていたみたいだから。
 それでそろそろ来ると思った時間から随分経っても来ないんで、一応連絡してくれたみたいだね」

真雪と知己である為か、その辺りはしっかりと押えている国見であった。
ともあれ、ゆうひに何かあった訳ではなくて良かったと胸を撫で下ろそうとして、耕介は反射的の受け答えから一転し、

「それよりも何がどうなっているんだ? いや、大体の状況は分かるよ。
 どうせ、ゆうひがナンパされたとかなんだろけれど、どうして俺が鬼畜な人になっているんだ?
 断るにしてももうちょっとやりようが」

「それは仕方なかったんよ耕介くん。
 軽くあしらおうと始めたはずやのに、予想に反して恭也くんが素晴らしくてな」

「打ち合わせもないのに、すいすいと話が進んでいくんで止める事ができませんでした」

「恭也くんの意外な才能発見やったわ。うん、ナイスやったで」

「ありがとうございます」

成る程、真顔で冗談を言うタイプだったのか。知られざる一面を垣間見て、耕介はゆうひと掛け合わさってしまった事を嘆く。
そして、願わずにはいられなかった。このままゆうひに感化されませんようにと。
と、それとこれとは別で、逃げた男が勘違いしたままなのを思い出す。
この辺りでナンパしているという事は、この近隣の住人の可能性があるのだ。
やはり二人にはもう少し強く言い聞かせておくかと口を開くよりも先に恭也が頭を下げる。

「本当にすみません。初めは耕介さんまで出すつもりはなかったんですけれど」

「耕介くんを登場させたんはうちやから恭也くんは悪くないで。
 それに実際の人物を出した方が話も作り易かったんや。
 実際、うちの舌は耕介くんの作る料理の虜になってる訳やし」

「だからって言い方があるだろう。あれだと……」

「ですが、ああ言わないと勘違いさせれませんから」

「確信犯!?」

「当たり前やないの、耕介くん。恭也くんの言う通りやで。
 追い払う為にやってるのに」

分かってないなと顔を見合わせて言う二人に耕介思わず頭を抱えたくなる気持ちをぐっと堪える。

「って、堪えられるか!」

「えっ! そんな耕介くん、本当に恭也くんを襲うつもりなん!
 堪えられへんって。あかん、逃げて恭也くん」

「いえ、そうじゃなくてゆうひさんを襲うのを堪えられないという可能性もありますよ。
 寧ろ、そっちの方が可能性としては高いかもしれません。ゆうひさんこそ、逃げてください!」

「恭也くんを置いて逃げるなんてうちにはできん」

「俺も同じですよ」

「うぅぅ、諦めてここで姉弟仲良く耕介くんの毒牙に掛かるしかないんやね」

「くっ、神は俺たちを見捨てたのか!」

二人して肩を抱き合い身体を小さく震わせる二人を前に、もう勘弁してください、そう本気で願わずにはいられない耕介であった。



「で、もう満足したのか?」

ゆうひをFOLXへと連れて行きながら、耕介はそう口にする。
それを受けてゆうひは抱きつくように耕介の腕を取り、甘えたような声を出す。

「いやーん、耕介くん虐めんといて」

「はぁ、その台詞は寧ろ俺が言いたい」

「そうなん? じゃあ、遠慮せんと言ってええよ。
 別にうちの特許って訳でもないしな。ほらほら」

「いや、もう良いよ」

「そんな遠慮せんと。ほらほら、口ではそう言いつつも本当は言いたくて仕方ないんやろう」

「だから、本当に良いって」

「いつまでそんな事を言えるかな?」

「くっ、ゆうひ虐めないで!」

「やっと素直になったね耕介くん。なら、可愛がって……って、恭也くんどうしてそないに離れてるん?」

「いえ、俺の事はお気になさらず」

耕介とゆうひが漫才を始めた辺りからゆっくりと距離を取っていた恭也はそう返すも二人との距離を戻す。

「酷いわ、恭也くん。さっきはうちの情熱をあれほどに燃え上がらせたくせに。
 用が済んだら掌を返したようにあっさりと捨てるなんて……。耕介くん、うちを慰めて!」

「よしよし、可哀相に」

「えへへへ」

耕介に頭を撫でられて思わず笑うゆうひに耕介と恭也は思わず顔を見合わせてこちらも微笑を見せる。

「とは言え、流石にやり過ぎだと思うぞ」

それでも真面目な顔を作り、改めて注意をしておく。
今度はゆうひも真面目に謝り、その件はこれでお終いとなるのだが、

「でも、恭也くんも本当にやるな〜。思わずうちの芸人魂に火が付いてしもうたわ」

「って、いつから芸人になったんだ、音楽生」

「あははは、耕介くん、ナイス突っ込みやで!
 正直、あのまま耕介くんがこんかったらどうしたもんかと思っとったからな」

ならするなとは言うだけ無駄なのだろうと耕介は思い、ゆうひの持っていた地図を取ると恭也に渡す。

「で、これが俺の描いた地図なんだけれど、分かり辛いかな?」

地図を受け取り、恭也はそれを見る。
駅前からの道筋を書かれた地図は特に問題らしき物も見当たらず、ちゃんと目印になるものも描かれている。
寧ろ、どうして迷ったんだろうかと恭也は不思議に思うぐらいだ。
それをひょいと上からゆうひが再び取ると、

「でも、うちはこの地図の通りに行ったんやけどな。
 ここが喫茶店で、ここがコンビニやろう。で、そのすぐ隣の道を曲がって。
 そしたら、急に道が細くなって、空き地みたいな所に出てんけれど、この地図によるとそこを右にやろう」

「空き地? もしかしなくても、コンビニ裏の細道を通ったのか?」

「そうやで。だって、地図ではそうなってるやろう」

「いや、あそこは人が通れる……まあ、通ろうと思えば通れなくもないけれど」

「あ、あははは、やっぱり真っ直ぐやったんか。うちも可笑しいな〜とは思ったんやで」

耕介の表情から自分の間違いを理解して笑いながらそんな事を口にする。
確かに間違ってはいない。が、それに気付いたのは完全に迷子だと認識してからだったという事を覗けばだが。
耕介も大体事情を察したのか、その辺りは深く突っ込まずに歩き、ようやく一向は目的であるFOLXへと辿り着く。
店内に入ると国見に事情を話して謝罪するが、寧ろ無事で良かったと話を聞いて逆に笑うぐらいである。

「何の連絡もなしに二時間も遅刻をした挙句、自分の時計では時間丁度だから、早く来た方が悪いと開き直るよりはね」

「やけに実感の篭った例え話ですね」

「嫌だな、例えだよ例え。でも、ある人の前では言わない方が良いだろうけれどね」

「よく覚えておきます」

耕介と国見がそんな話をしている間にゆうひは準備を終えたのか、ピアノの前に座り国見へと声を掛ける。

「こっちはいつでもおっけーですけれど、どうします?」

「そうだね、それじゃあ初めは好きなのをやってもらおうかな」

「分かりました」

言って少し考える素振りを見せた後、ゆうひの指が鍵盤にそっと置かれる。
それをカウンター席に座りながら耕介は、まさか演歌じゃないだろうなと思いつつも眺める。
やがて、ゆうひの指が動き出して店内に静かな旋律が流れ出す。
僅か数節を聞いただけで国見の口から感嘆の息が零れ、耕介もゆうひのその姿に思わず引き込まれたように視線を外せなくなる。
魅入られたようにゆうひを見詰めながら、紡ぎ出される音に聞き惚れる。
やがて、最後の一節を奏でてゆうひの演奏は静かに終わる。
思わず拍手する耕介と恭也にゆうひは得意げにピースしてくる。

「あれを見ているとさっきまでと同一人物だと信じ難いものがあるよな」

苦笑混じりで呟く耕介に恭也も苦笑でもって返せば、国見が今度は曲をリクエストする。
それに応じて再び奏でられる楽曲を耳にし、国見は感心したように頷く。
その後、更に二曲程弾いたゆうひは耕介の下へとやって来る。

「いやー、緊張して喉がからからや」

「ご苦労さん、ゆうひ」

「耕介くん、どうやった?」

「うん、良かったよ」

「そっか、そっか」

耕介の短いながらも本心の篭った感想にゆうひは満足げに頷きつつ隣の席に座る。
その目の前に国見が飲み物を差し出してくれる。

「お疲れ様、椎名さん。いや、本当に良かったよ。それでなんだけれど……」

改めてゆうひに店の演奏の件を依頼し、ゆうひもそれを引き受ける。
こうして、ゆうひのアルバイト生活が始まる事となるのだった。





  つづく




<あとがき>

久方ぶりの更新です。
美姫 「すっかり忘れていたかと」
あははは。とりあえず、ゆうひのバイトが決定と。
美姫 「それだけで一話まるまる」
何故、こうなった? 当初から恭也とゆうひの漫才というか小芝居は予定していたんだがな。
予想以上に進む進む。
美姫 「で、こうなったのよね」
うむ。他にも入れようとしていたエピソードは次回に。
美姫 「ちゃんと更新するなら別に問題はないけれどね」
ですよね。あ、因みに今回のナンパした男は端島大輔だったというオチも考えたけれどな。
美姫 「それはなしにしたのね」
まあな。まあ、何はともあれ、久しぶりにお届けできました。
美姫 「それでは、また次回でね」
ではでは。







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