『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 28』






クリスマスを過ぎてすっかり街の雰囲気も年の瀬を迎える雰囲気へとがらりと姿を変える。
今、駅へと向かう道を歩きながら、たった一日でこうも変わるかと慣れていつつも思わず感心してしまう恭也であった。
その隣で同じく歩を進めながら、薫は恭也の微妙そうな表情を読み取ってどうしたのかと尋ねる。
別段、隠すような事でもないので恭也も素直に先ほど思った事を口にする。

「確かにそうじゃね。昨日まではクリスマスという雰囲気じゃったのに。
 今日はもう一年も後少しかって感じるよ」

「毎年、この時期になると一年が早く過ぎたと感じますが、今年は特にそう感じますね」

「そうじゃね、うちも同じような事を思ったよ。考えてみれば、恭也くんと出会ってまだ一年とたっていないんじゃね」

「言われてみれば、そうですね。何かもっと昔から知り合いだったかのような感じですが」

「良くも悪くも、それだけ濃い時間を過ごしたという事じゃね」

言って苦笑する薫に恭也もまた同じような何処か苦労したような苦笑を浮かべる。
共に浮かぶのはさざなみに君臨すると言っても過言ではないだろう、某漫画家の顔だろう。
別段、悪気はないのは分かっているが、面白い事を優先するのは少し控えて欲しいものだ。
それが共に被害に遭う事の多い二人の共通する想いであった。
さて、そもそも何故二人が駅へと向かっているかという話なのだが。
これは単純に昨日に寮へと掛かってきた一本の電話の所為である。
年始早々に薫は世話になっている八束神社で巫女をする事となっており、その為に今年は実家へと帰らない事となっていた。
それを聞いた薫の妹が姉に会いたいのと、一度、さざなみに来たいと思っていた事で、妹の方が冬休みを利用して来る事になったのだ。
その出迎えに薫と、偶々、電話があった時に居合わせた桃子からの命令で恭也もこうして同行しているのである。
因みに、今頃さざなみでは歓迎の為のパーティーの準備が行われており、それが終わるまでは二人で街の案内などをする予定である。

「そういえば、これから迎えに行く妹さん、名前は何て言うんでしたか?」

「ああ、そういえばそうじゃね。名前は那美といって、少しドジな所があるけれど、優しい子じゃよ」

そう言った時の薫の顔もまた優しげであり、自慢げにも見えた。
その顔を見るだけで、どれだけ妹の事を思っているのか分かり、恭也も知らず口元が弛む。
普段の薫ならそんな恭也の変化に気付いて、笑われたと恭也をからかったりする所だが、今回は少し目を細め、

「それに、強い子じゃよ」

「強い、ですか」

少しトーンを落として呟くように零れた言葉に恭也が思わず反応を見せると、薫は微笑みながら首を横へと振る。

「強いとっていも、剣をやっている訳じゃなかよ。
 そういった強さじゃなく、芯というか、心がじゃよ。
 年は恭也くんよりも二つ程下じゃけれど、仲良くしてやって欲しい」

薫の言葉に頷き返し二言三言言葉を交わす内に、恭也は先程の薫の僅かな変化についてすっかり忘れてしまう。
そのまま二人して会話をしながら、駅へと向かう。

「そうそう。那美以外にも那美の友達で子狐の久遠というのが一緒に来るんじゃけれど、あの子は人見知りが激しいから。
 逃げたり怯えたりするかもしれんけれど、大目に見てやって欲しか」

「人見知りする子狐、ですか。
 まあ、元々敬遠されがちな無愛想ですから、その辺りは気にしませんよ」

昨日、美由希に言われた事を以外にも根に持っているのか、少し拗ねた口調で言う恭也に知らず笑みが零れそうになり、
薫はそれを必死で堪えながら、恭也を慰める。

「そげん事なかよ。まあ、確かに少し無愛想かと思わんでもないけれど、大丈夫じゃよ」

「無愛想は否定されないんですね」

「いや、そうじゃなくて。
 うん、話したりしてみたら、無愛想じゃなくて無口なだけで、単に表情に出難いってだけじゃとすぐに分かるよ」

「やっぱりあまり喋らず、見た目は無愛想という事ですね」

「あ、あははは。そ、そげんに落ち込まんで。それにうちかて……。
 真雪さんから似たような事をよく言われる上に、加えて口煩いだの、生真面目だの……」

慰めるはずの薫が落ち込みそうになるのを見て、今度は恭也の方が慌て出す。

「すみません、落ち込んだ振りで冗談です。本当に気にしてないですから」

「冗談?」

「はい。すみません、余計な気を使わしてしまったみたいで」

「そうか、冗談なら良かったよ。
 じゃが、真雪さんに言われた事は……」

今度は逆に恭也が必死に慰める側へと回り、必死で言葉を掛ける。
そんな様子を暫く眺めた後、薫はばつが悪そうな顔になり、

「すまん、恭也くん。うちも冗談じゃ」

「……」

「……」

薫の告白に思わず無言になり、薫もまた無言のまま二人して顔を見合わせると、数秒後揃ったように息を吐き出す。

「互いに分かりづらい冗談は言うもんじゃなかね」

「ですね」

共に同じ結論を出し、ここ数分のやり取りなどなかったかのように話題を変えて駅へと向かうのであった。



二人が駅前へと着いて数分後、電車が駅へと入ってくる。
それを眺めながら確認するように薫へと恭也が視線を移せば、一つ頷き返す。

「多分、あれに乗っているはずなんじゃが」

心配そうに駅に入った電車が停車しているであろう場所を見詰め、電車が発車すると今度は駅の出入り口をじっと見詰める。
暫し待っていると、隣の薫が明らかにソワソワし出す。
まだ一分と経っていないのだが、姿が見えない事で心配になったのだろう。
落ち着きのない薫という珍しいものを微笑ましく思いながら横目で窺いつつ、恭也は駅から吐き出される人波を眺める。
やがて、人の波が落ち着き、それでも薫の妹らしき少女の姿は見えない。
薫の方も先程よりも落ち着かないのか、腕を組んでは戻し、足でタンタンと地面を数度叩く。
やがて、人がまばらになり始めた駅から一人の少女がやって来る。

「那美、こっちじゃ!」

少女が駅を出て周囲を見るよりも早く、薫の声が飛ぶ。
呼ばれた少女、那美はすぐに薫の姿を見つけるとその顔に笑みと安堵を見せて小走りでやって来る。
それを迎えるように恭也と薫も近付く。

「薫ちゃん、お久しぶり」

「ああ、久しぶりじゃね。元気そうで何よりじゃ。
 それよりも迷わずに来れたか?」

「うん。乗換えでちょっとだけ迷ったけれど、駅員さんに教えてもらって何とか」

「そうか」

妹の手から荷物を取りながら久しぶりの姉妹の会話を楽しむ。
軽く挨拶などを交わした所で、那美は隣に居る恭也が気になるのか、ちらちらと何度か視線を向けてくる。
それに気付いて、薫は恭也の紹介をする。

「この子は高町恭也くんと言って、近所の子というか、妹さんをうちで預かっているというか」

何と説明するか迷いながら話す薫を遮るように一歩前へと出ると、恭也は軽く挨拶をする。

「初めまして、高町恭也と申します」

「私は神咲那美です。お姉ちゃんのお友達?」

那美の言葉にそれじゃと薫が思い肯定するよりも先に恭也が首肯する。
が、それだけでは終わらず、

「はい。最近、友達になりました。
 少し前、危ない所を助けてもらったんです」

「えっと、もしかしてお姉ちゃんのお仕事の事を知っているの?」

「ええ」

短く返す恭也の言葉に那美は受け入れてくれる人だと笑みを見せるのだが、恭也は構わずに続ける。

「あれは俺がアルプスに挑戦していた時の事でした」

「アルプス?」

「冬の雪山を侮っていましたよ。遭難した挙句、足を滑らせて崖へと落ちるかといった状況。
 辛うじて命綱一本で命拾いしたものの、気温は氷点下。おまけに吹雪いてきて救助も来ないかもしれないという状況でした。
 更に天にも見放されたのか、頭上からミシミシと音が」

「な、何の音?」

恭也の話し方がやけにリアルだから、那美は喉を鳴らし話の続きを促す。
それに応じるように恭也も少し間を置きつつも、再び話し出す。

「命綱が岸壁に擦られ、徐々に切れていく音でした。
 新たな命綱を用意したくても、既に装備は崖の下。俺の体力も殆ど尽き、崖に張り付いても数分と持たないという状況でした。
 最早、これまでかと思ったその時でした。ヘリコプターの音が俺の耳に届いたんです。
 ですが、周囲は既に闇に覆われた上に本格的な吹雪となっており、救助など来れるはずはない。
 死の間際の幻聴かと思ったんですが、その耳にはっきりと俺の名前を呼ぶ声が」

「もしかして、それが?」

「ええ、薫さんでした。薫さんは周囲が反対するのを押し切り、ヘリを出して俺を助けに来てくれたんです。
 しかし、俺の運もそこまでだったのか、暗闇の中、ヘリからの明かりのみを頼りに救助しようとしてくれたその時!」

「ど、どうなったの?」

またしても話を区切った恭也に那美が僅かに詰め寄るように続きを急かす。
その手は固く握られており、どうやら完全に聞き入っているようであった。
そんな二人を見下ろしながら、薫はさてどこで止めるかと考えていた。
恭ちゃんは真顔で嘘を吐く。
これは美由希が言っていた事だが、薫たちもそれなりの付き合いで何度もそんな場面に遭遇している。
嘘ではなく冗談の類だとは本人の談ではあるが、確かに人を傷付ける嘘ではないし、相手も親しい者だけに限られる。
それに今みたいな分かり易い嘘の方も多いし、それらを考えれば、嘘を吐かれるのもそう悪くはないのだが。
さて、肝心の妹は本気で信じているみたいである。
どうやら恭也の方もそれで困ったのか、はたまた楽しくなったのか。
どちらの理由にせよ、まだ続ける事にしたようである。
この辺り、さざなみに毒されてしまったのではないだろうかと、自分の所為ではないだろうに思わず悩んでしまう薫である。
と、そんな薫を心配するような声で受け取った荷物の一つからする。

「久遠か。うん、うちは大丈夫じゃよ。
 それよりも、もう少しだけそこで我慢して」

「くぅ〜ん」

自分の目の位置まで持ち上げたゲージの中から久遠と呼ばれた子狐が口を出してぺろりと薫の鼻を舐める。
了解したという事なのだろう。
人差し指を中に入れて、喉を撫でてやれば嬉しそうな、甘えた声を上げる。
そんな微笑ましい光景の横で、恭也の話は佳境へと向かっていた。
救助の手が届くと言うその時、命綱が切れ落ちていく恭也。
それを自身もヘリから飛び降りて受け止める薫。
まさに命からがら助かったと安堵するも、ヘリが横風に拭かれ崖へと。
このままではヘリごと叩き付けられるという所になり、

「恭也くん、そろそろその辺にしてあげてくれると助かるんじゃが」

「そうですね」

「え、え、そんなぁ〜。その後はどうやって助かったの? ねえ、ねえ、教えてよ」

恭也に顔を向け、薫の袖を掴んで二人にお願いする那美に恭也は仕方ないですねと口を開き、期待に顔を輝かせる那美へと続ける。

「なんて事もなく、普通に公園で出会いました」

「へ?」

恭也の続きとばかりに話された内容に一瞬、頭が付いていかず、那美は変な声を上げて暫く無言でいる。
やがて、今までのが嘘でからかわれたと理解し、

「むー、酷いよ!」

「すみません、まさか本気にするとは思わなかったので」

ポカポカと可愛らしく腕を叩いてくる那美へと謝罪を口にする。
剥れて頬を膨らませていた那美だったが、本気で謝ってくる恭也に仕方ないなとばかりに笑みを取り戻す。

「えっと、恭也くんって呼んでも良い?」

「構いませんよ。それじゃあ、那美さんで」

「宜しくね」

「はい、改めて宜しく」

仲直りの意味も込めてか二人仲良く握手を交わすのを見届け、薫は二人を促して寮へと向かう。
その隣に並びながら、那美は恭也へと色々と話をしていた。
自分の事や実家に居た頃の薫の事など。そして時折、来る質問に恭也は答える。
質問は海鳴での薫の事や恭也自身の事など色々で、その中でも実家が喫茶店だという事や妹の事は喰い付きが良かったように思える。

「久遠と言うんですか」

「うん。とっても良い子なんだけれど……」

そんな話の中で話題として上がった一つに薫が胸の前で抱くように持つゲージの中に居る子狐の事があった。
恭也が挨拶しながらゲージを覗き込むと、それまで耳をピクピクとさせてまるで話を聞いていたかのようだったのに、
ゲージの奥へと逃げ、顔を隠すように身体を丸める。
更に警戒するかのように尻尾に埋めた顔を僅かに覗かせて恭也を見るのだが、視線が合えばビクリとなり顔を再び埋める。
これがゲージの中でなかったら、一目散に逃げ出しているか、薫か那美の後ろに隠れているだろう事は想像に難くはない。
流石に久遠の態度に那美は申し訳なさそうな顔をするのだが、恭也としてはそこまで気にする程の事でもない。

「その内、仲良くなれれば良かね」

フォローするかのような薫の言葉に恭也は頷くも、那美は少しだけ納得がいかないような表情を見せる。
が、彼女も久遠の性格に関してはよく、それこそこの場で一番知っている。
だからこそ、それ以上は何も言わず、優しい声色で久遠に話し掛ける。

「ゆっくり慣れていけば良いからね」

その声に応えるように、久遠は那美の差し出した指を舐める。
那美と久遠のやり取りを恭也は微笑ましく眺めながら、薫の顔を覗き見て僅かな違和感を抱く。
目の前の光景は微笑ましい限りだ。現に薫も温かい眼差しで二人を見守っている。
が、それだけではないような気がしたのだ。
それはよく知る、けれど滅多に見ない仕事の時のような、何かを決意した時のような顔が僅かに見えたようで。
しかし、それもすぐに消えてしまい、妹を優しく見守る姉の顔となる。
いや、元からそうだったのだが、違和感がなくなったというべきか。
思わずじっと見詰めてしまい、当然のように薫がその視線に気付き首を傾げ何かと問うてくる。
それに何でもないと首を振り、さっきのは気のせいだったかと恭也は納得する。
姉妹で久遠を弄る光景に僅かながら羨ましいと思いつつ、仲良くなる為に好物を後で聞こうと。
まずは餌で釣る事を考えながら、話題を変えるべく口を開く。
それに応えるように薫や那美もまた喋り出し、年の瀬の午後、三人で寮へと続く道を歩く姿は仲の良い兄妹にも見えた。





  つづく




<あとがき>

今回はクリスマス翌日となります。
美姫 「那美の登場ね」
それと久遠だね。
美姫 「流石に時期的にまだタタリは出ないわよね」
……。
美姫 「何で無言なのよ」
いや、冗談だよ。流石にないない。
美姫 「ったく。で、今回は神咲姉妹の出番だったけれど次回は?」
次回はあの人が出てきます。
美姫 「あの人って誰よ」
それは次回になれば分かる。
美姫 「それはそうでしょうが!」
ぶべらっ!
……だ、だから、今は秘密という事だよ。
美姫 「大した秘密でもないでしょうけれどね」
その通り! と、まあそんな訳で遅い更新ですが次回も待っててください。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」







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