『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 29』






年末間近の冬の最中、寒さからか少し赤くなった耳を気にもせず、膝を地面へと着けて手を伸ばす一人の少女が居た。
場所は山の中腹に位置するさざなみ寮の庭である。

「ちっちっち。おいでー、おいでー。怖くないよ〜」

舌を可愛らしく鳴らし、摘んだ食べ物を建物の陰へと向ける。
小学生低学年ぐらいの少女、美由希はその視線の先で警戒心も顕わに角から顔半分だけを出す子狐へと話し掛ける。
近寄ろうとしないこの子狐は、先日さざなみ寮に住まう姉である薫の元へと遊びにやってきた那美の友達と紹介された。
かなり人見知りのする方であるはずの美由希と、大人し過ぎて友達を作るのがどちらかと言えば苦手なはずの那美。
波長が合ったのか、不思議と二人は僅かな時間で仲良くなっていた。
しかし、その那美の友達である子狐の久遠は美由希に輪を掛けた人見知り、もっと言えば人が怖いのか、
未だに薫と那美以外には近寄ろうとしないし、このように食べ物を出しても警戒するだけで近寄っては来ない。

「はぁー、やっぱり駄目みたい」

「ごめんなさい、美由希さん。あの子、人見知りが激しくて」

がっくりと肩を落とす美由希の後ろからすまなさそうに那美が謝ってくるので、慌てて気にしていない事を伝える。

「ここに置いておくから良かったら食べてね」

そう言い、美由希は予め用意しておいた皿に先程まで指で摘んでいた油揚げを置いてその場から離れる。
皿から数歩、美由希が離れるのを見て、久遠は建物の陰から少しだけ身を出すが、それ以上はやはり動かない。
ゆっくりと美由希が更に下がると、その距離を保つかのように久遠もゆっくりゆっくりと陰から出て皿へと近付いていく。
試しにと美由希が足を止めると、久遠もやっぱり足を止める。
どうやら、これ以上の接近はまだ無理だと判断して美由希はそのまま後ろへ後ろへと下がっていく。
皿まで後少しという所で久遠は目の前に居る美由希を警戒しつつも、後ろへと振り返り、

「くぅ〜」

そこに何もない事を確認すると安心したかのようにゆっくりと美由希が離れるのに合せて皿へと近付いていく。
その様子を眺めながら、美由希は思わず苦笑を浮かべてしまい、それに気付いた那美も何とも言えない表情で互いに顔を見合す。
共に思い返すのは、三日程前、那美たちが海鳴へとやって来た初日の出来事。
さざなみのリビングの真ん中、寮生たちに囲まれると言う久遠にとっては居心地が悪すぎる環境に放り出された時の事である。
当然のようにビクビクといった様子で周囲を見渡し、試しに誰かが近付こうものなら飛び跳ねて警戒も顕わにそちらを見詰める久遠。
事前に薫に聞いていた事とその様子から皆が久遠に近付くのを止めていたその時。
ふとこちらに背を向けている久遠を見て、恭也は何を思ったのかゆっくりと久遠へと近付いていく。
先程までなら背後で何かが動いただけでも振り返った久遠が反応しない事に那美は驚きと喜びを見せる。
一方でその隣に居た薫は思わず苦笑を溢す。いや、彼女だけでなく真雪もこちらは面白そうにだが顔にはっきりと笑みを浮かべる。
この二人だけは久遠が少しはこの状況に慣れたのではなく、恭也が気配を消して近付いていると勘付いたからである。
一歩、一歩とゆっくりと近付く恭也。
知らず、それを固唾を飲んで見守る寮生たち。
このまま久遠へと手を伸ばそうとして、そこで急に久遠が何かに気付いたのか後ろを振り返り、

「…………」

「…………っ!」

ばっちりと数メートルまで接近してきた恭也と目が合い、見詰め合うこと数秒。
久遠は息を飲むように息を漏らし、すぐさま薫の膝へと逃げ出す。

「残念だったな、少年」

「みたいですね。やはり野生の勘とでも言うのでしょうか、それは中々に誤魔化せないみたいです。
 まだまだ修行が足りませんでした」

言って笑い合う真雪と恭也に対し、薫は呆れたように言う。

「恭也くん、あまり久遠を虐めないでやってくれ。
 こう見えて、この子は気が弱い所もあるんじゃ」

もしかしたら、これが切欠で少しは久遠の人見知りも改善するかと思って黙って見ていた事はおくびにも出さず注意する。
その手で落ち着かせるように久遠の背中を優しく撫でながら、珍しく柔らかい顔をして。
薫と久遠に対して謝る恭也に対し、美由希までもが責めてくるので正にお手上げ状態となる恭也であった。
そんな事があったからか、久遠は皿へと辿り着いた後、もう一度背後へと振り返り、何もない事を確認してから油揚げに口を付ける。
夢中になって食べている様子を眺める美由希へと、那美が小声で話し掛ける。

「美由希さん、今なら少しは大丈夫なはずですよ」

「でも、近付いたら逃げないかな」

「ここ三日程でさざなみの皆さんや高町家の人には少しは慣れて来ていますし、ゆっくりと近づけば大丈夫ですよ」

那美の言葉に背中を押されるように、美由希は息を殺しながらゆっくり、ゆっくりと足を上げて下ろす。
本当に小さな一歩だったが、久遠は特に顔を上げる事もなく食べ続けている。
それを見てもう一歩とゆっくりと足を動かし、その距離が僅か三メートル程に縮まった時、
じっと久遠の動きだけを注視していた視界に別の物が映りこんで来た。
一体、何がと美由希が顔を上げれば、何時の間に来たのか恭也が久遠の横、一メートルもない距離に近付いていた。
しかも、あろう事か更に数センチ近付くとしゃがみ込み、そのまま久遠の頭に手を置いて撫で始めたのである。
流石に触られた事で気付き、ビクリと顔を上げる久遠に大丈夫と不器用ながらに笑いながら優しく撫でてやる。
少しの逡巡の後、優しい手付きから害を加えられないと理解したのか、久遠は油揚げへと意識を戻す。

「ふぅ」

それを見て知らず息を溢す恭也の顔は非常に満足そうであったが、美由希にしてはたまったものではない。
ここ三日、繰り替えし油揚げのおやつを与え、ようやく巡ってきたチャンスを横から掻っ攫われたのだ。

「もうもう、お兄ちゃん、どうして邪魔するの!」

気にせず、そのまま久遠に近付けば良いのにと言い聞かせるには少々、美由希はまだ幼い。
結果として、思わず兄にそう怒鳴ったとしても仕方ないだろう。
ただ、その声に驚いた久遠が飛び跳ねたりしなければだが。
咄嗟に逃げようとした久遠だった、驚きすぎて身体が動かなかったのか、上手く反転する事もできず。
かと言って怒鳴った女の子との距離は数メートルしかなく、いつものように飛び込める安全地帯である薫の姿は今はない。
もう一人の那美はその怒鳴った少女、美由希の後ろ。
混乱のあまりか、久遠は近くに居た安全だと先ほど思った恭也の腕の中へと飛び込み、頭を隠す。
腕の中に急に飛び込み、頭隠して尻隠さずという状況になる久遠に対し、恭也は優しく薫がやっていたように背中を撫でてやる。

「くぅ〜」

落ち着くように安堵するような声が思わず久遠から出る中、美由希は恭也と久遠を指差し、

「あ、あ、ああっ! 何でどうして、お兄ちゃんが先に仲良くなるの!」

美由希が悔しそうに地団太を踏み、それがまた久遠を怖がらせてしまう。
自分の所為でもあるが、半分は自業自得の部分もあるように思うのだが、恭也は悔しがる美由希を宥めると、

「久遠、落ち着いたか。……そうか。
 なら、もう大丈夫だな。あれは俺の妹で美由希と言うんだが、大丈夫だ怖くないから。
 この油揚げも美由希が久遠の為に用意した物なんだ。だから、こっちに来ても良いか」

恭也がゆっくりと話しかけると、それを理解したのか久遠は何度か恭也、油揚げ、美由希と視線を向ける。
最後にじっとこちらの様子を見ていた那美へと視線を向け、那美が頷いたのを見て、

「くぅ〜ん」

了承するように小さく鳴いた。
それを受けて恭也が久遠を地面に下ろすと、久遠は警戒しながらもその場に留まる。
那美が美由希に近付き、その肩をそっと押してやり、美由希がゆっくりと久遠へと近付く。

「怖くないよ、怖くないからね。虐めないから大丈夫だよ」

言いながら近付く美由希に対し、恭也は逆に怖いと思ったが口にするとまた美由希が声を上げそうだったので黙っていてやる。
その甲斐あってか、久遠が大声で驚くと言う事態は起こらずに美由希は久遠の傍へとしゃがみ込む事に成功していた。
まあ、久遠が数歩後退りしたのは美由希の接近の仕方が悪かったのではないと思うが。
ゆっくりと手を伸ばす美由希だが、久遠の身体が強張るのを見て手を止める。
急に止まった手に久遠が顔を上げ、美由希と目が合う。

「触っても良いかな?」

少し恐々と尋ねる美由希の質問に対し、久遠は考え込むように沈黙する。
触ろうと思えば触れる距離にありながらも、美由希はじっと久遠からの返答を待つ。
すると、ようやく久遠から了承の鳴き声が出て、美由希は嬉しそうに久遠を撫でる。
それを見て那美は嬉しそうに笑いながら自分も久遠の傍へとしゃがみ込む。
そんな那美を見て、久遠は油揚げに視線を戻し、再び見上げる。
それが食事を再開しても良いかどうか尋ねているのだと理解して、那美はどうぞと頷いてやる。
それを受けて久遠は再び油揚げへと取り掛かり、その背中を撫でて美由希の頬は緩んだままであった。
久遠が油揚げを食べ終えた後も、恭也と美由希からは逃げなくなった久遠を美由希は撫で続ける。
と、久遠がピクリと耳を動かしたかと思うと急に顔を上げてリビングへと視線を向ける。
するとそこには部活から帰って来た薫が丁度、入って来て中庭の様子を見て顔を綻ばす。

「恭也くんに美由希ちゃんにはもう慣れたと」

少し驚き、それ以上に嬉しそうに話す薫の下に一直線に向かう久遠。
跳んで抱き付いてくる久遠をやんわりと受け止め、薫は久遠の喉元を撫でてやる。
嬉しそうに鳴く久遠を抱きながら、リビングから中庭へと通じる所へと腰を下ろす。
その隣に座り、美由希は久遠に撫でても良いか尋ね了承を得てから再び撫でてやる。
それを見下ろしながら、

「四日目にここまで出来るようになったのは凄かね」

そう口にする薫に美由希は嬉しそうにしつつも少し複雑そうな顔を見せる。
何故なら、久遠に触れるようになったのは薫や那美との期間とも比べても四日というのはかなり早い。
勿論、この二人に懐いたからこそ人に慣れ、美由希たちに懐くのも早くなったと言えるが。
それでも、薫も言わなかったが最短ではない。
何故なら、最短記録は既に初日に塗り替えられているからであった。
と、不意に静かだったリビングが急に騒がしくなる。
恭也が先ほど寝かし付けたなのはが起きて泣き出したようで、恭也が中庭からリビングへと戻りなのはの元へと向かう。
と、それよりも早く薫の腕の中に居た久遠がそこから飛び降り、トトトとなのはの元へと向かう。
鳴き声を上げるなのはの元へと赴き、徐にその頬や指を舐めてやるとなのはは何が起きたのかキョトンとした顔になり、
次いでそれが久遠だと分かると笑顔を見せて、手を伸ばしてくる。
その指を舐めてやりながら、久遠はまるであやすかのように鼻先でなのはの胸をトントンと軽く叩いてやる。
すっかり泣き止んだなのはを恭也が抱き上げ、

「ありがとう、久遠」

礼を告げると、久遠は当然とばかり胸を張り小さく鳴く。
それを羨ましそうに見る美由希の隣で、薫は微笑ましそうに一連の出来事を眺める。

「それにしても、久遠は本当になのはちゃんを気に入ったみたいじゃね」

「うん。まさか初日から懐くなんて初めてかも。
 やっぱりまだ赤ちゃんだから危害が加えられないって分かるのかな?」

「それだけじゃなく、何か通じる所があったのかもしれんね。こればっかりは久遠に聞いてみんと分からんじゃろうけれど」

けれど、良い事だと薫は締め括ると那美と美由希にも寒いから中に入るように促す。
素直に従う二人を見て、薫は那美にも仲の良い友人が出来た事を密かに喜ぶのだった。



その日の夜、桃子がさざなみへとやって来た時に見たのは、恭也と美由希の間にちょこんと座り、なのはの手を鼻先で触れる久遠の姿。
昨日までは懐いていなかったのにと思いつつ、自信も笑顔で久遠へと近付いたのだが、当然のように逃げられ、

「うぅぅ、桃子さんショック」

恭也たちの前で崩れ落ちる桃子の頭になのはの手が伸びてくる。

「あー」

「ああ、慰めてくれるのね、なのは!」

大げさに喜んでみせながら恭也からなのはを受け取り抱き付く桃子を見て、恭也は恥ずかしいとばかりに溜め息を吐く。
美由希はあははと若干引き攣った笑いを上げながらも、なのはと同じように桃子を慰める。

「むー、羨ましいぞ、みゆきち。くそー、絶対わたしにも懐かせてやる」

仲良くなったと美由希の報告を聞き、実際にそれを目の当たりにして美緒が一際久遠と仲良くなる事に闘志を燃やすのだが、

「久遠は本能的に陣内の猫的な部分を感じ取っているみたいじゃからね。
 初日にここの猫たちに追い掛け回された記憶がある分、他の人よりも難しいかもしれんね」

「そ、そんなー。くそー、小虎たちは後で反省会だ」

「多分だけれど、小虎たちはじゃれていたつもりだと思うよ」

美緒の言葉に知佳がそうフォローを入れるのだが、関係ないとばかりに鼻息も荒く決意する美緒。
止めた方が良いのかなと迷いつつ、知佳が悩んでいる所で耕介が夕飯が出来たよー、と知らせてくる。
それを聞くなり美緒は耳をピンと立て、先程までの事など忘れたかのように真っ先にテーブルへと向かう。

「猫じゃなく、鶏だったか。いや、三歩も歩いていないか」

「お姉ちゃん!」

あまりにもな真雪の発言に知佳が嗜めてくるのを流しながら、真雪もまた席に着く。
こうして高町家も含めて全員が席に着いた所で、

「いただきます」

皆で揃って手を合わせると、夕食が始まる。
ここ数日、那美が着てからはお馴染みに光景である。

「あ、桃子さん、明日から確か休みですよね」

「ええ、そうですよ」

いつもの不遜な物言いよりも若干丁寧な、けれど親しげな話し方をする真雪に桃子も昔らの友人のように気安く返す。
何やら魂が引かれ合うと訳の分からない事を口にしつつ、仲の良い二人に知らず恭也も頬が弛む。
それを隠すように湯飲みを傾けるのだが、隣から小さな笑い声がしてそちらを見れば、薫が微笑を向けてくる。
どうやら先程の恭也の行動を全て見られて見透かされているようで、恭也は照れ隠しも込めて湯飲みを更に傾けるのだった。
そんな中、桃子たちの話は続いており、

「だったら、後で軽くどうですか」

「軽くで済むんですか、真雪さん」

「うるせーぞ、耕介。お前は黙ってつまみでも作ってろ。
 あ、あと恭也たちも泊まる事になるだろうから、その準備もちゃんとしとけ」

「いやいや、お泊りコースってがっつり飲む気満々じゃないですか」

「日本酒の良いのが手に入ったからな」

そう真雪が口にした瞬間、耕介の目が少し鋭くなり、じっと真雪を見詰める。
目は口ほどにとはよく言った物で、真雪はにやりと笑うと、

「まあ、お前のつまみには世話になっているからな。お前にも飲ませてやろう」

「ありがとうございます!」

「それじゃあ、私も何か作ろうかしら」

「あー、いいっすね。前に桃子さんに作ってもらったつまみも美味しかったですし。
 何か辛いもんでもお願いしますよ。あ、愛も少しだけ付き合えよ」

「ええ、良いですよ。ゆうひちゃんはどうします?」

「えー、うち五歳……って冗談は置いておいて。
 お酒は飲みませんけれど、耕介くんや桃子さんのおつまみは魅力的やし、参加という事で」

大人たちがこの後の飲み会の話で盛り上がる中、お酒の何が美味しいんだかと美緒は呆れながら美由希へと話しかける。

「みゆきち、今日はお泊りみたいだから、後でゲームするのだ」

「うん、良いよ。那美さんも知佳お姉ちゃんとみなみお姉ちゃんも一緒にしよう」

「うん」

「うん、良いよ〜」

「わたしもオッケーだよ」

そんな風に年少組が遊ぶ約束をしている所で、恭也は少し考え込み隣の薫へと視線を向ける。
ほぼ同じタイミングで薫も恭也へと視線を向けており、期せずして二人は見詰め合う形になる。

「どうですか」

「ああ、やろうか」

軽く握り拳を振る仕草とそれだけで互いに言いたい事を理解する。
そんな二人に気付いた真雪が剣術バカだねーとぼやくも二人は特に気にした様子もなかった。
と、和やかに食事も終わった頃、まるでタイミングを計ったかのように来客を告げるチャイムが鳴る。
耕介が玄関へと向かい、何やら応対しているのが微かに聞こえてくる。
と、その耕介が少し慌てた様子でリビングへと戻ってくる。

「ゆ、ゆうひ! お客さんだけれど」

「うちに?」

「ああ」

「おお、ゆうひにも春が来たか?」

真雪がからかうような事を言えば、当の本人は、

「いやーん、うち攫われてしまう。耕介くん助けて〜」

とふざけて耕介に抱き付く。普段なら少しは付き合ってあげたかもしれないが、今はさっきも言ったように来客中である。
ビシと軽くチョップで突っ込んでこれでお終いとばかりに耕介は口を開く。

「お客さんは女性ですよ。と言うか、これ!」

言って少し興奮気味に渡されたであろう名刺をゆうひに渡す。
それを受け取り、何となしにそれを見たゆうひは、始めはよく分からないといった感じでもう一度名刺を見て、

「ちょっ! え、なんで、これ本物!?」

耕介動揺に興奮しながら慌てた様子になる。
一方で二人以外には事情が分からずに困ったように顔を見合わせるのだが、それが平然と見えたのかゆうひは興奮したように言う。

「何を落ち着いてるん!」

「いや、そう言われてもあたしらは全く事情が飲み込めてないんだよ。
 その名刺が原因か。ちょっと良いか」

真雪の言う通りで意味もなく興奮しているようにしか見えないゆうひの手から件の名刺を受け取り、
全員がそれに注視している事に気付いて真雪は声に出して読む。

「クリステラソングスクールの教頭、イリア・ライソン」

「クリステラソングスクール? どっかで聞いた事があるような……」

「イギリスのソプラノ歌手にして世紀の歌姫、ティオレ・クリステラが開いている学校ですね」

美緒の疑問に恭也が答えれば、そこに含まれた単語に愛が気付く。

「ティオレ・クリステラって確かゆうひちゃんが好きな歌手じゃ……」

「ええ、そうです。
 そのティオレさんが校長をしている学校で一流の現役歌手による個別レッスンなどが受けられる最高峰とも言える場所です。
 卒業生の殆どが凄い歌手になっています」

「く、詳しいね恭也くん」

意外とばかりに知佳が少し驚きながら言った言葉に恭也はええ、まあと少し言葉を濁す。
が、それを疑問に思うよりも先にゆうひが興奮したまま言う。

「そこの教頭と言えば、ティオレ・クリステラのマネージメントもしているむっちゃ偉い人やで。
 それが何でこんな所に!?」

「とりあえず、待たせてるんだから会いに行った方が良いのでは」

薫が尤も至極当然の事を口にし、言われてゆうひは慌てて玄関へと向かう。

「おいおい、幾ら何でも慌て過ぎだろう」

言いつつも耕介も話の内容が気になるのか思わず耳をそばだてる。
見れば、耕介だけでなく皆が同じように耳を澄まして玄関へと注意を向けている。
そんな中、ゆうひの驚いたような叫びにも似た声がはっきりと全員の耳に届くのだった。





  つづく




<あとがき>

お久しぶりです。
美姫 「いや、本当よね」
最早、言い訳はすまい。
美姫 「潔し! という訳でいきなりだけれど、吹っ飛べー!」
ぶべらぁぁっ!
美姫 「ふー。さて、今回は久しぶりにとらハ2本編が絡みそうなお話ね」
…………。
美姫 「とは言え、がっつり本編と絡むって程でもないけれどね」
まあな。結構、あっさりと流れていくだろうな。
美姫 「相変わらずの復帰の速さね」
次回は出来るだけ早めに上げれるように頑張ります。
美姫 「それでは、また次回で」
ではでは、



おまけ 〜没ネタ〜



腕の中に急に飛び込み、頭隠して尻隠さずという状況になる久遠に対し、恭也は優しく薫がやっていたように背中を撫でてやる。

「くぅ〜」

落ち着くように安堵するような声が思わず久遠から出る中、美由希は恭也と久遠を指差し、

「あ、あ、ああっ! 何でどうして、お兄ちゃんが先に仲良くなるの!」

美由希が悔しそうに地団太を踏み、それがまた久遠を怖がらせてしまう。
益々、恭也の腕の中で丸くなる久遠とそれを見て声を荒げる美由希。
それがまた久遠をびっくりさせて、と悪循環に陥る二人と一匹を楽しそうに見詰める視線があった。
その視線の主はリビングから中庭の様子を眺めつつ、隣に座る青年へと話しかける。

「うけけ、見ろよ耕介。
 油揚げだけに、まさにとんびに攫われた形になってるぞ。尤も攫われたのは油揚げならぬ、子狐だけれどな」

「いや、全然上手くないですよ、真雪さん。と言うか、ずっと見てたんですか?」

楽しそうに笑う漫画家と呆れたように呟く管理人の姿があったとか。







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