『An unexpected excuse』

    〜式編〜






「俺が、好きなのは…………」

そこまで口にした恭也は、本当に僅かな足音を聞き取る。
次いで、その気配に背後を振り返る。

「ん? ああ、オレの事は気にしないで続けてくれ」

恭也が気付いて振り返ったと分かったのか、その場に現れた女性はそう口にする。
丹精な顔立ちに短く切り添えられた黒髪。
学園内で和服という事で必要以上に目立つも、やはり際立つのはその容姿であった。
思わずその場に居る者たちが見惚れる中、恭也は目の前の女性が本当に何も気にしていない、
もしくは何をやっていたのか知らないと理解して、胸を撫で下ろすと同時に当然の如く疑問を口にする。

「で、式はどうしてここに?」

「ん? ああ、橙子の用でな」

「橙子さんの?」

「ああ。やっぱり昼間だと無理みたいだな。これは夜に出直すか」

それだけで大まかな事を察した恭也はそれ以上は何も尋ねず、ふと気付いた事を聞く。

「そんな髪留めを持っていたか?」

「ああ、これか。これは鮮花の奴がな」

軽く驚いた感のある恭也の態度を見て、式も訳が分からないと肩を竦め、
鮮花がやけに構ってくると疲れたように言う。

「別にどうでも良いのに、やれ、この服の方が良いだとか、この化粧品は良いから使えとか。
 本当に疲れる。今日も今日で、ここに来るならおしゃれしろと言って聞かないし」

「急にどうしたんだ?」

「さあな。いや、待て。確か、あれは……。うん、そうだな。
 オレに恋人がいると知ってから、急にだな。
 捨てられないためには努力をしないといけないとか言い出して。本当に口うるさい」

式の言葉を聞き、逆に恭也は納得してしまう。
だが、少しだけ可笑しそうに言う。

「しかし、俺が捨てられる可能性はあるかもしれないが、逆はないだろうに……」

「うん? そうなのか。俺も捨てる気はないぞ」

ごく自然と互いにそんな事を口にし合う二人。
だが、良く見れば互いに僅かに照れたような顔をして無言になる。
美由希や晶、レンは顔見知りなのかただ黙って二人のやり取りを眺めていたが、
完全に取り残された感のあるFCたちは、ようやく割り込めそうな沈黙に、
しかし、中々声を出せずにいた。だが、このままでは埒があかないと感じた忍が恭也へと話し掛ける。
それを見ていた者たちから、感謝と感嘆の眼差しを背に受けつつ。

「所で恭也。こっちの用件がまだなんだけれど。
 流石に、この子たちをこのまま放っておくのは可哀想じゃない?」

忍の言葉に恭也はFCたちに謝ると、改めて続きを口にしようとして、流石に恥ずかしそうに頬をかく。

「何やらお邪魔だったか?」

そんな微妙な空気を感じ取ったのか、淡々と変わらぬ口調で尋ねる式。
だが、恭也は首を横に振ると式の手を引いて隣に座らせる。
突然の事に僅かに蹈鞴を踏むも、すぐに恭也の隣に腰を下ろす式。

「俺が好きなのは、この式だ」

さっきまでのやり取りから既に半分以上分かっていた事だったが、
改めて聞かされて満足したのか、FCたちは解散していく。
が、そんな事を急に言われた式は表情こそ変わらないものの、頬を紅くさせる。

「……バカか、おまえは」

「言うに事欠いてバカはないだろう」

「おまえなどバカで充分だ。なにを大勢の前で……」

「……もしかして、照れているとか?」

「一度、死んでみるか」

恭也の言葉に物騒な事を口にし、その手が懐へと伸びる。
それを急いで止め、恭也は謝る。
式の方も本気ではなかったのか、すんなりと手を懐から出す。

「まったく、本当におまえは予測のつかない事ばかり言う」

「いや、今のは色々と事情があってだな……」

「知るか。オレはもう帰るぞ。夜に備えないとな」

恥ずかしさを隠すためか、式はやや急いだ感じで立ち上がる。
その背中に向けて、恭也は思わず零れそうになった笑みを堪えつつ、

「とりあえず、うちかうちの店で時間でも潰せ」

そう言って内ポケットから鍵を取り出して式へと放り投げる。
それを背中越しにキャッチすると式は何も言わずに立ち去る。
だが、恭也はその背中から、さっきの恭也の台詞から笑われていると悟った不機嫌さを感じ取る。
とりあえず、放課後は真っ直ぐに帰って機嫌を取る事を忘れないようにしようと誓うのだった。



  ◇◇◇



放課後になるなり、恭也は昼休みの誓いを実行すべく家へと真っ直ぐに向かう。
途中、翠屋へと電話を入れて、そこに式がいるかどうかを桃子へと尋ねる。
既に帰ったという答えの後、

「所で、少しご機嫌斜めだったけれど、またからかったんじゃないでしょうね。
 ちゃんとフォローしておくのよ。そうそう、士郎さんはよく花とかを買ってきてくれたわね。
 それ以上に多かったのが、拗ねている私の背後から黙って近付いて抱き締めて、そのまま私の唇を……」

何やらトリップして、懐かしそうに昔を語り始める桃子。
電話の向こうからは、何を言わせるの、やら、きゃーきゃーという黄色い声。
時折、仕事をしてください、という怒鳴り声などが飛び交っているのだが、それらを綺麗に聞き流して電話を切る。
電話を切った後、恭也は真っ直ぐに家へと帰り着く。
式の気配を自分の部屋から感じ取り、着替えるためにも部屋へと向かう。
部屋の襖を開ければ、式は入り口に背中を向けるように寝転がり、その腕には枕が。
恭也が入ってきても振り返る事はおろか、声を掛けてくることもない。
本当に寝ているのかと思って上から覗き込めば目が合い、式は不意と逸らす。
機嫌が悪いのではなく、単に眠たい、もしくは寛いでいて相手をしている暇はないと言わんばかりに。
まるで猫のようだと思いながらも、恭也はまずはさっさと着替える事にする。
その間も式はその場から身動ぎすらせず、ただじっとしたままである。
恭也はそのまま式の近くに座ると、その背中に話し掛ける。

「あー、ただいま」

「ああ」

ここで拗ねているとか、機嫌が悪いと口にすれば更に機嫌を損ねると分かっている。
だからこそ、恭也はその事には触れないように話していく。

「夕飯、晶とレンがはりきっていたぞ」

「そうか。あの二人のは美味いからな」

「で、いつまでそうして寝転がっているんだ」

「別に」

言って起き上がるも、やはり恭也に背中は向けたまま。
仕方なく恭也は一旦腰を上げ、式の正面に回り込んで座り直す。
流石に更に背中を見せるような真似はせず、式と恭也は向かい合う。

「とりあえず、さっき言い損ねたんだが、その髪飾り似合ってるぞ」

「バカか、おまえは」

恭也の言葉に即座に返って来る言葉はその内容とは違い、やけに弱々しく式の顔に若干だが朱がさしている。
そんな様子に思わず頬を緩めつつ、恭也は式の髪に触れると数度撫でる。
式がやめろと言うも、激しく抵抗しない事から本気で嫌がっていないと考え、そのまま自分の足へと運ぶ。
再び寝転ぶ形となった式であるが、今度は恭也の足を枕として。

「何の真似だ」

「いや、別に何となくだ。夜にまた出掛けるのだろう。
 なら、今は少しでも身体を休めておけ」

「……まあ、そういう事なら。しかし、橙子が前に言っていたが、こういうのは逆ではないのか?」

「別にそうでもないだろう。どちらでも構わないんじゃないか。
 それとも嫌か」

「まあ、別に嫌と言うほどでもないし、オレも構わない」

「なら、もう少しはこのままで」

「まあ、おまえがどうしてもと言うのなら仕方ないな」

そう言いながら、頭を動かして丁度良い位置を探る。
ようやく納得のいく場所が見つかったのか、式は動くのを止めて目を細める。
人とは異なるものを見ることが出来る眼。式が普段はどんなものを見ているのかは分からない。
分からないが、今この時だけは互いだけをその中に。
特に言葉もなく、夕暮れに染まっていく部屋の中、僅かに開いた窓から吹き抜ける風の音と、
ただ互いの息遣いと鼓動のみを耳に刻みながら、二人はただ静かにそこに佇む。





<おわり>




<あとがき>

遅くなりましたが、720万ヒット、おめでとうございます!
美姫 「KAMUIさんからのリクエストで、両儀式です」
難しかったよ、式。特に恭也と絡ませようとするのが。
美姫 「こんな感じになりました」
少し短いですが……。
美姫 「少し?」
えっと、かなり。
美姫 「はぁぁぁ」
あははは。
美姫 「笑うな!」
ぶべらっ!
美姫 「ともあれ、式編のお届けです」
……そ、それではまた次の機会に。
美姫 「まったね〜」







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