『An unexpected excuse』
〜琴絵編〜
「俺が、好きなのは…………」
そこまで口にして、恭也は急に首を締められたように言葉に詰まる。
「ぐっ……」
訝しげに見てくるFCたちに構わず、恭也はまるでタップするように自分の首を軽く叩く。
その様子に益々怪訝そうに顔を顰めるFCたちと違い、苦笑を見せるのは事情を知る忍たち。
そんな周りの様子を気にしつつも、恭也はようやく続きを口にする。
「琴絵さんという人だ」
その名前に聞き覚えのない子たちばかりで、隣の子たちに知っている子がいないか尋ねるFCたち。
「そう言えば、一年生にそんな名前の子が……」
「いや、間違いなく人違いだな。そもそもこの学校の人じゃないから。
このぐらいで勘弁してくれ」
FCの一人が漏らした言葉を否定すると、恭也はこれでお終いとばかりに話を打ち切る。
もっと詳しく聞きたそうな顔をしている者たちも数人したが、やはりプライベートな事の上、
当の本人に話すつもりがないので諦めるしかなかった。
全員が立ち去った後、恭也はやや疲れた表情で何もない虚空を見上げる。
「琴絵さん、悪戯は勘弁してもらえませんか」
「悪戯じゃないわよ。すぐに答えてくれなかった恭也にちょっとだけお仕置き……。
というのは嘘で、ちょっと焼き餅。ごめんなさい、恭也」
「いえ、そんな……」
何処か嬉しそうに、けれども申し訳なさそうに恭也もまた頭を下げる。
声の返ってきた場所、そこには薄っすらと向こうが透けて見えるが一人の女性の姿があった。
御神琴絵。
御神宗家の長女にして、静馬の姉。
本来なら既にこの世にはいないはずの彼女であったが、
何故か気が付いたら恭也の傍に幽霊として存在していたのである。
とは言え、恭也の方はそうとは知らずに今まで過ごしてきており、
ここ最近になってようやくそういったモノを見れる那美との出会いにより、それを認識できるようになったのだが。
琴絵はすっと地面に降り立つように恭也の隣に足を着けると、腰を下ろす。
実際には地面さえも素通りする霊体ではあるのだが。
恭也と同じ目線になって恭也の目をじっと見る。
「私の名前を言ってくれたのは嬉しかったよ」
恭也に対する物言いが、時折こうして子供に言うようになるのは仕方ない事だと恭也も諦めたように肩を竦める。
最初の頃のように、恭也ちゃんと呼ばれなくなっただけかなりましというものだ。
気を利かせて姿を消した忍たちに感謝しつつ、まだ憂いの残る顔をする琴絵をじっと見詰める。
「何を考えているんですか?」
恭也の疑問の声に、一瞬だけ誤魔化す事も考えたが、それは無理だと理解しているから素直に口にする。
「やっぱり私は幽霊だから、恭也も普通の女の子の方が良いんじゃないかなとか思って」
そう口にしながら、昔やったみたいに恭也の頭を撫で――実際には触れる事が出来ないので撫でる真似をする。
「こうして触れる事もできないし、恭也も触れる事ができない」
「それは仕方ないですよ。那美さんが言うには、力がある程度溜まればそれも可能らしいですけれど……。
やっぱり、幽霊にとっての幸せは成仏することなんですかね」
「どうなんだろね。ただ、私はもう少し恭也の傍に居たいけれど……。
迷惑かな?」
「いえ、俺は全然構いません。寧ろ、嬉しいですよ。
ですが、琴絵さんはそれで幸せですか?」
「そうですね。色々迷ったり考えたりする事もありますけれど、これだけは言えます。
幽霊になってしまったけれど、私は幸せだって。
あの人とは本当に一瞬だったけれど夫婦になり、一応は添い遂げる事が出来たし、
こうして、また人を好きになりましたから。これで幸せじゃないとは言えませんよ」
そう言いながら小さく微笑む琴絵に恭也も笑みを返し、
決して触れることのできない琴絵の手に触れるように、そっと自分の手を置く。
恐らくは、他の御神の関係者の事を思い出しているであろう琴絵を、ただ静かに見守る。
そんな二人の間を強めの風が吹き抜けていく中、二人は触れることのない口付けを交わす。
すぐに静寂へと戻る中庭で、二人はただ静かに互いの存在を感じ続けるのだった。
<おわり>
<あとがき>
という訳で、740万ヒットリクエストです。
と言うか、難しい。
美姫 「既に亡くなってるもんね」
しかも、口調とかも分からないし。
美姫 「そんなこんなで、リクエストの琴絵編です」
短いですが、ご勘弁を。
美姫 「流石にこの辺りになるとどうしてもオリジナルになるわよね」
まあな。ともあれ、こんな形に落ち着きました。
美姫 「結局、生きているという設定ではないのね」
まあな。他には、実はかろうじて生き延びていた琴絵だったが、恭也の事を結婚する相手だと思っていて……。
みたいな、ちょっとアレな展開もあったんだが。
美姫 「やっぱりこのシリーズは基本的にほのぼのとか甘々じゃないとね」
そういう事だ。という訳で、こんな形にさせてもらいました。
美姫 「それじゃあ、今回はこの辺で」
ではでは。
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